思い返すと、いまだによくわからない出来事がある。

離婚を切り出される、一か月くらい前だったと思う。

朝、仕事に行く前に「行ってきます」と言いながら、かわいくて仕方がなかった息子にベタベタしていた。

すると彼女が、

「私には?」と言った。

少し意外に思いながら、息子にするよりはライトな感じで彼女にもベタベタして、そのまま仕事に出た。

当時の僕は、

「なんだ、嫉妬か。かわいいところあるじゃん」

くらいに思っていた。

 

でも、今考えると、たぶん違う。

 

その一か月後には離婚を切り出されている。
正確なところはわからないけれど、その頃にはもう、彼女の中で僕はかなり戦力外通告に近い状態だったはずだ。

だとすると、あの「私には?」は何だったんだろう。

息子に愛情を注いでいることへの嫉妬ではなく、

「あなたは私のことだけは好きだったのに、それすらなくなったの?」

そんな気持ちだったのかもしれない。

自分はもう相手から離れようとしている。
でも、相手からはまだ愛されていたい。

そんな矛盾した感情だったのかもしれない。

 

あるいは、もう少し違う可能性もある。

あの頃すでに離婚を考えていた彼女は、僕の気持ちを確認していたのかもしれない。

この人は、まだ私のことを好きなんだろうか。

「私には?」と言ってみて、僕がどう反応するのかを見る。

もしかしたら彼女自身も、離婚を踏みとどまれる何かを探していたのかもしれない。

いや、これはさすがに都合よく考えすぎか。

 

結局、あの「私には?」が何だったのかは、今でもわからない。

 

離婚してから、こういうことをよく考える。

結末を知った今、過去の出来事をひとつひとつ拾い直しては、点と点をつなげようとしている。

「あの言葉は、こういう意味だったのかもしれない」
「あのとき、すでにこう思っていたのかもしれない」

 

そうやって、自分が納得できる物語にしているだけなのかもしれない。

本当のところなんて、もうわからない。

彼女に聞いたところで、本人だって覚えていないかもしれないし、その瞬間の自分の気持ちを正確に説明できるとも思えない。

それでも、理由のわからない出来事に自分なりの意味をつけて、過去を少しずつ整理している。

それもきっと、前に進むために必要な作業なのだと思う。

 

だから今日も、ずいぶん昔の朝の「私には?」について、ひとりであれこれ考えている。

ちなみに当時の僕は、そんなこととは露知らず、

「嫉妬かー。かわいいな」

と、のんきに出勤した。