初 "SOBE" 泊
いつもどおり何の計画も予定も予約もなく
たどり着いたツレス島。
唯一の目的はルーベニッツェでの夕食。
(と、スィミング。)
ウィンタータイムに時計を調整したばかり。
陽の暮れるのがぐんと早くなった。
真っ暗な細い石垣の間の道を飛ばし、
午後6時、ルーベニッツェへ到着。
満天の星空。
丘の上の村は海風に直撃される。
人影は無い。住人の灯した灯がチラチラと見えるのみ。
「閉店だろう」と、諦めながらも、確認しにその店へと走った。
真っ暗。
何も調べてこなかったから、シーズンオフで閉店なのか、
ありがちな月曜定休なのか、判断できないまま、
とりあえず宿を探しに海沿いの村ヴァルンへ向った。
夏の活気は何処へやら。ここも閑散としている。
月が明るく水面になま白い光を落とす中、
暗闇に浮き上がった暖かな明かりを発見。
駆け寄ると、そこは一軒のレストラン。
まきの焚かれる香ばしい空気、異次元の様な賑やかな雰囲気。
レストラン裏のツーリストビローで宿の有無を訪ねると、
「一泊じゃ無理ね。」と、のこと。
仕方なく島一番の街、ツレスへ戻る。
ツーリストビローを直ぐに見つけ、宿を探してもらうと、
難なく一部屋見付かった。
そして案内されたのが、SOBE。
"部屋"。
日本の民宿風仕組みの宿泊施設。
普通の一軒家の空き部屋が宿泊施設に改装されていて、
ベッド、トイレ、シャワー、冷蔵庫、テレビ・・・一通り揃っている。
この類の宿泊施設はあちらこちらにあって、
以前から気になっていたのだけど、
なんせ飛び込みで泊まれるのか、
一泊でもOKなのか、友人に訪ねても未体験者ばかりで
事情がわからず、よってSOBEやアパルトマンは避け、
万国共通制度のホテルにばかり泊まっていた。
そうか、ツーリストビローで紹介してもらうんだ。
インターネットで調べても、
問い合わせ先は街のツーリストビロー。
日本にもこういう制度があるのかな?
と、いうことで初めてSOBEに泊まりました。
決してステキな宿ではないけど、飛び込みでもニコヤカに
迎えてくれ、料金も☆☆☆ホテルの半額程、
このツレスの様に安全な街に滞在するのであれば
我が家的にはOKかな。
床は少々傾斜してたけど。
住民2200人程のツレスの街。10月の平均温度16℃。
でも、もう観光客はほぼおらず普段の街の姿。
イタリア語も飛び交います。
そして、本調子で無い私は、
敢えて夕食を摂りに出ず、
子供達とサンドウィッチ用の食材でお腹を満たし、
9時前にはベッドに倒れ込んだまま・・・
ユーゴノスタルジアならぬ昭和ノスタルジア
地図を眺めながら、
半分冗談で「ツレス島まで行けるね」、なんて言った。
冗談が、本気になり、
一路フェリー乗り場のブレストヴァへ。
イストラ半島には去年だったか一昨年だったか、
セミハイウェイが出来たお陰で距離は簡単に稼げる。
ロヴィンから乗ったそのセミハイウェイを降り、
一般道をクネクネと次から次へと現れる小さな村を抜けて進む。
途中、
廃工場を発見。
こんな小さな休符を打ちながら、1時間ちょっとでブレストヴァへ到着。
夏の間は二艘稼動してるのに、
シーズンオフとあって、一艘が一時間だか二時間だかおきにしか
行き来していないここのフェリーを待った。
片道乗用車一台90クーナ。大人二人で26クーナ。
合計2500円ほど。ツレス島へ20分の航行。
海の風は流石に肌寒く、
いつもなら甲板に出て眺めを楽しむところ、諦めてラウンジに座った。
「日本も何処もカーフェリーって似たもんなんだねぇ」と、旦那。
「そうね・・・低い天井にこの蛍光灯とか。まさに昭和のフェリー。」
「日本製だったりして。」
(あのコーヒーやらビールやらを振舞ってるバーではきっとおにぎり、
焼きそば、コーヒーの代わりに緑茶だろうなぁ)
なんて、漠然と想像していた。
そしてうろうろしてたら、
更に、
ご存知ヤンボ、マンボのお二人も同乗。
JADROLINIJAのシールの下には元の
日本語のサインが張ってあるものと思われます。
一気にタイムスリップした私には、
カウンターから振舞われる湯気の上がった讃岐うどんが見えました。
昔、瀬戸大橋が出来る以前、父の実家の愛媛へ行くには、
神戸からジャンボフェリーに乗っていました。
勿論このフェリーの方が随分小型。
旦那は「青函連絡船の払い下げ」と
の意見だったけど、それなら讃岐うどんではなく三平汁?
