三太爺とすぐる爺 その四 和風クリスマス物語 いよいよ佳境へ | 音楽でよろこびの風を

音楽でよろこびの風を

世間を騒がす夫婦音楽ユニット 相模の風THEめをと風雲録


いよいよ佳境に入ってきました、「三太爺とすぐる爺」
今日はその第四回目です。

すぐる爺は天狗に過去の自分の姿を見せてもらって 何を考えたのか??

ここまでの回はこちらからご覧になれます。
 第一話はこちら
 第二話はこちら
 第三話はこちら


三太爺とすぐる爺 その四

 さて師走も押し迫り、もう次の正月も間近な十二月二十四日の夜のこと。
「てえへんだてえへんだ」佐助ドンが大きな声を上げて、家から転がり出てきました。
「どうした佐助ドン?」通りかかった三太爺さんが尋ねます。
「む、むらおが、みんなから預かった大事なむらおが、凄い熱を出してぐったりしているんだ。」
「何、それは大変。医者を呼ばないと。」
声を聞きつけた村のみんなも外へ出てきます。
しかし、この村にはお医者様はいません。ちょっと離れた町まで行かないとお医者様はいないのです。そして、お医者様が運よくすぐ来てくれたとしても翌日の昼くらいにはなってしまうでしょう。それまで小さな赤ん坊の命が持つかどうか。
騒ぎを聞きつけて、すぐる爺ものそのそと外へ出てきました。
「あ、すぐる爺。むらおが大変なことになっているんだ。今にも死にそうなんだ。すぐに医者を
呼びにいかせるが、その薬代、今だけ用立ててくれんか。」
 しかし、すぐる爺は無言で首を振ってすぐ、家に戻ってしまいます。
 村の威勢のいい若者は「へん、あんなケチ野郎に頼むのが間違いだぜ。とにかく一刻も早く医者を呼べや。そうだ、この村で一番足の速いオイラが、いっちょう呼びに行ってくらぁ。」

 すぐる爺の様子を見て、あれ、変だぞ、と思った三太爺さんが、すぐる爺の家の扉をくぐります。
「おい、すぐるさんよ、大丈夫か。」
元気のなさそうな顔をしたすぐる爺さんが、顔を上げます。
「こんな大変な時に、オレのことまで気をかけてくれてお前様は大した奴じゃな。」
「何を言ってやがる。お前がしょうもない奴だってことは知っているが、まぁ腐れ縁じゃねえか。ちいと元気がなさそうなんで顔見に来ただけだ。」
「なぁ、三太よ。」
「うん。」
「オレたちが、まだガキだったころに、一緒におぼれたことは覚えておるか?」
「忘れるわけねえだろ。三瓶さんが助けてくれたから、今もこうしてぴんぴん生きている。爺いにはなったがな。」
「オレはオレなりにしっかり生きてきたと思っておった。筋を通して仕事に励んできたつもりじゃ。」
「だが、筋の通し方をちょいと違えていたようじゃ、こう言いたいんだろ?」
「三太、なぜわかる?」
「そりゃあな、お前さんとは違う道を通ってきたからな。わしは仕事ができるわけでもねえし、稼ぎだってカツカツだ。だが、誰かのおかげで生きていられるってことくらいは知っている。」
「なんだか、ここまでやってきたことが何だったのか、よくわからなくなってしもうたのだよ。」
「なんだよ、なんか難しい話なのか?」
 すぐる爺は10日ほど前に夢に出てきた、いや本当は夢ではないのですが、例の天狗の話をかいつまんで、三太爺に聴かせます。
「ほう。天狗もえれえことをしたもんだ。」
「そこで、三太。お前に頼みがある。あの天狗に会いたいんだ。あの天狗ならひょっとして、むらおを助けられるかもしれない。」
「どうした風の吹き回しか。お前らしくもない。」
「なぁ、三太。ワシはここまで人に欲張り呼ばわりされて生きてきた。それは別に構わん、事実じゃからの。だがな、ここから先、少しだけ変わってみたいんじゃ。」
「よし、わかった。爺い二人じゃ、ここにいたって役に立たん。おれ達がむらおを治せるわけでもない。二人で探しに行くか、天狗とやらを。」
 天狗は町や里にはいそうもありません。かといってこの辺には山らしき山もない。「そうだ、森だ。いるとしたら江古田の森あたりなんじゃないか。」

 二人は夜道を小さな行燈一つで寒さに凍えながら歩いていきました。
 ついに、江古田の森にたどり着きました。鬱蒼と茂った木々。夜の森は畏れ多く、ちょっと足を踏み入れるのもはばかられるようです。
「おーい。男二人でも恐ろしいなぁ。すぐるさんは外にあんまり出ないのに、よく平気だな。」
「オレだって怖いさ。じゃがな、大事な用があるからな。」
恐る恐るながら森に足を踏み入れ、しばらく行ったところで。がさがさっと、音がしました。木の上のほうです。

