3代目「特許翻訳の世界」 > Children's Dictionary
復刻シリーズです。
1999年に、米国に暮らしていた友人の紹介でScholastic社の子ども用英英辞典に出会い、すばらしさに感動したことがありました。
まだ、Amazonなどのオンライン書店が存在しない時代です。
日本人が入手する手段は非常に限られていたどころか、知る機会すらない。
それなら「自分で」輸入販売をしてみようと思い立ち、Scholastic社にメールを送って直談判。
当時、この会社が日本でいう講談社クラスの大手だということは、まったく知りませんでした。
どんな会社なのかも大して調べることなく、輸入させてくれと交渉したわけです。
結果、あっさりOKが出ました。
こちらが自宅兼オフィスの小規模SOHOだと知っていたかどうかは・・・・わかりません。
とにかく、こうしてアメリカから書籍を仕入れて販売するということを、始めたわけです。
1992年5月に「翻訳者になる」と決めて2週間でフリーとして独立しましたが、そのときと同じかそれ以上のスピード展開で、直談判から1か月するかしないかのうちに、段ボール箱がどっさり届きました。
在庫を持つ物販は、初体験です。輸入も、初体験です。
このとき初めて、「店舗として」クレジットカードの決済が使えるようにする、ということも覚えました。
ヤマト運輸と法人専用の代引き契約をする、ということも、覚えました。
実質的に、代理店になることが決まってから、必要なものを整えています。
そしてウェブサイトの一角に専用のコーナーを作って、店舗オープン。
まず、初代「特許翻訳の世界」ウェブサイトで採用したものの、親しみやすくしすぎた反省から2代目で取り下げたオウムを、復活させました。
販売サイトですので、それらしくアレンジもしています。
名前は、初代のときに付けた「ぱろ」のままです。
こういう絵を描くことが好きだったのもあって、いくらでも描けましたし、英語の歌を紹介したり日替わりで定義クイズを出したり、句動詞を拾って紹介したり……
たった1つの商材だけで、ずいぶんといろいろなことをしたように思います。
この経験でわかったのは、「大手企業だから個人なんて相手にされるわけがない」ということには、ならないということです。
私はたまたま、大手だと知らずに飛び込みました。
知っていたら同じようにしたかどうかはわかりませんが、たぶん、何も変わらなかったでしょう。
仮に断られたとしても、じゃあ、どうすれば輸入させてもらえるかと聞いたと思います。
この輸入は、Amazonが日本に進出してしばらくして、打ち切りました。
Amazonの上陸が2000年11月で、こちらは2001年いっぱいあたりで閉店だったはず。
本業なら続けたかもしれませんけれど、翻訳業の片手間でしたし、もともと「日本の人たちが購入しやすいように」という動機で始めたことなので、Amazonが輸入してくれるなら十分でした。
でも、とても良い経験になりました。