乾燥する季節はどうも指先が鍵盤に吸い付く感じがなくて困るなぁと思いつつもまあ何とかなるから毎年対策せずにいたが…今年はネイルオイルやらハンドクリームやらをベタベタ塗ってみている。
そうしたら指と鍵盤のコンタクトが良くなってびっくり。いや、そりゃそうだろうという話なんだけども、思いつくことはぱっとやるに限りますね。
もちろん塗りすぎは当然鍵盤に悪影響だろうし、逆に滑りすぎることもあるから程度は重要にせよ、良い習慣になった。
知っていること、理解できること、と実践できることの間には大きな壁がある。
昨日のアウトプットの話にも繋がるけれど、何かを実際に形にしようとした時に生じる問題や壁に関して、経験の伴わない知は役に立たないと感じることが多い。
特に演奏は 、楽譜を理解したつもりになっていても、実際に音にしようとして初めて問題に気づくことが多い。なんなら、さっぱりわからず弾いている時の方がよっぽど「わかっている」音楽になっていることだってある。
さらに危険なのは、理論を盾に安易に指導してしまうことだと思う。いうは易し、というくらいなら良いのだけど、もっと大きな危険があるように思う。まあ演奏の経験に頼るだけでは自分のコピーに近づけるだけになってしまうかもしれないけれど。
結局知識も経験も必要ということですな。
美しい文章を書く能力が最近著しく低下している。
↑こんな一文にすらいちいち悩む。そもそものアウトプットが少ないこともあるだろうし、自分が元々話し下手な性格なのももちろん影響はある。
それならどんな内容でもいいから毎日ブログ書いて向上させようか、と思ったのだけれど、ふと恐ろしいことに気づく。そもそも自分の手で書く機会が極端に減ったのは大きな問題なのでは…だとすると大学院あたりからさっぱり手で文章を推敲していない。10年も経ってる……
今も携帯でフリックフリック、からの予測変換!バッテンマーク!の嵐。これでは、文章を作っているというか、何となく浮かんだ言葉を予測変換で穴埋めしてるだけで、本当のアウトプットから程遠いじゃあないか。
推敲すれば同じかもしれないけれど、昔は推敲するのも一苦労だからこそ、一つ一つの文字により圧がかかっていたように思う。
そもそも高校から連絡もメールばかりになって、書き直しがえらく簡単になった。言葉の重みは気付かぬうちにどんどん軽くなっているのだろう。各種生成AIはそれをさらに助長する…
そんなことを考えながらも、面倒でも自分の言葉でのアウトプットを少しずつ増やす方向で動こう。慣れだ、慣れ。
すっかりブログから遠ざかり、新年のご挨拶すらしないのに、演奏会のお知らせだけはするという…
あけましておめでとうございます。
今年私は年男、飛躍の一年にしたいものです。蛇だからニョロニョロはってるだけになってしまうかもしれないけど笑 空飛ぶ蛇として気合い入れていこうと思います。
まず、3月1日に室内楽の演奏会があります。読響コンマスの戸原さん、新日フィルフォアシュピーラーの佐古さんという素晴らしい仲間と共にドヴォルザークとチャイコフスキーの傑作に挑みます。
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佐渡建洋室内楽シリーズvol.2
Vn.戸原直 Vc.佐古健一 Pf.佐渡建洋
2025年3月1日(土) 14時開演
東京オペラシティリサイタルホール
一般4000円
学生2000円
ペア7000円
(当日券は+500円)
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ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲 第3番 ヘ短調
チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲 イ短調「偉大な芸術家の思い出に」
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どちらも大切な人の死が作曲の契機になった作品と言われています。死をどのように感じるか、死とは何なのか、人それぞれ考え方は様々でしょう。そもそも楽譜になり、音楽になった時点で作曲の経緯や作曲者の思いとは関係ないところでその音楽は動き出しているとも考えられます。
ただ、月並みですが、思いを馳せるのもいいじゃないの、と思うのです。そのとき、生も死もきっと永遠になると思うのです。
二曲とも超大作、傑作です。私が企画しているので私の名前の演奏会になっていますが、3人が主役の演奏会です。リハーサルから2人の素晴らしい音色に包まれすでに幸せに包まれていますが、私も負けじと頑張らんと。
今回は特別な演奏会になると強く感じています。
どうぞ会場で是非お聞きくださいませ!

