




10分で分かる仮名手本忠臣蔵 その1
大序〜塩谷判官切腹の段・城明け渡しの段
10分で分かる仮名手本忠臣蔵その2
山崎街道出会いの段〜勘平腹切りの段
- 祇園一力茶屋の段 ・上 -
花のような美女と遊ぶなら、祇園あたりの色揃いが良い。
東、南、北、西。
西の浄土のここは極楽か。
輝くばかりの美女揃いである。
しろうとも芸妓も事情通も、
それが、京都、祇園。
一力茶屋である。
「誰かおらぬか」
門からの声に亭主があたふたと出てきた。
「これは斧九太夫さま、ご案内をお呼びなさるとは遠慮なことを」
「いや、初めての人を連れてきたのでな」
斧九太夫はかなりよい歳の男であった。
隣には若い男を連れている。
「とても繁盛しているようだが、座敷はあるか」
「ござりますとも。今晩はかの由良之助さまのご趣向で名の通っている遊女たちは使い込んでおられ、下座敷は塞がっておりますが、東屋風の
「そこは蜘蛛の巣だらけではないのか」
「またご冗談を。あなたさまこそ、女郎の蜘蛛の巣に絡まれないようご用心なされませ。それ灯をともせ仲居ども、ご丁重に二階座敷へご案内せよ」
そう言うがはやいかいそいそと亭主は店内へ戻っていった。
「九太夫殿、由良之助はいっそ気狂いでござるな。主人師直もこれほどとは思っておりません」
亭主がいなくなったのを確認して九太夫と連れ添っている男は言った。
彼は、鷺坂伴内。
塩谷判官の仇、
「うむ。今晩は由良之助が本当に遊女遊びに呆けておるのか底の底を探りたい。気取られぬよう、いざ二階へ」
二人はそう言うと、一力茶屋へ入っていった。
二人と入れ替わりに茶屋へ四人の男がやってきた。
由良之助方の
彼らが引き連れているのは一人の足軽、寺岡平右衛門であった。
「平右衛門、いい頃合いで呼び出そう。それまでは入ってくるな」
矢間十太郎からの言葉に、「畏まりました」と平右衛門は頭を垂れた。
茶屋の中では由良之助が女中たちと派手に騒いでいた。
そこへ、先ほどの三人の侍たちが乗り込んできた。
「由良之助殿、矢間十太郎でござる。これは・・・・何をなされておいでか」
家老、仇討ちの中心人物、最重要人物は、遊女や女郎に囲まれ酩酊していた。
「女郎たち、我々は大星殿に話があって参った。しばらく座を立ってもらえんだろうか」
十太郎がそう言うと、女郎たちは部屋から立って行った。
「これはお三人とも、よくお出でなされた。だが、何用だ」
呂律の回らない由良之助である。
十太郎がそれを受け、「鎌倉へ打ち立つ時期はいつ頃に」と詰め寄った。
由良之助は半開きの瞼を三人へ向けた。
「丹波与作の唄に『江戸三界へ行かんして、いつ戻らんす事じゃやら』と、ふふ、がはは」
ゆらりゆらりと身体を揺らして、笑う由良之助。
三人はたまらず、由良之助に詰め寄った。
「われわれが酒の酔いをさまさせましょうか!」
と、「ご無礼をなされまするな!」と大声が響き渡り、寺岡平右衛門が部屋の外から筋肉質な身体を縮こまらせ「はばかりながら、わたくしが一言申し上げたいことがございます」と由良之助の座敷の下に膝をついた。
由良之助は高い所から、平右衛門を一べつした。
「ふうむ、寺岡平右、寺岡平右・・・。ああ、以前に北国へお飛脚に行かれた足の軽い足軽どのか」
「ネイ。左様でごわります。判官さまのご切腹を北国にて知りまして、宙を飛んで
由良之助はまるでそれを遮るように大きく咳こんだ。
平右衛門は、はっとした。
「一味連判の・・・石、碑、御建立の様子を承りまして、なんと嬉しいことだ、有難いと皆さまにひたすらお願いをいたしました。そうして、お頭に会わせてやろうとなり、ここまで参りました。師直の屋敷」「コレ」
由良之助の鋭い眼光が光ったかのように、平右衛門は感じた。
が、みれば、やはり酩酊の様子であった。
「コレ、コレ、コレ。足軽ではなくて大きな口軽じゃな。もっとも、四十五人一味を揃えてみたものの、よく考えてみれば、失敗すればわたしの首がころり。成功してもあとで切腹。高価な薬用人参を呑んで、借金で結局首をくくるようなものだ。なので、 やめた」
