終末の唄_064
男はそうは言ったものの、しばらくはきっかけがつかめず、言いあぐねていた。
チェン先生は、再びシャンプーをはじめる。
そして男は、口に溜まった唾をごくんと飲み込むと、ゆっくりと、静かに、口を開いた。
「わたしは、何人ものひとを、殺したんです」
「それは、犯罪を犯した――ということ?」
チェン先生の声はとても静かで、穏やかで、やさしかった。
「いえ、わたしがこの手で直接的に殺したわけではないんです。
実際には、べつの人間が殺人を犯したんです」
「それじゃあ、あなたが、だれかにそうしろと指示した、ということ?」
「いいえ、それとも、ちょっと違う。
彼らは、自発的に殺人を犯したのです。
けれど、彼らのこころの中の深い闇の奥から、その憎悪を引き出したのは、わたしなんです」
「そうなの?
つまり、あなたには、そういうちからがある、というわけなのね?」
彼女は、男の頭皮をマッサージするようにやさしく指を踊らせながら、訊いた。
マスクがない分、男には昨日以上にシャボンの香りがよく匂っていた。
「いまは、望んでいるわけではないんです、決して」マスクの男は震えながら、言った。
「わたしは、幼い頃からずっと、何をやってもうまくいかなかった。
グズで、不器用で、要領が悪く、自分でもどうしようもないほどダメ人間だったんです。
学校では、成績はいつもビリで、運動も苦手だった。
容姿もこのとおり、醜いかぎりです。
だからわたしは、いつもいじめの恰好の対象でした。
くやしいと思うときもあったけれど、これじゃあ仕方ないなと、自分でもあきらめてしまっていたんです。
わたしのようなダメ人間は、隅っこでひっそりと、だれのじゃまにもならないように生きていくしかないのだ、と。
それでも何とか高校を卒業して、社会にでて働きだしました。
けれどもやはり、どんな仕事をやってもうまくいかず、長続きせず、いくつもの職を転々としなければならなかったんです。
そうして、ある町工場に勤めたときのことです。
何かの機械の部品を作るラインに入ったわたしは、相変わらず不器用で、なかなかうまく仕事を覚えることができないでいました。
暗く、狭っ苦しく、ひどく埃っぽい工場の中で、わたしはいつものようにひとりぼっちで途方に暮れていました。
わたしのラインの前では、ひとりの少女が同じように部品を組み立てていました。
グレーの帽子に、ブルーの作業着を着て、その上に紺のエプロンをつけた彼女は、とても手際よく、わたしの何倍も速く部品を組み立てていました。
わたしは彼女の作業を、しらずしらず、羨望の眼差しで眺めていたものです。
十二月のある寒い日のことでした。
軍手をした指がその寒さでかじかんで、ボルトを床に転げ落としてしまったんです。
すると、彼女がそれを拾って、わたしの方へゆっくりとやってきたんです。
彼女は小さく微笑んで、それからわたしに、なんと、部品の組み立て方の要領をやさしく教えてくれたんですよ。
この工場の寒さのせいではなく、そのときわたしは、なぜかぶるぶると震えていました。
それ以来、わたしは彼女に恋をしました。
なぜなら、わたしの不器用さをバカにしないで、あんなにやさしく、丁寧に接してくれたのは、わたしの生涯で、彼女がはじめてだったからです。
彼女だけが、わたしを、はじめてひととして、扱ってくれたんですよ」
To be continued.
チェン先生は、再びシャンプーをはじめる。
そして男は、口に溜まった唾をごくんと飲み込むと、ゆっくりと、静かに、口を開いた。
「わたしは、何人ものひとを、殺したんです」
「それは、犯罪を犯した――ということ?」
チェン先生の声はとても静かで、穏やかで、やさしかった。
「いえ、わたしがこの手で直接的に殺したわけではないんです。
実際には、べつの人間が殺人を犯したんです」
「それじゃあ、あなたが、だれかにそうしろと指示した、ということ?」
「いいえ、それとも、ちょっと違う。
彼らは、自発的に殺人を犯したのです。
けれど、彼らのこころの中の深い闇の奥から、その憎悪を引き出したのは、わたしなんです」
「そうなの?
