20歳ありがとうございました
今日は、龍士が20歳の誕生日で、家族でお祝いパーティーです。
おばあちゃんが、電車に乗ってデパートでケーキを買ってきてくれました。
お兄ちゃんが「龍士はおコチャマだからこれだな」と、缶酎ハイを買ってきてくれました。

パパちんが「おしゃれセットだ」と言って男性化粧品を買ってきてくれました。
母ちゃんは、ワンパターン料理の手巻き寿司にしました。
乾杯をしたら、龍士が話し始めました。
「僕は20歳になりました。今まで育ててくれてありがとうございました。これからもよろしくお願いします」と言いました。
びっくりして涙が出ました。
仕事から帰りましたら、宅急便や郵便物や電報が沢山届いていました。
どらえもんはおしゃべりもしました。

何方からなのか分かっている方から、何方なのか分からない方まで。
おめでとうとお言葉をいっぱい頂きました皆様ありがとうございました。
大変ありがたく、涙が出ました。
お手紙、お葉書など、大変励まされました。
やっぱりひとりで生きてない。
皆様のおかげです。
ありがとうございました。
感謝します。
どこからかカラフルなキリンさんも来ました。
いらっしゃいませ。

多くの皆様に見守っていただきながら、二十歳を超える日をすごすことができました。
皆様、本当にありがとうございました。
龍士は幸せ者ですね。
感謝します。
おばあちゃんが、電車に乗ってデパートでケーキを買ってきてくれました。
お兄ちゃんが「龍士はおコチャマだからこれだな」と、缶酎ハイを買ってきてくれました。

パパちんが「おしゃれセットだ」と言って男性化粧品を買ってきてくれました。
母ちゃんは、ワンパターン料理の手巻き寿司にしました。
乾杯をしたら、龍士が話し始めました。
「僕は20歳になりました。今まで育ててくれてありがとうございました。これからもよろしくお願いします」と言いました。
びっくりして涙が出ました。
仕事から帰りましたら、宅急便や郵便物や電報が沢山届いていました。
どらえもんはおしゃべりもしました。

何方からなのか分かっている方から、何方なのか分からない方まで。
おめでとうとお言葉をいっぱい頂きました皆様ありがとうございました。
大変ありがたく、涙が出ました。
お手紙、お葉書など、大変励まされました。
やっぱりひとりで生きてない。
皆様のおかげです。
ありがとうございました。
感謝します。
どこからかカラフルなキリンさんも来ました。
いらっしゃいませ。

多くの皆様に見守っていただきながら、二十歳を超える日をすごすことができました。
皆様、本当にありがとうございました。
龍士は幸せ者ですね。
感謝します。
20歳!ハッピーバースデー
12時を越して、とうとう、龍士は20歳になりました。
龍士が生まれた日、いいお天気で、少々産気づいたと分かった私は、今のうちだーーと産婦人科まで歩いて行ったら、ドクターがビックリして、叱られました。
逆子でしたが無事に産まれました。
数日の入院中黄疸が強くなって、3日ほどでしたが私だけ先に退院しなければならなくなりました。
悲しくって、心配で、涙が沢山出ました。
無事に退院して以来、すくすくと育った龍士は、お兄ちゃんの賑やかさに慣らされていたのか、やたらなことには動じないどっしり構えた赤ちゃんでした。
お座りがなかなか出来なくて、よく部屋の隅に布団を背にあてがい、寄りかからせて座っていると、お兄ちゃんの楽しい動きに、息を吸いすぎるほど笑って笑って、あんまり笑いすぎて、体のバランスを崩し、横にコテンと転がったきり、戻れなくて泣いてました。
言葉がなかなか出なくて、
とっても不安だったのを思い出すと、今でも涙が出ます。
同じ年頃の子どもが沢山おしゃべりしていると、龍士も「ママーー」って言って欲しいなーーってよく泣いた私でした。
初めて受診した療育相談センターで、龍士に知的障害があると知った日に、その頃はまだ元気だったおじいちゃんが、「朝、連れて行った龍士と、今障害があると言われて帰って来た龍士と、何一つ変わってない、同じ龍士だ。今まで通りだ。」と私に言いました。
そうだなーーおじいちゃんの言うとおりだと思いました。
「龍士には手に職をつけてやれーー」というのがおじいちゃんの口癖でした。
どうか、生きていけますように。
それから、「大人になったらーーー生きていけますように」を目指して、毎日毎日泣いて、笑って、泣いて、笑って、笑って、笑って、泣いて、笑って、笑って。
たくさんの方々に助けて頂いて、大きくなるにつれて、泣くことよりも笑う事が多くなって。
小さい頃から、本当は慎重で怖がりなのに、どんな医者にかかっても辛抱強く頑張ってくれて、言語の訓練も一生懸命頑張った。
だから、私もこの人を一生懸命育てなきゃ、申し訳ないと胸が締め付けられるように思った。
「大人になるまでにーーーーーが出来るようになりますように」
そんな事をいつも頭に隅に置きながら暮して、とうとう20歳。
大人になってみたら、まだ間に合わないことも沢山あった。
ごめんね。間に合わなくて。
ねえ、じいちゃん、太鼓って、手に職かなーーー?
まだ駆け出しだけど、太鼓を打ちながら、お給料を頂く人になった。
でも、じいちゃんも龍士が一人でも生きていける人になることを願って、ザラついた手の平で龍士の体を撫でていたに違いない。
まだだね。
私の役目はまだ終わってないね。
きっと、さっき12時を超える前の龍士と何にも変わってないぞーーーと言うに違いない。
龍士が20歳になれました。
これまで、そばで連れ添って頂いた皆様、本当にありがとうございました。
きっと私や家族だけでは、育てられませんでした。
感謝します。ありがとうございました。
20歳になってみたら、ひとりで生きていくには間に合わなかった事がまだまだ沢山ありました。
皆様には、今までと同じように、そばで見守って助けて頂けたら、幸せです。
どうぞよろしくお願いします。

龍士へ
お誕生日おめでとう。
私のもとに生れなかったら、知的障害なんてならなくて済んだのかもしれないのに、ごめんね。
龍士の20歳までに間に合わなかった事はたくさんつくってしまったのに、母さんは龍士に沢山育ててもらいました。
龍士と一緒に暮らさなかったら、こんなに多くの方に会えなかったかも知れないし、「人が育つ、成長する」という事「生きる」という事をこんなに深く考えなかったかも知れません。
それから、男の子のお母さんは中学生くらいになると子と会話もしなくなるとよく聞きますが、いつまでもいつまでも、「かーちゃんーー!」って楽しい話し相手をしてくれてありがとう。
沢山の幸せをもらいました。
龍士が私のところに生れてくれなかったら、私はもっと感じないまま人生を終わらせてしまったかも知れません。
もう一度
龍士の20歳までに間に合わなかった事はたくさんつくってしまったのに、母さんは龍士に沢山育ててもらいました。
本当に本当に、ありがとう。
そして、20歳のお誕生日おめでとう。