「これは、由良之助殿の言葉とも思えません・・・」
平右衛門は信じてきたものを失ってしまったかのような感覚であった。
みると、もう由良之助はこっくりこっくりと眠ってしまっている。
「これ平右衛門、由良之助は死人も同然だ。矢間どの、千崎どの、もう本心はみえましたな」
竹森喜多八が二人と顔を見合わせた。
千崎弥五郎が「一味連判の者共への見せしめ!」と立ち寄ったところを、「暫くお待ちなされませ!」と平右衛門が割って入った。
「つくづく考えましたらば、ご主君にお別れなされてから様々の艱難辛苦。酒でも無理に呑まねば命も続きますまい。また、酔いがお醒めになりましてからのご分別になされましょう」
そう、半分無理矢理に、平右衛門は三人を抑えて、座敷から出て行った。
山の背後へ月が沈んでいく。
山科からは一里半(約六キロメートル)、由良之助の息子の大星
内を透かしみると、父の寝姿が見える。起こすのには人の耳が近い、こんな時の合図の音、と、力弥は父の近くへ密かに寄り、刀の鯉口をチャンと打ち鳴らした。
人の目にふれないよう、力弥は忍び足で外へ戻る。
由良之助が目を覚まし、ふらりふらりと千鳥足で「酔いでも覚まそう」と呟きながら座敷から出てきた。
そうして、力弥の側へ寄ると、目つきがぐんと鋭くなった。
無論である。
これまでの一力茶屋での遊び放埓は、敵味方、全ての陣営を欺く演技。
由良之助は敵を欺くのはもちろん、味方の勢力の中でも本心から覚悟のある人間を見極めようとしているのであった。
「力弥か。急用か」
「ただ今、御台の顔世様から急のご飛脚がよこされ、密事の御状が届きました」
「他には」
「高師直の帰国の願いが叶い、近々本国へまかり帰るとのこと。委細はお文に」
「よし。その方は宿へ帰り、夜のうちに迎えの籠を。さあ、行け」
父の言葉に、力弥は再び走っていった。
由良之助は辺りを見回し、ひと気がないのを確認して、状の封を開けようとした。
「由良之助どの」
声がかかった。
由良之助は状を隠し、声の方を向いた。
由良之助と同じく、塩谷判官のもとで家老をしていた斧九太夫だった。
「いやあ、由良之助どの、なんとも派手な遊びぶりだな。この本心は」
「仇を討つ手立てにみえるか?」
ふたたび酔いの演技に戻る由良之助である。
「ふむ、そなたはもう主人塩谷の敵討ちを辞めるのか」
「もちろんだとも。今、こうやって安楽に暮らしていられるのも、貴殿のおかげだ。昔のよしみは忘れないぞ」
そう言うと、二人は酒を酌み交わしはじめた。
酒の肴に、と差し出された蛸。
九太夫はそれを由良之助に差し出した。
由良之助はそれを受け取って、食べようとした。
九太夫はその手を取って、「明日は主君塩谷判官の命日。その前日だという大事な日に、貴殿はその肴を食うか」
と尋ねた。
「食べるとも食べるとも」
由良之助は平然と答え、ただ一口に味わってみせた。
そうして、足許をしどろもどろにしながら由良之助は立ち上がり「この肴では呑めん。鶏しめさせ、鍋焼きさせよう」と言いながら、座敷を出ていった。
陰から始終を見ていた鷺坂伴内。
「九太夫殿、始終見届けました。見られよ、九太夫殿、ここに刀を忘れておりますぞ」
「本当だ。大馬鹿者の証拠ではないか。どれ、見てみよう」
二人は鞘と鍔を持って刀を引き抜いた。
「なんと錆びた刀だ」
「赤いわしのようですな。猫がいなくて助かります」
二人はあまりの悲惨な刀の状態に腹を抱えて笑った。
「伴内殿、あとは力弥が持参した手紙が気になる。そなたは駕籠にわたしを乗せ帰国するかのように見せかけてくれ」
九太夫はそのまま座敷の軒下に忍んだ。
伴内は言われた通り、誰も乗らない駕籠に同道して一力茶屋を去って行った。
祇園一力茶屋の段・下 へ
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日本芸術文化振興会サイト

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