今思い返せば、彼女の「ちょっと変わっているな」と思っていたところが、いろいろと浮かんでくる。
結婚していた頃は、そういうズレも含めて愛おしかった。
彼女は、人の気持ちを推し量るのがあまり得意ではない。
その代わり、物事をかなりストレートに捉える。
良くも悪くも、目の前に見えているもので人を判断するところがあった。
「優しいことを言う人=優しい人」「感じよく接してくれる人=いい人」というような、かなり印象論に近い人の見方をする。
その人がなぜそう言ったのか、その裏にどんな感情があるのか、みたいなところまではあまり考えない。
だから逆に、ストレートで分かりやすい人や表現を好んだ。
彼女には、昔から付き合いのある友達がほとんどいなかった。
少なくとも、僕たちの結婚を祝ってくれるような、長い付き合いの友人はいなかった。
なんとなく、人間関係を器用に築いたり、長く続けたりするのが得意な人ではないんだろうな、とは思っていた。
でも、それでいいと思っていた。
僕はそういう彼女を理解しているつもりだったし、僕がずっとそばにいれば、別に問題はないと思っていた。
むしろ、そんな不器用なところも愛おしかった。
だから、離婚してしばらく経ってから考えた。
なぜ僕は切られたんだろう。
僕なりの答えは、意外と単純だった。
彼女の中で、優先順位が変わったのだと思う。
もともと彼女は子どもが大好きで、ずっと子どもを欲しがっていた。
そして息子が生まれた。
その瞬間から、一番大切なものが変わった。
もちろん、それ自体は何もおかしなことではない。
親になれば、子どもを中心に物事を考えるのは当然だと思う。
ただ彼女の場合、その変化がとてもまっすぐだった。
息子にとって必要なもの。
息子のためになるもの。
自分が思い描く子育てを支えてくれるもの。
そこから外れたものは、彼女の中では優先順位が一気に下がる。
そして僕も、そこから外れた。
戦力外通告。
今の僕には、それくらい単純なことだったように思える。
「まあ、働いてるし」
「父親ではあるし」
「いろいろ不満はあるけど、とりあえず一緒にいるか」
みたいな打算や妥協が、多少なりとも入りそうなものだ。
彼女は、そういうところをすっ飛ばした。
良く言えば、自分が大切だと思うものに、とても忠実な人だった。
そして、その彼女のことを一番よく分かっていたのは、たぶん彼女の母親だった。
離婚が決まると、間髪入れずに彼女と息子を実家へ呼び戻した。
子どもを育てながら、二人だけで生活していくのは難しい。
母親には、それが最初から見えていたのかもしれない。
僕には、「一度くらい二人で暮らしてみなよ。そうすれば『僕がいないよりは、いた方がマシ』くらいには昇格するはず」という淡い期待もあった。
その期待は、実家への帰還によってあっさり潰えた。
息子が生まれた。
家族が三人になった。
だから僕の中では、離婚という選択肢はむしろ遠くなっていた。
彼女は逆だった。
世代の違いなのか、彼女自身の価値観なのかは分からない。
ただ、離婚というものに対するハードルが、僕が想像していたよりずっと低かった。
「そういう夫婦の形もあるよ」
「来てもらうばっかりじゃなくて、こっちからも年に一回は遊びに行くから」
そんな、離婚のハードルを少しだけ下げるための口約束まで、オマケについてきた。
そして、もう一つ。
息子を連れていくことも、最初から決まっていることのように話が進んでいった。
「息子を連れていきたい」と相談されたわけでもない。
「連れていくことになってごめん」と謝られたわけでもない。
気がつけば、彼女が息子を連れていくことを前提に、すべての話が進んでいた。
もちろん、親権をめぐって彼女と争いたいわけでもなかった。
息子を大人同士の争いに巻き込みたいわけでもない。
それでも、後になってふと思う。
なんで、彼女が連れていくことだけは、最初から決定事項だったんだろう。
結婚していた頃は愛おしかった彼女の「ズレ」。
離婚してから振り返ると、そのひとつひとつに妙に合点がいった。
人との関係を長く続けるのが得意ではない彼女を見ながら、それでも僕だけは特別枠にいるつもりだった。今思えば、それが僕の一番の誤算であり、驕りだったのかもしれない。