龍士が生まれた日、いいお天気で、少々産気づいたと分かった私は、今のうちだーーと産婦人科まで歩いて行ったら、ドクターがビックリして、叱られました。
逆子でしたが無事に産まれました。
数日の入院中黄疸が強くなって、3日ほどでしたが私だけ先に退院しなければならなくなりました。
悲しくって、心配で、涙が沢山出ました。
無事に退院して以来、すくすくと育った龍士は、お兄ちゃんの賑やかさに慣らされていたのか、やたらなことには動じないどっしり構えた赤ちゃんでした。
お座りがなかなか出来なくて、よく部屋の隅に布団を背にあてがい、寄りかからせて座っていると、お兄ちゃんの楽しい動きに、息を吸いすぎるほど笑って笑って、あんまり笑いすぎて、体のバランスを崩し、横にコテンと転がったきり、戻れなくて泣いてました。
言葉がなかなか出なくて、
とっても不安だったのを思い出すと、今でも涙が出ます。
同じ年頃の子どもが沢山おしゃべりしていると、龍士も「ママーー」って言って欲しいなーーってよく泣いた私でした。
初めて受診した療育相談センターで、龍士に知的障害があると知った日に、その頃はまだ元気だったおじいちゃんが、「朝、連れて行った龍士と、今障害があると言われて帰って来た龍士と、何一つ変わってない、同じ龍士だ。今まで通りだ。」と私に言いました。
そうだなーーおじいちゃんの言うとおりだと思いました。
「龍士には手に職をつけてやれーー」というのがおじいちゃんの口癖でした。
どうか、生きていけますように。
それから、「大人になったらーーー生きていけますように」を目指して、毎日毎日泣いて、笑って、泣いて、笑って、笑って、笑って、泣いて、笑って、笑って。
たくさんの方々に助けて頂いて、大きくなるにつれて、泣くことよりも笑う事が多くなって。
小さい頃から、本当は慎重で怖がりなのに、どんな医者にかかっても辛抱強く頑張ってくれて、言語の訓練も一生懸命頑張った。
だから、私もこの人を一生懸命育てなきゃ、申し訳ないと胸が締め付けられるように思った。
「大人になるまでにーーーーーが出来るようになりますように」
そんな事をいつも頭に隅に置きながら暮して、とうとう20歳。
大人になってみたら、まだ間に合わないことも沢山あった。
ごめんね。間に合わなくて。
ねえ、じいちゃん、太鼓って、手に職かなーーー?
まだ駆け出しだけど、太鼓を打ちながら、お給料を頂く人になった。
でも、じいちゃんも龍士が一人でも生きていける人になることを願って、ザラついた手の平で龍士の体を撫でていたに違いない。
まだだね。
私の役目はまだ終わってないね。
きっと、さっき12時を超える前の龍士と何にも変わってないぞーーーと言うに違いない。
龍士が20歳になれました。
これまで、そばで連れ添って頂いた皆様、本当にありがとうございました。
きっと私や家族だけでは、育てられませんでした。
感謝します。ありがとうございました。
20歳になってみたら、ひとりで生きていくには間に合わなかった事がまだまだ沢山ありました。
皆様には、今までと同じように、そばで見守って助けて頂けたら、幸せです。
どうぞよろしくお願いします。

龍士へ
お誕生日おめでとう。
私のもとに生れなかったら、知的障害なんてならなくて済んだのかもしれないのに、ごめんね。
龍士の20歳までに間に合わなかった事はたくさんつくってしまったのに、母さんは龍士に沢山育ててもらいました。
龍士と一緒に暮らさなかったら、こんなに多くの方に会えなかったかも知れないし、「人が育つ、成長する」という事「生きる」という事をこんなに深く考えなかったかも知れません。
それから、男の子のお母さんは中学生くらいになると子と会話もしなくなるとよく聞きますが、いつまでもいつまでも、「かーちゃんーー!」って楽しい話し相手をしてくれてありがとう。
沢山の幸せをもらいました。
龍士が私のところに生れてくれなかったら、私はもっと感じないまま人生を終わらせてしまったかも知れません。
もう一度
龍士の20歳までに間に合わなかった事はたくさんつくってしまったのに、母さんは龍士に沢山育ててもらいました。
本当に本当に、ありがとう。
そして、20歳のお誕生日おめでとう。


