現在は過去と未来の境目にあって、過去でも未来でもある。というような考えに最近囚われているのだが、敬愛する聖飢魔IIのギタリストが同じようなことを述べていて安心したというか何というか。


それなら過去にも進めそうだな、と思ったりするがそうならないのが生きる面白さかな。


演奏において、過去と未来の境目である現在が永遠に続いているという考え方は大事だと考えている。

既に醸成された空間から何かを受け取り(受動)、空間に音を生み出す(能動)。この所作をなるべく排除し、全体をプログラミング、固定化してしまった演奏は本質から乖離したものではないかと思う。

レッスンは固定化を行うものになりがちだが、固定化を避け、かつ良い演奏に導くものにならないか日々試行錯誤している。


私は受動か能動か、どちらかに極端に触れてしまう傾向が強いんだろうな〜と最近気付いたから、これをうまく昇華して、さらに人に伝えられるレベルまで辿り着きたいものである。

我が家の梅が満開である。

紅白の梅の木があるのだが、特に今年は華やかに咲いていて気分が良い。なんでも花が咲きやすい剪定というのがあるそうな…、植物の命を扱う庭師の技も奥が深い。


花をメジロが可憐につついて散らすのは絵としても美しいからまあ良いとして、ヒヨドリがどすんと着地して豪快に撒き散らすのはなんとかならないものか。声も野太いし。彼らもそろそろ山に帰るころかな、今度はカラスがひなとともにうるさくなる季節だ…

演奏会後も次々ーと調子に乗ってエンジンをかけていたら、週の後半は胃腸炎にしっかり腰を折られた。


まともな胃腸炎にかかるのは何年ぶりだろう…発熱がほとんどないだけ楽だったが、食が喉を通らず、通るようになっても栄養になった気がしないのはやはりなかなかにこたえた。

回復してきた今は、神に感謝したい気分である。次元は違うけれど、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏に腸炎が快癒した感謝(うろ覚え)の楽章があるが、あの至福を思い出す。


しかし、演奏会に向けて磨き上げた指や感覚がどこかにいってしまった。まあ、すぐ戻るだろうとポジティブに向き合っていこう…

※こちらの演奏会、完売御礼となりました。






次の演奏会はこれ。

大学の同期とのデュオ演奏会、実はソロなしピアノ2台&連弾のみの演奏会は人生初かもしれない。

ほのかに関連性を持たせながら、サロンで堪能できるプログラムを…と組んでいたはずが、ずいぶん骨太な会になった。


先へ先へ、と歩みを止めずに、こけないよう足元もしっかり見つめる。人生も演奏も一緒だな。というか、歩みを止められない、か。歴史も止まれない。急発進急停止にならないことを祈りつつ歩む。

昨日は大事な大事な本番。


共演してくれた戸原君、佐古君に改めて心から感謝を。

合わせから本番まで、3人で演奏するってこういうことだよ、と道を示してくれていたように思う。というか、そこがわかっていなかったのかもしれない、と気付かされる得難い経験だった。

作曲家もお客様も含めて、全てが一つになる瞬間をところどころに感じて、大げさに言えば生きてて良かった、と。


もっと基礎を積み上げる必要性があることは変わらないし、諦めたらそこで試合終了(スラダン

焦らず、かつ着実に自分のやるべきことに長期的に取り組んでいきたい。


勇気を持って前へ。