文章をあれするための、あれ。

文章をあれするための、あれ。

日々気づいたこと、考えること、知りたいこと、など。

子どもが産まれてあっという間に2ヶ月が過ぎた。

最近は授乳間隔が空いてきて、夜まとまって眠れるようになってきた。

その代わり日中は起きてる時間が増えたので、お喋りに相槌を打ったり、絵本を読むなどして遊んだり散歩に行ったりと忙しく、AmazonPrimeでドラマを見る時間が無くなってきた。(新生児-1ヶ月を過ぎるまでは体感で1日の半分は授乳していたので私はその間に様々なドラマを制覇した。)


元々生理的欲求が満たされている限りあまり泣かず、育てやすい部類の子どもだと思うのだが、最近は、構って泣き(大体子どもを置いて料理をしている時に起こる。近くに行くと落ち着く)やびっくり泣き(うとうとしているときに周りの大人がくしゃみなど大きい音を出すとウワーンと泣く。しばらく抱っこすると落ち着く)が始まった。他にも、大人を目で追いかけたり、話しかけると返事をしたり、周囲の環境との関わりによる反応が増えてきて社会的になってきているなぁと感心する。


そう思って新生児の頃を思い返すと、授乳時に頭を振り鮭を捕まえる熊かのごとく吸い付く姿や、上手く吸えずに怒ってグーの拳で猫パンチしてくる姿は最近見られなくなってしまった。

寂しいが、元気に育ってくれていることが何より。これからの成長も楽しみだ。






産後入院は出産日を含めて5泊6日。

出産前はこの期間のことを「身体を休めながら合間合間で育児について教えてもらう療養期間」だと思っていたが、実際私の場合は「退院後に必要な最低限の知識・実技詰め込み型育児強化合宿」だった。


私の産院は俗にスパルタと呼ばれるところで、出産当日から母子同室かつ母乳育児を激しく推奨。なので出産直後から母子共に健康であれば3時間毎の授乳が始まるのである。


日勤と夜勤、それぞれ担当の助産師さんがついて最初の授乳時間には赤子の咥え方や母乳の出具合をチェックされ、出が悪ければ助産師さんが容赦なく乳首周辺を捻り潰して絞り出す。急所を捻り潰されることを想像してもらえれば良いのだがとても痛い。

当たり前に産後すぐなんて赤子の希望するほどの量は出ないので、3時間を待たずともお腹が空いて泣く。スパルタ産院なので泣いてるからといってミルクをくれることは無く、「とにかく吸ってもらえ!」という方針。何度も授乳をすることになるが、産まれたての赤子でも吸う力は強い。マックシェイクを吸うくらいの力が出ているらしい。とても痛い。

さらに出産時のお股損傷、後陣痛とよばれる子宮の痛みも重なり身体はボロボロ・前日夜からの陣痛の影響で寝不足、の満身創痍の状態で昼夜問わずの3時間未満毎の授乳が始まる。


3時間毎といっても授乳に準備も含めて30分ほど、前後のおむつ交換で10分、寝かしつけに20-30分ほどかかるので、実際母体が休めるのは最長でも2時間程度。どうしても細切れ睡眠になるのだが、リズムが掴めると「ここぞ!」という時に休めるようになってくる。


毎朝7時半頃に助産師さんが赤ちゃんを預かり、着替え・身体測定・小児科医検診等をやってくれ、大体10時半から11時頃に呼ばれて迎えに行く。

つまりこの3時間が赤子に泣かれることのない絶対的な休息時間になるのだ。


7時45分頃に朝ごはんが届くので少しでも休息時間を長く取るべく猛スピードで食べる。この点に置いて産前に1ヶ月ほど入院していた私は有利である。この産院の朝食は5つのパターンで回されており、そのすべての食べ方のコツを前回の入院時に得ていたし、いちいちメニューに一喜一憂することも無かった。大体8時過ぎに食べ終われば、持参した蒸気でホットアイマスクをつけて休む。ここでぐっすり眠ることができれば大分スッキリする。