母さんの年齢はーーー28才にしといておくれーーー
さーて、いよいよ秒読み状態になってきたのは、龍士の誕生日。
なんで大騒ぎって、「二十歳」の誕生日だから。
そんな重要な日を前に、懐かしい出来事をひとつ。
龍士が中学一年生の時のこと。
龍士は中学から個別支援級に進んだので、その担当の先生方との相談で、生活に密着した学習、生きていくのに必要な知識を広める、そんな二本柱で学習が進められた。
そんなある日、学校では、
今日は家族全員の名前や年齢を書いてみよう!!と始まった。
自分の名前を書けることで安心してきた小学校時代から、もう一歩進んだのだ。
龍士は一生懸命書いた。
まずは、自分だ。
友野龍士13才
鉛筆を持つ手がまだ器用に微調整が聞かないから、画数の多い漢字は、大きくなってしまう。
次はおにいちゃんだ。
友野○○18才
名前の部分をひらがなで書いた。
それまで自分の名前を漢字で書けるようにという意識が持っていたけど、まさかお兄ちゃんの名前が漢字で書けますようにーーなんて考えもしなかった。
五つ年上のお兄ちゃんだ。
さて、パパちんだ
友野●●4うん才
漢字で書いた。なぜ???
表札に書いてあるという事と、度々届く郵便物は漢字で届くのでよく目にしていて、形を覚えていた。
書き順は悲惨なものだったらしいけど、とにかく字は出来上がった。
そして画数が多いので、大きな文字となった。
さて母ちゃんだ。
友野●●●20才
おばあちゃん
友野○○72才
そんな事を書いてきた。
お話がありますから来て下さい!!!
おおーーーーっ!呼び出しだ。
今日龍士君は、これを書きました。
ふむふむ、相変わらず画数の多い字は大きくなっちゃってかわいい。
しかし、すごーーーーく丁寧に書いたんだなーという努力の跡は見える。
私は、「素晴らしい」と思った。
素晴らしくありません!!!!と先生。
何で???そんな価値観の先生じゃ龍士がかわいそうだーーーなんて思ってしまうじゃないか==。
「丁寧に書いて素晴らしいですよ」
そうでしょ。一生懸命書いたんだから。
「しかし龍まま、お母さんの年齢を見てください!!!龍士君に本当はいくつ?って聞いても、お母さんは20才と答えるじゃありませんか!!」
「お兄ちゃんはいくつだーーー?18才だろ。20才と近いと思わないか???」
なーーんて、一気に数学の時間にかわっていったという。
しかーーし、純粋で生真面目で愛情いっぱいの龍士はそんな先生の諭しにも乗らず、私の20才説を信じている。
「お母さん!!子供には親の年齢くらい本当のことを教えてください!!」
龍士君には冗談じゃすまない純粋なんですから、それが本当のことだと信じてるんですから!!!
ちょっと大笑いしながらそんな面談を済ませて家に帰り、龍士に話した。
「龍士ごめんね」
なーーに?
「お母さん今まで違う年齢を龍士に話してたよ。
お母さん本当は3うん才なんだ。
そうすると、おばさんみたいでしょ。女の子だから恥ずかしいから20才だよーーって話してた、ごめんね。」
龍士の目がまんまる目になった。
けど優しい龍士は許してくれた。
さーーてそこから先が大変!!
正直な龍士は、正確に知った私の年齢を世間様の前で平気で口にするのだ!!
それは今でもそう。
人と会うと紹介しあったりする場面によく出くわす。
龍士とセットでたつことも多い私もご一緒にご挨拶させていただくことも多い。
「僕は友野龍士です。19歳です!!」
はきはきしててなかなか立派なご挨拶をするようになった。
「龍士の母親で友野●●●ですーー。お世話になっております」
そんなご挨拶をさせて頂くことが多いけど、
その横からすぐに
「お母さんは4うん才です。女の子は恥ずかしがり屋だから28才とか言いたいですが、本当の年は4うん才です」
そんな、私が気絶しそうなことを、さらりと言うのだ。
それはあの中学のその出来事の日からずっと続いている。
これまでの続き方を見ていると、おそらくこの先も続くだろう。
「ええーーー私は28歳でーー」なんて言いかけても、言い終わる前に
「母さんは恥ずかしがっていますが本当の年は4うん才です」というのだ。
ご一緒にお付き合いいただいてる皆様、一度や二度は龍士が私の年齢を「母さんは本当は4うん才です」と堂々と語る場面に出くわしておいででしょう。
かたくなに続く、生真面目な純粋な正直な龍士。
もっと何年も経って、私が自分の年齢を忘れそうになっても、大きな声で「母さんの本当の年はーーーーー」と話してくれるに違いない。


なんで大騒ぎって、「二十歳」の誕生日だから。
そんな重要な日を前に、懐かしい出来事をひとつ。
龍士が中学一年生の時のこと。
龍士は中学から個別支援級に進んだので、その担当の先生方との相談で、生活に密着した学習、生きていくのに必要な知識を広める、そんな二本柱で学習が進められた。
そんなある日、学校では、
今日は家族全員の名前や年齢を書いてみよう!!と始まった。
自分の名前を書けることで安心してきた小学校時代から、もう一歩進んだのだ。
龍士は一生懸命書いた。
まずは、自分だ。
友野龍士13才
鉛筆を持つ手がまだ器用に微調整が聞かないから、画数の多い漢字は、大きくなってしまう。
次はおにいちゃんだ。
友野○○18才
名前の部分をひらがなで書いた。
それまで自分の名前を漢字で書けるようにという意識が持っていたけど、まさかお兄ちゃんの名前が漢字で書けますようにーーなんて考えもしなかった。
五つ年上のお兄ちゃんだ。
さて、パパちんだ
友野●●4うん才
漢字で書いた。なぜ???
表札に書いてあるという事と、度々届く郵便物は漢字で届くのでよく目にしていて、形を覚えていた。
書き順は悲惨なものだったらしいけど、とにかく字は出来上がった。
そして画数が多いので、大きな文字となった。
さて母ちゃんだ。
友野●●●20才
おばあちゃん
友野○○72才
そんな事を書いてきた。
お話がありますから来て下さい!!!
おおーーーーっ!呼び出しだ。
今日龍士君は、これを書きました。
ふむふむ、相変わらず画数の多い字は大きくなっちゃってかわいい。
しかし、すごーーーーく丁寧に書いたんだなーという努力の跡は見える。
私は、「素晴らしい」と思った。
素晴らしくありません!!!!と先生。
何で???そんな価値観の先生じゃ龍士がかわいそうだーーーなんて思ってしまうじゃないか==。
「丁寧に書いて素晴らしいですよ」
そうでしょ。一生懸命書いたんだから。
「しかし龍まま、お母さんの年齢を見てください!!!龍士君に本当はいくつ?って聞いても、お母さんは20才と答えるじゃありませんか!!」
「お兄ちゃんはいくつだーーー?18才だろ。20才と近いと思わないか???」
なーーんて、一気に数学の時間にかわっていったという。
しかーーし、純粋で生真面目で愛情いっぱいの龍士はそんな先生の諭しにも乗らず、私の20才説を信じている。
「お母さん!!子供には親の年齢くらい本当のことを教えてください!!」
龍士君には冗談じゃすまない純粋なんですから、それが本当のことだと信じてるんですから!!!
ちょっと大笑いしながらそんな面談を済ませて家に帰り、龍士に話した。
「龍士ごめんね」
なーーに?
「お母さん今まで違う年齢を龍士に話してたよ。
お母さん本当は3うん才なんだ。
そうすると、おばさんみたいでしょ。女の子だから恥ずかしいから20才だよーーって話してた、ごめんね。」
龍士の目がまんまる目になった。
けど優しい龍士は許してくれた。
さーーてそこから先が大変!!
正直な龍士は、正確に知った私の年齢を世間様の前で平気で口にするのだ!!
それは今でもそう。
人と会うと紹介しあったりする場面によく出くわす。
龍士とセットでたつことも多い私もご一緒にご挨拶させていただくことも多い。
「僕は友野龍士です。19歳です!!」
はきはきしててなかなか立派なご挨拶をするようになった。
「龍士の母親で友野●●●ですーー。お世話になっております」
そんなご挨拶をさせて頂くことが多いけど、
その横からすぐに
「お母さんは4うん才です。女の子は恥ずかしがり屋だから28才とか言いたいですが、本当の年は4うん才です」
そんな、私が気絶しそうなことを、さらりと言うのだ。
それはあの中学のその出来事の日からずっと続いている。
これまでの続き方を見ていると、おそらくこの先も続くだろう。
「ええーーー私は28歳でーー」なんて言いかけても、言い終わる前に
「母さんは恥ずかしがっていますが本当の年は4うん才です」というのだ。
ご一緒にお付き合いいただいてる皆様、一度や二度は龍士が私の年齢を「母さんは本当は4うん才です」と堂々と語る場面に出くわしておいででしょう。
かたくなに続く、生真面目な純粋な正直な龍士。
もっと何年も経って、私が自分の年齢を忘れそうになっても、大きな声で「母さんの本当の年はーーーーー」と話してくれるに違いない。


