2017年10月末、定期検診で造影CTを撮った。

4月、7月と定期検診したときは何もなかったから、安心していたのだか、、、

結果は違った!

膵臓近くの腹部リンパ節の、あの死滅していたと思われる付近からまた、がん細胞が活発に動き始めたようだ。

しかも、今回はいくつかのおまけ付き!

肝臓に少なくとも大豆サイズぐらいの大きさの腫瘍が5つは確認出来たこと、加えて、肺にも1つ転移が認められたことでした。

TS-1単剤での抗がん剤治療では、強烈なすい臓がんを封じ込めることは不可能だった。

おいらは、あと、どれぐらい生きられるんだろう。
妻や子供たちにも、隠さず話した。

涙もろい妻はまた、目を真っ赤にして、ずっと泣いていた。

おいらは心で泣いても、人前では泣かないようにした。

自分で選択した治療でなるようにしかならないから。

改めて時間の大切さを再認識した日でもあった。

次はどう治療していこうか。
復帰部署探しに上司が奔走してくれてるとは言え、決まるのに2ヵ月近くもかかった。
これには、個人的に人事部に文句を言いたい。
何故なら、人事部は最後まで一度も直接面談しなかったからだ。
間接的に上司経由で見るのではなく、しっかり、おいらの現状を見て、何が出来るのか、どこまでなら可能なのかを判断すべきだと思う。
今もこの部分だけは納得がいかない。
これが大企業で有名企業の人事部なのかと。

ただ、いつも前向き、しかも環境順応、新しいこと好きなおいら。

新しく受入れしてもらえた部署には本当に感謝。
全く今までしてきた業務とは違うが、日々、新しいことがあり、面白い。
やりがいもある。
チームワークもすごく良い。

ただ、自分の得意分野の知識や能力を思う存分に発揮出来る部署じゃないことは確か。
それに、全く違う部署だからと降格。
人事部は足の痺れが解消し、元の業務が出来るようになれば、戻すと。ちなみに口約束。
なんか、病気になり、障害が残ったことで、会社はおいらにペナルティを科した感じもする。

これを読んでくださった人がいたら、どう思うんだろうか。

仕事出来るだけ幸せと思うべきだろうか。
2017年9月、末梢神経障害はアブラキサンを抜いて若干改善した。
だが、足の痺れはかなり残っており、力が入らず、走ることは全く出来ない。
もちろん、感覚があまりないため、他人に迷惑をかけないためにも自動車、自転車の運転はもっての他だ。
歩けるんだけど、階段は手すりに捕まりゆっくりじゃないと、マズイ。エスカレーターは大丈夫。
こんな状況。
主治医や、同じアブラキサン投与経験のある人たちに聞いても、この痺れは何年も治らない場合や永遠に続く人もいるそうだ。

たまたま東京、23区に住んでて車や自転車を使わずにすませられる生活環境だったから良かったものの、郊外だったら生活出来なかっただろう。

職場復帰、9月に予定してたのに、復帰に向けて職場の上司や産業医と面談した際、この障害がネックに。
復帰部署も従来の部署ではエレベータもない4階建ての部署だったため、部署探しに奔走することに。
1ヵ月以上もかかり漸く、決まった。
一応大企業で色んな部署がありそうなんだけど、やっぱり障害持ってしまうと、受入れて頂く部署も敬遠するんだろうか。
それとも、膵がんと言う病名に拒否をされてしまうんだろうか。
アブラキサン

少々変わった名前だが、この抗がん剤がすごく効くんだけど、副作用が大変だった。
元々、副作用が出やすい遺伝子の持ち主らしいんだけど、大変。
2月から9月まで会社を休むことに。

副作用としては、
全身の脱毛が2月ぐらいから出始め、頭髪はすぐにツルツル。
他の体毛も3月にかけて、ほぼ全て抜け落ちた。
おいらとしては、毛がなくなることはむしろ歓迎。毎日、髭反りもしなくて良く快適。

ただ、副作用としては白血球の減少に悩まされた。
それと、もう1つ、末梢神経障害に悩まされ、6月には杖なしで歩けなくなった。

これ以上、生活水準が悪化するのは何のための治療なのか、自分の優先順位もあり、先生方と相談した結果、アブラキサンを抜いて、点滴抗がん剤はゲムシタビンのみでしていく事に。
サイバーナイフする際に転移した腫瘍の大きさを1月末にCT等で確認した時には90cc程度の大きさ、ヤクルトの1.5倍サイズだった。

それが、ゲムシタビン+アブラキサンとサイバーナイフ治療で消えたんです!驚いた!
PET-CT、造影CTで確認したら、がんのあった所が光らなくなり、なくなったんです。

これで、暫くは安心出来るかなぁ。
ただ、更に再発リスクはあるわけで、引続きゲムシタビン+アブラキサンは継続した。

妻を始め、家族はとても喜んでくれた。