北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記 -8ページ目

北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記

1年間をかけて、北半球の主要な国、都市、世界遺産などの旅をした体験を赤裸々に綴る回想記。

 ニューオーリンズに関しての記述が、ここまでの訪問都市の中で一番長くなってしまった。とは言え実際には、延べ一週間の滞在中、実際に活動していたのはフレンチクオーターとその周辺のみで、郊外にある観光地に足を延ばすようなことは一度も無かった。

 俺とK君は、それまでの旅の中で封印していたものがあった。ギャンブルだ。
正確に言うとそれまでは特にギャンブルをするような機会が無かったと言ったほうがいいのかもしれない。

 ハラーズカジノはキャナルストリートの突き当たり、世界貿易センターの隣にある。全米各地にあるカジノホテルチェーン、ハラーズの一店舗だ。立地条件が非常にいいので、フレンチクオーターの辺りをぶらついているとどうしても目に入ってしまう。
俺達は誘惑に勝てなかった。ニューオーリンズ到着二日目に、吸い込まれるようにカジノに足を踏み入れた。
身分証明書の呈示を求められる。俺達が常に財布に入れて持ち歩いているパスポートのコピーでOKだ。
カジノの中はスロットマシン、ポーカーやブラックジャックなどのゲームテーブルもあり雰囲気も悪くない。かと言ってそれほど敷居も高くないので俺達のようなジーパンでも気軽に入れる。
結局俺達は3回ここに言った。でも興じるギャンブルはスロットマシンの一番レートの低いもので、お遊び程度にやったのでハマッてしまったというわけでもない。トータルでは二人ともプラスだった。まあ数十ドルだが。
日中キャナルストリート近辺を歩いているときに暴風雨に襲われて、避難するために逃げ込んだというのが、このカジノに最後(3回目)に行った時の俺達の言い訳だった。ただこの時俺達が体験した雨と風はハンパじゃなかった。日本でも味わったことの無い、恐怖感すら覚える暴風雨だった。

 2005年8月にアメリカ南東部を襲った大型のハリケーン、カトリーナの影響でニューオーリンズでは甚大な被害を受けた。テレビニュースの画面に映される被災地の映像を見て胸が締め付けられた。ニューオーリンズで体験した暴風雨の事を思い出した。
別にニューオーリンズに限ったことでは無いのだが、自分が一度でも行った事のある都市で大きな災害などが起こると、とても気になってしまう。

 幸い観光の主要部であるフレンチクオーターやその周辺は被害もそれほど大きくなかったので、観光客も年々復活してはいるようだ。
俺達がニューオーリンズに行った時もほとんど日本人を見かけなかった。まだ日本人にはそれほど知名度がない都市のようだが、みなさんがアメリカに行く機会があったら、復興の応援をする意味も含めて是非足を延ばしてほしいと思います。
 マルディグラ (Mardi gras) とは、フランス語で「太った火曜日」を意味する。
カトリック教会などの西方キリスト教における四旬節の前に行われる祝賀であり、世界中で祭りが行なわれるが、その中でもニューオーリンズ・マルディグラはリオのカーニバルなどと並ぶ世界で最も有名な謝肉祭(カーニバル)のひとつだ。
マルディグラデイ(告解火曜日)は毎年2月か3月の火曜日で、その日の11日前の金曜日から毎日本格的なパレードが行われ、マルディグラデイで最高潮を迎える。

 俺とK君がニューオーリンズを訪れたのは3月後半と4月前半だったので、すでにマルディグラは終わっていた。ただせっかくカーニバルの本場に来たので、少しだけでもマルディグラの雰囲気を味わってみたかった。
マルディグラのカーニバルのパレードで出される山車(だし、float)のほとんどの製作、飾り付けを担当しているのがマルディグラ・ワールド。ここはマルディグラの期間以外は観光客向けに一般公開している。(有料)

 キャナルストリートの突き当たり、アメリカ水族館の前からキャナル・ストリート・フェリー(無料)に乗り込む。ミシシッピ川対岸まで片道10分だ。ミシシッピ川の上から眺めるフレンチクオーター、CBD(Central Business District)の景色もなかなかいいものだ。
フェリーの到着に合わせてマルディグラ・ワールドの無料シャトルが迎えに来ている。

 マルディグラ・ワールドのツアーでは最初にビデオを見せられる。そのあとに山車の修理工場の見学。そして倉庫の中に入っていくと過去のマルディグラで実際に使われた山車が保管してある。スーパーマンとかバットマン、有名なミュージシャンのようなオリジナルが判るものから、よくわからない怪獣やキャラクターまで見ることができる。最後に名物のキングケーキのサービスもある。

 バーボン・ストリートでは毎晩のように(深夜)、建物二階のバルコニーから、通りの歩行者に向かってビーズの首飾りを投げる儀式が行なわれていた。マルディグラのパレードで山車から群衆に投げる儀式を模したものと思われる。
俺とK君も、結構な数のプラスチックのビーズを手に入れた。その後のアメリカ旅行中に知り合った旅行者に一つずつ渡していったので、アメリカ最後の訪問都市ニューヨークで全部手放すことができた。
 俺が少年時代に聴いていた海外の音楽と言えばポップスやロックだったので、ジャズを自分の意思で聴くことはほとんど無かった。
洋楽をよく聴く方だったので、ロックやブルースなんかを聴いていた流れで初めて自分で意識したジャズ・ミュージシャンがルイ・アームストロング(Louis Armstrong)だった。

 サッチモ(Satchmo)の愛称で知られるルイ・アームストロングはニューオーリンズ出身で20世紀を代表するジャズ・ミュージシャンの一人だ。トランペット奏者であり歌手でもあるサッチモは、その独創的な演奏や歌い方で数々のヒット曲や名曲を残した。

 俺が少年時代に最初に聴いたルイ・アームストロングの曲がこの素晴らしき世界(What a Wonderful World)だった。ジャズの知識など全く無くても、とてもわかりやすく心に響く良い曲だと思った。
その後サッチモのベスト盤を買ったのだが、ハロー・ドーリー(Hello,Dolly!)や聖者の行進(When The Saints Go Marching in)など、ジャズファンならずとも一度は耳にした事のある曲がたくさんあった。

 フレンチクオーターの東側はずれにある旧造幣局の中にジャズ博物館があり、ルイ・アームストロングが愛用していたコルネットなど、初期のジャズの巨人達の貴重なコレクションを見ることができた。

 フレンチクオーターを深夜歩いていると、クラブやバーでルイ・アームストロングの曲を演奏していることがよくあり、サッチモの人気の高さをあらためて認識させられた。
憧れのミュージシャンの生まれ故郷を訪れ、その偉大な功績を体感することができた。