『終末の唄』_story
街頭で、キリン顔の女から正体不明の奇妙なチケットを受け取ったぼくは、そのチケットをもぎった夜、
〝夢遊殺人事件〟に遭遇する。
その日以来、悪魔のような〈銀色の男〉が跋扈する夢にうなされ、睡眠障害に陥ってしまったぼくは、
山の上の深い森の中にあるクリニックに通うことになる。
奇妙なクランケが集まるそのクリニックで、ぼくは不思議なちからを持ったチェン先生のシャンプーメソッド
を受けることになるのだった。
一方ぼくの知らないところでは、ぼくの幼馴染みのかをりを、私立探偵の男がひっそりと調査したり、
またある老刑事が、〝夢遊殺人事件〟の関わる謎のマスクの男を追っていたりしていた。
それぞれの場所で、それぞれに生きるものたちは、通奏低音のように響く、〝終末の唄〟によって
たぐり寄せられるように、やがてすべてはひとつの世界へと収斂されていくのだった――。
街頭で、キリン顔の女から正体不明の奇妙なチケットを受け取ったぼくは、そのチケットをもぎった夜、
〝夢遊殺人事件〟に遭遇する。
その日以来、悪魔のような〈銀色の男〉が跋扈する夢にうなされ、睡眠障害に陥ってしまったぼくは、
山の上の深い森の中にあるクリニックに通うことになる。
奇妙なクランケが集まるそのクリニックで、ぼくは不思議なちからを持ったチェン先生のシャンプーメソッド
を受けることになるのだった。
一方ぼくの知らないところでは、ぼくの幼馴染みのかをりを、私立探偵の男がひっそりと調査したり、
またある老刑事が、〝夢遊殺人事件〟の関わる謎のマスクの男を追っていたりしていた。
それぞれの場所で、それぞれに生きるものたちは、通奏低音のように響く、〝終末の唄〟によって
たぐり寄せられるように、やがてすべてはひとつの世界へと収斂されていくのだった――。
終末の唄_070
わたしは、何もしらずに彼女を呪ったことが恥ずかしくなり、ひどく後悔しました。
手紙の消印は、ここからそう遠い場所ではありません。
わたしはいますぐにでも彼女を探しにいき、またふたりで、どこかで静かにひっそりと暮らしていきたいと思っています。
そのためにも、彼女が生きているこの世界を、これからふたりで生きていくこの世界を、このままなくしてしまうわけにはいなかいんです。
けれども、〈銀色の男〉とのこの恐ろしい契約は、どうやっても、決して反故にはできないのだということが、わたしにもはっきりとわかっています。
これは、そういうあと戻りのできない種類の契約なのです。
よわったわたしは、以前どこかで読んだ雑誌の記事をふと思い出したのです。
不思議なちからを持った先生の、シャンプーメソッドのことを。
それからわたしは、あらゆる情報をかき集めて、必死で先生の居場所を探しました。
そしてやっと、ここまでたどり着くことができたのです。
〈銀色の男〉はゆっくりと、でも確実に、わたしに向かってきています。
もうすぐわたしは、わたしを明け渡さなければならなくなるでしょう。
その前に、チェン先生、どうか先生のちからで、わたしの中から〈銀色の男〉を消してほしいんです。
先生なら、きっとできる。さっきも〈銀色の男〉が発した念に、先生は負けなかったんだから」
「わたしは〈銀色の男〉を、しっています」
「え?」
「〈銀色の男〉のために苦しんでいるひとを、しっているんです」
と、チェン先生が、言った。
「まさか、そのひとも、ヤツと契約を?」
男は大きく目を見開いて、訊いた。
「いいえ。彼は、夢に〈銀色の男〉が現れて、あまりにもひどい悪事をはたらくために、もう眠りたくないと睡眠障害になっているだけよ。
でも彼は、〈銀色の男〉のことを、ただの夢とは思えない、と言っていたわ」
「彼もこのクリニックの患者ですか?」
「そうよ」
「何か、偶然ですね」
「そうね。でもそれは偶然ではなくて、必然なのよ。
なぜなら彼は、わたしに伝えるという役目を担って、ここにきたのだから」
「先生に、伝える、役目――。
いったい、何を?」
「もちろん、〈銀色の男〉の出現、をよ」
チェン先生は男を見据えながらも、それを通り越して、その中にいるものに対して、言った。
外の雷雨は激しさを増すばかりで、大粒の雨が窓を激しく叩いている。
「チェン先生、特別なメソッドがあると聞きました。
先生、お願いです。どうかそれを、やってくれませんか?」
To be continued.