「この寒い中、暗い中、よくぞここまでやってきたな。」

 天狗です。そう、あの時の天狗が、大きな朴(ほお)の木の上からすぐる爺たちに呼ばわります。
「あ、あの時の天狗様。」
「こんな寒い夜に、わざわざやってきたということは、このワシに用があるからなんじゃろうな。」
「さようでございます。一つお願いがあってやってまいりました。」
「なんじゃ?」
「わたくしが住んでいる村に むらおという赤子がおります。」
「おお、知っておるわい。貴様がびた一文出すか、と抜かした、あの時のお子じゃな。」
「面目ない。左様にございます。今、あの赤子が、高熱を出して苦しんでおります。ひょっとすると死んでしまうかもしれません。どうか、あの子を助けてやってください。」
「ほお、世にも珍しいことがあるもんじゃ。お前が人様の子供の命乞いをするとは。」
「あなた様に、先日、昔のことを見せていただいてから、私めも色々と考えました。今まで確かに一所懸命働いてきました。それなりの富も得ました。しかし私めのしたことで、誰かを喜ばせたことがあったろうか、と考えたのです。」
「誰かよろこんでくれたか?」
「いいえ、自分のこれまでを思い返してみましたが、特にそういうことはなかったように思います。」
「まあ、そうじゃろうな。」
「気がつくと私も年を取りました。今やただの爺でございます。なんとか健康ではありますが、この先何十年も生きるとも思えません。一つくらいは銭金ではないことで、何かをしてみたいのです。」
「そこで、むらおを助けたい、と思ったのじゃな。」
「はい。おおせのとおりです。」
「まず、最初に言っておこう。ワシは神でも仏でも閻魔大王でもない。人の命をワシの力だけでどうこうすることはできん。」
「はあ。」
「じゃがな、こうすれば赤子が生き延びるかも、というやり方くらいは、教えてやれるかもしれんなぁ。」
「て、天狗様。ぜひ、それをわたくしめに教えてくださいませ。」
「ふむ。まあ、せっかくこんなところまで来てくれたんじゃ。教えてやるか。ただな、間違いなく効くかどうかはわからんぞ。それでもよいか。」
「あ、ありがとうございます。」感激したすぐる爺は頭を地べたにこすり付けています。
「じゃがな。」
「はい。」
「二つほど条件がある。」
「どんなことでございましょう?」
「まず一つめ。むらおを治すやり方はお前には教えん。」
「えっ!ほんの今さっき、教えてくださると。」
「話しはしまいまで聞け。治す方法は今日一緒に来た三太に教える。そして三太にそのやり方を、村人に伝えてもらう。つまり、お前さんの手柄にはならぬということじゃ。よいか。」
「結構でございます。」
すぐる爺は横目で、三太を探しましたが、三太の姿は見えません。
「あのう、天狗様。その三太の姿が。」
「安心せい。今、この森の中ではワシとお前との間だけ時間が動いておる。三太の時間は止まったまま。ワシたちの姿も見えていなければ、この話し声も聞こえておらぬ。ははは、ワシは天狗だからな。その程度のことはできるわい。」
「なるほど。さすが天狗様。して、もう一つの条件とは。」
「お前も結構あこぎなことをして、富をため込んでいたからのう。」
「あこぎとは申されますな。わたくしめ、決められたやり方通りに事を運んだだけでございます。決してお上の決め事に触れるようなことはしておりませぬ。」
「そうじゃろう。そうじゃろう。そのことは知っておる。じゃがな。人の世は目に見える決め事だけで、動いているわけではあるまい。ここまで長く生きてきて、そんなことも知らぬとはまさか申すまいな。」
ぐっと言葉に詰まるすぐる爺です。
「そこでだ。お前様の大好きな取引じゃ。何、命をよこせとは言わん。お前の大事にしておる物をいただくぞ。」
「何にお使いになるので?」                     
「お前はやっぱり阿呆なのかの。ワシは天狗じゃ。世俗のものなど何一つ必要ない。食べるものはこの森の恵みだけで十分じゃ。ほれ、申したろ、ワシは神や仏ではない。ただの天狗だ。お前の大事なものをいただこうというのは、ま、単なるいじわるじゃ。お前を試そうという、いやらしい心根じゃよ。どうだ。それでも むらおを助けたいと思うか?」
またもや、ぐっとつまるすぐる爺。心の中で「いや、それとこれとは別なのでは。医者と薬の銭くらいなら出さなくもないが。」などとみみっちく勘定しています。
「なぁ、お前は今、医者の銭くらいなら出してもいいが、それ以上はちょっと、などと思っておったろ。」
「そ、そんな、めっそうもない。」
「お前はむらおを助けたいと思ってこの寒い夜にこの森まで来たのじゃな。それから、銭金ではないこともしてみたいと、 言っておったような。」
「その通りでございます。」
「人の命というのは軽いのか、重いのか?」
「わ、わかりませぬ。」
「軽いんじゃよ。本当ならこの世を救うほどの立派な人物になるはずのお子が、しょうもない病気や辻斬りや事故で、あまりにも若くして、本当だったらなすべき大きな仕事を一つもしないまま、この世からいなくなるのをわしはた~くさん見てきた。神も仏もないのか、と、神に面と向かって言うたこともあるわ。そしてもちろん、立派なことをしないからといって、また別の子供の命が大事ではないわけではない。よいか、等しく軽いからこそ、等しく大事にせねばならぬのだ。」
「はい。」
「そして、その大事なものを窮地から救おうというのに、お前は何も差し出さない、というのは少々虫がよすぎる話ではないか。」
「はい。」
「よいか、お前が大事にしているものの中から、いくつかをワシがもらっておく。」
「そ、それは今すぐここに持ってこなければいけないのでしょうか?」
「いや、そんな手間はとらせない。勝手にいただいていくよ。」
「それでは盗人同様ではないですか?」
「お前、今、盗人と申したな?やめようかな、教えるの。」天狗は余裕しゃくしゃくで笑っています。
 なんだか、寒い森の中でこんな会話をしているうちに、すぐる爺は大事なものも銭もどうでもよくなってきました。
「わかりました。天狗様。お好きなものをお好きなだけ、持っていってくださいませ。むらおが助かる方法を教えていただければ、それで十分でございます。」

明日はいよいよラスト その五に続く