北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記 -7ページ目

北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記

1年間をかけて、北半球の主要な国、都市、世界遺産などの旅をした体験を赤裸々に綴る回想記。

 アーリー・タイムズをプラスチックのコップに半分ほど注いで、俺とK君はスナックバーに向かう。
アメリカの俳優のモーガン・フリーマンを若くした感じの黒人の販売員に、氷をコップに入れてもらえないかとお願いすると、素っ気ない態度ではあったが快く入れてくれた。俺達がスナックバーのシートに座ってウイスキーを飲んでいたら、彼は殻つきのピーナッツが入ったバスケットを俺達のテーブルに載せてくれた。

 自分の座席に戻ってアメリカ南部の景色を眺めながらアーリー・タイムズをなめる。アムトラックの速度はそれほど速くないので、そこから眺める景色は絶好の酒の肴(さかな)だ。森や川や人の姿とかすべてが映画のシーンのように見えてくる。
俺は午前中から酒を飲む事はほとんどないのだがこのシチュエーションならばいくらでも飲める。
酔うほどにいろいろな思いが頭の中を駆け巡る。若い頃アメリカに憧れてた時の事、自分が日本でやってきたこと、そして日本を出発してからの2ヶ月間。
いつの間にか酒が体じゅうにまわって寝入ってしまった。

 列車は日が暮れて暗くなった頃にアトランタのアムトラックステーションに到着した。
 早朝に宿をチェックアウトしユニオン旅客ターミナルに向かう。
クレセント号は毎日一便のみ、ニューオーリンズとニューヨークを結ぶ列車だ。
俺達が乗ったのはコーチ(coach)と呼ばれる座席車。座席の前後もゆったりしていて、リクライニングシートも思い切り倒せる。フットレスも高く上がるので座り心地も抜群だ。日本の新幹線の座席よりは断然いい。(グリーン車は乗った事が無いのでわからないが)

  列車が出発してから間もなく、俺はバックパックの中から前日に購入していたアーリー・タイムズのボトルを取り出す。
アムトラックで車窓の景色を眺めながらバーボン・ウイスキーを飲むと言うのが昔からの夢だった。(あとで分かった事だがアメリカ国内で売られているアーリー・タイムズは、製法の関係で正確に言うとケンタッキー・ウイスキーでバーボン・ウイスキーではない。輸出向けアーリー・タイムズはバーボン・ウイスキーである)
 俺がアメリカで楽しみにしていた事の一つが、アムトラックに乗って移動するという事だった。いつの頃からか、この旅を企画する以前からアムトラックでのアメリカ国内の旅に強い憧れを持っていた。はっきりとした理由は思い出せない。テレビ朝日の「世界の車窓から」を見た影響かもしれないし、誰かのエッセイか何かを読んだ影響かもしれない。

 日本を出発してからニューオーリンズに到着するまでの約2ヶ月間、一度も鉄道は利用していなかった。基本的に陸上での移動はバスだった。いよいよアムトラックの旅が始まり、バスの移動から解放されると思うと嬉しくてたまらなかった。

 俺達は30日間有効のU.S.A.レイルパスを、すでに日本で購入していた。
ユニオン旅客ターミナルのチケットカウンターに行ってレイルパスを提示し、翌日出発するクレセント(cresent)号のアトランタまでのチケットを受け取った。