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4月29日:昭和の日のお誘い

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いま心惹かれるのは、海と空の色を映したような、BLUE
暖かくなると、きれいな色を身につけたくなる。


初夏のいちにちを鎌倉で!

自然とつながると、なんだかHappyかな・・・をテーマに、
鎌倉、由比ケ浜のBORN FREE WORKS で開くイベントも、4回目。
ギャザリングバッグの販売 と Dr.Bachフラワーエッセンスの10分間診断も!
今回は、リサの作る”babycakes*"のお菓子も用意。
遊びにくるだけで、きっとたのしい予感!!

"38 wild flowers" 1 day salon OPEN!!
日時:2010年4月29日(木/祝日) 11:00open/19:00close
場所:BORN FREE WORKS


Hawaii Maui島のアーティスト、Linda とその娘Leafが、ひとつひとつ手作りする
Gathering Bagは、肩から斜めにかけたときの、安心感がいい。
Hawaii の植物や、伝統的なモチーフが、Hawaiiの自然とつなげてくれる。

いろんな色が並んでいるのを見ているだけでも「しあわせ」になってしまう。
だから、見にきてもらえればって、きっと元気になってしまうはず。

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明るい日差しに似合うオレンジや赤は、夏気分を盛り上げる。

気になるのはどの植物?

Dr.Bachのフラワーエッセンスは、Flower cardを使っての「ココロ・バランス」診断。
気軽に試していただければ、と思い、新しい試み。 約10分でセレクト&解説を。

早速「やってみたい!」という声が上がって、とっても嬉しい~!!
ぜひぜひ、お試しあれ!!

38の花や樹など、自然のエッセンスは、
ひとつひとつに、メッセージがある。
例えば、自信を失っているときに必要なエッセンスだったり、
しあわせを諦めているときに必要なエッセンスだったり、
直感がぶれているとき、もっと愛を欲しいとき・・・。

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カードで選ばれるエッセンスは、ココロのバランスがマイナスに傾きがちなところを
教えてくれる。そして、自分と向きあうきっかけになる。

なんだか心がすかっと晴れないなぁ。いつもと調子が違うなぁ、というときや、
とくに大丈夫だけれど、もっと元気になりたい!というときにも有効!
どんなのが出るか、ちょっとおもしろい。

春はあけぼの

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日の出は5時すぎ。鳥たちのさえずりが
下山口の山と家々に響くころ、東の空に澄んだ太陽の光が生まれる。
家の東の畑の向こう、遠くの空に朝日が登る。


朝の光に

屋根をたたく雨の音で目覚めることの多かった最近、
鳥たちの声が聞こえる日は、少し心躍らせて布団から出る。
まだ薄暗いうちに起きることも多く、しばらくして
家のいちばん東にある台所の窓に、澄んだ木漏れ日が射すと、
なんともいえない、平和ないちにちのはじまり。

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朝の光を全身に浴びてみたくなって、
思わず、家の向かいにある畑に飛び出した。
すっと斜めに細くストレートに射してくる早朝の日差しは、
清々しくて、まさに光のシャワーのよう。

千年ほど昔、清少納言はこう歌った。

「春は曙。やうやう白くなりゆく、山際すこし明かりて、
 紫立ちたる雲の細くたなびきたる」(枕草子)
 (春はなんといってもほのぼのと夜が明けるとき。だんだんとあたりが白んで、
  山のすぐ上の空がほんのりと明るくなって、淡い紫にそまった雲が細くたなびいているようす)

今朝の空はちがったけれど、
暗いうちから波乗りに出掛け、夜明けとともに海に入る日は、
まさに清少納言の歌う朝の風景が目の前に開けることがある。
もっとも夏の早朝だが。