邦楽ジャーナル11月号
昨年から、コンサートのお知らせなどで度々お知らせを掲載して下さり、とても身近に感じるようになっていた、月刊誌、「邦楽ジャーナル11月号」に、龍士のお師匠さんの仙堂新太郎先生が今月の「こだわりすと」として紹介されました。
その取材の日、ちょうどお稽古だったのが龍士でありまして、恐れ多くもご一緒に全身写真を載せてくださいました。
ここにページを公開するわけにもいかないと思いますので、表紙だけ。
11月号ですのでまた販売中です。

その取材の日、ちょうどお稽古だったのが龍士でありまして、恐れ多くもご一緒に全身写真を載せてくださいました。
ここにページを公開するわけにもいかないと思いますので、表紙だけ。
11月号ですのでまた販売中です。

打倒(妥当)メタボ健診
毎年ある健康診断ですが、ここのところの健診は、ちょっと肩身がせまくなる。
なにせこの健診、診断基準とやらが設定してあって、そのステップの最初に腹囲を計測して男性が85センチ以上、女性が90センチ以上あると、それだけで内臓脂肪型肥満とされてしまうんだから大変。
一気にメタボリックシンドロームの危険性が高い人と認定されてしまうのであります。
立って軽く息を吐いた状態でへその高さの腹囲を測るのだ。
軽く吐いても、「もっと全部吐いてーーー、だらんと力抜いてーーー」とか言って!!!
ちょっとでもお腹に力を入れようもんなら、「はーーいもっとだらーーーん」
と気を抜いた瞬間の数字をパッと読む!?!?!?!
今かい???!!!
私にとってはまるでフェイントにかかったようなものだ。
ステップはもうひとつ。
血液を検査して、高血糖、脂質異常、高血圧のうち2種類の異常があったら、「あなたはメタボリックシンドロームです」と診断を受けるわけ。
さて私。
私をご存知の方には、このゆったりのんびりした風貌を「安心する」と褒めて頂いてここまで大きくなりました。
龍士と同じで、褒められて育つタイプですから。
しかーーし、
このゆったりのんびりした体を持って行ってメタボの第一ステップを逃れられるわけがない!!
見事に第一ゲート通過。
さーて血液検査は大変よ。
恥ずかしがり屋の私の血管は、見られないように奥深くに沈み、手慣れたベテラン看護師さんでも、ようやく探し当てる。
その日の帰りには、絆創膏は三枚。
つまり三か所に刺してようやく採取だ。
結果はーー、安全値枠の上の方ーー
しかもここ数年でじりじりと少しずつ上がっている。
このままではあと数年で確実に安全地帯から抜け出すことになる。
そんな見解から、ドクターーに指導を受けることとなった。
龍ままさーーん、食べ物は嫌いなものが無いでしょーー。
何で私の嗜好を知ってるの???えーーそりゃーまーー。
龍ままさんは、食べることが大好きでしょーーー。
えーーそりゃーーまーー何でも美味しくいただきます。
龍ままさんはお腹いっぱいに食べると幸せを感じるでしょう。
そりゃーー何が幸せって、ねーー。
龍ままさんは何でも食べていいんですよーーー。でもちょっとだけ。
お腹いっぱいにしたいなーーーと思った時に、龍ままさんの食べていいものは、お野菜ですよーーー。
そんなまやかしのような事言ってーーーーーもう、イケズなドクターだ。
そして、龍ままの打倒(妥当)メタボ矯正(共生)プログラムが始まるのでありました。
青虫のように野菜を食べて、通勤にはバスを三つ手前の停留所で降りてせっせと歩く。
龍士が大人になるまではーーなんて、ちょっと頑張って生きてきましたが、間もなく成人する龍士を前にしても、やっぱり先行きは超気になるにあたり、この頃ちょっと長生きしてみたいと思う事大なり。
あーー私が万が一痩せてしまうようなことがあったら、実家の親は心配するだろうなーー。
職場の認知症のマイフレンドは、私に会っても知らん顔するかも知れん。
「そんな心配は痩せてからしたらどうだーーー」とパパちん!
ここにも一人、イケズがいた。
乞うご期待(小さくお願いします)

