あなたと飲む水は、プレミアムモルツの味がする。 -19ページ目

あなたと飲む水は、プレミアムモルツの味がする。

トランプのダウトをしたら、ターンが回ってくるたびに誰かに「ダウト!」と言われる系女子です。よろしくお願いします。

 

「空気読んでんじゃねえ」という悪口を言うタイミングと空気を読む日々

 

 

 

 

先日ニュースで「良いこと言ったら即退場!性格悪い人限定飲み会」なるものがあると知った。

 

ルールは簡単で、常に悪態をつき、文句や悪口を言えば得点が入り、

逆に良い話や優しさを見せたらイエローカード、またはレッドカードが出され退場させられてしまう。

 

 

この企画を見たときに悪口にも「TPO」があるのではないか、と考えた。

しかし、

いや、むしろ、

性格の悪い人とは、TPOをわきまえずに正論をぶちかまし、自己満足に浸る人のことを指すのでは?

悪口や愚痴をこぼすべきタイミングをしっかりと見極める能力は生きる上で必要な能力なのではないだろうか。

 

 

職場の上司のささいな愚痴をこぼす彼女に対して、自分の職場がいかに恵まれておりいかにストレスが無いかを雄弁に語る男に未来はない。

その場で刺されても情状酌量の余地は無いに等しい。

 

逆に言えば、たとえ彼女の主張が間違っていたとしてもしっかりと彼女の愚痴に耳を傾け相槌を打ち、共感していれば、

その後の未来は明るいはず。

なぜならば女性の愚痴はストレスの発散だけでなく、自分の理解者探しを兼ねているからである。

 

 

冒頭で挙げた「良いこと言ったら即退場!性格悪い人限定飲み会」の優勝者は男性だったが、

彼はよっぽど底意地の悪い人間か、または悪口を巧みに使いこなせるエンターテイナーなのだろう。

 

本音の不平不満、

場を盛り上げるための悪態、

理解者を見極めるための愚痴、

 

そんな言葉遊びに興じる彼ら彼女らを「性格が悪い」とくくってしまうのはもったいない。

今の世間のブームは「深イイ話」ではなく「悪態」なのかも。

 

おわり

 

 

 

ハンドクリームを塗るから手が乾燥するし、目薬をさすから涙が出なくなる。

 

 

おそらく原始人はハンドクリームなど、使用していなかったと思う。

 

 

 

私たちは今、過剰に自分自身を甘やかして生きている。

 

寒ければヒートテックを引っ張り出すし、

喉が乾けば3歩で自動販売機にありつける。

 

 

果たしてその反対側にあるのは修行僧のような、ストイックな生き方なのだろうか。

 

 

 

 

もしかしたらそれはむしろ逆で、

日常の不具合をすぐに道具で補うことで寒暖に対応する身体能力や自然治癒力を減退させ

結果としてそれら道具が手に入らない状況に置かれた際に苦しむよう自分を仕向けているのだとしたら、、

 

 

世界で一番ストイックな人間は、

世界で一番自分を甘やかしている人かもしれない。

 

 

そんなことを考えながら毎朝ハンドクリームで手の水分を補い、

リップクリームを唇に塗りたくる私は、

 

もしそれらが手に入らない状況になり手や唇のカサつきを気にしてる自分を想像してなんだか可笑しくなった。

 

 

 

なんだか眠たい。

 

 

終わり。

 

 

 

私には耳たぶがない

 

 

今まで気にしたこともなかった

けど言われてみればそのとおりで。

 

私には、耳たぶがない。

 

厳密に言うと、耳たぶにあたるような膨らみというか、ふっくらした部分が無いのだ。

 

耳たぶの有無には強い遺伝傾向があるらしい。

なんと福耳(優性遺伝F)のほうが耳たぶなし(劣性遺伝f)よりも確率的には高いのだ。

 

ふっくらしている耳たぶには福耳というおめでたい名称があって何故、耳たぶが無いことには名称がないのだろうか。

(耳たぶが無いおめでたい神様も探せば見つかるのでは・・・)

 

 

 

 

ところで

ヒトは数十兆個の細胞からできているらしい。

 

 

生まれてから死ぬまで体細胞分裂を繰り返し、

永遠に私という形の人間の遺伝子情報を複製し続ける。

 

爪の先から腹の中まで、体中のすべて細胞が

私という1つの人間を形作る設計図を持っているらしい。

 

 

床に落ちている抜けた髪の毛さえも、私には耳たぶが無いという情報をもっていると思うと

なんだか部屋に盗聴器を仕掛けられているような、薄気味悪い感覚に陥ってしまう。

 

 

 

約60億個の塩基配列の組み合わせでヒトの形は決められている。

特に肌の色や鼻の高さは遺伝による影響が強いらしい。

 

昔流行った都市伝説のドッペルゲンガーなんかも、

たまたま60億の組み合わせが非常に近い人のことなのかもしれないな、とふと考えた。

 

 

 

親子等の血縁関係にある者同士の塩基配列は非常に近くなるらしいが、

これは恋愛における「自分にないものを求める」という考えの裏返しなのでは無いだろうか。

 

ヒトは無限の塩基配列の可能性を求めるあまり、

遺伝子レベルで自分とは違うであろう配列の持ち主を思わず求めてしまうのでは。

 

そう考えると、街で見かける美男美女のカップルよりも

なぜ、、そのヒトと、、、と思わず問いたくなるような一見不釣り合いなカップルこそ

新たな塩基配列へ挑戦している輝かしい人類のスタートを切っているようで好感が持てる。

 

 

私は福耳男性と結婚するのだろうか。

はたまた自分と同じく耳たぶのない男性と結婚して、耳たぶのないこどもを生むのだろうか。

 

 

うまくいかない人間関係、もしかしたら塩基配列レベルで

細胞が拒絶しているのかもしれない。

 

新しい自分を探しに、海外へ行く人が後を絶たないのも、

もしかしたら同じ日本人よりも外国人のほうが塩基配列が大きく異なるからかもしれない。

 

 

 

細胞、塩基配列、遺伝子情報

 

言い訳に使ってしまおうか。

 

 

 

おわり。