憲法記念日や敗戦記念日等、「節目の日」に護憲の立場から、主に9条に関して「覚書」の様に日記に意見を書き留めて来ました。今日は、・・・9条に関しては最後に触れるとして・・・、自民党案の(新設)98・99条=「緊急事態条項」について触れておきます。この条項は今、所謂「お試し改憲」の様に扱われていて居ますが・・・!!とんでもありません。条文は以下のとおりです。


私は、この条項に「危険な臭い」を感じます。其れは、世界でも先進的で民主的なドイツ–ライヒ憲法(ヴァイマール憲法)を無力化した、ナチスの「全権委任法」と同じきな臭さを感じるからです。以前、歴史に無知な現自民党副総裁は、「(ドイツの)ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね」と述べました。事実はそうでは有りません。ヒトラーは「ナチス憲法」等作ってはいません。その本当の手口は、国会に自ら放火し其れを共産主義者の仕業だとし、そのドサクサに紛れて共産党員や社会民主党員を国会から追い出し、新たな国会でヴァイマール憲法を無力化させる法案を可決させました。それが、1933年3月成立した「全権委任法」です。ヒトラー内閣が成立させたこの法律は、内閣に絶対的権限を付与する法律で、これによってヴァイマール憲法の議会制民主主義は抹殺されました。
ドイツにおいて、1933年3月24日に成立した「全権委任法」は、正式には「民族および帝国の困難を除去するための法律」といい、「帝国暫定憲法」とも呼ばれていました。あくまでも「暫定的」な法律です。しかし、この法律は、内閣に対し無制限の立法権を賦与し、さらに大統領の諸権限は縮少さるべきでないと規定し取り返しのつかない災厄をドイツにもたらしました。内容は以下の通りです・・・
①ライヒ(国家=ヒトラーの国家)の法律は、(現行の)ライヒ憲法(ワイマール憲法)に定める手続(国会のみが法律を制定できるという原則)以外に、ライヒ政府(=ヒトラーの政府)によっても制定することができる。本条は、憲法85条第2項(財政に対す国会承認)および第87条(国債の発行)に対しても適用される。
②ライヒ政府によって制定された法律は、ライヒ議会およびライヒ参議院の制度そのものにかかわるものでない限り、ライヒ憲法に違反することができる。ただし、ライヒ大統領の権限に変更を加えることはできない。
③ライヒ政府によって定められた法律は、ライヒ首相によって作成され、ライヒ官報を通じて公布される。特別な規定がない限り、公布の翌日からその効力を有する。ライヒ憲法68条から第77条(国や地方の立法に関する各条項)は、ライヒ政府によって制定された法律の適用を受けない。
④ライヒと外国との条約も、本法の有効期間においては、立法に関わる諸機関の合意を必要としない。政府はこうした条約の履行に必要な法律を発布する。
本法は公布の日を以て発効する。
⑤本法は1937年4月1日と現政府が他の政府に交代した場合、いずれか早い方の日に失効する。
これは1932年選挙で230議席を占めて第一党となり、翌年1月に成立したヒトラー内閣が、1933年2月27日の国会議事堂放火事件によって共産党を事実上排除したのに続く、第二のクーデタの意味がありました。まもなく全ブルジョワ政党は自発的に解散し、6月に社会民主党、7月に共産党が禁止されて、ドイツ共和国のドイツの民主政治は終わりを告げました。⑤で、失効期限が明記されていますが、ドイツの終戦まで失効すること有りませんでした。
日本では日中戦争突入後の第1次近衛内閣の時、1938年に成立した国家総動員法という類例が有ります。
国家総動員法が統制の対象とした内容は次のようにまとめられます。<中村隆英『昭和史Ⅰ』1993 東洋経済新報社 p.232>
労働力の統制 戦争遂行目的で国民を徴用すること、雇用・解雇、賃金などの労働条件の統制、労働争議の予防と解決など。
物資の統制 物資の生産・修理・配給その他の処分、輸出入の制限もしくは禁止。
企業活動、金融の統制 会社の設立・合併、増資、社債、金融機関の資金運用、企業設備の新設や拡張、改良などの統制。
カルテルの結成 企業に統制協定を結ばせ、あるいは統制を目的とした組合設立を命令することができる。
価格の統制 商品価格のみならず運賃、保険料、賃貸料、加工料などを国が統制する。
言論の統制 集会、新聞、出版の制限、禁止。
国家総動員法ではこのように国民の経済活動をはじめ労働、言論など広範な統制の権限が一括して政府に委ねられ、しかもその統制の内容は法文上には明示されず、すべては勅令、省令、通達で定められることとなった。つまり立法府である議会の審議を経た法律にもとづいて行政を行う、という手続きを省くことができた。
・・・以上引用
基本的に、憲法は権力者を縛るものです。権力者の側から「緩めてくれ」と言われた時は要注意です。改憲案99条の三項には憲法14・18・19・21条等の基本的人権の遵守が書いて有りますが「最大限」(=出来る限り=限りある範囲内で)と云う但し書きが有ります。権力は狡猾です。何をするか分かりません。
