しばりやトーマスの斜陽産業・続 -93ページ目

海のストーカー物語『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』

 2021年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』を観た。この映画の製作者にして主演でもあるクレイグ・フォスターが約一年間に渡り野生のマダコとの交流を描いた作品だ。タコと交流って・・・何?

 

 クレイグはBBCのネイチャードキュメンタリー『Blue Planet Ⅱ』などを制作している人間で、ふとしたことから南アフリカに渡り、海に潜って魚などの生態を撮影していたところ一匹のマダコに出会う。そのマダコに魅せられたクレイグはその生態を追い求める。ありがちなネイチャー・ドキュメンタリーに思えるが、この作品は他と違う、というか変なところはクレイグのマダコや海の自然に対するアプローチの仕方だ。

 

 クレイグは一時期、仕事に疲れ果て家族と暮らすことさえ重荷になってしまう。人付き合いに疲れ果てた彼は子供時代に暮らしていた南アフリカ西ケープの荒海での暮らしを思い出す。地上の世界から逃れるように海中の世界に救いを求めて海藻で満たされたケルプ・フォレストに潜ったクレイグは海藻の森と名付けられた海の自然にのめり込む。

 そしてある日、クレイグは奇妙な光景を目にする。貝殻で自分の体を囲んで捕食生物から身を守る一匹のマダコだ。それからというもの、クレイグはこのマダコの生態を追い続けることに。

 そののめり込み方は異常で、マダコを「彼女」と呼んでつかず離れずの距離を取る。海中で彼女の姿を追い続ける独自の撮影システムをつくり、重い装備を抱えていては彼女の本当の姿を知ることはできない!と最小限の撮影機材以外は持たない。ボンベだって背負わない。常に素潜りだ(だから少し潜っては息継ぎのため何度も水面に上がる)。そんなクレイグの姿勢に心打たれた(?)彼女は得体の知れない人間であるクレイグに一本の足を延ばすまでになるが、クレイグはうっかりレンズを落としてしまう。驚いた彼女はそのまま泳ぎ去る・・・

 

「何日もかけて築き上げた信頼関係が壊れてしまった」

 

 巣穴にはもう彼女はおらず、ショックに打ちひしがれるクレイグ。それから彼は何日もかけて移動したであろう新たな巣穴を必死の捜索にて発見する。もはや海のストーカーと化している。これ相手が人間だったら犯罪だと思うんだけど!

 

 ストーカーにはストーカーの矜持があるということで、クレイグは彼女には近づいても手は出さない。彼女を狙う小型のサメやクモヒトデに襲われるのを見ても手は出さない、助けないのだ。それは撮影者として最低限の矜持なのだが、そっと見守るだけで捕食者の手から逃れる彼女を見てホッとするほど彼女に思い入れている様子が伝わる。が、ある日ついにサメに噛みつかれた彼女は腕一本を犠牲にして脱出する。衰弱しきっている彼女のあとを追い続け、ようやく元の巣穴にたどり着くまでの追い続ける映像には聞こえなくてもクレイグの「頑張れ!頑張れ!」という励ましの声が聞こえる。その後もう一本の腕が生えてくるに至っては大自然の神秘に観客の心も奪われる。

 

 劇中、クレイグが何度も彼女と心が通じ合っているといわれても相手タコやん!んなわけねーだろ!と斜に構えた観客もクライマックスに起こる触れ合いは人間の想像を超えた何かが育まれたとしか思えないのだ。これがイルカだのクジラだのが相手ならまだわかるが、タコだよ、相手!実はタコにはかなりの知性があるという研究もあってまったく世界は奥深い。何かに疲れた時、海に潜れば何かが発見できるかもしれない。冗談半分で再生ボタンを押したら海の中でとんでもないものを見つけてしまった。だからドキュメンタリーはやめられない。本作はNetflixにて現在配信中!

 

 

表紙が望月ミネタロウ!