100年前、当時逗子に住みその自然の様子を『自然と人生』の中で、
「湘南雑筆」として綴った作家、徳富蘆花は、4月廿日、

「日光雨の如く射して着たり、障子に若葉の影さしぬ。
 その影の多きを見て、若葉の茂れるを知る。
 静かに観れば、一庭の新樹日を受けて日を透かし、金緑色に栄えて、
 さながら一天の日光を庭中に集めたるの感あり。
 其の枝々葉々上には、水の如き碧の空に映り、
 地にはおのおの紫の影と落とせるを見よ。」と記す。

「新樹」と題した文章の中で、午前9時ころの光だ。
 新緑の瑞々しさもまた、香り立つよう。

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前日の夕方、雲が多くて富士山が隠れてしまったけれど、
夕日が雲の間から光を放つ。影があるから、降り注がれる光の道がスポットライトのように
海を照らす。雲のある日は、ある日で、風情がある。


徳富蘆花は、同じ一日の夕暮れをこう続けた、

「夕風そよ吹きて、新樹空にそよぎ、麦圃も静かに波うちつつあり。
 蒼々として日、夕べに向ふ。」

「空も空気も風も月もすべて水の如く淡く、水の如く清く、水の如く流る。」

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どちらかというと清少納言の朝のよう。でも夕暮れ。
雲のある晴れた日は、沈んだ太陽の照り返しがしばらくの間、
空を淡いピンクに染める。水色から薄灰色からのグラデーションがきれい。


ひきこもり「にわか読書家&自然観察家」の研究発表は、もう少し続きそう。

風邪は、ほとんど治った、と自分に言い聞かせている。
(油断すると微熱に戻るという、やっかいな風邪だし!!
 めちゃくちゃタイミング悪いときに、咳き込んだりするし!!))

もう、我慢はできません!!
今日は、いよいよ波乗りに出掛けよう。



『銀河鉄道の夜』

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あまりにも有名な宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』。
糸や布を使ったアート作家、清川あさみの描く、きらきらと輝く宇宙が
幻想的な物語の世界へ、ゆるゆると導いてくれた。


「今」だったんだなぁ

ひきこもり闘病生活(おおげさなっ!)もだんだんと板についてきた。

いちにちの流れは、ざっとこんな感じ。
早朝(午前5時前後)小鳥たちのさえずりが響き始める頃に目覚め、
朝食、こたつで日記を書いたり、読書&うたたね、
「いかん、いかん、これじゃ風邪が治らん!」と布団で横になりしばし夢心地、
昼食、こたつでPC&読書&うたたね、その時々で窓の外をぼーっと眺め、
あっと言う間に日は西に傾き、夕食、こたつでPCに向かっているうちにうたたね
(家の灯りが暗くて、遠視&乱視を通り越し老眼気味なので夜はもう本は読みづらい)、
そして、午後10時前には、眠りにつく。

この寒さで、灯油が切れてしまい、重装備で買いに行くついでに本屋によって、
本を数冊入手。上のような一日のスケジュールでは、読書が進む、進む! 
本を読む楽しみを、こんなに感じたのは生まれて初めて。
本屋さんで、「長居は禁物」とココロに唱えならがも、ふらふらしていると、
この本が目に飛び込んで来た。
絵本のような出で立ちで、でもまぎれもなく『銀河鉄道の夜』。けっこう文章もぎっしり。
実は、ずっと読みたくて文庫で買っていたにもかかわらず、
最初の頁を開くと、何故かそれより進めなくて、本棚に長いこと並んでいた。
だから、家に戻ればあるし・・・と思いつつ、
どうしても、明日、読みたい!! この本なら読めるかもしれない。と直感の強い求め。
「よしよし、風邪だから、しょうがないなぁ」と、
自分の我がままを聞いてあげることにした。

宮沢賢治さんには、ずっとずっと心惹かれるものがあった。
でも、絵本の記憶はかすかにあったとしても、
不思議とその作品を手に取ることはなかった。
有名な「雨にもまけず、風にもまけず・・・」は、
読んだことがあったような、なかったような。
でも、その精神は、知らないなりに、とても共感できるところがあり、
度々「雨にもまけず・・・」とココロの中でつぶやいたりしたことも。