いや、いや、やはり船体が小さすぎます。
何度も乗っているこのフェリー。
甲板に出なかったが為こんなことに気付くと、
最近耳にする、ユーゴノスタルジアならぬ、
ちょっとした昭和ノスタルジアを味わった
束の間の航行となりました。
ツレス島より。午後5時。
島へ渡ると、期待に胸膨らませ、
海峡を挟んでイストラ半島へ暮れ行く夕陽を見送りながら
ルーベニッツェへ向ったのだけど・・・
海に浮かぶ街よ
連休だった。
身体が本調子でなかったので、初日は出かけず。
行き先すら、思いつかなかった。
翌日、やはり、家には居れず、海へ。
毎朝子供達からは「海!海!」のシュプレヒコールが上がってたし。
またノヴィグラッド辺りで一泊するかな、
と簡単な予定で出かけたのだけど、
ちょっと足を伸ばしてロヴィーンまで行くことに。
この60km程の差で気になりながらも
中々ロヴィーンまでは行っていなかった。
一ダースのおにぎりとおかずを詰めたお弁当持参。
みかんも山ほど持った。
道中、子供達はやはりぐずり始めたけど、
誤魔化しながら到達。
キキの叫んだ「海に浮かぶ街よ~!」はこんな感じかな。
海に面した家の壁が防波壁になってる。
今、波は穏やかだけど、荒れたりはしないの?
門にはヴェネチア帝国の羽根の生えた獅子がいました。
この辺りもかつてはヴェネチア帝国でした。
その後も、色々な国の統治下に。
最終的にトリエステと交換になり
全イストラ半島はイタリアから旧ユーゴのものになり、
ここ15年ほどはクロアチアです。
この街にもネコが多い。スレンダーなグレイのネコは
「何も食べ物持ってないよ。」って言ったら、
くるりと優雅にuターンして緑の戸の中へ消えて行きました。
石畳はツルツル、娘は滑りながら階段を下りていました。
車は街手前の駐車場へ停めるようになっていて、
街の中は住民、工事車両以外はシャットアウト。
街の頂上にある教会。
謎の生物の口が雨どいの筒を銜えています。
(口から水を出す生物の彫刻は滑稽なものが結構沢山存在)
暑い!焼いてる&泳いでるおばちゃんもいました。
私も泳ぐ気満々だったのだけど、水着は車に・・・
水色に塗られた木戸が目立ちました。
いい緑。
家の中からはテレビの音と賑やかな夫婦の会話。
赤好きな私にはたまりません。
朝この木戸を開けるとキラキラ輝く海・・・
な~んて幸せ。
市場ではおばちゃんが一本一本のんびり作っていました。
リュブリャナの市場でも見かけます。
勿論チトー時代の遺物もありました。
この手のものを見つけるとシャッターを切らずにいられません。
さて、まだ昼過ぎ。
サンドウィッチ用の仕入れをして南へ・・・
残飯ランチ
本日の我が家女同士のランチ。
残飯整理。
市場のおばちゃんが一箱花ズッキーニをくれた。
(ちなみに昨日は市場をうろついている間に
ふと気付いたら、娘はネコの編みぐるみを抱え、
次にふと見たら、反対の手にはお花を、
次に見たときには林檎をかじっていた。)
早速花が新鮮なうちに食することに。
詰め物は、冷ご飯のナンチャッテ酢飯。
ひよこ豆は数日前から何度も炊きこぼされていたもの。
若いモロッコ隠元を茹でて、謎のチーズ、↓
バルサミコヴィネグレットと和えて、盛り付け
最後にケーパーを添え、ビターチョコを少々振りかけた。
残飯だけど、「お花!!」と、大喜びの娘と、
漸くコーヒーにありつけホッと一息な私の、
爽やかな女同士ランチになった。
秋だと言うのに暖かい。そよそよそよ風。
窓を全開放していい気持ち。
それにしても、このチーズなんていうのかしら?
多分ヤギ乳チーズ。塩分はきつい。
タブー?
娘とスーパーへ行った。
某フランス資本の巨大スーパーへ。
大したものを買うわけでもなかったんで
何処でもよかったのだけど、
比較的音なし目のスーパーへ。
いつもなら素通りの魚売り場で足が停まった。
これといって目的も無く眺めていたら、
(ディスプレイの鋸鮫が干からびてて強烈だった。
なんでそんなもん置いてるん?)
鮪と目が合った。
瞳キラキラ。お口からは釣り針が。
8kg程の丸の鮪。
おじさんが簡単に水洗い、頭を落とすと、
「頭、500sitで持って行かない?」
「あぁ、いらない。」と、即答。
「どれぐらいいる?これぐらい?」とナイフでおじさんが示す。
そうねそれぐらいかな・・・
おじさんは勢い好く筒切りにした。
胸鰭辺り、1.5kg、本当に必要なの?鮪が?
