講談社現代新書 2009年12月発行
〔目次〕
プロローグ がんと向き合わなくてはいけない時代
告知される時代/エピソード1―「生きていても何も役に立たない」と思っていたら/秋葉さんの転機/誰でも一人で生きているわけではない/死と出会わない時代の告知/標準治療/治療法は日進月歩/自分の死と他人の死/二千名以上の患者さんを看取って/人はいつか死ななければならない/心が安らかになるヒント
第一章 がん告知の歩み
患者さん本人に告知しなかった時代/別れを言えない患者さん/家族が満足する医療/看護師の葛藤/エピソード2―病名を知らずに結婚した二人/告知しても予後は告げない時代―1985年~2000年ごろ/ギアチェンジ/エピソード3―桜の木の下で/一瞬の幸せ/真実を医師が話し、患者が知る時代―2000年以降/EBMによる標準治療/エピソード4―冷たいと受け止められた告知/医師向けの告知マニュアル/患者さんは告知をいかに受け止めるか
第二章 寿命なんて知らないほうがいい
絵門ゆう子さんの願い/希望は生きる糧/分業制の功罪/エピソード5―「あと一週間の命」と言われて/ホスピスの判断は良かったのだろうか/生きるには寿命なんて知らないほうがいい/エピソード6―ホスピスでの目標/安らかな最期だったのか
第三章 緩和医療で気になること
エピソード7―若い患者さんの闘病/日記に残された本音/美談仕立に憤慨/若い患者さんにとっての緩和ケア/がん告知と尊厳死/「延命」よりも「自然な死」を/エピソード8―ホスピス行きを決意したものの/後戻りを約束/「緩和に徹する」という意味/エピソード9―新しい治療法を待ち望んで/在宅ケアについて/エピソード10―在宅ケアを負担に感じる
第四章 日本人としての心
電子カルテ時代の診療/看取りのパス/患者さんの希望/遺族からの手紙/日本人なら「以心伝心」で告知できる/エピソード11―真実を話せない患者さんもいる/主治医との信頼関係/同意書の功罪
第五章 死を考える
死生観/エピソード12―女子高生が残した日記/エピソード13―恐怖を乗り越える/エピソード14―若い子を亡くした母親/子どもを喪った親/老いてからの死生観/死んだらどうなる/死の恐怖の隠蔽について/ハイデガーの考え方/エピソード15―花おりおり/眠りのなかで/死を別れのときと考える―岸本英夫氏の考え方/エピソード16―死へ向かう「一つ一つのけじめ」
第六章 自分の死、他人の死
告知の方法/患者さんは希望を捨てられない/死の準備教育と来世感/考えかたが変わる/エピソード17―医師が告知を受けたとき/健康なときに何を学ぶか/キューブラー・ロスの最期/自分の死と他人の死
第七章 絶望の奈落から這い上がるヒント
死の恐怖をどう乗り越えるか/這い上がった患者さんに聞いてみる/エピソード18―誰でも安寧になれる心を持っている/エピソード19―奈落に落とされたあと、力が湧いてくる/恐怖のある死、恐怖のない死/死の恐怖を超える「術」
第八章 短い命の宣告で心が辛い状況にある方へ──奈落から這い上がる具体的方法
1)気持ちの整理、とりあえず書いてみる/2)泣ける、話せる相手を見つける
あとがき
代替療法について/二十一世紀の死生学
参考文献
〔著者について〕
1945年生まれの腫瘍内科医。2008年に東京都立駒込病院長就任、現在は同病院名誉院長。都立駒込病院は日本初のがん化学療法専門科を設置した病院で、同病院において長年に亘り、がんの化学療法を行う。
〔本書について〕
著者は1970年代から40年近くがん治療に携わり、2,000人以上の患者を看取ってきた。この間、日本の医療、特にがん医療のあり方は大きく変わってきた
著者によると、がんの告知に関しては、①1985年ごろまで、がんであることを本人には話さないのが常識であった時代、②1985年~2000年ごろは告知しても予後は告げない時代、③2000年以降は真実を医師が話し、患者が知る時代、④2005年4月からの個人情報保護法により、厳密には本人の了解を得てから家族に話すというように変化を遂げてきた。
従来は患者に最後まで希望を持たせるために、本人に伝えてこなかった厳しい真実もあったが、現在では本人が厳しい真実であっても全てを知って、受け止めなければならない時代となった。
そして、がんに対する標準治療が効かなくなったら、医師からは緩和医療へ移行することが勧められることになり、患者自身もインターネットや書籍等の情報により、それが現実であることを理解せざるを得なくなるのである
著者は現在のがん医療に対して、「心は以前より苦しくなっているのではないか」と考える。多くの患者を看取ってきた経験から、「治癒が困難で、短い命を宣告されて奈落に落とされた方の一人でも多く、早くこの奈落から抜け出していただけること」を目的として本書を執筆した。
本書を読んで感じるのは、苦しんでいる患者に対して、何とか絶望から立ち直ってもらうことができないかを、著者が必死に思い悩んでいる真摯な姿勢である。命を救うことができない患者に対しては、医師もどれほど苦しんでいるのかということの一端が伝わってくる。
著者は、これまで看取った患者のそれぞれの最期の様子や、死生学・宗教・哲学等の本の中に答えを見つけ出そうとする。本書では19のエピソードとして、著者の心に残る患者を取り上げている。
著者が告白するとおり、「奈落から這い上がる術を、確かな術を、私たち医療者も実は持っていない」のが現実である。医療ができることには限界があり、人間の精神・魂をどう支えるかが求められており、万人共通な決定的な方法はないのである。しかし各ケースで取り上げた患者の最期の迎え方には、それぞれ大きなヒントがある。人間の可能性、命の大切さ、人間の存在している意義、支える人たちとの信頼関係などにより、人間は人生の最期にあたって自分の人生を意味あるものとして実感できたり、安らかな気持ちを持つことができることを著者は経験してきたのである。がん患者だけでなく、全ての命を考える上でも根底は同じであると思う。
本書の「プロローグ」と「あとがき」において、「私は、応援しています。必ず応援しています。」と同じメッセージを繰り返している。絶望から立ち直ってほしいという著者の想いが、一人でも多くの人に伝わることを著者が祈っているように思える。本書読んで、著者のように辛い人に寄り添って一緒に思い悩んでくれる人間が存在しているんだということ自体が一つの救いとして感じられる。