手紙の消印は、ここからそう遠い場所ではありません。
わたしはいますぐにでも彼女を探しにいき、またふたりで、どこかで静かにひっそりと暮らしていきたいと思っています。
そのためにも、彼女が生きているこの世界を、これからふたりで生きていくこの世界を、このままなくしてしまうわけにはいなかいんです。
けれども、〈銀色の男〉とのこの恐ろしい契約は、どうやっても、決して反故にはできないのだということが、わたしにもはっきりとわかっています。
これは、そういうあと戻りのできない種類の契約なのです。
よわったわたしは、以前どこかで読んだ雑誌の記事をふと思い出したのです。
不思議なちからを持った先生の、シャンプーメソッドのことを。
それからわたしは、あらゆる情報をかき集めて、必死で先生の居場所を探しました。
そしてやっと、ここまでたどり着くことができたのです。
〈銀色の男〉はゆっくりと、でも確実に、わたしに向かってきています。
もうすぐわたしは、わたしを明け渡さなければならなくなるでしょう。
その前に、チェン先生、どうか先生のちからで、わたしの中から〈銀色の男〉を消してほしいんです。
先生なら、きっとできる。さっきも〈銀色の男〉が発した念に、先生は負けなかったんだから」
「わたしは〈銀色の男〉を、しっています」
「え?」
「〈銀色の男〉のために苦しんでいるひとを、しっているんです」
と、チェン先生が、言った。
「まさか、そのひとも、ヤツと契約を?」
男は大きく目を見開いて、訊いた。
「いいえ。彼は、夢に〈銀色の男〉が現れて、あまりにもひどい悪事をはたらくために、もう眠りたくないと睡眠障害になっているだけよ。
でも彼は、〈銀色の男〉のことを、ただの夢とは思えない、と言っていたわ」
「彼もこのクリニックの患者ですか?」
「そうよ」
「何か、偶然ですね」
「そうね。でもそれは偶然ではなくて、必然なのよ。
なぜなら彼は、わたしに伝えるという役目を担って、ここにきたのだから」
「先生に、伝える、役目――。
いったい、何を?」
「もちろん、〈銀色の男〉の出現、をよ」
チェン先生は男を見据えながらも、それを通り越して、その中にいるものに対して、言った。
外の雷雨は激しさを増すばかりで、大粒の雨が窓を激しく叩いている。
「チェン先生、特別なメソッドがあると聞きました。
先生、お願いです。どうかそれを、やってくれませんか?」
To be continued.
終末の唄_069
わたしの中の諦めが、次第に大きくなりつつあった、ある日のことです。
いつものように夕食を作らされていると、いよいよ彼が、あなたのお金に手をつけようとしていたのです。
そのときわたしは、はっと我に返ることができたのです。
そのお金には、絶対に手をつけさせない。
わたしはフライパンをコンロの火にかけたまま、必死で彼の手からあなたの通帳を取り戻そうとしました。 けれど彼は、わたしの腕を捻り上げ、殴り飛ばし、そして床に倒れたわたしの身体を蹴り上げました。
それでもわたしは、いつものわたしとは違いました。
何度殴られようが、何度蹴り飛ばされようが、わたしは何度も立ち上がり、何度も彼に立ち向かいました。
それでも、とうとう立ち上がれなくなったとき、彼はわたしに背中を向けて、通帳を持って部屋を出ていこうとしました。
わたしは最後の最後のちからを振り絞って立ち上がり、コンロの上の焼けついたフライパンを掴み、もう無我夢中で彼の頭を殴りつけました。
炒めていた野菜が飛び散り、鈍い音と、髪の毛が焼ける嫌な臭いがしました。
彼はぎゃっ、と悲鳴をあげました。
わたしは彼が倒れ込んだその隙に、通帳と印鑑を取り戻し、そのままとうとう彼のもとから逃げ出したのです。
見知らぬ夜へと。自由を求めて――。
ここに、通帳と印鑑をお返しします。
お金には一切、手をつけていません。どうか、お許しください。
あなたとの生活はほんとうに楽しく、充実した日々でした。
もう一度また、あなたとふたりで生きていきたいとも思いましたが、そうするには、わたしはほんとうに、何もかもに疲れきってしまいました。
わたしはこれから先、どこか遠い町で、ひっそりと身を隠して、ひとりで生きていこうと思っています。
あなたもどうか、お身体には気をつけて、お幸せに暮らしてください。
それでは、サヨウナラ』
***
いったい、どこが駆け落ちなんだ?
どこが彼女の裏切りなんだ?
由加の痛みも苦しみもしらないで、まったくどうしようもない噂話に惑わされ、彼女を信じることもできなかったわたしは、まったく愚かで、救いようもない、やはりただのダメ人間だったんだ。
To be continued.