・・・半信半疑のままもらった。
スーパーで魚を買ったことが無い。
大丈夫なの?きっと旦那は呆れるだろうナァ・・・
でも、キラキラ瞳どおり、
鮮度は良い。血もさらっとしていた。
ヅケに。小振りの鮪だし、あまり旨味も酸味も無い。
もうちょっと寝かせたら美味くなるかな。
今日はAIKOさんからTIVOLIで遊びましょう、とお誘いが。
20度を越えたからね。暑いよ、私は。
手土産に炊き合わせを持って行った。
オクラと絹さやもウィーンからのがまだあったのでね。
そうそう、TIVOLIのカフェを去ろうとしたら、
女性が駆け寄ってきて、
「私、ADエージェンシーしてるんだけど、
娘さん、モデルしません?」
と、名刺をくれた。
「あらぁ、なんて可愛いチェルナ・マラ!」
って、通りすがりのリュブリャナ人に
毎日何十回と言って頂いてるわが娘。
いよいよデルモデビューか。
スロヴェニアの純粋日本人キッズはうちの子達だけ。
それにしても、"チェルナ・マラ"って、
"黒いちびっ子さん"、って意味。
"色の白さは七難隠す" 日本とは違って、
"色の黒さは・・・・・" を通り越して、
"色さえ黒けりゃいい"と、思ってません?
ちなみに、そのエージェンシーの女性に
帰路子連れのところ遭遇したら、
「うちの子達はブロンドなのよ・・・」と、ネガティヴな表情。
"透き通る陶器の様な"肌に細い金髪の子供達。
(日本へ行きなさい。モデルしたけりゃ。)
AIKOさんは、
「凄いらしいですよ、アメリカでは。額が。子供モデルって。」
って言ってたし、自分の学費ぐらいは稼いでもらいましょうか。
なぁんて。
チェルナ・マラ、はただの黒いちびっ子さんだ。
新市長
日曜に地方自治選挙があった。
リュブリャナには16人の市長候補がいた。
現役のおばちゃん市長も再選を狙い、
選挙前になったら、慌てて(って訳じゃないかも知れないけど)
あちらこちら、街中のアスファルトを敷き代えたり、
力を見せびらかしていたのだけど、その甲斐なく落選。
そして当選したのは元々最有力と言われていた
スロヴェニア最大手の小売店(スーパーマーケット)
メルカトールCEOのヤンコヴィッチ。
高投票率のなか、62%のの票を確保。
しかし、現右翼政権のお大臣達からは
既に相当ナスティなコメントが。
何故って、このヤンコヴィッチさん、実はセルビア系二世。
ちなみに、ヤンコヴィッチ、って名前、
何処かで聞いたような気がしません?
むかーし、いましたね、アル・ヤンコヴィック。
M.ジャクソンのパクリで eat it! なんか歌ってた人。
元は同じ名前です。多分近いルーツです。
ミラ・ジョヴォヴィッチもセルビア系の出身です。
イレーナは候補者の中で唯一ユーモアのある人だったから、
って、半ば消去法的にヤンコヴィッチに一票投じたそうだけど、
彼の当選を知ると随分喜びに満ちたSMSを送って来た。
「スロヴェニア人は異国の人間に政を執らせるつもりか!」
なんて、お国のお偉い方々は言ってるそうで、
新市長にとってはなかなか向かい風の強い船出となりそうだけど、
我々本当の異国の人間にとって
肌に感じる変化が何か起こるだろうか。
飼い犬に噛まれぬよう
溜息につぶされそうになり、もらった電話だったけど、
反吐を吐いた。
グレは問題を軽視してた。
まるで私がやたら問題を大きくしてるのか、
過度に反応しすぎてるかの様。
でもね、いつもいつも同じ様な問題が発生するの、
元凶は何処にあると思う?って聞いたら、
「う~ん、アイドンノウ。何処だってみんな似たり寄ったりの
人間関係の問題を抱えてるんじゃないの。」
だってさ。
そんな調子だからいつまでたっても堂々巡りなんだ。
いつもいつも事が起きてから大騒ぎ。
覆水盆に返らずなんだよ。
そして、問題は解決されぬまま、なぁなぁになって、
全然関係ないところに争点はずらされ、妥協案で一件落着
のつもり、って、その繰り返し。
問題発生を未然に防ぐ為にミーティングはやるのだよ。
報告連絡相談!って言葉があるだろぉ(笑)。
(スロヴェニア人には到底理解してもらえないだろうけど)
問題が起きてから
「みんな何時だったら都合つく?
ミーティングしたいんだけど・・・」って、そりゃ無理な話。
何万回言ったら分るん?!
