続きです。
たくさんの先生が参加してくれた面談でも、ゴネゴネしていた私。
心配事が多過ぎたのです、当時の上の子くん。
最初はもう1年くらい支援級にいたいなと思ってました。
受験など1ミリも考えてない頃でしたね。
二度目の保留の後、やはり学校からの電話がかかってきました。
「〇〇くんの来年度からの事についてもう一度お話を伺いたいのですが…」
ですよねー!
この頃からさすがに気持ちが少し変わってきていました。
まずは今心配な事を聞いてみよう、どんなお返事がくるか、それで決めようと思うようになっていました。
担任の先生、支援級の主任先生、情緒クラスの主任先生、交流クラスの担任の先生、そして教頭先生←new!!
ごめんなさい、私がごねているばかりに教頭先生まで巻き込んでしまい…。
そんな気持ちで話し合いスタート。
教頭先生はお飾り参加ではなく、ご自分で数週間、教室での様子をご覧になり細かくお話して下さいました。
最後に担任の先生と交流クラスの担任の先生と3人でお話させて貰い、この日は終わりになりました。
この日聞いた事は
・休み時間の過ごし方。
・現時点での交友関係がうまくいっているか。
・先生方から見て心配に思えること。
・普通級にいってもなんらかのフォローはして貰えるのか。
・支援級に戻れるのか。
こんな感じでした。
もっと細かい事も色々聞きました(内容は思い出せない老化)
三度目の保留。
この時点で「学校から公式にお伝え出来る事はこれで終わりなので、次は教育支援会議となります。教育支援会議(うろ覚え)の先生方と教育支援センターか公民館などのお部屋を借りて行われます」との予告。
同時に、非公式の話し合いはもちろんいつでも大丈夫です!とおっしゃってました。
が、学校じゃないんですね…
続きます。
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当時、上の子くんの参考にしていました。
今は下の子ちゃんの参考にしています