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Sanoth From Hell

一児の父親となったSanothが社会問題を理屈っぽく斬る!

今日は妻が結婚式で不在のため、娘と二人でお留守番です。

寝静まったのブログ更新!

 

久々政治ネタです。

衆議員が解散して政界が慌しくなっておりますが、色々突っ込みたいことがあります。

 

まず安倍総理。

虫の息だった民進を完膚なきまでに打ちのめすチャンス!と意気込んで解散に乗り出たものの、希望の党に小池都知事が加わったことは大誤算だった様子。

残念ながら有権者の多くはいまだマスコミの思うがまま流されるだけの情報弱者。

おそらく自民党は多くの議席を失うでしょう。

余計なことしないで北朝鮮問題に専念していれば良かったのに、と思います。

 

次に小池百合子。

この人なんの実績もないですよ。

なのに妙にできる女みたいな風吹かせてて、わざと一般人が分からない外国語を使って説明を回りくどいものにしようとして、一言でいえばいけ好かないです。

実写版ブルゾンちえみみたいな。

あれは大して綺麗じゃない芸人が良い女ぶるから面白いのであって、これマジでやられちゃシャレにならん。

 

それから民進党。

泥船から希望の党に乗り換えたいのは分かります。

しかし元々右も左もない集団、希望の党が政策の一致度でふるいにかけるのは当たり前。

それに対して選別するなとか、差別だとか、もうアホかと。

希望入り出来ないリベラル派で新党結成という情報もありますが、これは割と支持できます。

もっとも民進として出れば良いんですが...看板が邪魔なんでしょうね(党名ロンダリング失敗)。

 

最後にマスコミ。

マスコミが安倍嫌いで偏向報道の限りを尽くしてまで倒閣運動を実施しているのは有名ですが、これは安倍総理が保守派で改憲や安保法制推進だからであって、同じかそれ以上の保守政党が出て来たらやっぱり面白くないはずです。

一応希望の党はリベラル排除して保守を名乗ってますから、仮に今後数年、自民/希望の二大政党時代が来るとしたら、政界は保守/保守/少数の愉快なリベラル達という構図になるわけです。

今までは自民の受け皿が~と訴えてきましたが、できた受け皿が結局保守だったらマスコミはどういう動きになるんでしょう?

安倍政権が終焉したとしても次も保守政権だったらやっぱり倒閣運動するのかな?

実際今のところ保守度は安倍自民>小池希望なので、マスコミとしてはまだマシと捉えるのか。

それとも安倍個人が嫌いなだけで、実際安倍を倒したら改憲も安保法制にもさほど反対しないのか(それはないと思うけど)。

どのみちマスコミにとってはどう転んでも負け戦の辛い選挙になると思うと痛快ですw

 

もっとも私は安倍政権こそがリベラルくらいだと思ってます。

自国の領空にミサイルが飛んできても抗議しかできないタカ派がどこにいますか。

やはり諸悪の根源である日本国憲法を破棄し自主憲法を制定するという公約を掲げる真正保守政党に投票したい!

それこそが戦後レジームからの脱却であり、九条がどうこうといった枝葉の問題なんて一気に解決です。

 

というわけで仕事と子育て両立しながらしばらくは選挙関連のニュースに首ったけになりそうです(*´ェ`*)

 

 

今日の一曲は娘がぐずりだしたのでなしで(;´Д`)

 

 

昨日、ドラマ「ウチの夫は仕事ができない」の最終話を見ました。

子供が産まれた主人公が、育児と仕事のバランスについて私見を語る場面が秀逸でした。

その主張は「仕事はもちろん大事だけど、男が育児に勤しめる期間は意外と短い。だったら、その時間を大切にしよう。家庭を優先することで、あいつは仕事ができないと言われるならばそれで結構!と言ってやれ」というものでした。

 

僕も30代パパです。

ちょうど仕事にやりがいと責任を感じる年頃です。

仕事人間の僕は以前は日付が変わる頃まで残業することもしばしばありました。

仕事は趣味であり家族を支えるためのものでしたから、仕事を頑張らないという選択肢はありえなかったし、仕事のできない(没頭できない)人を見下していました。

子供が産まれてからも仕事に手を抜こうという気持ちは微塵もありませんが、体は一つで一日24時間しかないのもまた事実。

家事を手伝ったり、子供の沐浴をする時間も確保しなくてはならない。

そうすると、やる気云々に関わらず、やはり今まで通り仕事に向き合えなくなるのは仕方のない事です。

 

元々イクメンになる気満々だったので、そこは割り切って「今日は家庭優先で定時に上がります」と堂々と上司に言いたいですし、言えるような人間関係を築いてきました。

僕は自分が仕事ができないと思ったことは一度もありませんが笑、ドラマで主人公が同じような価値観を主張してくれたことは自分にとって良い後押しになりました。

自分と重ねなくても面白いドラマ(特に下手糞なミュージカルが入るのが好き)だったのですが、最終話でより好きになりましたね(*´ェ`*)

 

昨今は価値観が多様化してきており、また社会はその価値観を認めようという流れになっています。

僕は保守思想が強く、伝統から外れたことを「価値観の多様化」で済ませてしまうことは必ずしも良い事ではないと考えていますが、例えば、結婚しない、子供を作らない、こういったスタイルを自分の思想と違うからと言って否定するのはやめようと思ってます。

しかし!

