三太爺とすぐる爺 その三 天狗との邂逅 | 音楽でよろこびの風を

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世間を騒がす夫婦音楽ユニット 相模の風THEめをと風雲録

おかげさまで、昨日の ののじでのライブで、唄語りライブ「三太爺とすぐる爺」も無事上演できました。めをとの2014年のライブも昨日でおしまい。一年間のご愛顧、ありがとうございました!
 今日は「三太爺とすぐる爺」第三回目の物語をアップします。
 一話、二話をご覧いただいた方はもうお分かりかもしれませんが、クリスマス物語の名作「クリスマスキャロル」を題材に、日本の昔話風に翻案・脚色した物語です。

 第一話はこちら
 第二話はこちら

そしてここから 第三話になります。
どうぞ、ご覧下さい!

三太爺とすぐる爺 その三
 
 その夜、寝床に入ったすぐる爺さん。とっとと眠りについたのですが、深夜、世にいう丑三つ時に目が覚めます。その目を凝らすと暗闇の中に誰か大きな男が立っているようです。髪がやたら長くて赤ら顔。鼻もずいぶんと長いような。
「おう、目を覚ましたな、このケチな欲深。」
「あ、あんたは誰じゃ、こ、ここはオレのうちじゃ、は、早く出ていけ!」
「出ていけ、といわれて出ていくくらいなら、こんなところにわざわざ来やしない。お前を面白いところに連れて行ってやろうと思ってな。」
と長い髪を振り乱して 妖しい大男はその怪異な容貌通りの、野太い声で語りかけます。 
「そ、そもそもアンタは誰なんじゃ?」
「お前の村には伝わっていないかの?長い髪 赤い顔 長い鼻ときたら?」
「天狗?」
「そうじゃ。ワシがその天狗だ。」
「して、その天狗様があっしに何用で?」すぐる爺も少し改まった口調になります。
「お前は昔から人よりも金が大事なろくでもない男じゃった。ふつうなら、貴様の寿命が尽きた後、閻魔大王様のお裁きで、十分に苦しんで償ってもらうのじゃが、閻魔様ジキジキのお達しでな、まぁ単なる気まぐれだとは思うのじゃが、お前に一つやり直す機会を与えたらどうじゃ、ということになったのだ。」
「やり直すってなにを?」
「そんなこと、ワシの知ったことか。胸に手を当ててみぃ、思い当たることの一つもないというのか?」
「えー、ありゃしませんね。あっしは仕事きちんとやっている。誰恥じることなく生きている。我ながら立派なもんですとも。」
「ほほお、おもしろい。まぁよいじゃろう。さて、せっかく参ったのじゃからな、今日はお前さんに面白いものを見せてやろう。そのためにこうしてやってきたのだから。」
天狗はすぐる爺の寝巻に手をかけたかと思うと、パッと飛び立ちます。
 すぐる爺は引っ張られるような感覚もなく、ふわっと天狗とともに宙に浮いています。見る間に星空の中に入り、下を見ても中野村がどこだかわからないくらい。しかし不思議と恐くはありません。

 ふと気が付くと、天狗はいません。
 そして、さっきまでの星空はどこへやら。緑も美しい気持ちの良い野原にいます。季節は春でしょうか。よく見ると、自分は絣の着物を着た子供の姿になっています。
「あ、これはオレが子供の頃の中野村じゃねえか。」
向こうの川では、やっぱり子供顔をした、しかし間違えるはずのないあの顔、三太や仲間の子供たちが水遊びをしています。
「おーい、オレも仲間に入れてくれよ~。」三太ももちろん、「あー、すぐるちゃんだ、一緒にお入りよ。」
 水のかけっこや、ちょっと、犬かきで泳いでみたり。
 一心不乱、遊びに夢中なみんなです。あー楽しい。こんなわけもなく楽しいことなんてあるんだなぁ。