 

 

妥協するな!オリジナルを貫け!『名探偵ピカチュウ』

※これは前ブログの過去記事(2019年05月10日)からの再録です


 ポケモン、初の実写映画化にして初のハリウッド作品だ。「任天堂のゲームがハリウッドで映画化」というと『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』を思い出す(思い出すな!そんなもん!)。

「ピカチュウがハリウッドを本気にさせちゃった」

 そして俺たちを本気で笑わせてくれた。


 この世界ではポケモンは人間と共存の道を歩んでいるという話。ペットなどではなく、相棒でありパートナーなのだ。青年ティムはポケモン専門の事件を解決する私立探偵で、父親ハリーの死を知らされ、人とポケモンが完全に共存している街、ライムシティにやってくる。元父の相棒であるヨシダ警部(渡辺謙)の話を聞いて改めて父の死を実感するティムは父の事務所を整理しようと扉を開けると、中にいたのは父がパートナーにしていたピカチュウが!しかもティムにはなぜかピカチュウの言葉が理解でき、会話もできるのだった。ライアン・レイノルズ声のピカチュウは記憶を失っているので、肝心の父の死の前の行動をたどることもできない。しかし父が生きていると信じるティムはピカチュウを連れ、コダックをパートナーにする新人記者のルーシーとともに父が追っていた謎の薬品「R」について調査を開始する。そんな彼らの前に史上最強のポケモン、ミュウツーが現れる。

 ゲーム『名探偵ピカチュウ』のストーリーをなぞってはいるが、後半の展開はオリジナル。意外な展開がつるべ打ちのようにやってくるクライマックスは本気で驚いた。

 なにより『名探偵ピカチュウ』で最高なのはピカチュウをはじめとするポケモンたちのデザインだ。ゲームのようなツルツル感ではなく、体毛がフサフサと生え、モフモフとしているピカチュウが予告編で公開されたときは、多くのユーザーが違和感を抱いていた。と同時に映画の出来についても不安になった。

 ポケモンは最初、北米に進出するときにアメリカ側から「ポケモンのデザインはキュートすぎるから、このままでは受けない。アメリカ人が好むクールなデザインにリファインしなければいけない」と言われ、ポケモンのゲームをつくっているクリーチャーズに提出されたピカチュウは、まるで劇団四季の『キャッツ』風の立派なトラ猫のようなデザインであったという・・・
 最終的に「こりゃダメだ!日本のデザインのままで行こう」とアメリカ側の反対を押し切って日本のデザインのまま上陸したポケモンたちは大ブームを巻き起こす。
 この話は日本のものを海外にもっていくとき、「海外では受けるためにいろいろ変更した方がいいんだ。郷に入ってはなんとやらだよ」と海外に媚びて妥協し、「海外風に」アレンジしたがために本来の良さが失われてしまってダメになるという失敗を何度も見てきた日本が、慣習に逆らってオリジナルを押し通して成功したってことだよな。

 今回も実写でポケモンをやるということで、デザインに関してかなりの苦労があったと思われる。映画に登場するポケモンたちはゲーム的に登場するキュートさと、現実世界に存在するというリアルさの中間をいった見事なデザインだった。このデザインが出来上がったことでこの映画の成功は約束された。

 

 

 

 

 

同性愛者であることを「消された」少年の実話『ある少年の告白』

※これは前ブログの過去記事(2019年05月06日)の再録です

 ガラルド・コンリーの自伝本『Boy Erased: A Memoir』を元にした映画『ある少年の告白』は福音派教会による同性愛を「治療」する矯正セラピー、コンバージョン・セラピーの実態を描いた作品で日本ではピンとこないかも知れないけど、アメリカではコンリーの告白本は大変な衝撃だったという。

 両親が教会の牧師という環境で育った19歳の青年、ジャレッド・エモンズ(演じるは『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー助演男優賞ノミネートし、『レディ・バード』『スリー・ビルボード』とアカデミー賞候補作に出演し、若手の注目株、ルーカス・ヘッジス)は大学でのある出来事をきっかけに自分がゲイではないかと思い始める。厳格な両親に育てられた故か、ジャレッドは両親に自分がゲイだと打ち明ける。両親(父親がラッセル・クロウ、母親がニコール・キッドマンというアカデミー主演賞の二人)は大変なショックを受け、父のマーシャルは教会の知り合いを通じてジャレッドに矯正セラピーを受けることを勧める。

「お前は治りたいんだろう?」

 治る?治るってどういうことだ?同性愛者というのは病気なのか?治療で治るものなのか?疑いながらもジャレッドは困惑し暗く沈む母親の表情を見て頷いてしまう。こうして施設で12日間の矯正プログラムが始まるが、それは矯正という言葉すら可愛く思えるほどの洗脳だった。

 施設にやってくる10~20代の同性愛者を「矯正」する責任者である牧師サイクス(この映画の監督であるジョエル・エドガートン)は「自分の罪を告白しろ!」と迫り、セラピー参加者の前で「心の清算」なる告白を書かせ発表させる。内容に満足すれば「ここにいるみんなは友達だ。みんなが君を許してくれる。神も受け入れてくれるよ!」というが、内容が不満(あくまでサイクスの基準である)ならば「自分の罪と向き合っていない!神はすべてをお見通しだ!」と声を荒げる。
 セラピーを受ける人間をまず否定し、頭が真っ白になったところに神の教えを叩き込むという人格啓発セミナー風の指導をする、これはほとんど洗脳である。なにより神の名前を使って同性愛は悪いことであり、罪だ、と教え込むのは危険すぎる。第一同性愛は治療で治るようなものなのだろうか?

