ユージン・スミスという
フォト・ジャーナリスト写真家をご存じでしょうか?
太平洋戦争中、
戦場写真家として米軍と共にサイパン、硫黄島、
沖縄をめぐり、沖縄戦で日本軍の砲弾による爆風で
大けがを負った。
フジフイルムスクエアで写真展も行われていました。
京都国立近代美術館所蔵の貴重なコレクションから、
選りすぐりの60点を展示
ユージン・スミスが撮った彼の子どもたち
ユージン・スミスの写真には、現実的な生々しさではなく
その写真からは愛さえ感じてしまうのです。
色々な写真を拝見して感じたことです。
沖縄の庶民の水くみ
話は変わり
ユージン・スミスが
1950年代半ばから住んでいたNYのロフトでは、
連日連夜様々なジャズ・ミュージシャンが
セッションを繰り広げていた。
集まったのはセロニアス・モンクをはじめ、
カーラ・ブレイ、ズート・シムズ、ホール・オーヴァトンといった名うてのミュージシャンたち。ダリもいた。
当時仕事や家庭の問題が山積みだったスミスは、
純粋に音楽を楽しむために集まった彼らの演奏を逃すまいと部屋中に録音用の配線を張り巡らせ、何千枚もの写真を撮る。そのむせ返るような熱気を余すところなく伝える。
映画『ジャズ・ロフト』は
2021年10月15日より全国公開された。
劇場では観られなかったので
AmazonプライムのスターチャンネルEXで
放映していたのでこちらで鑑賞。
新たにスターチャンネルEXを開設申し込む。
何と、2か月間は99円とのこと(通常月980円)
ネット映画の販売戦略は凄い!
もちろん解約はいつでも出来るのですが。。
ユージーン・スミスの住むロフトで繰り広げられた、
ジャズ・ミュージシャンたちの熱狂のセッション
自らの住まいを捨て、この一室が彼の撮影場所だった。
窓から眺める人々や景色が、その対象になった。
彼の病んだ身体と精神は
お酒とジャズが癒しであり、医者だったのだろう?
この部屋にダリも、凄い人々が集まっていた。
知られざるアーティストダリからセロニアス・モンクら
大物まで彼らの自由な演奏が、天才写真家の運命を変えた
著名人の推薦コメント
こういう時代が確かにあったことを、ユージーン・スミスは残してくれた。
いつも何処かからジャムセッションが聞こえる街の熱気、ざわめき、煙草の煙、躍動感と気怠さが焼きつけられた写真の数々に懐かしさを憶える。
その歴史の中に僕もいた。 渡辺貞夫
ユージーン・スミスが写真でしか映らないのにジャズミュージシャン達は音しか残さないのに何というカッコいい映画でしょう...
証言者達によって8年という時間の不安定を知ったことは奇跡ね、創造的に生きたいと思った... 夏木マリ
タウンホールの為のアレンジ作業、モンクとオーヴァトンの会話やリハーサルシーンは見応えがある。モンクの肉声があれだけ聞けるのもレア。私が青春を捧げた80年代終頃のNYでの夜な夜なのセッションを昨日の事のように思い出す。 大西順子(ピアニスト)
映画を観ての、私の感想は
夜な夜な繰り広げられたジャズ・セッション
煙草の匂い、ジャズの熱気で狂うほどのセッション
ジャズはこういう熱きセッションの始りだった♬
ユージン・スミスの子どもから見たらまるでゴミ屋敷。
自分たち親子を捨てて辿り着いた場所。
息子が語る内容に、切なさが漂う
されど、戦争と対峙した傷ついた心は。。
精神を取り戻す、没頭することが必要だったのではと
映画を観て感じました。
人生は記録中だと。。答えていた
写真家ユージーン・スミス。
雑誌「ライフ」などで意欲的な作品を数多く発表する。
70年代には写真集「MINAMATA」によって世界に衝撃を与え、ジョニー・デップ主演で映画化もされた。
こちらも観ましたが、またのブログにて~。