彼女の「とんでもエピソード」を、ふと思い出すことがある。

たとえば、婚姻届の証人欄に、僕の男友達にサインをしてもらった時の話。

 

その日は彼女と僕とその友達の三人で食事をした。彼女と友達は初対面だった。

友達から「かわいいね」なんて褒められて、彼女はずいぶん気分を良くしていた。

ただ、友達は続けてこう言った。

「うちの奥さんなんて全然だよ」

自分の奥さんを下げて、彼女を褒めた。

褒めてくれるのは嬉しいが、少し引っかかる。

 

彼女にも、
「いやいや、奥さんそんなふうに言っちゃダメでしょ」
くらい突っ込む人でいてほしかった。

でも彼女はもっとシンプルだった。

自分を褒めてくれた。
嬉しい。めっちゃ素敵。

少なくとも、あのときの僕にはそう見えた。

 

その帰り道。

彼女は僕を困惑させる一言を放った。

 

「あなたより先に彼と出会ってたら、私、彼と付き合ってたのかな」

「????????」

 

一瞬、思考が停止した。

何か深い意味があるのだろうか。

出会う順番で人生は変わる、みたいな哲学的な話をしているのだろうか。

 

いや、たぶん違う。

彼女は思ったことを、ただ口にしただけだ。

 

てか、ついさっきその男友達に婚姻届の証人欄を書いてもらったばかりである。

婚姻届にサインをもらった帰り道に、婚約者から聞くセリフとしては、ピュアにもほどがある。ピュアは美徳だと思っていたが、20代後半ともなると、ときどき凶器になる。

当時の僕は、
「この人、本当に俺のこと好きなのかな」と思った。

でも結局、
「まあ、彼女ってこういう人だよな」で飲み込んだ。

 

離婚してからいろいろな出来事を思い返すと、当時は理解できなかったことが、少しずつ一本の線につながっていく。

あの婚姻届の帰り道も、そのひとつだった。

彼女はとてもストレートな人だった。

思ったことをそのまま言い、その瞬間の気持ちに正直に生きる。そして、過ぎたものへの執着があまりない。

「今を生きる人」と言えば聞こえはいい。
「今しか見ない人」と言えば、少し怖くもなる。

僕はそんな彼女の潔さに惹かれたし、その危うさにもどこかで気づいていた。

でも、「そういうところも彼女らしい」と目をつぶってきた。

 

だから今、ひとつだけどうしても拭えない心配がある。

今、彼女にとって息子は間違いなくトップ・オブ・トップだと思う。

でも、いつか彼女に別の大切な人ができたとき、その「今」が変わってしまわないだろうか。

もちろん、これは僕の心配でしかない。
未来のことなんて誰にもわからない。

 

ただ、彼女の「今」に対する真っすぐさを知っているからこそ、そんな怖さが残っている。

 

素直で、ストレートで、今の気持ちに正直で、過去をスパスパ切っていける。

僕はその潔さに惹かれた。

そして、その潔さについていけなくなった。

 

結局僕は、

彼女とのギャップに惹かれて、彼女とのギャップに敗れたってことなのかもしれない。