子供を授かったのに自分で育てず保育所に預ける人が増えてきたことは残念だな、と。

そりゃ夫婦で働かなきゃ飯が食えない、うちは夫がいないから/家族の支援がないから保育所がなきゃ自分が働けないという女性もいるでしょうから、保育所の存在は不可欠だと思います。

だけど、自分の生き方を優先して「我が子を他人に育ててもらうのが当たり前」になってきている現代に喝を入れたい。

 

ここ数年待機児童の問題が深刻です(不倫で有名な山尾議員も取り上げていました)。

でもこれって保育所に預けられる子供が増えたから起こったわけです。

少子化してるんだからライフスタイルが変化しなきゃ足りなくなるなんておかしいです。

子育てしにくい社会は行政が作ったと言わんばかりの主張もありますが、そもそも、

 

愛する我が子、基本は自分たちで育てましょうよ。

 

男性が働いてたら奥さんが育児をする、女性が働きたいなら夫が育児をする、もしくは両親に頼るのもありでしょう(昔は地域全体で子育てをしてたくらいですから)。

これは夫婦間/親族間で何とかなる事です、行政のせいにしてはいけない。

そういう事がどうしても不可能な人たちのために育児サービスが存在しているんです。

親になるって事は我が子のために人生を費やすという事、その覚悟がない親が多すぎるんじゃないかと思うんですよね。

子供がいれば、今まで通り仕事ができなくなったり、転職や辞職を余儀なくされたり、趣味や交友関係が継続できなくなったり...そういう事も多々あるでしょうが、そういうもんなんです。

「子供は欲しいけど今の生活は犠牲にしたくない」それは都合が良すぎます。

 

という事で、仕事も趣味も大事だけどしばらくは育児に没頭する、我が子のために時間を費やす、そんな人生もどうでしょうか?という提案でした^^

 

今日の一曲

奇跡の人 / 関ジャニ∞

錦戸の髪型良いなぁ、真似しよっかなぁ。

今週末は台風直撃ですね。

予定もなく家からも出れないのでブログ更新です^^

 

最近...というわけでもありませんが、ここ10年くらいイケメンのハードルがだいぶ下がったなぁと感じています。

小栗旬、瑛太、福士蒼汰なんかは、トータルで格好良いとは思いますが、顔面単体で圧倒的に優位な骨格を持っているとは思えません。

イケメンとは本来「顔面偏差値が上位のごくマイノリティーに与えらる称号」であって欲しいのですが、どうも最近は供給過多となり、それに伴い質が低下している気がします(基本的に集団が大きくなると品質の平均は下がる;少数精鋭の反対)。

 

もっとも、ルックスの評価は絶対的なものではなく、時代とともにその基準は変遷していくものです。

よく平安時代は目の細い下膨れ面が美人だったとか聞きますし、女性の眉毛だってここ30年で目まぐるしく変化しています。

なので時代によってイケメンの対象が変わる事はごく自然なことなのですが、ここ数年の日本はそうじゃなくて、そもそもイケメンの閾値が下がったし、絶対数が増えた。

マスコミのすぐにイケメン認定する傾向もよくないです。

特に話題のスポーツ選手などを取り上げては、やれイケメンエースと繰り返し囃し立てる始末。

もはや不細工でさえなければイケメンにカテゴライズされるんじゃないかというレベルw

 

先日こんな記事を見ました。

ムロツヨシ、高橋一生、星野源…「チョロッとイケメン」がブームな理由は?

ガチのイケメンよりチョロッとイケメンの方が人気という内容ですが...いや、この三人そもそもイケメンにカテゴライズして良いのか?

まぁ高橋はキャラ的にイケメン枠だけどそこまで整った顔じゃないからチョロッとイケメン

でも良いかと個人的に思いましたが、妻は食い気味に反対してました(^_^;)

 

あ、上で重要なことに触れましたが、”キャラ的にイケメン”っていうのはおかしいと思うんですよ(自分で言っておいてあれですが)!

イケメンというのはそもそも顔面偏差値が高い人であり、歌や演技が下手でも、性格が悪くても、たとえ犯罪者でも、イケメンはイケメンです。

なのに最近はキャラとかファッションとか雰囲気とかの付加価値が評価の割合として大きく食い込んでる気がするんですよね。

つまりイケメンは産まれながらの資質ではなく個人の努力で「なれる」時代なんだと。

加えて「好き」とか「恋人にするなら」とかの判断基準と本来の「顔面偏差値」を混同している気がします。

テレビで最近のイケメンは~みたいなコーナーで街頭インタビューとか見てると、「○○さんは、雰囲気が~」「オシャレで~」「トークが~」など見た目以外に言及してる人が多く、「鼻筋が~」「二重の幅が~」などストレートに身体的な評価をしている人が少ない事に気が付きます。

所詮テレビなんて事務所やスポンサーへの忖度で、○○がイケメンという風潮を作るなら理由は何でも良いという姿勢なんでしょうがね。

世論もこういう情報操作に流されるから流行が作られ消費が生まれ...悪い事ばかりじゃありませんが。

 

という事で、まとめると以下の通り。

・そもそもイケメンの閾値が下がり絶対数が増えた

・イケメンの定義自体が見た目からパーソナリティを重視する傾向に変わった

 

つまり、そこまで恵まれた顔じゃなくても、自分を磨けばイケメンにカウントされるし、顔の良い人も努力を怠ると顔面フツメンに負けてしまうということ!極めて民主主義的な時代じゃないか!

と、イケメンの僕が言っているんだから間違いなしです( ゚∀゚ )ハァーハッハッ!!

 

今日の一曲

HANABI / Mr.Children

ちなみに山Pみたいな顔がガチのイケメンだと思ってます('ω')