最近承認欲求という言葉をよく見かけます。
確かSNSに依存する人が増えてきた辺りからメディアで取り上げられるようになったと記憶してます。
人は誰しも他人から認めれたいという気持ちがあり、それをこじらせるとSNS依存に繋がるとか何とか。
これはよく分かります。
私も自己顕示欲が強い人間で、特に仕事に対しては「普通のことが出来ても意味がない、自分にしか出来ないことをやり遂げ、自分の代わりはいないと周りに評価されてなんぼだ」という姿勢で取り組んでいます。
それが良いモチベーションとなりここまでやってこれたので、承認欲求自体は決して悪い事ではないと思ってます。
ただこれを正しい方向に使わないと...ということです。
まぁ正しい方向とは一体誰が決めるんだという議論になってしまうとキリがないですが、Twitterでおっぱい晒してたくさんイイねもらいたい女子大生なんかはやっぱり正しくない方向だと考えられますよね、一般的に。
で、最近妻が子供に母乳を飲ませているときに言うんです。
「この子にとって母親は自分ひとりであって、代わりがいないと思うと幸せと責任を感じる」と。
良い言葉だなぁ、と思いました。
「子供は母親を選べない」という言葉を耳にすることがありますが、子供にとって母親は唯一無二の存在であり、逆に母親からすると「自分は誰に認められなくてもこの子だけには認められている/認められたい/認められるよう頑張らなくては」といった気持ちなんだと思います。
つまり子供は母親の承認欲求を満たしてくれる最も身近な存在であると言えます。
バリバリ働くキャリアウーマンやスクールカーストの上層にいた人、いつも友達の輪の中心にいる人気者等には、自分が承認される場がいくらでもありますが、皆が皆そうではありません。
しかし母親になると、誰であっても少なくとも我が子からは承認される。
人は自分を承認してくれる相手を大切にしようとします。
母親は母性本能により我が子へ無償の愛を注ぐというのが一般的ですが、実は承認してくれる相手への感謝も混じっている(もしくはそういった感覚も母性本能の範疇にある)のではないかと思います。
そう考えると、日頃自分は承認されていないと感じる母親ほど、我が子への愛情は強くなるのかもしれません。
まぁ、その愛情をこじらせて過保護のカホコの黒木瞳みたいになってしまうのも問題ですが。
それって結局Twitterでおっぱい晒す女子大生と同じw
何事も上手く方向をコントロール出来ないとダメだってことですね。
今日の一曲
Family Song / 星野源
もう来週最終回かー。どうなるか楽しみすぎる(*´ェ`*)