星を追う子供
85点。ジブリっぽい。山間で育った少女アスナは、母と2人暮らし。ある日、父の形見の鉱石ラジオから聴こえてきた不思議な唄を耳にしたアスナは、その曲が忘れられなくなる。そんな時、彼女は“アガルタ”と呼ばれる地下世界から来た少年シュンに出会う。心を通わせる2人。シュンはこの世界の素晴らしさを知るが、アスナの前から突然姿を消してしまう。もう一度シュンに会いたいと願うアスナ。その目の前に、シュンと瓜二つの少年シンが現れる。そして、もう1人。若い頃に亡くなった妻との再会を切望し、アガルタを探すアスナの学校の教師モリサキも2人の前に姿を見せる。彼らの前に開かれるアガルタへの扉。3人はそれぞれの想いを胸に、伝説の地へ旅に出る……。(Amaz〇nより)――と、言ってしまったらそこで終わり。以降が批判レビューになってしまうんですよね。これはある意味、アニメーション界に課せられた足枷と言うか、呪いと言うか…。それだけ「ジブリ」がアニメ界に与えた影響が大きかったということでしょう。ということで「~っぽい」という批判はここではしません。セカチューを始め、数々の作品を通して、「『死』とは何か?」「『遺される』とはどういうことか?」というようなことを、ひたすら考えていた時期がありました。この問題提起に対しては、私の中で一定の結論が出ていて、その結果、黒歴史が生まれた訳ですが。。。本作はこれに対し、新しい価値観を提示してくれました。それは――「『死』を乗り越える」ではなく、「『さよなら』を乗り越える」ということ。つまり、「『喪失』を抱えても尚、生きていく」ということ。――ああ、そうか。私は「死」を恐れていたのではなく「喪失」を恐れていたんですね。閑話休題。さて、本作の内容に触れますが、主となる物語は、「最愛の人を蘇らせる旅」だと思います。多分、これで正しい認識のはず。だとすると、主人公の女の子の行動原理がイマイチ希薄なんですよね。先生を主人公にした方が、しっくり来るんですけどね。ラストシーン。不完全ではあるものの、多大な犠牲を払って、彼は最愛の人を蘇らせることに成功します。しかし、儚くもそれは、ひと時の夢として消えてしまいます。彼は、消えていく彼女にこう告げます。「愛している。愛していた。」ああ、やっと伝えることが出来たね。という思いと、やっと認めることが出来たんだね。という思いが絡み合って、達成したのだけど切ない・・・みたいな複雑な気持ちで満たされました。「~っぽい」という批判を捨てれば、一見の価値はある作品だと思います。