2年ほど前に西麻布でやっていた「やまねこ食堂」の名前も、
自分の名字を文字って、みんなに覚えてもらいやすいもの。とつけたのだけれど、
お客様に「宮沢賢治さんの本からとったのですか?」と聞かれることがあった。
そう『注文の多い料理店』の山猫軒のことだ。
ちなみに「猫が好きなんですか?」と聞かれることも多く、
正直なところ「それほどでも・・・・」いや、犬も猫もどちらもカワイイという意味ですが。

きっと、小学生の頃から、この本はずっと気になっていた。
それから何十年もたった今、初めてこの物語をじっくりと読んだ。

美しい挿絵とともに、星の輝く銀河を旅してきた気分だ。
小学生の自分もこの列車に乗り合わせているように、
肌で感じられるくらい繊細なストーリーだった。
窓の外を流れる風景も、風も、匂いも、鮮明に思い浮かべられる。
とっても静かで、ダイナミックで、美しくて、哀しい、そしてあたたかい。

心に残る言葉はいくつも重ねられ、とても大切な宝石箱のような気がした。

その中のひとつ、灯台守が乗り合わせた幼い姉弟と青年にかけたなぐさめの言葉。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにつらいことでもそれが、ただしいみちを
 進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうに幸福に近づく一あしずつですから」


この言葉は、今だからこそ理解できる。
子供のころの私だったら、ビミョウな矛盾を感じていたかもしれない。
きっと私の周りの友人たちも、そうなんじゃないかなぁ。

サンテグ・ジュペリの『星の王子様』でも、同じようなことを思った。
あれほど多くの人が絶賛した物語だというのに、実際のところ昔はわからなかった。
半年ほど前、(池澤夏樹訳)を見つけ、読んでみた。
その文体との相性もよかったのか、今度は深く深く心に染みた。

昭和8年に37歳で亡くなった宮沢賢治さん。生前に刊行されたのはわずか2冊の本だけ。
没後に評価が高まり、童話や詩集なども刊行され、国民的作家となった。

『銀河鉄道の夜』も、執筆に何年もが費やされ、書き直され、書き加えられ、
実際に原稿が抜けているところもあったり。
本人にとって未完のまま、世にでて。その有り様まで、宮沢賢治の何かを語っているように思う。

読み進めていくうちに、登場人物たちの言葉や気持ちは、その場に発せられたまま
行き場を見つけられず、宙ぶらりんに漂ってしまうような感じもあったり。

とってもあたたかな思いやりを胸の内に抱きながらも、
うまくまわらないもどかしさだったり。

でも、その行き場のない、答えがすぐにそこに明記されてない感じが、
「ほんとうの世界」なんだなぁ。と実感した。
すべてがハッピーエンドに繋がなくても、白黒わけられなくても、
なんとなく、じわじわと、いい方向なのかなって、思える感じ。
宮沢賢治さんは、「真実」とは、不完全であると同時にわかりにくく、
そして確実にそこにある、という感覚を嘘偽りなく表現し、伝えたかったから
言葉を選んぶことに、慎重な時間をかけたのだと思った。

途中、これはどういうことなんだろう?と思う部分がいっぱいある。
でも、それがそうなんだ。。。

ふ~。なんだか、深くなってしまった。

先週の水曜が新月で、その前後の空では、宵の明星であり、明けの明星「金星」が
日の入りの後、西の空でチカチカチカチカとはっきりまたたきしていた。
これだけ寒いと、空気も澄んでいて、夜空がクリアに見える。
銀河鉄道に乗って、それぞれの星をもっと近くで見てみたい。






「禅語」に夢中

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占星術のサイトで人気の石井ゆかりさんが、禅語に解釈をつけたもの。
丁寧に撮りためられた井上博道さんの自然の写真もぐっとくる。
様々なことを考える時、共鳴するような一言に出会える。大切にしたい一冊。