[写真は近所の花木園の中のお花です]
なにせこの健診、診断基準とやらが設定してあって、そのステップの最初に腹囲を計測して男性が85センチ以上、女性が90センチ以上あると、それだけで内臓脂肪型肥満とされてしまうんだから大変。
一気にメタボリックシンドロームの危険性が高い人と認定されてしまうのであります。
立って軽く息を吐いた状態でへその高さの腹囲を測るのだ。
軽く吐いても、「もっと全部吐いてーーー、だらんと力抜いてーーー」とか言って!!!
ちょっとでもお腹に力を入れようもんなら、「はーーいもっとだらーーーん」
と気を抜いた瞬間の数字をパッと読む!?!?!?!
今かい???!!!
私にとってはまるでフェイントにかかったようなものだ。
ステップはもうひとつ。
血液を検査して、高血糖、脂質異常、高血圧のうち2種類の異常があったら、「あなたはメタボリックシンドロームです」と診断を受けるわけ。
さて私。
私をご存知の方には、このゆったりのんびりした風貌を「安心する」と褒めて頂いてここまで大きくなりました。
龍士と同じで、褒められて育つタイプですから。
しかーーし、
このゆったりのんびりした体を持って行ってメタボの第一ステップを逃れられるわけがない!!
見事に第一ゲート通過。
さーて血液検査は大変よ。
恥ずかしがり屋の私の血管は、見られないように奥深くに沈み、手慣れたベテラン看護師さんでも、ようやく探し当てる。
その日の帰りには、絆創膏は三枚。
つまり三か所に刺してようやく採取だ。
結果はーー、安全値枠の上の方ーー
しかもここ数年でじりじりと少しずつ上がっている。
このままではあと数年で確実に安全地帯から抜け出すことになる。
そんな見解から、ドクターーに指導を受けることとなった。
龍ままさーーん、食べ物は嫌いなものが無いでしょーー。
何で私の嗜好を知ってるの???えーーそりゃーまーー。
龍ままさんは、食べることが大好きでしょーーー。
えーーそりゃーーまーー何でも美味しくいただきます。
龍ままさんはお腹いっぱいに食べると幸せを感じるでしょう。
そりゃーー何が幸せって、ねーー。
龍ままさんは何でも食べていいんですよーーー。でもちょっとだけ。
お腹いっぱいにしたいなーーーと思った時に、龍ままさんの食べていいものは、お野菜ですよーーー。
そんなまやかしのような事言ってーーーーーもう、イケズなドクターだ。
そして、龍ままの打倒(妥当)メタボ矯正(共生)プログラムが始まるのでありました。
青虫のように野菜を食べて、通勤にはバスを三つ手前の停留所で降りてせっせと歩く。
龍士が大人になるまではーーなんて、ちょっと頑張って生きてきましたが、間もなく成人する龍士を前にしても、やっぱり先行きは超気になるにあたり、この頃ちょっと長生きしてみたいと思う事大なり。
あーー私が万が一痩せてしまうようなことがあったら、実家の親は心配するだろうなーー。
職場の認知症のマイフレンドは、私に会っても知らん顔するかも知れん。
「そんな心配は痩せてからしたらどうだーーー」とパパちん!
ここにも一人、イケズがいた。
乞うご期待(小さくお願いします)

[写真は近所の花木園の中のお花です]
ライブ「イイナの日」
おかげさまで、イイナの日を無事に終えました。
ブラジル音楽のタマンコブーコさんにお誘い頂いての本日のライブ。
11月7日だからイイナの日とネーミングされたこのタマンコブーコさんのライブは三回目とか。
そんな貴重なライブに呼んで頂いて、幸せなThe J.B.'fだ。
舞台もお客様もギュンギュンのネイキッドロフト店内。
龍士もこれまでの繰り返しねなかで、龍士流ライブハウスの楽しみ方を見つけてきたようだった。
本日のナンバーは「めざめ」「古典の何だっけ?」「ゲゲゲのベム」「フェスタ」でした。
そして、この日も遠くから応援に駆けつけて下さいました皆様、本当にありがとうございました。m(__)m
いつもいつも応援してくださいまして、本当に感謝です。m(__)m
この日また温かい音に出会いました。
トビウオリアキさんのビオラの音です。
バイオリンより一回り大きくて、少しだけ低い音だ。
トビウオリアキさんの醸し出すメロディは、あったかい。
奏でる音が重なると尚更温かい。
龍士が帰り道に、カリビアンの映画音楽もビオラだなーなんて、勝手に決めておりました。
しみじみ聴いたトビウオリアキさんのビオラは、また新しい感覚を龍士に下さいました。感謝。

さてさてそれから~
一緒に歌って踊ってウキウキなタマンコブーコさんのブラジルサウンドは、土地に伝わるリズムが幾つもあるそうなー
日本のお囃子のリズムが、肝に響いて馴染むのと同じで、このタマンコブーコさんのブラジルのリズムもまた、心の奥深くに染みるのだった。
私の思い~
The J.B.'fのメンバーが演奏をしている姿を見ていると、一人一人がいとおしい。
自己実現、そこから沸く生きる力、夢とか希望、進む喜び、拍手や歓声は彼らにとっては大きな支え、沢山の支えに応えたい思いが、また新しい自己実現を展開させ、更に生きる力を育む。
龍士にも、亮太さんにも、瀬戸さんにも、新之助さんにも、それぞれの立場からそれがある。
協力しあって、支えあって、高めあって、共感して、ワクワクして、ドキドキして、大喜びして、やったーーと手応えを感じたり、おっとーーと反省したり、そんな彼らを見ているのが大好きだ。
The J.B.'f 私はまだまだ見逃せない。
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おかげさまで、イイナの日を無事に終えました。
ブラジル音楽のタマンコブーコさんにお誘い頂いての本日のライブ。
11月7日だからイイナの日とネーミングされたこのタマンコブーコさんのライブは三回目とか。
そんな貴重なライブに呼んで頂いて、幸せなThe J.B.'fだ。
舞台もお客様もギュンギュンのネイキッドロフト店内。
龍士もこれまでの繰り返しねなかで、龍士流ライブハウスの楽しみ方を見つけてきたようだった。
本日のナンバーは「めざめ」「古典の何だっけ?」「ゲゲゲのベム」「フェスタ」でした。
そして、この日も遠くから応援に駆けつけて下さいました皆様、本当にありがとうございました。m(__)m
いつもいつも応援してくださいまして、本当に感謝です。m(__)m
この日また温かい音に出会いました。
トビウオリアキさんのビオラの音です。
バイオリンより一回り大きくて、少しだけ低い音だ。
トビウオリアキさんの醸し出すメロディは、あったかい。
奏でる音が重なると尚更温かい。
龍士が帰り道に、カリビアンの映画音楽もビオラだなーなんて、勝手に決めておりました。
しみじみ聴いたトビウオリアキさんのビオラは、また新しい感覚を龍士に下さいました。感謝。
さてさてそれから~
一緒に歌って踊ってウキウキなタマンコブーコさんのブラジルサウンドは、土地に伝わるリズムが幾つもあるそうなー
日本のお囃子のリズムが、肝に響いて馴染むのと同じで、このタマンコブーコさんのブラジルのリズムもまた、心の奥深くに染みるのだった。
私の思い~
The J.B.'fのメンバーが演奏をしている姿を見ていると、一人一人がいとおしい。
自己実現、そこから沸く生きる力、夢とか希望、進む喜び、拍手や歓声は彼らにとっては大きな支え、沢山の支えに応えたい思いが、また新しい自己実現を展開させ、更に生きる力を育む。
龍士にも、亮太さんにも、瀬戸さんにも、新之助さんにも、それぞれの立場からそれがある。
協力しあって、支えあって、高めあって、共感して、ワクワクして、ドキドキして、大喜びして、やったーーと手応えを感じたり、おっとーーと反省したり、そんな彼らを見ているのが大好きだ。
The J.B.'f 私はまだまだ見逃せない。

