【5分で分かる】妹背山婦女庭訓「金殿の段」・作品解説 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫

       
  金殿の段







見台








背山婦女庭訓と申しますと、いわゆる「山の段」が有名です。


こちらはロミオとジュリエットのように対立する家族の息子と娘が愛し合い、その果てに互いの幸せを信じて死を選んでしまうという、妹背山婦女庭訓の前半における最大の山場です。




さて、妹背山婦女庭訓を通して暗躍する、蘇我入鹿という人物は英雄譚に近い、神の申し子のような人間です。

しかしそれは、徹底的に、悪の存在でした。

彼の父、蘇我蝦夷と妻は自分たちに子供ができないことに焦りと執着を持ち、ついには自然の秩序に反して、神に強制して無理やりにもうけた子供だったのです。


白い牝鹿という神秘の動物の血を妻に吞ませることにより、神に対する秩序を犯してできた、いわば人獣のような存在、それが蘇我入鹿なのです。





蘇我入鹿は帝位を奪い、金蘭豪華な御殿に住んでいます。

この蘇我入鹿を滅し、世の中に平和をもたらそうと活躍しているのが藤原鎌足です。




ある日、この御殿へ鎌足の使いとして漁師の鱶七と名乗る男が乗り込んできました。

鎌足が降参を申し出たと伝えに来たのです。

もちろんこれは偽であり、鱶七は漁師ではなく金輪五郎今国という鎌足の腹心で、単身御殿に乗り込むための口実なのでした。


金蘭豪華な御殿における、荒くれだった野生的なこの鱶七の描写というのはとても対比的で、入鹿という巨大悪に対抗する様を必然的にも視覚的にも描き出しています。





この鱶七に興味を抱いたのが、普段男に接することのない、この御殿の官女たちでした。御殿にはいない、野生的で男らしい鱶七に、男と遮断されて宮廷の中での偏った人間関係により歪みきってしまっている官女たちは、性的な対象として鱶七にまとわり付くのでした。

鱶七には軽くあしらわれてしまう官女たちですが、この官女が、もう一人の主人公であるこの作品のヒロインのひとり「お三輪」と鱶七という違った運命を生きる人物を結びつける重要な媒体となるのです。







三輪の里にすむいわゆる町娘のお三輪は、最近長屋に住むようになった烏帽子折の求馬のことが好きで好きでたまりませんでした。

身体を預けたこともあります。


そのような間柄ですから、お三輪はもちろん求馬と結婚できるものだと思っていました。
 







ところが、夜な夜な求馬のところに通う、謎の女がいることを知り、お三輪は激しい嫉妬にかられます。

求馬は求馬でその謎の女の正体を確かめるべく、彼女の去り際に衣の裾へ小田巻の糸の端をつけ、その後を追いました。

お三輪も慌てて求馬の裾に小田巻の赤い糸をつけ、後を追います。










このお三輪恋敵である謎の女性、彼女こそ蘇我入鹿の妹、橘姫でした。

さらに、求馬も実は身分を偽っていることが明るみにでます。

橘姫は彼の正体を知って、近づいていたのです。





彼こそ、鎌足の子である藤原淡海だったのです。


敵対する関係にありながら、橘姫は求馬すなわち淡海に恋心を抱いていました。



前半「山の段」と同じ構図が繰り広げられるのです。


橘姫は淡海との愛と、天皇への正義を貫くため、自分の兄を裏切ることを決意しました





その決意の真意を見て取った淡海は、橘姫の恋を受け入れ、結婚の約束をしたのでした
 








そんなことになっているとはつゆも知らないお三輪。

道の途中で小田巻の糸が切れてしまい、それでも家のない中で唯一人が住まうことのできる御殿を発見し、求馬はここにいるに違いないとさ迷いやって来るのでした。









しかしそこでお三輪が耳にするのは宮廷内で密かに話題になっている、求馬と橘姫の結婚の話でした。



お三輪はさらに嫉妬の炎を燃やします



お三輪が知らないところで、あんな風に求馬こと淡海と橘姫との婚約が成立してしまうと、お三輪の愛は一層不毛なものとなります。

ただの町娘と鎌足の子とでは身分の差がありすぎ、関係が成り立つはずもないからです。





そんなこととは未だ知らないお三輪と出会ったのが先ほどの官女たちでした。





官女たちは橘姫に恋敵がいることを知っていたので、ひと目でお三輪が件の女であると理解します。


所詮町娘ごときが私たちの姫と張り合おうと何になる、と、官女たちはお三輪をいびり始めるのです。


お三輪は求馬に会いたいというただ一心で官女たちが繰り出す要求を実践していきます。


そうしてお三輪が泣き崩れぼろぼろになるまで官女たちは純なその恋心を徹底的にいじめ抜きました。



「ここまでしたのだから、求馬さまに合わせてください」と懇願するお三輪を拒否して官女たちが引き上げていくと、その裏切りが引き金となってお三輪の強い恋心がむくむくと狂気狂乱の心境へと転じていくのです。




袖も袂も喰い裂き、狂いに狂って、御殿を飛び込もうとする様子を見ていた人物がいました。




先ほどの鱶七こと金輪五郎今国です。






さて、入鹿は超人的悪魔的な生誕をし、超巨悪として君臨していますが、その生誕の過程をたどると、実は彼にも弱点があることが分かっていました。



鹿という動物は秋になると発情期となるため、雄と雌が互いに求愛するのですが、その際に鹿の求愛に似た鹿笛を吹くと、それに誘われ近づいてきます。

人獣として鹿の血が混ざっている入鹿にその方法を使い、一瞬の隙を作ろうというのです。

しかしただの鹿笛では効果はありません。

白い雌鹿の生き血を用いて誕生した彼に対し、爪黒の鹿の生き血が必要でした。

さらにそれに加え、入鹿の誕生を決定的にした彼の母の子供が欲しい執着心を打ちまかすために、「疑着の相ある」、つまり愛と嫉妬心からの執着心ゆえに狂乱に陥った女の生き血も笛に混じて注がなければならなかったのです。






お分かりでしょう。



まさしく今のお三輪そのものです
 




運命か偶然か、金輪五郎は入鹿を滅するというその役割を果たすため、この機を逃すわけにはいきません。



お三輪の髻を掴むとグッと刃を突き刺したのでした。





ことの真相を知ったお三輪は求馬にもう一度会いたいと願いながら、息絶えていくのでした。







ざっとした解説はこのようなかんじになります。

こちらにはあらすじをもう少し書いていますので、こちらも参考にしてくださいね。

























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