さて、最後に9条です。一昨年の今日の日記です。趣旨に変わりは有りません。以下引用します。
先ず、憲法とは「国の進む方向」や、ましてや正体不明の「国柄」などと言うものを表明する法律では無い。憲法とは、端的に言えば、「国がやらなければ行けない事と、逆に、やっては行けないことを示した、国家の行動規範」であるということだ。そして、国の定める法律や国家の行動は、この憲法に反しては行けないと云うこと示している。別の言い方をすれば、国民の自由を守るために、国家を縛る規範が憲法であると云うことだ。
但し、国家は、時に国民の生命や財産・自由を守るために、一定の実力を行使することもあるが、その実力の行使は、この憲法の認める範囲内に限られる。
国家に対する国民の要請には、以下の条文がある。
【日本国憲法】
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
上記の様な国民の要請に応えるために、時に国家が一定の実力を行使することはあるが、以下の条文によって強力な制限も受ける。
【日本国憲法】
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
② 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
② 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
③ 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
② 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
③ 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
第三十九条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
第四十条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。
これらの条文の範囲内で国家は、警察権・検察権・裁判権等により公共の秩序の維持を図り・・・、更に裁判所は、民事的係争への介入も行う。
一方、この条文に含まれない実力組織が現に存在するのも確かである。それが自衛隊である。自衛隊も憲法13条の要請によって出来た組織である。そして、警察や検察・裁判所と同様に憲法は、この最強の実力組織から国民を保護する役割も担う。その自衛隊への最強の「足枷」が憲法第9条である。何せ、この最強の実力部隊に対して「その実力を戦力として使うな!」「国際紛争の解決手段として力を使うな!」と言うのだからこれ以上の「足枷」はないと言って良いであろう。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
今、「改憲勢力」はこの9条に自衛隊の存在を明記しろと言う。全くもって、余計な事だ!例えば、憲法には、「国家は武装した警察力を持つことが出来る」などと言う条文は無い。それよりも憲法は、警察や検察・裁判所の実力行使に制限を加える為の多くの条文を持っている。自衛隊に対する憲法のスタンスもこれに倣うべきである。そして、自衛隊は、常に自身の上にある憲法の範囲内でしか存在出来ないことを認識しなければならない。自衛隊の存在や行動が憲法に反していないか?常に監視される立場にあると云うことは、警察や検察などの行政機関と何ら変わることが無いのは当然でのことである。
・・・・以上
最後に、今年はこれを加えておきたい。これは、自衛隊自身が主張する交戦権の定義だ。
憲法第9条第2項では、「国の交戦権は、これを認めない。」と規定しているが、ここでいう交戦権とは、戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって、相手国兵力の殺傷と破壊、相手国の領土の占領などの権能を含むものである。
一方、自衛権の行使にあたっては、わが国を防衛するための必要最小限度の実力を行使することは当然のこととして認められており、たとえば、わが国が自衛権の行使として相手国兵力の殺傷と破壊を行う場合、外見上は同じ殺傷と破壊であっても、それは交戦権の行使とは別の観念のものである。ただし、相手国の領土の占領などは、自衛のための必要最小限度を超えるものと考えられるので、認められない。(防衛省情報検索サービスより)
・・・・以上引用
直近の事例では、自衛隊の隊員は岩手県三陸海岸の火災鎮圧のために寝る間を惜しんで活躍をしてもらいました。東日本大震災でもそうでした。その活躍は讃えられるべきです。しかし、彼らには憲法を守りつつ国も護ると云う重責が有ります。その実力の強さ(政治学上は「暴力装置としての役目」)によりその仕事には、憲法に縛られると云う自覚が強く求められるという事です。