いやーどんな場でも本番前日はそわそわする。
結局何をすれば正解なのかはわからないけど、唯一確実に間違いなのは寝不足と過度な練習。
まああとは結局自分を信じてあげるしかないさね。
普段通りには絶対いかなくても、バランスの取り方はなんとなくわかってきている。
いい呼吸をしつつ寝よう。
※例によってまとまりのない記事です
ある曲の解釈の参考になりそうな音源を探す時まず優先するのは、好きな演奏家、その中でも余り踏み外した解釈をしないと思われる人の演奏。さてその次に、となると自然と作曲家と同じ国の演奏家の演奏を探している。特にフランス、ロシア、スペイン、ハンガリーなどは。
言語の問題は大きい。結局音楽も人に何かを音で伝えるもので、歌曲でなくとも言葉と音楽は常に近いものだろう。言葉はテンポ、リズム、アクセント、ニュアンス、(と感情)、音楽に必要なものが全て自然にある。母国語の音楽を自然に奏でられるのは自明の理だろう。さらにその国の歴史や気候(多少の変動はあれど)も深いところで音楽の理解に役立っているのだろう。
さて、日本人は西洋音楽とどう向き合うべきなのだろうか。
という問いを考えなさいと、日本の大学院で学んでいた時に授業で仰っていた先生の顔が浮かぶ。結局出来の悪い生徒が理解するのは何年も先なのだ。
何もわかっちゃいない。と苦しみながら少しずつ進んでいく日常。
やあどうも(軽)
とんでもなく暑い毎日ですが、出口も見えてはきているかな。コロナの出口は見えてませんが。
演奏家としては湿度がもうどうしようもない。湿度管理は楽器のため、音のため、耳のため欠かせないけれども、こうちょうどいい塩梅をキープし続けるのが困難。どうしても換気も気になるし・・・見えにくいけど大きいコロナの影響の一つ。
実は次の本番まで一ヶ月を切っているが、なんとなく二週間前まで本格的な気合が入らない微妙な日々。中々思うように弾けなくて焦りもあるのだけれど。単純に暑くて、冷房の効いた部屋との温度差で体調が飛んでるし、気合い入れないとね。
この期間が一番じわじわとしんどい。結局どんな時でも努力し続けられる人しか生き残っていけないし、成長し続けられないんだろうなと実感する。
夏といえば小さい頃は海だったな。新潟の海で泳いでカニを捕まえて、日焼けして。それでも地域センターのようなところで練習してたけど笑。おおらかな夏も忘れないでいたいな。来年は泳げる時期に海行こうっと。
そうそう、この間の佐賀公演が動画になっています。
自分は基本的に演奏をアップロードしない主義だったので、不思議な気分ですが笑、意外と再生数が気になるもので面白い。
もしまだご覧になってない方がいらっしゃいましたらちらりと覗いていただけたら幸いです。
帰還。帰還なのです。
先週の佐賀、今週の東京となんとか完走。
コロナ対策を常に考えながらの開催は普段よりさらにストレスがかかることが多く、当日演奏にこぎつけるまでが既に大変だった。それでも席の案内などうまくいかなかったことも多いし、いい経験と思ってさらに工夫を続けるしかないな。
そんな中でも静かに聴いてくださり、自ら対策をしっかりしてくださった観客の皆様には感謝しかありません。もう、そういう応援の力のみで僕たちはなんとか動いているようなものです。
少し反省。東京公演は調整の時間が限られていたこともあってピアノとのマッチングがいまいち。元々どんなピアノにも対応するためのスキルが足りていないなと改めて実感。普段少し鍵盤上でスライドさせたり、滑りを利用して曖昧に弾いていたところもあるようだから、そこはシンプルに改善していこう。
とにかくやるべきことから逃げずに立ち向かい続けるしかない。作曲家の後期の作品と向き合うと、その無駄のなさ故か、常に自分の矮小さ、未熟さに気づかされる。その偉大さには到底及ばないまでも、近づいていけたら。
しかしさんざっぱら座り方の研究を続けていたのに、結局深く沈み込むベンチ椅子だと骨盤が後傾してしまうのは残念だったなあ。うーんまだまだ。
とこうやって課題ばかり書いているのはきっとブログとしてよくないですが笑、正直本当に楽しかったです!とか嘘はなかなか書けないのです。響きを楽しむ余裕がある時もあれば、うまくいかないこともある、そんな本音をちょっと出していくブログでもいいかな、なんて。
また精進します。
佐賀、奏楽庭での演奏会は無事終了。