ブラジル音楽のタマンコブーコさんにお誘い頂いての本日のライブ。
11月7日だからイイナの日とネーミングされたこのタマンコブーコさんのライブは三回目とか。
そんな貴重なライブに呼んで頂いて、幸せなThe J.B.'fだ。
舞台もお客様もギュンギュンのネイキッドロフト店内。
龍士もこれまでの繰り返しねなかで、龍士流ライブハウスの楽しみ方を見つけてきたようだった。
本日のナンバーは「めざめ」「古典の何だっけ?」「ゲゲゲのベム」「フェスタ」でした。
そして、この日も遠くから応援に駆けつけて下さいました皆様、本当にありがとうございました。m(__)m
いつもいつも応援してくださいまして、本当に感謝です。m(__)m
この日また温かい音に出会いました。
トビウオリアキさんのビオラの音です。
バイオリンより一回り大きくて、少しだけ低い音だ。
トビウオリアキさんの醸し出すメロディは、あったかい。
奏でる音が重なると尚更温かい。
龍士が帰り道に、カリビアンの映画音楽もビオラだなーなんて、勝手に決めておりました。
しみじみ聴いたトビウオリアキさんのビオラは、また新しい感覚を龍士に下さいました。感謝。

さてさてそれから~
一緒に歌って踊ってウキウキなタマンコブーコさんのブラジルサウンドは、土地に伝わるリズムが幾つもあるそうなー
日本のお囃子のリズムが、肝に響いて馴染むのと同じで、このタマンコブーコさんのブラジルのリズムもまた、心の奥深くに染みるのだった。
私の思い~
The J.B.'fのメンバーが演奏をしている姿を見ていると、一人一人がいとおしい。
自己実現、そこから沸く生きる力、夢とか希望、進む喜び、拍手や歓声は彼らにとっては大きな支え、沢山の支えに応えたい思いが、また新しい自己実現を展開させ、更に生きる力を育む。
龍士にも、亮太さんにも、瀬戸さんにも、新之助さんにも、それぞれの立場からそれがある。
協力しあって、支えあって、高めあって、共感して、ワクワクして、ドキドキして、大喜びして、やったーーと手応えを感じたり、おっとーーと反省したり、そんな彼らを見ているのが大好きだ。
The J.B.'f 私はまだまだ見逃せない。
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おかげさまで、イイナの日を無事に終えました。
ブラジル音楽のタマンコブーコさんにお誘い頂いての本日のライブ。
11月7日だからイイナの日とネーミングされたこのタマンコブーコさんのライブは三回目とか。
そんな貴重なライブに呼んで頂いて、幸せなThe J.B.'fだ。
舞台もお客様もギュンギュンのネイキッドロフト店内。
龍士もこれまでの繰り返しねなかで、龍士流ライブハウスの楽しみ方を見つけてきたようだった。
本日のナンバーは「めざめ」「古典の何だっけ?」「ゲゲゲのベム」「フェスタ」でした。
そして、この日も遠くから応援に駆けつけて下さいました皆様、本当にありがとうございました。m(__)m
いつもいつも応援してくださいまして、本当に感謝です。m(__)m
この日また温かい音に出会いました。
トビウオリアキさんのビオラの音です。
バイオリンより一回り大きくて、少しだけ低い音だ。
トビウオリアキさんの醸し出すメロディは、あったかい。
奏でる音が重なると尚更温かい。
龍士が帰り道に、カリビアンの映画音楽もビオラだなーなんて、勝手に決めておりました。
しみじみ聴いたトビウオリアキさんのビオラは、また新しい感覚を龍士に下さいました。感謝。
さてさてそれから~
一緒に歌って踊ってウキウキなタマンコブーコさんのブラジルサウンドは、土地に伝わるリズムが幾つもあるそうなー
日本のお囃子のリズムが、肝に響いて馴染むのと同じで、このタマンコブーコさんのブラジルのリズムもまた、心の奥深くに染みるのだった。
私の思い~
The J.B.'fのメンバーが演奏をしている姿を見ていると、一人一人がいとおしい。
自己実現、そこから沸く生きる力、夢とか希望、進む喜び、拍手や歓声は彼らにとっては大きな支え、沢山の支えに応えたい思いが、また新しい自己実現を展開させ、更に生きる力を育む。
龍士にも、亮太さんにも、瀬戸さんにも、新之助さんにも、それぞれの立場からそれがある。
協力しあって、支えあって、高めあって、共感して、ワクワクして、ドキドキして、大喜びして、やったーーと手応えを感じたり、おっとーーと反省したり、そんな彼らを見ているのが大好きだ。
The J.B.'f 私はまだまだ見逃せない。

予防接種には包帯
さーて、今日は「イイナの日」、新宿でライブだ。
The J.B.'f とタマンコブーコさんの第二弾ライブだ。
とっても楽しみ。

さて、昨日は地元幼稚園でミニライブをした龍士。
馴染みの皆様の前で、大はしゃぎ。

その朝、冬支度の一つ、「インフルエンザの予防接種」をしてきた龍士。
今年は、おばあちゃんと一緒に内科に行ってきた。
本当は泣きたいけど、我慢だ。
夜、龍士に会った。
今日はどうだった??
どっちの話?
どっちって?
注射とライブだよ。
あそっか、まず注射は?
平気だったよ。
よかった。
じゃ、ライブは?
面白かったよ。
よかった。

そんなやりとりの中、龍士の腕を触ってみた。
そうしたら、やっぱりしてた「包帯!!!」
だって、注射したところはとっても大事にしなきゃ気がすまない龍士。
今年もちゃーーんと龍士でした。
妙にうれしい私でした。
(包帯姿の写真は拒否にあいました)
The J.B.'f とタマンコブーコさんの第二弾ライブだ。
とっても楽しみ。

さて、昨日は地元幼稚園でミニライブをした龍士。
馴染みの皆様の前で、大はしゃぎ。

その朝、冬支度の一つ、「インフルエンザの予防接種」をしてきた龍士。
今年は、おばあちゃんと一緒に内科に行ってきた。
本当は泣きたいけど、我慢だ。
夜、龍士に会った。
今日はどうだった??
どっちの話?
どっちって?
注射とライブだよ。
あそっか、まず注射は?
平気だったよ。
よかった。
じゃ、ライブは?
面白かったよ。
よかった。

そんなやりとりの中、龍士の腕を触ってみた。
そうしたら、やっぱりしてた「包帯!!!」
だって、注射したところはとっても大事にしなきゃ気がすまない龍士。
今年もちゃーーんと龍士でした。
妙にうれしい私でした。
(包帯姿の写真は拒否にあいました)
暗がりの中で
夜、仕事から帰ると、龍士の部屋は真っ暗になっていてーーーー
と思ったら、障子越しにぼんやりと、何やら灯りが揺れながら、上へ下へ~
キャーーーー!なにーそれーーー!!!!!