午前はこんな感じで終わり、午後はその日によって、沐浴指導・退院後の生活指導・アロママッサージ・面会などがあり結構忙しく過ごした。


頻回授乳がやはり大変ではあるものの、赤ちゃんはずっと可愛くほぼすべての時間が幸せだった。

産まれたての赤ちゃんはとにかく小さくてホヤホヤしていて動きがスローで人間というより小動物というように感じた。同じ新生児期でも、生後2〜3週間経つと人間の赤ちゃんになった。

早期新生児期を母子同室で一緒に過ごすことが出来たのは貴重な体験だった。


よく多くの人が産後ホルモンの関係でマタニティブルーズになると聞いており、自分は変化に弱いタイプなので絶対なると思っていたが案外ならなかった。よくよく考えてみると妊娠中も前より感情が落ち着いていたし肌の調子も良かった。

元々通常時に女性ホルモンが足りておらず、産前後のホルモンの増加が私にはちょうど良かったという仮説を立てたので、今後のホルモンの減少には注意したい。



最後のブログ更新から2年経ち、

私は結婚し妊娠していた。


7月のある日、39週の健診に行くと「まだ産まれそうな感じは無いですね」と先生に言われる。


32週くらいから切迫早産と診断され、自宅安静や入院でほとんど横になって生活していたのに、産まれても良い時期になると案外産まれないものである。


とは言え産前最後の自由に動ける時期、夫婦2人での外食を大いに楽しもうと週末に焼肉を食べに行く約束を夫とした。


が、焼肉へは行くことなくこの健診の翌日、子どもは産まれてきた。



(以下、痛みや少し生々しい表現出てくるので苦手な方ご注意ください)




健診当日の夕方から夜にかけて、おしるしや前駆陣痛があったものの、そこから出産までは2〜3日から1週間かかるのが定説ということで何も疑わずに就寝。


夜中1時頃に腹痛と腰痛で目覚める。ソファで耐えるも3時頃には10分間隔で痛むようになったので産院へ電話。5分間隔になったら来るように言われ再び耐える。


この電話で夫が目覚め、「腰さすろうか?」と言ってくれた。正直まだ1人で耐えられるレベルだったが、陣痛の辛さを少しでも感じてもらうためさすってもらうことにした。


そんな余裕は束の間で、どんどん痛みは増していき、さすってもらうことでかなりマシになった。

5時半過ぎ、陣痛が5分間隔になったので病院へ向かうことに。


病院への車中では、あまり実感が湧かないものの「いよいよなのか〜」と思ったり、「今日無痛分娩出来ない日やん…」と思ったり、痛みに耐えたりしていた。


無痛分娩について、私の産院では土日祝・夜間と麻酔科医がいない曜日は出来ないと説明を受けており、それもありきで運だなと思って一応希望していた。お産は夜中が多いと聞くし、多分無理だろうなと思ってはいたものの、まさか平日の朝からの出産なのに麻酔科医のいない曜日に当たってしまうとは!

(補足として言うと、ここの産院の無痛分娩は10割の痛みを3割までに抑えるものであり、完全に無痛ではない)


病院へ着くと、夫は駐車場待機。お産が進んでいないと入院にならず帰宅になる可能性もあるそう。ドキドキしながら内診を受けると10段階のうち6割くらいまで進んでおり入院に!思っていたより進んでいてラッキー!

夫に電話して入院になる旨を伝え、「頑張ってください」「はーい」と言葉を交わして夫は仕事へ私は陣痛室へ。

荷物を置いて分娩着に着替えトイレを済ませてベッドへ横たわる。助産師さんからは「食べれるうちに食べとき」と言われるものの、あまり食欲はない。一応あらかじめ用意しておいた飲食料(ウィダー、カロリーメイト、こんにゃくゼリー)と昨日健診帰りに買っていたミスドの新作をテーブルに置いておいてもらい、助産師さんは去り1人で陣痛を耐える。


9時に先生の内診があり、7-8割まで進んできており「スムーズにいけばお昼には産まれるよ」と言われる。


この頃までは、YouTubeで予習していた「はんなりママ」の陣痛乗り越えポーズで耐えられる程度の5分間隔の痛み。声も出ないので、助産師さんに後から聞いた話では「そんなに痛がってないからあまりお産が進んでないのでは」と心配されていたらしい。