そしてね、貴方は下らぬ情報をスタッフに開示しすぎ。
「うちのボスなんてね、所詮元電気工。
経営学のケの字もかじったこと無いんだよ。」
なんて、若造に言われてますよ。
足元掬われる様なネタを何故自ら振りまくの?
人はいいんだけど。
その人のよさが仇になりかねない。
バディ感覚でスタッフと接してばかりだったから、
我儘っ子だらけになっちゃったのね。
まだ毒は廻っていない。
手遅れになる前に膿を出さなくては。
私たちにも半分非はあるのだよね。
ちゃんと認識しています。思い切って吐いてみてよかった。
言い出したからには、ちゃんとフォローしなくてはならないけど。
23日、誕生日
旦那が33歳に追いついた。
半年前に33になっていた私。
昨日フェルデンの龍君おじいちゃん、
オパパの家に旦那の土産のブレス産鴨を忘れてきた。
すっかりオパパからのプレゼントの
W.モンゴメリーに聴き入り、真剣に踊る子供達に
大笑いしてたら、冷蔵庫に忘れて来た。
取りに行こう・・・1時間ちょっとの道のりだし。
と、予定してたのだけど、思考が停まってる。
朝、バーデンで好評だったカレーをまた仕込み始めた。
クミン、ブラックマスタード、アニス、クローブ・・・
炒ると、クラクラする程の香りが立つ。
ボーっとした頭にガツンとくる。
大蒜、玉葱、生姜、トマト、追加して炒めた。
まだ、カレー初心者な私は邪道にカレーパウダーも投入。
ココナッツミルクも加え、ゆっくり煮込む。
ベッドに倒れ込んだ。
龍君宅ではダラダラ~休日気分を満喫してたのだけど、
実はなにやら疲れていたのかしら。
午睡後カレー調理再開。
ゆっくり煮込み、最後の仕上げはオーブン。
オーブンに入れると粉っぽさが消えるという新たな発見。
豆も間に合わず、唯一真空パックで
冷凍庫にいた鴨をロースト。
こちらはブレスさんではなく、ハンガリーの鴨。
ナンを焼いて、とのリクエスト。
ナンは無理だけど、ナン風パンを焼いてみた。
旦那は汗をかきかき、食してる。
短髪な頭皮にキラキラ、じわじわ・・・ 。
食後は、子供達がオパパの庭で拾い、
石でポコポコ割った胡桃入りケーキ。
胡桃の中って脳みそみたい。
胡桃を炒って砕き、スポンジ生地に
溶かしたチョコレートと共に流し込んだ。
砂糖を切らしていたので甘味は蜂蜜。
息子はプリン担当。
ろうそくフーっもして、ささやかな誕生日の祝いになった。
旦那は嬉し恥ずかし、なのか、ずっとイヤがっていた。
夕方イレーナが誕生日祝いを届けてくれた。
スペインのワインに、ルナの描いた我が家の絵。
彼女にはウィーンの土産と、
我が家の夕食のカレーに焼き上がりのナン風パン、
これもまた丁度焼き上がったばかりの鴨の胸肉ローストを
礼に渡した。
そして、私たちがブレスの鴨を忘れたりしたが為、
ややこしいもんを持って帰らざるを得なくなった龍君ママ、
またまたゴメンナサイ・・・。
ウィーンの休日 ~指注意!~
ナッシュマルクトの "インド人の店"
で、ココナツミルクなど買い込む際、
キャッシャーの冷蔵庫から覗いていた生ココナッツも買った。
帰宅後、冷やして、さぁ、飲んでみましょ。
と、蓋を開けようとしたけど、堅くて包丁じゃびくともしない。
そこで、龍君ママが、ヴィクトリノックスのナイフを出して来て、
グサっと、切込みを入れようとしたら・・・
「あっ」って、声と流血。
爪へナイフが入り、指先から滴る血が止まらない。
幸い病院行きなんてことにはならなかったけど、
龍君ママ、誤って指を一本落としてしまうところでした。
ココナッツ堅し。
帰宅した龍君パパは、その指を見て呆れ顔、
オマケにちょっと泣きそうになって、
龍君ママの指の絆創膏を外し、手当てし直してくれました。
翌日龍君パパは電動ドリルでガーっと、
いとも簡単にココナッツに穴を開けてくれると、
ストローを差し込み、
みんなで順番に一すすりずつ・・・
うわっ、濃厚なココナッツ味。
龍君ママ、私が余計なものを買ったが為に、
危うく指を失うところだったね。
しかも、すっかりそんなこと忘れて、
色々水仕事もさせてしまいました。
ゴメンナサイ!早く治りますように・・・。






























