
週刊文春10月16日号を手に取った。そこで目を引いたのが、東京・田端の中華料理店で起きた暴行死事件の記事だった。
事件の主役は、身長176センチ、体重120キロの巨漢、会社員の今西伸一郎(37)。隣の席に座ろうとした男性との些細なトラブルをきっかけに激高し、相手を殴り倒したうえ、何度も踏みつけて死亡させたという。
週刊文春は、事件の発端を次のように伝えている。
● 「けんかを売られた」と思った
事件が起きたのは9月27日午前0時ごろ。東京都北区田端にある中華料理店で、客同士のトラブルが発生した。
今西が店のカウンター席で餃子と缶酎ハイを注文していたところ、後から店に入ってきた北島久生さん(49)が、隣の椅子を引いて座ろうとした。
ところが、その椅子には今西が足をかけていた。そのため北島さんは前につんのめる形になった。
「何だ、この野郎!」
今西が怒鳴ると、北島さんも「いいじゃねえか!」と言い返した。
このやり取りで今西は一気に感情を高ぶらせた。
「けんかを売られていると思った。血が上った」
そう供述したという。
今西は無言で北島さんの上着の襟をつかみ、後ろへ押し倒した。北島さんは後頭部を強く打ち、抵抗できない状態になった。
それでも今西の暴行は止まらなかった。
身長176センチ、体重120キロという巨体を揺らしながら、北島さんの顔や腹を10回以上にわたって踏みつけたという。履いていたのは、若者の間で人気のシューズブランドの革製厚底ブーツ。踏みつけるたび、店内には鈍い音が響いた。
店には、2人以外にもおよそ10人の客がいた。そのうちテーブル席にいた男性が、
「もうやめなよ!」
と声を上げた。
ようやく今西は足を止めた。しかし、その後の行動も異様だった。何事もなかったかのように席へ戻り、缶酎ハイを飲み始めたのである。
さらにレジカウンターの女性店員に、
「警察を呼んだのか?」
と尋ねた。
女性店員が震える声で「呼びました」と答えると、今西はその場にいたという。
● 「捕まったら、ちゃんとした食べ物が取れなくなる」
暴行を受けた北島さんは、鼻と口から血を流し、息も苦しそうな状態だった。
今西が近づいて頭を持ち上げると、別の客から「動かさない方がいい」と言われたため、元の状態に戻したという。自分の手に血が付いていることに気づいた今西は、トイレへ向かい、血を洗い流した。そして、再びカウンター席へ戻った。
ここから先の行動が、この事件をより強烈なものにしている。
今西は、
「このまま捕まると、たぶんちゃんとした食べ物は取れなくなる」
と考え、Dセットのみそラーメンと半チャーハンを追加で注文した。値段は850円だった。
さらに、「捕まってしまうと無銭飲食になるかなと思った」として、先に料金まで支払った。
やがて警察官が店に到着し、「犯人はどこか」と声を上げた。そのときも今西はカウンター席で食事を続けていたという。
捜査員から「食べている場合じゃないだろ」と詰められると、今西は、
「最後の晩餐なので」
と答えた。
そして、捜査員が無線連絡を済ませている間にも箸を止めず、ラーメンセットを完食したという。「最後の晩餐なので」という言葉には、異様なまでの食への執着が表れているように感じる。
人を死なせてしまった直後にもかかわらず、目の前のラーメンを食べ切ることを優先する。その姿は、事件そのものとは別の意味でも強烈な印象を残す。

● 地元では「問題を起こすような人ではなかった」
今西は東京都足立区で育った。
中学、高校は都内の名門私立校に進み、高校時代にはラグビー部に所属していたという。幼いころから今西を知る近所の住民は、彼についてこう語っている。
母親の実家は、この地域でネジの製造・販売を営む地元の名士だった。両親と弟の4人家族だったが、今西が10代のころに両親は離婚。その後は、会社近くの自宅で母親と2人で暮らしていたという。
今西自身も10年ほど前から母親の実家の会社でフォークリフトを運転し、真面目に働いていた。仕事が終わると、近所の居酒屋で職場の仲間と酒を飲むことも多かった。
しかし、近所の住民によれば、これまで問題を起こしたことは一度もなかったという。事件で見せた粗暴な姿とは、かなり異なる人物像である。
● ネット上では別の顔も
一方、今西には地元ではあまり知られていなかった一面もあった。
テレビ局の記者によれば、すでに閉鎖された今西のフェイスブックには、「尖閣諸島は日本固有の領土です」という言葉とともに日章旗の写真が掲載されていた。
また、「日本人差別をなくそう」といった主張や、在日韓国人の特権問題、靖国参拝問題などに関する記事を複数シェアしていたという。
さらに、自分の体に彫った龍や鳳凰のタトゥーを撮影し、誇らしげに公開していた。
事件後、インターネット上では今西についてさまざまな書き込みが見られた。
「出所する時はホリエモンみたいに痩せてるかな」
といった書き込みもあったという。
しかし、被害者となった北島さんに対する謝罪や反省の言葉はなかったとされる。
