効率化の牙城にて(その6)-高円寺「すずめのおやど」 | 流離の翻訳者 青春のノスタルジア

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

百人一首 第46番

「由良の()を 渡る舟人(ふなびと) かぢをたえ ゆくへも知らぬ (こひ)の道かな」(曾禰(そねの)好忠(よしただ)

 

(現代語訳)

由良海峡を渡る舟人が(かい)を失って漂っているかのように、私の恋の行く末はこれから

どうなるのだろうか ……それは私にもわからない

 

なお、この歌については以前英訳を試みているので以下に紹介しておく。

 

https://ameblo.jp/sasurai-tran/entry-11037700633.html

 

 

198412月。仕事に追われる中、そんな心許ない日々が続いていた。「クリスマス前には ……、クリスマス前には ……何とか」と思いながら私の誕生日が過ぎていった。

 

事務本部の近くに「フィンランド」というケーキ屋があった。チームのメンバーが私の誕生日にケーキをプレゼントしてくれた。ケーキにはチョコレートで「〇〇ちゃん!お誕生日おめでとう!」と書かれていた。当時の事務本部ではこんなことが普通に行われていた。和やかな職場だった。26歳になった。

 

クリスマス前に何とかするのなら、その週末が最後のタイミングだった。気が付けば金曜日(1221日)の夜を迎えていた。彼女に対して何らアクションを起こすことができないままウィークデーが過ぎていた。金曜日は帰りが遅くなり、結局何もできなかった。携帯もメールも無い当時、残された方法は土・日に彼女に電話を掛けて直接誘うしかなかった。

 

土曜日(1222日)になった。電話を掛ける勇気は依然として湧かなかった。寮に公衆電話は3台くらいあったが土曜日は塞がっていることが多かった。だが、そんなことは言い訳にはならなかった。当時、寮の周りにも公衆電話はあちこちにあった。情けない、もどかしい気持ちのまま土曜日が過ぎていった。

 

日曜日(1223日)になった。もちろん当時は(平成)天皇誕生日ではない。強いて言うならクリスマス・イブ・イブである。どんなに遅くても午後4時くらいまでには片を付けなくてはならなかった。

 

 

気がつけば午後になっていた。私の頭の中である曲が何度も繰り返し流れていた。中森明菜の「十戒(1984)」である。この歌詞、まるで彼女が私に向かって歌っているように思えた。

 

♪♪~ ちゃんとハッキリしてよ この辺で

ギリギリよもどかしいわね

救いのない人ね 哀しくなるのよ

私好きならば方法あるはずよ

でなきゃさよならね いいわ冗談じゃない

発破かけたげる さあカタつけてよ

やわな生き方を変えられたら きっと

好きになれたはず坊やイライラするわ ~♪♪

 

 

 

日曜日の午後4時近くになってやっと彼女に電話を掛けた。ここまで来たら出たとこ勝負だと思った。幸い彼女は自宅に居た。日曜日ではあったが「今から飲みに行こう!」と誘った。

 

電話でなだめたりすかしたりしながら……、どうにか彼女のOKを取り付けた。場所は彼女が住む街、中央線の高円寺だった。待合わせは南口改札に18:00くらいだった。

 

 

誂えたばかりの黒のコールテンの上下ジャケット、ブルーのボタンダウンのシャツ、ウールの臙脂と濃紺のストライプのタイ、それに黒の革のブーツでデートの服装は決まった。

 

いざ寮を出ようとしたそのとき、同期のOY(後述)に出くわした。まさに渡りに舟だった。「OY!武蔵境まで車で送ってくれん?!」と言うと「おう!いいぞ!」と答え、さらに「どうしたんや?!七五三みたいな格好して!」と言った。

 

まあ、確かに七五三そのものだったが「相変わらず口の悪い奴っちゃなぁ~」と思いながらも「実は今からデートなんや!とにかく頼む!」と彼の車に乗り込んだ。

 

 

高円寺駅に着いた。時間通りに彼女は来た。二人でアーケードの中をぶらぶらと歩いた。彼女が「ここにしようかっ?!」と入ったのが「すずめのおやど」という居酒屋だった。自分が何を飲んだのか、つまみに何を頼んだのか覚えていない。彼女は白ワインと日本酒を飲んでいた。いける口とは思っていたが…… 確かに彼女は酒が強かった。

 

酒を飲みながら、彼女と会社や仕事のことなど色んなことを話した。私が思っていた以上に彼女は様々なことを考えていた。結構本音の話が聞けた。

 

酒が回る前に……、私は彼女に対する想いの全てを告げた。カッコつけてる場合ではなかった。彼女の前で学歴やプライドも全て捨て去った。まさに「裸の心」になった。そして彼女の答えは「イエス」だった。

 

 

その日、寮に戻ったのは22:00過ぎだった。翌クリスマス・イブの朝、久しぶりに爽やかな目覚めだった。窓から入る光さえ有難く感じられた。いつものように7:30頃には職場に着き仕事を開始した。

 

暫くして彼女が出社してきた。彼女はお茶をいれて私の机に上に置くと「おはようございます」と言った。