 施設入所の初日に出会ったジョン(グサヴィエ・ドラン)は「終わるかどうかはサイクス次第だ」と教えてくれる。すべては責任者であるサイクスが好む態度を取れるかどうかなのだ。
 巨漢の青年キャメロン(ブリットン・セアー)の「心の清算」をサイクスは気に入らず、参加者の前でさんざんなじる。きちんと清算できるまでここで座っていろと命じられる。ジャレッドはキャメロンを気遣ってそっと肩に手を置くが「誰が見ているかわからないんだぞ」とジョンにたしなめられる。施設では教官たちが参加者を監視するような目で見ているのだ。教官の一人ブランドンは元犯罪者だがセラピーのおかげで立ち直った!今はマッチョで男らしくなった!と威張り散らすクソ野郎だが、彼はジャレッドがひとりでトイレに入っただけで「マスかいてんのか?ホモ野郎!」とののしってくる。ブランドンを演じているのが元レッチリのフリーで、もともといじめられっ子だったのをレッチリ加入で生まれ変わったというフリーだけに説得力あるなあ。

 参加者のゲイリー(トロン・シヴァン)が「ここを早く出るコツは”治ってるフリ”をすることだ」とささやく。一方、「心の清算」ができないキャメロンはサイクスが扇動する中、セラピー参加者たちによって聖書でぶたれる。さらに水の張ったバスタブに沈められてしまう。翌日、サイクスは「キャメロンは生まれ変わった」と声高に宣言。『フルメタル・ジャケット』のほほえみデブを見ているようで苦しくなる。

 ついにジャレッドにも「心の清算」の番が回ってくる。大学時代にあくまでプラトニックな関係に過ぎなかった相手のことを告白し、「生まれ変わりたい」と“治ってるフリ”をするが、彼にとって深い傷を負った、ヘンリーとの行為に関することをサイクスから「お父さんから聞いている」と告げられたジャレッドは激昂し、こんなところにはもう居られないと部屋を飛び出す。この施設から出さないぞ、とジャレッドを閉じ込めようとするサイクスに反抗したのはキャメロンだった・・・


 コンバージョン・セラピーでは追い詰められ、自ら命を絶った参加者も多く、コンリーの告白本により調査が進み、セラピー自体を禁止する州も出てきたが、いまだ多くの州で「同性愛は悪である」とする人々によってセラピーは続けられている。このような聖書の教えを盲目的に信じる福音派が政権を支持しているので、福音派が支持する地域ではセラピーをやめさせられない。彼らは「LGBTは地獄に落ちる」「神は同性愛を禁じていると聖書にも書かれている」と叫び続けている。だが、聖書には「女性と寝るように男性と寝てはいけない」と書かれているだけだ。

 福音派の話だから、日本には関係ないテーマだと思われるかもしれないが、日本では国会議員が「LGBTには生産性がない」と堂々主張しても処罰すらされず、映画批評家の前田有一が同性愛をカミングアウトしている人にも子供がいて、生産性はある!とまったくバカな反論をしてLGBTに関する無知をさらけ出している。日本に無関係な話ではないのだ。
 映画の原題は「Boy Erased」、「消された少年」、同性愛者であること、存在を消されてしまうという意味だろうか。『ある少年の告白』ではタイトルとしては弱いな。『消された少年』では意味が通じにくい、と判断されたのかもしれないが。この辺りも日本でLGBTがテーマの作品の伝えにくさを表している気がする。

 セラピーを受けたコンリーは同性のパートナーと暮らし、セラピーは有効ではなく、同性愛は治療で治るものではないと訴え続けている。

 

 

 

2021年4月告知

2021年4月予定

 

4月10日(土)

『アイドル十戒 無限列車編其の四』

場所:アワーズルーム

開演:19:00

料金:¥1500(1drink別)

出演:竹内義和 しばりやトーマス

 

アイドルさえいなければ悩まずに済んだのに!

