昨晩は擬人化したそれと武器を持たずグーパンチで戦い、その後は教室でそれを踏んでしまった上履きを洗うよう先生に指示される二本立て。
先週は、なんか変なニオイがするなと違和感を持ちつつ飲んでいたお茶がそれ漬けだったと友達に知らされた。
その前の週は、行くのを楽しみにしていた串かつ屋さんでそれが出た。滅多に予約の取れないお店なのに悲しかった。
パッと思い出せるだけでこれだけあるって、どれだけそれの夢を見ているんだ私は。
考えすぎている。怯えすぎている。
寝る直前だって、ベッドの淵からそれが手をつたって登ってこないか恐れてしまう。だから夢に脅威となって出てくる。
半年前はここまでそれの夢をみなかったのに、なんで最近になってよく見るのか。
前回のブログからやりはじめた「驚かない練習」が影響しているのかもしれない。
驚かないためには、世ではある程度のことが起こると想定していなければならない。「起こるかも」と思っていることが起こっても、びっくりしないからだ。
最近はそれが癖になってきたのか、声を出して驚くことも減ってきた。
でもまさかこんなところに弊害が出ていたとは。
それがいつ出ても驚かないよう、出る場面を想定しすぎた。
こんなことじゃ体に負担がかかりすぎる。もっと癒される夢がみたい。
そもそもそんなに怯える必要はないんじゃないか。
この家に住んで2年以上、それが実際に出たのはたったの1回。それも1年半ほど前。
あれ以来いろいろな対策をして、家の中では見かけていない。
しかも、それが私に不快感以外の危害を加えたことはない。地震より頻度も危険度も低いのだから、毎日毎日怖がらなくてもいいのだ。
昨日こんなことを考えたら、グーパンチで倒す夢を見たので、気持ちも追っかけてきているのだろう。
実際のデータで比較をしてみると、気が楽になってくる。感情だけで進むとそのまま膨らんでいってしまうから、定期的に客観視することが大切だと身を持って感じた。
今日は白い犬をモフモフする夢がみたい。