 川遊びに夢中になりすぎて、ちょっと深いところまですぐる少年は来てしまったようです。「おーいすぐるちゃん、そっちはあぶねえぞ。」と三太が声をかけたところで、川底の石にかけたすぐるの足が滑ります。アッと思ったとたんに、すぐるの体は水に飲まれて流され始めました。
 すぐるは声を上げることもできません。「おーい、やばいよ、誰か気付いてくれよ」と、心の中で叫びながら でも、ゆっくりと彼の体は流され始めます。
 三太が気付きました。「あ、すぐるが危ない。」三太が必死に泳いで助けに行こうとします。でも、三太も泳ぎが上手なわけではありません。あっという間に二人とも流され始めました。
 残された子供たちは青くなりながらも、オトナを呼びに行きます。
 すぐるは、三太が助けに来ようとしてくれたのを横目で見て、すごくうれしかった。でも同時に手足もつかないこの流れにどんどん流されて、「あ、ひょっとして死んじゃうかも」と思い始めたところで、水を飲んでしまいます。あ、体がいうことを聞かない、と思ったら気が遠くなりました。

 意識が戻った、と思ったら、すぐるはまた爺さんの姿に戻っています。横には天狗がいます。そして爺さん姿のすぐるが見ているのは、川べりに引き上げられた子供姿の自分自身と三太。水浸しでぐったり伸びている二人の胸を、近所の三瓶オジサンが、がんがん押して水を吐き出させようとする姿でした。
「あ、あれは。」
「そうじゃ、おぼえがあるだろう?昔お前は溺れて危うく死ぬところじゃった。だがこうして三瓶に助けられた。三瓶はお前を助けるのに、何も考えずに水に飛び込んでくれたんじゃ。」
「はい。」
「実はなぁ、この時ホントは閻魔様、お前の命をここで絶ってしまおうかと思っていたらしいのじゃ。」
「ええっ!そうなんですか??」
「お前は子供のころから、ちょっと自分のことしか考えないところがあった。これを生かして、後々人に害を及ぼすようなことになるようじゃったら、ここでおしまいにしたほうがよいのではとお考えになったのじゃ。」
 すぐる爺は恥ずかしそうにうなずきます。
「じゃが、閻魔様はな、自分の命の危険も顧みず、川に飛び込んで二人の子供を助けた三瓶に免じて、お前の命も救ってくれたのじゃ。じゃが、お前は特にこのことにも感謝はしておらなんだ。」


 すぐる爺の脳裏に一つの出来事がよみがえります。
 もう立派な大人になったすぐる。金貸しの仕事も順調に伸び、早くも村の中で頭角を現したころ、すっかり年を取った三瓶さんにお金を貸してくれ、と頼まれました。すぐるはお金を貸します。しかし、三瓶さんはそれを約束の期限までに返すことができませんでした。
 すぐるだってもちろん、昔命を助けてもらったことは覚えています。しかし仕事は仕事、金は金。昔の恩は昔の恩。それは別のことだからとはっきり言って返済を迫りました。
三瓶さんも「昔お前の命を助けてやったろ」などと言いたてるようなことはせず、「じゃあ、仕方ねえな。」といって、自分の家と田畑を売って、金を返しました。甥っ子を頼って遠方の村へ旅をする途中で、病をこじらせて死にました。
 その話を聞いたすぐる青年、ちょっと後味は悪かったけれど、でもさっさと忘れてしまうことにしました。オレは間違ったことはしていない。
 天狗は静かに言葉を放ちます。「お前は別に間違ってはいない。話の筋としてはな。だがな、筋だけでは通らない話なんぞ、いくらでもあるはずじゃ。恩をきちんと返す気持ちすらないなど、人間の屑じゃ。」
 すぐる爺の胸に、生まれて初めて知る感情がわいてきました。
 後悔 です。
「なぁ、遅いんだよ。後悔先に立たず、という言葉は知っておるよな。でもな、こんなクソ爺いになった今でも、別の方法で取り返せなくはないんだよ」
「はぁ。」どんなやり方で?と聞く気力もわかず、力なくすぐる爺は答えます。
「さぁ、帰るぞ、今のお前の世にな。」
 天狗が持っている朴の葉っぱを一振りすると、川辺も幼い自分も消えて、元の部屋の元の寝床に戻りました。天狗ももういません。
「はてさて、今のは夢じゃッたのかのう?」すぐる爺はほっぺをつねってみます。ふと見ると枕元に小さな緑色のものが。よく見ると朴の葉っぱのかけらが落ちていました。


第四話へ続く