今月は結成当初のメンバーがゼロになっちゃったゴキ帝を今こそ振り返る

 

4月16日(金)

『キネマサロン肥後橋』

場所:アワーズルーム

開演:19:30

料金:¥500(1drink別)

 

カルトを語る若人の会。今月は毎度おなじみ鈴木則文監督作、シリーズ第5弾『温泉スッポン芸者』。

明日のことはスッポン芸者にまかしとき!

 

4月20日(火)

『旧シネマパラダイス』

場所:肥後橋アワーズルーム

開演:20:00

料金:¥500(1drink別)

映画コメンテイター:しばりやトーマス

 
4月22日(木)

『スーパーヒーロートーク』

場所:モノガタリ紅鶴

開演:19:30

料金:¥1000(1drink別)

出演: にしね・ザ・タイガー ソエジマ隊員 花鳥風月 緒形 しばりやトーマス

 

ようやく帰ってきた、ひらパーヒーローショー他いろんなレポ。

現場では何が起こるかわからない。

 
4月24日(土)

『僕の宗教へようこそ一三七教義~だいすき!アニメ』

場所:モノガタリ白鯨

開演:18:30

料金:¥1000(1drink別)

出演: しばりやトーマス アシスタント・トモ

 

一月ぶりに帰ってきた定番企画。2021年冬・春アニメの一押しを紹介。

ミュークルドリーミーはいいぞ。

 

 

救えるようで掬えない恋の行方『すくってごらん』

 大手銀行員の香芝誠 (尾上松也)は追い詰められると考えている言葉がつい、口に出てしまうタイプの人間で自己中心的な上司の目の前で悪口を漏らしてしまい、地方支店に左遷されてしまう。俺はこんな地方に埋もれる人間じゃない、そればかり考えている香芝はある日和服美女の後ろ姿(顔も見ていないのに)に惹かれて後を追っていく。たどり着いたところは紅い装飾もまばゆい古屋敷でその美女、生駒吉乃(百田夏菜子)から「遊んでいかはります?」と誘われここは風俗かと心ときめかせるが、渡されたのはポイ。 ここは「紅燈屋」なる 金魚すくい場だった。

 

 歌舞伎界の若手ホープ、二代目尾上松也とももクロのリーダー、百田夏菜子の共演作となった『すくってごらん』は金魚すくいの町、奈良県大和郡山市を舞台にした世にも珍しい「金魚すくい」映画だ。

 香芝は大手銀行員だったプライドが邪魔して地方支店の同僚たちとも馴染めない。持ち前の営業スキルを発揮して次々新規の契約を取っては来るが歓迎会に金魚すくいの店に連れていくセンスに耐えられない。しかし店で出会った吉乃に心惹かれてしまい、好意を向けるが吉乃からは色よい返事がもらえず水槽の金魚のようにするりと避けられる日々。

 営業の仕事でライブハウス兼喫茶店を経営する山添明日香(石田ニコル)の相談に乗る香芝。彼女はミュージシャンを目指して上京するも目が出ずに夢を諦め地元に帰ってきたという過去がある。都会に弾かれた人間同士、気が合う二人。やがて明日香から強烈なアプローチを受けるようになるのだが、香芝は吉乃に惹かれている。

 ある日納屋に置かれたピアノを流暢に弾く吉乃を見て、明日香の店でライブをしないかと誘うが彼女は人前では弾けないという。彼女には年上の幼馴染、王寺昇(柿澤勇人)という思い人がいた。王寺は金魚を下す 問屋を営んでいる普段は何をしているのかわからないような自由人でピアノも天才的な腕前を持っている。幼いころから王寺に惹かれていた吉乃はピアノの連弾をすることになったが、王寺の腕前についていけるかどうかで一人悩んでピアノを弾けなくなった過去がある。それ以来、自分のやりたいことも何もかも封じて生きてきた。

 吉乃の思いを知ってか知らずか、応えようともしない王寺に香芝は挑戦を突き付ける。金魚すくい一対一の勝負で自分が多く掬えたら吉乃にプロポーズすると。しかし王寺は地元でも有名な金魚すくいの達人だった・・・

 

 劇中、香芝らは自身の気持ちをそのセリフにはしないで歌に乗せる。本作は和製ミュージカルだが、日本のミュージカルというと海外ミュージカルをなぜか意識して話の流れを切って突然踊って歌いだすという演出になりがちだが、本作は海外ミュージカルの気恥ずかしさを感じさせず、洒落た音楽と演出で和製ミュージカルの可能性を見た。

 救えるようで掬えない恋の行方。水の中を漂うようなクライマックスは幻想的でミステリアス美女を切なく演じた百田夏菜子から目が離せない。あなたにも掬える恋がある!