龍士の手作り神輿でした。ホッ
工作用紙を買って、嬉しそうに抱えて帰ってきたのは10日ほど前だったか。
休みの日と仕事から帰ってからのほんのわずかな時間を駆使して作成していた、オールボール紙のクラフト神輿。

龍士はこれまでも幾つもクラフト神輿を作ってきた。
しかし、今回のは凝っている。
何が凝っているって、だって、「ライトアップ神輿」だ。
懲りすぎーーー

暗がりで何時間も神輿を揺すって楽しんでいるところに、私が帰宅したというわけ。
もーーーーーー好きなものは何年経っても変わらない。
と思ったら、障子越しにぼんやりと、何やら灯りが揺れながら、上へ下へ~
キャーーーー!なにーそれーーー!!!!!

龍士の手作り神輿でした。ホッ
工作用紙を買って、嬉しそうに抱えて帰ってきたのは10日ほど前だったか。
休みの日と仕事から帰ってからのほんのわずかな時間を駆使して作成していた、オールボール紙のクラフト神輿。

龍士はこれまでも幾つもクラフト神輿を作ってきた。
しかし、今回のは凝っている。
何が凝っているって、だって、「ライトアップ神輿」だ。
懲りすぎーーー

暗がりで何時間も神輿を揺すって楽しんでいるところに、私が帰宅したというわけ。
もーーーーーー好きなものは何年経っても変わらない。
いよいよ11月 心温い
いよいよ、11月だ。
今月は龍士の誕生日がくる。
ただの誕生日ではない。
だって、二十歳になる。
龍士が小さい時から「大人になったらーー」なんて漠然と使っていた言葉の裏に、やっぱりこの「二十歳」がひとつのキーワードになっていたように思う。
そんな一大事が、今月おこってしまうのであります。
嬉しいような、なんでか分からないけど、さみしいような。
やっぱり世間では大人になってしまうのですよね。二十歳って。
まだ半分にも及んでないのになーーー。

1日、私の勤めるケアプラザで、お祭りがあった。
朝早くからテントを張ったり、長机を運んだり、毎年当たり前のように手伝ってくれた龍士。
仕事に出かけるまでの間の、ほんのひと時、いつもの地元の方々に囲まれてニッコニコで過ごした。
「おーーう、来たなーー今日も会えると思ってたぞ」
「すごく体が大きくなったなーー」
「おーーー頑張ってるなーー」
そんな言葉にニコニコ応える龍士でありました。
実はお祭りが始まるのは11時。
龍士が出発しなければならないのも11時。
オープニング5分前から、担ぎ桶を肩にかけ、プラザ内の皆さんにご挨拶をするように太鼓を打って、走り抜けていきました。
さて、走り抜けて出かけた先は、実は区内の老人連合会の方々のパーティー。
こちらも、毎年龍士を呼んで下さり、かわいがっていただく。
お土産にね、大きな紙袋に愛情いっぱいのお菓子を持たせて下さるのです。
きっと龍士が大好きだろうと、考えて下さるのですね。
某大手お菓子の工場のすぐ近くのこの土地柄、ありがたいことにお土産お菓子は大量です。
いつも、ありがとうございます。
お菓子の事じゃありませんでした。
こちらでお集まりの皆様、この地区のご老人。
しかし、皆様お元気!!!
そして、今年も龍士を呼べーーーーと、企画をしてくださいました。
龍士が舞台に上がり、太鼓を打つときの皆さんの眼差しは、「どんなことでもやってごらん。それがいいよやってごらん。それが見たかったよやってごらん。またやって見せておくれよ。」
そんな愛情たっぷりの、まるで孫でも見守るような眼差しです。
本当にありがたい。
今日、お話をまとめてくださっているTさんから電話を頂きました。
皆さん、喜んで頂いて、「今年も龍士に会えて太鼓聴いて、寿命が延びた」
そんな風に言ってくださる方が大勢とか。
また、来年も、お元気に皆様にお会いできますように。
だって、そんな愛情をたくさん頂いて、心に温かいものを蓄えて、龍士もまた頑張れます。
感謝、感謝、そして感謝。
(写真には両手を上げて応援してくださっておいでの皆様、更に感謝)
今月は龍士の誕生日がくる。
ただの誕生日ではない。
だって、二十歳になる。
龍士が小さい時から「大人になったらーー」なんて漠然と使っていた言葉の裏に、やっぱりこの「二十歳」がひとつのキーワードになっていたように思う。
そんな一大事が、今月おこってしまうのであります。
嬉しいような、なんでか分からないけど、さみしいような。
やっぱり世間では大人になってしまうのですよね。二十歳って。
まだ半分にも及んでないのになーーー。

1日、私の勤めるケアプラザで、お祭りがあった。
朝早くからテントを張ったり、長机を運んだり、毎年当たり前のように手伝ってくれた龍士。
仕事に出かけるまでの間の、ほんのひと時、いつもの地元の方々に囲まれてニッコニコで過ごした。
「おーーう、来たなーー今日も会えると思ってたぞ」
「すごく体が大きくなったなーー」
「おーーー頑張ってるなーー」
そんな言葉にニコニコ応える龍士でありました。
実はお祭りが始まるのは11時。
龍士が出発しなければならないのも11時。
オープニング5分前から、担ぎ桶を肩にかけ、プラザ内の皆さんにご挨拶をするように太鼓を打って、走り抜けていきました。
さて、走り抜けて出かけた先は、実は区内の老人連合会の方々のパーティー。
こちらも、毎年龍士を呼んで下さり、かわいがっていただく。
お土産にね、大きな紙袋に愛情いっぱいのお菓子を持たせて下さるのです。
きっと龍士が大好きだろうと、考えて下さるのですね。
某大手お菓子の工場のすぐ近くのこの土地柄、ありがたいことにお土産お菓子は大量です。
いつも、ありがとうございます。
お菓子の事じゃありませんでした。
こちらでお集まりの皆様、この地区のご老人。
しかし、皆様お元気!!!
そして、今年も龍士を呼べーーーーと、企画をしてくださいました。
龍士が舞台に上がり、太鼓を打つときの皆さんの眼差しは、「どんなことでもやってごらん。それがいいよやってごらん。それが見たかったよやってごらん。またやって見せておくれよ。」
そんな愛情たっぷりの、まるで孫でも見守るような眼差しです。
本当にありがたい。
今日、お話をまとめてくださっているTさんから電話を頂きました。
皆さん、喜んで頂いて、「今年も龍士に会えて太鼓聴いて、寿命が延びた」
そんな風に言ってくださる方が大勢とか。
また、来年も、お元気に皆様にお会いできますように。
だって、そんな愛情をたくさん頂いて、心に温かいものを蓄えて、龍士もまた頑張れます。
感謝、感謝、そして感謝。
(写真には両手を上げて応援してくださっておいでの皆様、更に感謝)
心晴々 目白大学とてらん広場
目白大学と、てらん広場のご報告~
昨年に引き続き、目白大学の学園祭に呼んで頂いて楽しませていただきました。
エンジョイコンサートは今年で4回目なのだそうです。
The J.B.'f を楽しみに待っていて下さったかたもあり、ありがとうございます。