ところがどっこい、10時半くらいからは「ゥゥゥ、、、」と声が漏れるほどの痛みに。

はんなりママのポーズが出来ない程痛く、なんとかベッドの柵を掴んで必死に深呼吸。


この頃から「何故今日無痛分娩できない日なのか、そもそも何故日本では無痛分娩がデフォルトでないのか、こんな痛みに耐える理由はなんなのか」とひたすら無痛分娩が出来ないことに怒りが湧いてきた。


そして11時頃からは「いきみたい欲」が出て来てこれが今もトラウマになっているほど辛かった。


汚い話になってしまうが、お尻から巨大で硬い便秘便が出よう出ようとしてきている感覚があり、思わず踏ん張ってしまうのだ。

しかし踏ん張る=息が止まるので、そうすると赤ちゃんに酸素が届かなくなってしまう。いきむのを我慢して必死で深呼吸をしなければならず、しかもそれと同時に腰の骨を削がれているかのような腰痛・太ももの前面がひどい筋肉痛のような痛みがして叫ばずにいられない。


陣痛が来るたび、「イヤァァアアアア ウウアアアアアア」みたいな叫びが止まらず、もし部屋の外に妊婦さんがいたら絶対びびってたと思う。

午前中仕事に行っていた夫も立ち会いのため到着。叫ぶ私をみてビビったと思う。足や腰をさすってもらう。


この痛みが13時頃まで続き、途中助産師さんに「いつまで我慢すればいいですか…辛いです…」と泣きついたりもした。


13時過ぎ、いよいよ産んでOKとなり分娩室へ移動!

助産師さんが複数人きてベッドごと運んでくれ、点滴を刺したり足に色々つけたりテキパキと用意してくれる。その間にも陣痛がきて苦しむのだが、ここでお尻を押さえてくれた助産師さんの手が的確、まさにゴッドハンドで痛みがかなりマシになった。助産師さんってスゲェエエエエエエとその時だけは意識がはっきりした。


さぁ準備が整い、ついにいきんでOK!となったのでこれまたYouTubeで予習していたサンシャイン池崎法でいきむ!するとお股に圧迫感が…


助産師さんが焦った様子で夫に「ちょっと後ろのナースコール押してくれる?」と指示。

準備で来ていた複数の助産師さんは既にはけており、担当の助産師さんと夫と私の3人だったのだが、お産の進みが早かったようでバタバタと他の助産師さんたちが戻ってきて、先生も来てくれ、そのあと4.5回いきむと、ドゥゥルンンンンッという感覚と共に子ども誕生!

分娩室に来てから30分足らず。


呆然としている私の胸にカンガルーケアのため赤ちゃんが置かれて抱っこすると、生暖かさや動いている感触がわかり、感動。

やっと会えたね的な涙の感動とかでは無く、「この生命体がお腹の中にホンマにおったんか!!お股から出てきたんか!!生命ってすげー!!」という感動で、産まれた後の私の第一声は「すごーーい」だった。


ちなみにこの間に胎盤を出してもらうのだが、それもドュリュリュンッと出てきて面白かった。飲むタイプの蒟蒻ゼリーを押して出すときのような感覚。


陣痛は辛かったが出産自体はそんなに痛くなく、むしろ快感で、終わった後は解放感と達成感があった。股も裂けたが全くわからなかった。


サンシャイン法のいきみはかなり助産師さん達に褒められたし、腹式呼吸もうまく出来たので妊娠中に練習しておいて良かった。



無痛分娩は出来なかったけど、10数万浮いたし、終わってみればあれを緩和するのに10数万の価値は無いかな?と思い結果的には良かったかなと思う。

でももしまた出産の機会があるなら、絶対無痛分娩!!!と出産直後は思っていたが、少し経った今は無痛で無くてもいいかも…と陣痛の辛さを早速忘れかけていってしまっている模様。

 

まぁそんなすぐに次回は来ないので、今は子どもを可愛がろうと思う。



後日談だが、立ち会いをした夫は無痛分娩が出来ると思っており、分娩室でも痛がる私を見て、「いつ無痛になるのだろう?それとももう既に無痛なのか?それでもこんなに痛そうってことは出産ってやっぱり大変なのだなぁ」と思っていたらしい。


