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2016-08-29 00:15:00

「流れ渡りにせよ」とは大切な教訓

テーマ:ためになる教え

 

               人として生きる上で大切なこと 「こころのものさし」-未設定

 

                  松ノ木のたとえ話

 

 

 仏様の教えの中に、こういうお話があります。

 

ある日、仏様は一人の男と歩きながら、次のような話をされたのです。

 

仏様

 

「あなたは、私のことを信じていますか?」

 

 

「はい、仏様の云われる事、全て信じています。」

 

仏様

 

「なるほど、あなたは立派な人です。」
 

 

「・・・・・」

 

仏様

 

「それでは、あの崖に突き出ている松の木に上ってみなさい。」
 

 

「はい」

 

このとき男は、まあ上るぐらいだったらいいだろう・・の気持ちでした。

 

ところが、実際上って下を見てみると、そこは断崖絶壁で一歩足を踏み外すと大海原に落ちてしまう危険なところでした。

 

男は慌てて松ノ木から下りようとしていると、

 

仏様は

 

「その松の枝にぶら下がって御覧なさい。」

 

と云われるのです。

 

このとき男は、仏様は何てことを云われるのだろう・・と疑問を持ちました。

 

でも、仏様の言葉だから仕方なくぶら下がりました。

 

下をみると、もう恐いものですから、すぐさま松ノ木に掴(つか)まろうとした時、

 

仏様は

 

「その片手を離して御覧なさい。」

 

と云われるのです。

 

このとき、さすがの男も

 

「仏様は私を殺す気ですか!」

 

と怒ったのです。

 

それに対して仏様は

 

「あなたは、さきほど言いましたね。私の云うことは何でも信じると。あれは嘘だったのですか?」

 

そう云われると、確かに自分の言った言葉だけに、何も言えませんでした。

 

男は仕方なく片手を離したのです。

 

更に仏様は

 

「その片手の指を一本ずつ離しなさい。」

 

このとき男は、初めて腹をくくったのです。

 

「もう仏様の云われるとおりにしよう、もうどうなってもいい。」

 

そして、指を一本ずつ離していったら、案の定 海へ落ちていったのです。

 

同時に、その時仏様の救いの手が差し伸べられた・・・というお話です。

 

この松ノ木にしがみついている姿を、自分考えに執着している私たちに喩えてあります。

 

「自分悟りを止めて、流れに身をまかせていくところに楽になっていく因があるのですよ。」

 

このようにお悟しです。

 

松ノ木にしがみついていること自体に迷い・苦しみがあるのであれば、手を離したらかえって楽になれるのでしょうから。

 

そのことに早く気付きたいものです。


「流れ渡りにせよ」とは、まさしく、生きていく上で大切な「教訓」だといえます。

 

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2016-08-27 00:15:00

 周梨槃特(しゅりはんとく)のおはなし

テーマ:ためになる教え
周梨槃特のそうじ


        周梨槃特(しゅりはんとく)のおはなし


 
昔々 仏さまの お弟子さんに、 摩訶槃特(まかはんとく)と周梨槃特(しゅりはんとく)という 双子の兄弟がいました。

 

お兄さんの摩訶槃特(まかはんとくは、とても頭が良くて、むずかしい仏さまの教えをおぼえて詩にできるほど 賢(かしこ)い人でした。

 

けれど弟の周梨槃特(しゅりはんとく)は、自分の名前もわすれてしまうほど、なにもおぼえていられない 愚(おろ)かな人でした。

 

お兄さんは弟に

 

「おまえは 仏さまの弟子になっても 何もできないから やめて家に帰りなさい」と言いました。

 

でも弟の周梨槃特(しゅりはんとく)は、どうしても仏さまのそばにいたかったので、どうすればよいのか、仏さまに聞いてみました。

 

すると仏さまは、弟の周梨槃特(しゅりはんとく)に1本のホウキをわたして

 

「塵(ちり)をはらい、垢(あか)をのぞかん・・・。この言葉を思いながらいっしょうけんめい そうじをつづけなさい。」

 

とだけ教えました。

 

それからというもの、弟の周梨槃特(しゅりはんとく)は 仏さまに言われたとおり、毎日毎日ホウキをもって 何度も何度も

 

「塵(ちり)をはらい、垢(あか)をのぞかん」

 

と思いながら、何年も何年も いっしょうけんめい そうじを続けました。

 

そうして そうじだけは だれにも負けないほど上手になっていきました。

 

ある時ついに 仏さまの教えを わかることができたのです。

 

それは

 

「自分の心の塵(ちり)をはらってみがいていくこと。そうすれば自分の心にたまった欲(よく)という垢(あか)をとりのぞけるのだ。それが大切なことなのだ・・・」と。

 

じつは 仏さまは、この周梨槃特(しゅりはんとく)を ず~っと見ていたのです。

 

そして

 

「たとえ愚(おろ)かであっても自分が愚かであると知ることは、自分のことを賢(かしこ)いと思いこんでいる愚かな人より、本当の賢い人なのです」

 

と言って、周梨槃特(しゅりはんとく)の心をほめました。

 

このように、自分が賢い人ではないことを分って 教えられたとおり 毎日心をみがいていった周梨槃特(しゅりはんとく)は、仏さまの教えがわかる 本当の賢い人となったのです。

 

この周梨槃特(しゅりはんとく)の心を、見習っていくように教え諭(さと)されたのかもしれませんね。

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2016-08-26 00:15:00

やわらかい心に

テーマ:御法門

               御 教 歌

 

         何ごとも 気に入らぬこと 尚多し

 

          これがうきよと 観念をせよ

  

 

 自分の思い通りにならないのが、この世の理だと思い知ることの大切さをお示しの御教歌です。

 

ことわざに「浮き沈みは世の習い」とありますように、人の一生は幾度も浮き沈みがあるもので、何時も安穏に過ごせるものではありません。

 

楽しい日もあれば、辛く苦しい日々もあり、それが無常での生活ですから、自分の思い通りにならないことが多いものです。

 

御指南に


「人の心の同じからざることは其の面(おもて)のごとしといひ て、たでくふ虫も好き好きとやら、われにもきづいあれば人にもへんくつあり。
世の中の人のわが気に入らぬはもとより、我心さへわれがでもおもふやうにもな らぬ浮世に候(そうら)へば、われをもうらみず人をもうらみず、心をやすらかにくよくよおもはずに御養生なさるべく候。」
 

 

「人の心が同じでないことは、夫々の顔立ちが違うように、蓼(た で)くう虫も好き好きとか、自分にもわがままな所もあれば、人にも頑固者がいるものである。

世間に自分の気にいらぬ人のあるのはもとより、自分の心さえ自 分で思うようにならぬ浮世であるから、人をもうらまず、心をやすらかに、くよくよ思わず養生をしていくことが大事なことである。」

 
このようにお示しです。

 

例えば、自分の心の形を三角としますと、三角の形をした者同士だったら気も合い楽しくやれるのですが、相手の心が四角だったり丸だったら、合わないというより合わせようとしない自分がいたりします。

 

それは、心そのものが氷のように凍ってしまい、三角の器には四角・丸といった違った型のものは嵌らないのです。

 

心を水のように柔らかくしていけば、三角や四角・丸の器で水を汲んでも、自在に形を変えることが出来るように、人間関係においても円満になっていくものです。

 

そのように、固い心を水のような柔らかい心に磨いていくことの大切さをお示しの御教歌です。

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