2018年1月4日、入院中の採血時に測定した腫瘍マーカー。

CA19-9は、11000まで跳ね上がってた。
ちなみに、基準は37以下。
うーん、腫瘍マーカーは目安だし、気にしちゃいけないことは分かるけど、気になってしまう。

おまけに12月から副作用の消化管下血で、一旦、抗がん剤は全て中止に。

不安だ~、、、

って思ってたら、転移している辺りが、1月ぐらいから痛み始めてきた。
時折、すごく痛む。
大丈夫だろうか。

すごく不安。




それにしても、正月早々から下血でヘモグロビンが6そこそこまで落ちこみ入院、輸血の繰り返しとは。

ヘモグロビンって、血液の中でものすごく重要な成分なんだよなぁ。
普段、考えたこともなかったし、9月に下血したときも気にも留めてなかったんだけど、よくよく考えてみると生命に直結するんだって改めて思った。

昔、小学生ぐらいだったかに習った覚えがあった!

ヘモグロビンは、呼吸して肺に取り込んだ酸素を身体中に運んでくれるんだよね。
司令塔である脳にも!
思い返すと、ヘモグロビンが6に落ち込んでたときって、物事を考えたり、何かを判断したりするのが確かに困難だった。
脳にそれだけダメージがあったと言うこと。
その影響で身体もなかなか動き難かった。

もう少し我慢してたり、放っておいてたら、本当に命にかかわってた。

この正月の貧血入院以降、便の色、爪下の皮膚の色、あっかんべーをしたときの目下の色を毎日チェックするようにしてる。

2年近く飲み薬の抗がん剤や点滴抗がん剤で、元々丈夫とは言い難かった腸の粘膜が相当弱ってるから、下血と言う副作用にも自分で気を付けていかないと。

今まで使用してきた抗がん剤の説明書を見ると、やはり、薬によっては骨髄抑制での貧血以外にも血小板の減少で出血しやすくなることなども、書かれてた。

医師にも専門的な知識や治療も求めつつ、最終的に自分の命は自分で守る事が大事。
今回、下血による重度の貧血と言う場面で、こう考えるように進化出来た。
2017年、年末の12月30日、31日と、貧血をかかえながらも大事な講習に終日参加し無理をしたところ、やはり、便が黒くなっていることに気付き、正月早々、救急外来に走った。

結果、またもやヘモグロビン6まで下がっており、下血してることからも即入院へ。

とんだ正月になったもんだ。
家族と一緒に行くはずだった初詣にも行けず、おまけに、おいらの身体がもたないかもしれないから、家族は妻やおいらの実家へも帰れずじまい。
本当に申し訳ない。

結局、成人の日まで入院。
職場にも迷惑をかけてしまった。
度々引き起こしている消化管出血。

おいらはその際に何度、輸血して助かった事だろう。

輸血が出来なければ、今頃、この世にいないんだと思うと、献血してくださる方々へ感謝の気持ちでいっぱいだ。

そもそも、献血出来る年齢は確か15才から65才までの年齢制限があり、その他にも血圧や渡航歴や病歴など色々な条件をクリアしないといけない。
若い人口が減少しているなか、献血してくださる方々には本当に感謝。

おまけに使用期限は、献血から僅か3週間しかないのだ。
そう、滅茶苦茶、貴重なのだ。

それに、おいらみたいに抗がん剤による骨髄抑制などの副作用で輸血に頼っているのは、輸血全体の約4割だときく。

おいらが癌を患ってなければ献血して輸血の恩返しをしたかったのだが。

この思いは、もう永遠に叶わない。
転移はともかくとして、2016年4月末から2017年10月末にかけてしてきた、いくつかの抗がん剤治療は、俺の命は繋いでくれていたが、身体の中で色々な事を引き起こしていた。

今までに話した、脱毛や骨髄抑制による赤血球、白血球の減少だけにとどまっていなかった。


ある時、妙に身体が重い、ダルいと感じ、物事に集中することが出来なくなったのだ。

これは何かおかしいと思っていたら、採血結果で極端にヘモグロビン数値が下がってたのだ。

通常の成人男性だとヘモグロビンは16程度なのだが、おいらは6しかなかったのだ。

主治医からは便の色がいつもと違ってなかったかと言われ、黒くタールみたいな便だったと伝えると、消化管のどこかしらから出血してるんだと告げられた。

即入院、輸血は始まるは、胃カメラやCT検査をするやら、てんてこ舞い。
放っておいたら死ぬところだった。
看護師さんからは、良く立って来られたねと驚かれた。

この消化管出血は現在(2018年5月) になった今でも悩まされている。

結局、出血箇所が恐らく小腸だと思われ、今のおいらの身体の状態では完治させられないようだ。
小腸は6メートルぐらいと長く、場所特定が難しい。
おまけに開腹して何かしようにもリスクが高すぎるのだ。

出血したら便の色が戻るまで、絶食、輸血でしのぐしかないようだ。