送検後、今西は黙秘しているという。それでも、留置場で出される食事は毎回きちんと完食していたというから、事件直後の「最後の晩餐」という言葉とも重なって見える。
少なくとも、食事が原因で急激に痩せるような人物ではなさそうだ。
● 裁判で見えた「母親思い」の一面
ところが、その後に行われた裁判では、事件当時とはまったく違う今西の姿が明らかになった。
今西伸一郎被告の裁判員裁判は2015年3月19日に東京地裁で判決を迎え、懲役7年(求刑懲役10年)が言い渡された。
法廷で何度も涙を流したのは、被害者に対する態度とは対照的だった。
今西被告は事件について淡々と話していたが、弁護人から「傍聴席にお母さんが来ている」と聞かされると、突然泣き崩れた。その後もしばらく涙が止まらず、証言を続けられないほどだったという。
母親も証人として法廷に立った。
今西被告と母親は2人暮らしで、同じ会社に勤めていた。昼になると今西被告が一度自宅へ戻り、母親と一緒に食事をする。基本的には朝、昼、晩の3食を2人で食べていたという。
家では酒を飲まず、外へ飲みに出るのも週に1度ほどだった。給与の手取りは約15万円。そのうち5万円を母親に渡していたという。
母親は法廷で、
「やさしくて、親思いで私にとってはすばらしい息子です」
と証言した。
その言葉を聞いた今西被告は、法廷で終始泣き続けた。
事件の知らせを受けた母親は、「驚きでどうしていいか分からなくなった」という。
その後、42年間勤めていた会社を退職し、体調も崩した。
さらに母親は、事件後に息子から何度も手紙が届いたことを明かした。
そこには、
「家族を巻き込んで申し訳ない。自分のことはいないものと考え、縁を切ってほしい」
という趣旨の言葉が書かれていたという。
事件を起こした息子を、それでも母親は見捨てなかった。
● 「短気な性格」が本当の原因だったのか
被害者の北島久生さんには身内がおらず、遺骨を引き取る人もいなかったという。
事件を知った今西被告の母親は、「ショックで何かできないか」と考え、北島さんの遺骨の引き取り先を探した。
しかし、最終的に引き取り手は見つからなかった。そこで母親は、遺骨が一時的に保管されていた寺で供養したという。
裁判で特に印象に残ったのは、事件の原因について検察官が今西被告を問いただした場面だった。
検察官が「事件の原因として一番大きかったのは酒だと思っているか」と尋ねると、今西被告は「酒が入っていることも要因にある。後はストレスとか体の疲れとか」と答えた。
さらに原因を問われると、
「短気な性格だったのかなと今思う」
と答えた。
すると検察官は、こう問い返した。
「あなた、3番目に短気な性格を挙げたが、酒を飲んでいる人やストレスを抱えている人は、世の中にいくらでもいる。それでキレて暴力を働くのか。(短気な性格が)大事な原因だったのではないのか。その辺、強く考えてくださいね」
検察官の言葉に、今西被告は素直に「はい」と答えた。
酒や疲労、ストレスだけを事件の原因として片づけるのではなく、自分自身の短気な性格や、怒りを暴力に変えてしまったことこそ考えるべきだという指摘だった。
事件の本質を考えるうえで、重い言葉だったと思う。そして、もう一つ心に残ったのが、母親の最後の言葉だった。
「罪を償って帰ってくるのを待ちたい。あの子にとってウチしかいない。2人で一から出直してやっていきたいです」
● 事件報道だけでは見えなかったもの
事件が報じられた当初、強烈に印象に残ったのは、120キロの巨漢が隣の客との些細なトラブルから激高し、相手を踏みつけて死亡させたことだった。
そして何より、「最後の晩餐なので」と言ってラーメンセットを食べ続けたという行動が強調された。確かに、この言葉と事件直後の行動は異様であり、強い印象を与える。
しかし、裁判の内容まで知ると、事件報道だけでは見えてこなかった今西被告の別の側面も浮かび上がってくる。
母親と2人で暮らし、毎日3食をともにし、給料の一部を母親に渡していた生活。法廷で母親の姿を見て泣き崩れた姿。そして、事件を起こした息子のためだけでなく、被害者の遺骨を引き取る人がいないことを知り、供養までした母親。
もちろん、こうした事情が事件の重大さを軽くするわけではない。一方で、人間を一つの側面だけで捉えることの難しさも感じさせられる。
事件当時の粗暴な姿と、法廷で母親の言葉に涙を流す姿。その両方が、今西伸一郎という一人の人間だったのだろう。
ラーメンを食べ続けた「120キロの巨漢」という強烈なイメージだけで終わらせるのではなく、裁判で語られた母親との生活や、事件の原因をめぐるやり取りまで知ることで、この事件は別の意味を持って見えてくる。
この事件が強く印象に残ったのは、単に異様な事件だったからだけではない。人間の中にある粗暴さとやさしさが、同じ人物の中に同居していることを突きつけられたからなのだと思う。
参照:口論の客を暴行後、席に戻ってラーメン完食した元ラガーマンの素顔とは…
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