そうそう、その日の音響スタッフさんが、昨年NHKのハートストリートパフォーマンスでお世話になった方でした。
The J.B.'f の音なら分かってるよんと、心強いお言葉。感謝。
学生さんは龍士と同世代。
長身と筋肉のせいか、龍士の体は大きく見える。
しかし、はしゃいでハイテンションな龍士はやっぱり幼くってかわいい。
しかし、ちょうど同じ年の学生さんから、「僕らより大人っぽく見える」と、言われている龍士。
社会人の風格????
大きくって幼くって大人っぽい????いよいよわからなくなってきたぞーーー。
本日は、「めざめ」「げげげ」「フェスタ」を演奏しました。
tuttiさま、応援ありがとうございました。
さて、龍士はメンバーと別れ、大急ぎで移動した先は、横浜市のてらん広場。
まんまるフェスタ2008だ。
到着して、その建物や近辺の風景を眺めて、「来たことあるね、ここ」
と、龍士が中学生くらいの頃、プレイルームで太鼓の練習をさせて頂いた事を思い出した。
さて、太鼓を運びながらお祭りの中を行くとーーー。
あの人も、この人も、「あらー久し振り!」「待ってたわよー」と懐かしい顔。
「小学生の頃、一緒に馬に乗ったわねーー」「一緒にプールで泳いだね」「あの時一緒に行ったあの山、最近行ってないのよ。また行きましょう」
そう、余暇活動で出会ったたくさんの懐かしい方々が、待っていて下さった。
そして、テレビや新聞をみて今日を楽しみに待っていて下さった方々。
龍士が通った小中学校の和太鼓クラブ、今も後輩が活動を続けていますが、当時活動に参加して一緒に楽しんだ女の子が声をかけてくださった。
「龍ちゃん、待ってたーーーー、写真見てびっくりしたよーー、あっ龍士だ!って。」
おーーーー懐かしい、女の子は見違えてしまうね。
現在大学生。
施設にボランティアで支援活動をしているという。
市内の障害者施設に就職も決まっているとか。
ここにもまた一人、福祉に目を向けて育った人がいた。嬉しい。

さて、ここではソロ演奏
「三宅」「能」「龍」「うずまき」「遊」を演奏した。
ここでまた嬉しい再開。
二年ほど前にイベントでお会いした、ストリートダンスグループの青年!!
なんだよーーー大きくなったじゃないかーーと、抱き合って飛びあって、再開をハイテンションで楽しんだ二人でありました。
飛び回って大移動の一日だったけど、心にたっぷりの栄養を蓄えた一日でした。
感謝。

昨年に引き続き、目白大学の学園祭に呼んで頂いて楽しませていただきました。
エンジョイコンサートは今年で4回目なのだそうです。
The J.B.'f を楽しみに待っていて下さったかたもあり、ありがとうございます。

そうそう、その日の音響スタッフさんが、昨年NHKのハートストリートパフォーマンスでお世話になった方でした。
The J.B.'f の音なら分かってるよんと、心強いお言葉。感謝。
学生さんは龍士と同世代。
長身と筋肉のせいか、龍士の体は大きく見える。
しかし、はしゃいでハイテンションな龍士はやっぱり幼くってかわいい。
しかし、ちょうど同じ年の学生さんから、「僕らより大人っぽく見える」と、言われている龍士。
社会人の風格????
大きくって幼くって大人っぽい????いよいよわからなくなってきたぞーーー。
本日は、「めざめ」「げげげ」「フェスタ」を演奏しました。
tuttiさま、応援ありがとうございました。
さて、龍士はメンバーと別れ、大急ぎで移動した先は、横浜市のてらん広場。
まんまるフェスタ2008だ。
到着して、その建物や近辺の風景を眺めて、「来たことあるね、ここ」
と、龍士が中学生くらいの頃、プレイルームで太鼓の練習をさせて頂いた事を思い出した。
さて、太鼓を運びながらお祭りの中を行くとーーー。
あの人も、この人も、「あらー久し振り!」「待ってたわよー」と懐かしい顔。
「小学生の頃、一緒に馬に乗ったわねーー」「一緒にプールで泳いだね」「あの時一緒に行ったあの山、最近行ってないのよ。また行きましょう」
そう、余暇活動で出会ったたくさんの懐かしい方々が、待っていて下さった。
そして、テレビや新聞をみて今日を楽しみに待っていて下さった方々。
龍士が通った小中学校の和太鼓クラブ、今も後輩が活動を続けていますが、当時活動に参加して一緒に楽しんだ女の子が声をかけてくださった。
「龍ちゃん、待ってたーーーー、写真見てびっくりしたよーー、あっ龍士だ!って。」
おーーーー懐かしい、女の子は見違えてしまうね。
現在大学生。
施設にボランティアで支援活動をしているという。
市内の障害者施設に就職も決まっているとか。
ここにもまた一人、福祉に目を向けて育った人がいた。嬉しい。

さて、ここではソロ演奏
「三宅」「能」「龍」「うずまき」「遊」を演奏した。
ここでまた嬉しい再開。
二年ほど前にイベントでお会いした、ストリートダンスグループの青年!!
なんだよーーー大きくなったじゃないかーーと、抱き合って飛びあって、再開をハイテンションで楽しんだ二人でありました。
飛び回って大移動の一日だったけど、心にたっぷりの栄養を蓄えた一日でした。
感謝。