私は当日早朝には自然分娩に挑む気持ちを作っていたのに、夫は産まれるまで無痛かと思っていたと思うとズッコケる。




参考


はんなりママ 陣痛逃しポーズ 5:25 頃から



サンシャイン池崎法 いきみ方 5:26頃から

実際は「イェーイ」の時は息をとめて踏ん張ります



昨晩は擬人化したそれと武器を持たずグーパンチで戦い、その後は教室でそれを踏んでしまった上履きを洗うよう先生に指示される二本立て。

 

先週は、なんか変なニオイがするなと違和感を持ちつつ飲んでいたお茶がそれ漬けだったと友達に知らされた。

 

その前の週は、行くのを楽しみにしていた串かつ屋さんでそれが出た。滅多に予約の取れないお店なのに悲しかった。

 

パッと思い出せるだけでこれだけあるって、どれだけそれの夢を見ているんだ私は。


考えすぎている。怯えすぎている。


寝る直前だって、ベッドの淵からそれが手をつたって登ってこないか恐れてしまう。だから夢に脅威となって出てくる。

 

半年前はここまでそれの夢をみなかったのに、なんで最近になってよく見るのか。


前回のブログからやりはじめた「驚かない練習」が影響しているのかもしれない。


驚かないためには、世ではある程度のことが起こると想定していなければならない。「起こるかも」と思っていることが起こっても、びっくりしないからだ。

最近はそれが癖になってきたのか、声を出して驚くことも減ってきた。


でもまさかこんなところに弊害が出ていたとは。

 

それがいつ出ても驚かないよう、出る場面を想定しすぎた。

こんなことじゃ体に負担がかかりすぎる。もっと癒される夢がみたい。


そもそもそんなに怯える必要はないんじゃないか。


この家に住んで2年以上、それが実際に出たのはたったの1回。それも1年半ほど前。

あれ以来いろいろな対策をして、家の中では見かけていない。

しかも、それが私に不快感以外の危害を加えたことはない。地震より頻度も危険度も低いのだから、毎日毎日怖がらなくてもいいのだ。


昨日こんなことを考えたら、グーパンチで倒す夢を見たので、気持ちも追っかけてきているのだろう。



実際のデータで比較をしてみると、気が楽になってくる。感情だけで進むとそのまま膨らんでいってしまうから、定期的に客観視することが大切だと身を持って感じた。


今日は白い犬をモフモフする夢がみたい。

 


1年の半分があれよあれよというまに終わってしまった。

年始に立てた「今年のしたいこと」は、コロナの影響もあって、すぐにできるものも少なくなってしまった。
下半期なので新たな目標を立てようと思う。

今年中に、過度に驚くことをやめたい。

私は人よりびっくりしいで、一緒にいる相手を逆に驚かせてしまうことが多い。
高校の文化祭で一緒にお化け屋敷に入った友達の感想が「おばけより(私)ちゃんの驚き声にびっくりしたわ〜」だったし、最近もお昼休みに社内の人に「(私)さんっていっつも俺に会うとびっくりしてるよな」と言われた。
毎回相手をびっくりさせてしまう時間は無駄なのでどうにかしたい。

前にこのブログで「道をきかれる人間になりたい!」という理由で「道案内レポート」を始めたことにより、実際きかれることが微量ながら増えたことから、「驚き」も発生と改善策を日々記録していくことで落ち着いた人間になれるのではないかと考えている。

最近読んだ本に「驚き自体が、自分の世界をどう理解し何を予想しているかを端的に表す。」とあった。
この考えでいくと驚きすぎる私は自分で考えている世界が極端に狭いということだ。

驚きレポートでは、理由と空間を記録して自分の世界の境界線を知り、広げていく方法を模索することで「脱・びっくりしい」を目指す。

取り急ぎ、直近の驚きレポートで今日のところは締め括りたい。

***

日時:平日の始業前
場所:会社
内容:グレープフルーツゼリーを開けると汁がブワァっと出て来てグヘェっと驚き、後ろにいた人に「どうしたんですか?」と驚かれる

改善策:
前提の変更-タプタプのゼリーは大体吹き出る
対策-溢れても問題無いよう、ビニール袋の中などで開ける・勢いがつかないよう、ゆっくり開ける