いつものように夕食を作らされていると、いよいよ彼が、あなたのお金に手をつけようとしていたのです。
そのときわたしは、はっと我に返ることができたのです。
そのお金には、絶対に手をつけさせない。
わたしはフライパンをコンロの火にかけたまま、必死で彼の手からあなたの通帳を取り戻そうとしました。 けれど彼は、わたしの腕を捻り上げ、殴り飛ばし、そして床に倒れたわたしの身体を蹴り上げました。
それでもわたしは、いつものわたしとは違いました。
何度殴られようが、何度蹴り飛ばされようが、わたしは何度も立ち上がり、何度も彼に立ち向かいました。
それでも、とうとう立ち上がれなくなったとき、彼はわたしに背中を向けて、通帳を持って部屋を出ていこうとしました。
わたしは最後の最後のちからを振り絞って立ち上がり、コンロの上の焼けついたフライパンを掴み、もう無我夢中で彼の頭を殴りつけました。
炒めていた野菜が飛び散り、鈍い音と、髪の毛が焼ける嫌な臭いがしました。
彼はぎゃっ、と悲鳴をあげました。
わたしは彼が倒れ込んだその隙に、通帳と印鑑を取り戻し、そのままとうとう彼のもとから逃げ出したのです。
見知らぬ夜へと。自由を求めて――。
ここに、通帳と印鑑をお返しします。
お金には一切、手をつけていません。どうか、お許しください。
あなたとの生活はほんとうに楽しく、充実した日々でした。
もう一度また、あなたとふたりで生きていきたいとも思いましたが、そうするには、わたしはほんとうに、何もかもに疲れきってしまいました。
わたしはこれから先、どこか遠い町で、ひっそりと身を隠して、ひとりで生きていこうと思っています。
あなたもどうか、お身体には気をつけて、お幸せに暮らしてください。
それでは、サヨウナラ』
***
いったい、どこが駆け落ちなんだ?
どこが彼女の裏切りなんだ?
由加の痛みも苦しみもしらないで、まったくどうしようもない噂話に惑わされ、彼女を信じることもできなかったわたしは、まったく愚かで、救いようもない、やはりただのダメ人間だったんだ。
To be continued.
終末の唄_068
***
お久しぶりです。お元気ですか?
突然こんな手紙を送りつけて、いまさらそんなこと、言えた義理ではありませんよね?
ごめんなさい。
いま頃は、突然消えたわたしたちのことを、工場のみんなが好き勝手に噂をしていて、あなたもそういう事情だと承知して、わたしのことをさぞ恨んでいることでしょうね?
当然のことです。
でも、あなたにだけは、どうしてもほんとうのことをわかってもらいたくて、勇気をだしてこうして手紙を書くことにしました。
どうかお願いですから、破り捨てたりしないで、最後まで読んでください。
わたしが消えた夜のことです。
わたしは夕食を作りながら、いつものようにあなたの帰りを待っていました。
ちょうどチャーハンができあがったとき、玄関のチャイムが鳴りました。
ドアを開けると、そこに、工場の班長が立っていたのです。
彼は、仕事のことで少し話がある、と言いました。
彼は上司で、わたしたちの人事データを持っているわけですから、住んでる家をしっていてもおかしくはないのですが、わざわざ訪れてくるなんて少し変だな、と思いながらも、わたしは仕方なく彼を部屋にあげました。
お茶をいれようとしていると、彼は突然、台所に立つわたしをうしろからいきなり羽交い締めにし、ちからいっぱい床に突き飛ばしたのです。
そのあと、彼はわたしを殴り、蹴り飛ばし、ひどい暴力をふるいました。
わたしは、いったい何がどうなったのか、頭の中が真っ白でわけがわかりませんでした。
ただ恐怖と痛みで、そのまま床に倒れ込んでいるしかありませんでした。
しばらくすると、彼は部屋の中を物色しだしました。
程なく彼は、タンスの中から、あなたの通帳と印鑑を見つけだしたのです。
わたしは彼を止めようとして、何とか立ち上がろうとしました。けれど、そこでちから尽きて、そのまま気を失ってしまったのです。
わたしはそのまま、彼のクルマに乗せられて、どこかしらない場所にある、しらないアパートに運ばれたようです。
気がつくと、わたしはそのアパートの一室のある狭い部屋の中に、外から鍵をかけられて監禁されていました。
もちろん、わたしは何日もの間、何度も大声で助けを求めたり、部屋から逃げ出そうとも試みてみました。
けれど、うまくいかず、そのたびにひどく暴力をふるわれ、死ぬほど恐ろしい目にあわされました。
恐くて、恐ろしくて……、結局、彼に従うしかなかったのです。
ただ幸いなことに、彼に性的な暴力を受けることはありませんでした。
なぜなら彼は、ああ見えても、ゲイで、おまけにインポーテンツだったものですから。
わたしは一日に三度のトイレと、何日かに一度の入浴と、毎食の食事を作るとき以外は、ずっと狭い部屋の中に監禁されていました。
時のない部屋の中で、わたしはどれだけあなたのことを思ったことか。
あなたのもとに帰りたいと、どれだけ願ったことか。
けれど、その願いも叶わぬままに、何日もの、何週間もの日が過ぎていきました。
To be continued.
