前回に引き続き、もうひとつ車内放送から。
JR線に乗っていると、グリーン車に関する英語の案内が流れることがあります。
首都圏を走る東海道線や湘南新宿ラインでは、
Green Cars are car number 4 and number 5.
A green car ticket is required in the Green Car.
という具合です。
車内放送だけでなく、たとえばJR東日本の英語版ウェブサイトには、次のような説明がなされています。
強調は、こちらで付しました。
To travel in a Green Car (first class) of a Shinkansen or Limited Express train, you will need a super (limited) express ticket and a Green Car reserved seat ticket in addition to a basic fare ticket.
「Types of Tickets」より |
GとCが大文字になっていることから、普通名詞というよりは、どちらかというと「固有名詞」に近い扱いだということが、わかりますね。
一方、百科辞典に目を向けてみると、たとえば日本大百科全書に次のように説明されています。
強調は、こちらで付しました。
グリーン車 日本の鉄道で営業時に「グリーン料金」を徴収して追加的サービスを提供する車両。制度上は「特別車両」とされ、特別車両料金が設定された「特別車両券」の購入によって利用が可能となる。多くは普通車に比べ座席の幅や前後間隔などで優れた設備を備えるが、座敷や個室を備えた車両もある。出入口付近に四つ葉のクローバーをデザインしたマークを表示する。ほとんどはJRに在籍し、新幹線・特急および首都圏の中距離普通列車などに連結されるが、一部の民鉄(私鉄)にも存在する。日本国有鉄道(国鉄)が運賃・料金の等級制度を廃止した1969年(昭和44)5月、旧来の1等車を踏襲して誕生したが、等級制が階級社会の名残(なごり)であったのに対し、グリーン車は純然たる追加的サービスであり、その性質は大きく異なる。
また、2011年(平成23)に東日本旅客鉄道(JR東日本)は、東北新幹線においてグリーン車より上位のサービスである特別車両「グランクラス」の提供を開始し、2014年には北陸新幹線にも拡大した。この特別車両料金はグリーン料金よりも高額に設定されている。このほか、2013年に九州旅客鉄道(JR九州)が運行を開始した列車「ななつ星 in 九州」は、一般的なグリーン車を上回る豪華な設備を備え、車両形式の記号にも等級制時代の1等車に用いられた「イ」を冠している(「マイネ」など。マ=重量42.5トン以上47.5トン未満、イ=1等車、ネ=寝台車を表す)。同列車については、旅客営業規則に、一般的なグリーン料金よりもはるかに高額な特別車両料金が定められているなど、鉄道の上位サービスは多様化の傾向にある。 |
さて。
ここで、翻訳の観点から、グリーン車について考えます。
たとえば日本国内で使われる外国人向けの観光案内やパンフレットであれば、おそらく
グリーン車=Green Car
と翻訳して差し支えない場面や、そのように訳すほうがよい場面もあるでしょう。
日本国内での使用しか想定していない文書で、生活文化の中に存在する、一種の「固有名詞」としての扱いです。
ただ、海外で使われることが前提の文書では、必ずしも同じようにはいかないと思います。
たとえば、特許明細書。
【請求項1】
在来線のグリーン車利用時に着席できずに降車した乗客のグリーン料金を精算するグリーン料金精算システムであって・・・・(特開2012-027549)
仮に外国出願をするとして、「Green Car」と訳すことに意味があるのかどうか。
それ以前の問題として、Green Car で通じるのかどうか。
Googleで "green car" と画像検索すると、当然ながら緑の自動車ばかり出てきます(笑)。
そのままでは通じない場合、インターネットが普及した昨今は(読み手に)調べてもらえば日本に固有のものだとわかるはず、だから問題ないだろうという主張は・・・・・いくらなんでも無理がありますよね。
それでは、JRが括弧書きで使っている「first class」は、どうでしょうか。
厳密さを要求されない場面ならよいと思いますが、意味としては、正しく説明しきれていません。
first classは等級制を前提とした語であるのに対し、現在のJRでは等級制を採用せず、モノクラス制をとっているからです。
『日本大百科全書』に等級制度を廃止と書かれていますが、類似の説明が報道記事にもありました。
1等廃止 モノクラス制採用 国鉄は増大する赤字の解消を理由とする運賃値上げ案を検討していたが、二十四日午後の理事会でその具体案をまとめ(中略)現在の一等、二等の区別をなくして「モノクラス制」を採用、現在の一等車に当る「グリーン車」(仮称)を利用する場合は、「指定車両料金」をとる、などを骨子としている。 (朝日新聞 1968年12月25日朝刊 1面トップ)
現在の一等運賃は通行税込みで二等の約一.八倍、特急・急行料金は約二.一倍で、「一等は高すぎる」という苦情が多かった。料金一本化でそれも一応解決されることになるとはいっても、現在約千二百両ある一等車を廃車してしまうわけではない。一等車という名称はやめ「グリーン車」(仮称)というような名前で残し、これに乗りたい人からは「設備料金」を払ってもらう。 (朝日新聞 1968年12月25日朝刊 15面) |
たしかに制度が変更された当時は、一等車で使っていた車両設備をそのまま残したようです。
ただ、等級別に運賃や特急・急行料金が異なる制度をやめて一本化し、グリーン車には特別料金を設定しています。
制度変更から半世紀にもなる現代に、グリーン車と first class (car) を同列に並べるのは、やはり無理があるように思うのです。
参考までに、グリーン車の英訳語については、日本での生活が長いデイビッド・セイン氏が著書の中で、近い英語表現としてparlor car / salon car をあげています。
『交通機関の接客英会話』の35ページです。
たしかに、これなら等級とは関係なく、特別な設備と結びつきます。
ただ、個室タイプやデラックスタイプ、お座敷タイプなどの比較的豪華なグリーン車ならparlor / salonで良いとして、通常の新幹線に多いグリーン車程度でも、果たして意味的に近いのかどうか。
ましてや座席指定もない普通列車のグリーン車に、parlor / salon は・・・・。
(湘南新宿ライン)
上に引用した公開公報の「着席できずに降車した乗客のグリーン料金を精算する」システムなど、まさに普通列車のグリーン車を想定しています。
首都圏であれば、東海道線、横須賀線、湘南新宿ライン、上野東京ライン、総武線快速、宇都宮線、高崎線、常磐線などですね。
中央線・青梅線にも、2023年頃の導入が検討されているようです。
ようするに営業キロが比較的長く、特急や快速の設定がある路線なのですが、「グリーン車」と呼ばれているとはいえ、感覚的には、parlor / salon からはかけ離れています。
そこで他に表現はないものかと探してみると、Deep Japanというウェブサイトの
Figuring out the Green Car in Japan: JR Train Business Class Seats
に、Green Car (premium seat car) やGreen Sha (or Green Car premium seats)と記載されていました。
premium seat car。
首都圏を走る普通列車のグリーン車では、他の車両より良質の座席が使われています。
ほとんどが二階建て車両で、二階席と一階席で完全に同じなのか、振動や音を考慮して少し作りが違うのかは不明ですが、とにかく他の車両より座り心地がよいのは間違いありません。
座席のリクライニングも、できます。
小さいとはいえ前の座席の背についたテーブルも使えます。さらに一階席には、読書灯も。
普通列車のグリーン車には、premium seat car くらいでちょうどよいかもしれませんね。