ひきこもりの楽しみ

ここ1週間、窓からの景色のまいにちの移り変わりが、とても楽しい。
(そう、うちにはテレビがないので、ぼけっと外を見ることのほうが多い)
自然は、日々変化している。成長している。動いている。
風の強い日は、上昇気流に乗って、トンビがスースー、クルクルと旋回する。
不安定にバランスを取っているかと思えば、急降下して次の瞬間に獲物を掴んで上がってきたり。
窓枠の右から現れ、左に流れて画角の外に消えていく様子も、けっこうおもしろい。
桜はすっかり葉だけになり、桃も枝を広げ若葉が目立つように、
ざくろは若緑の葉が枝先で、くるんとカールしている。
本物のウグイスは、美しい声が山に響く。

今日は冷たい雨が降る。
一昨々日の夕焼けをココロに描き、
次の晴れの日といい波を待ってみる。

風邪がもたらした、
ひきもりので内省的な気分を盛り上げてくれるのは、上の本↑ 
『禅語』文/石井ゆかり 写真/井上博道

石井ゆかりさん(もちろんお会いしたこともないけれど)の文章は、
すっと入ってくる潔さと美しさがある。
星占いなんて、と、ずっと長いこと興味がなかったけれど、
彼女のサイトを見て、その意識が変わった。
「筋トレ」という不思議な名前のサイトで、「週報への道」、「年報への道」など、
具体的というよりは、おおらかな流れののある比喩のような占いが響く。

陽は西に沈む

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夕日の沈む位置が、ずいぶん真西に寄ってきた。
冬の間は、家から見て左側の山稜をかすめてその向こう
南よりへ沈んでいたのだけれど、春はぐんぐん進んでる。


「いきもの」万歳!

一週間もひきこもっていると、にわか浮世離れしてしまう。
普段、葉山にいるだけで、東京の人々から随分感覚がずれてしまった感じがするけど、
下山口の家にいて、みんなが楽しそうに波に乗っている図を想像していると、
こっちのほうで「浮世離れ生活」を営む人々からも取り残された感じ。

四畳半の居間のこたつに座り、窓の外を飽きることなく眺める。
家の西に向かってはめ込まれた4枚の木枠のガラス窓は
その向こうに広がる景色を額縁のように切り取って、
下山口の家々の屋根とともに、
晴れた日は富士山や江ノ島を含む景色を見せてくれる。

って、そんなダイナミック~!な景色ではないけれど、
のんびりとしていて、ときたま、ほんとうに綺麗な富士山や夕焼けが見られるときは、
ココロがふるえる。古いドリフのセットのような家だけれど、感謝だなぁ~。

しかし! 山の中腹の築40年を超えた家屋は、
これからが戦いだ。
暖かくなるのを喜ぶのは「いきもの」みんなの気持ち。
久しく見なかった「みなさん」がモゾモゾをその存在を現すようになった。
ヤモリ、ムカデ、ダンゴムシ、ゲジゲジ、クモ、アリ、蚊・・・、
同居人たちは、目を覚まし、こっそりとわたしのことを観察している。
タイミングよくというか、悪くというか、出くわしたときは、
「見なかったことにしよう」と。

巨大なゲジゲジ(足がうじゃうじゃしていて、見た目がとにかく怖い!)を発見すると、
ゴキをとってくれるから、悪いヒトではない、と聞いていても・・・
ドキッ~としてしまう。
真夜中にふと目を覚ますと、なぜか視線を感じる。そして天井に近い壁に佇む姿。
あんまり容貌が怖いので、布団の中でカラダが凍る。
でも、もしかしてゲジゲジの世界では、すっごい美人さんだったりして、もしかして女の子?
「ジョセフィーヌ」と名付け、お姫様扱いをして気を紛らわしたり。
「お友達が遊びに来てるときは、どうか出てこないでね。びっくりしちゃうから」と
お願いをしてみたり。

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何度見ても、新鮮な気持ちになる。ドラマがある。

長くなったので、続きは後ほどアップ。