つまり、あなたには、そういうちからがある、というわけなのね?」
彼女は、男の頭皮をマッサージするようにやさしく指を踊らせながら、訊いた。
マスクがない分、男には昨日以上にシャボンの香りがよく匂っていた。
「いまは、望んでいるわけではないんです、決して」マスクの男は震えながら、言った。
「わたしは、幼い頃からずっと、何をやってもうまくいかなかった。
グズで、不器用で、要領が悪く、自分でもどうしようもないほどダメ人間だったんです。
学校では、成績はいつもビリで、運動も苦手だった。
容姿もこのとおり、醜いかぎりです。
だからわたしは、いつもいじめの恰好の対象でした。
くやしいと思うときもあったけれど、これじゃあ仕方ないなと、自分でもあきらめてしまっていたんです。
わたしのようなダメ人間は、隅っこでひっそりと、だれのじゃまにもならないように生きていくしかないのだ、と。
それでも何とか高校を卒業して、社会にでて働きだしました。
けれどもやはり、どんな仕事をやってもうまくいかず、長続きせず、いくつもの職を転々としなければならなかったんです。
そうして、ある町工場に勤めたときのことです。
何かの機械の部品を作るラインに入ったわたしは、相変わらず不器用で、なかなかうまく仕事を覚えることができないでいました。
暗く、狭っ苦しく、ひどく埃っぽい工場の中で、わたしはいつものようにひとりぼっちで途方に暮れていました。
わたしのラインの前では、ひとりの少女が同じように部品を組み立てていました。
グレーの帽子に、ブルーの作業着を着て、その上に紺のエプロンをつけた彼女は、とても手際よく、わたしの何倍も速く部品を組み立てていました。
わたしは彼女の作業を、しらずしらず、羨望の眼差しで眺めていたものです。
十二月のある寒い日のことでした。
軍手をした指がその寒さでかじかんで、ボルトを床に転げ落としてしまったんです。
すると、彼女がそれを拾って、わたしの方へゆっくりとやってきたんです。
彼女は小さく微笑んで、それからわたしに、なんと、部品の組み立て方の要領をやさしく教えてくれたんですよ。
この工場の寒さのせいではなく、そのときわたしは、なぜかぶるぶると震えていました。
それ以来、わたしは彼女に恋をしました。
なぜなら、わたしの不器用さをバカにしないで、あんなにやさしく、丁寧に接してくれたのは、わたしの生涯で、彼女がはじめてだったからです。
彼女だけが、わたしを、はじめてひととして、扱ってくれたんですよ」
To be continued.
終末の唄_063
チェン先生は、洗面台の横にあるフロアスタンドのスイッチを入れて、明かりをつけた。
そのあと、部屋の照明を消した。
真っ白な部屋はすぐに、フロアスタンドのほのかな明かり以外の光を失った。
外はますます荒れてきていて、ついに雷雨になったようだ。
遠くで、転がる雷鳴がかすかに聞こえる。
そして閉ざされたカーテンの隙間から、眩しい稲光がときどきもれてくる。
この部屋の中も、少し肌寒くもなってきたようだ。
男は、ウィンドブレイカーのフードを、自分で静かに頭のうしろへずらした。
すると中から、いくぶん尖り気味の、でこぼことした頭と、ロバのような極端に面長な顔が現れた。
そしてそのあと、男はゆっくりと左腕をあげ、口元を覆った大きなマスクに手をかけた。
それを喉元の方へ静かにずらすと、そこに不快な臭いを伴いながら、耳元まで裂けた不吉で不気味な口が現れた。
チェン先生はその男の醜い口を見ても、驚きもしなかった。
「先生よ、怖くないんか?」
と、男が裂けた口元をいやらしくにやりと歪ませて、訊く。
「ええ。もちろん」と先生が、言った。
そして彼女は、何ごともなかったかのように、いつもと同じ調子でシャンプーをはじめるのだった。
男はシャンプーされながら、大きく裂けた口を振るわせるようにして、小刻みに動かしていた。
声は出してはいないけれど、それは確かに何かを話しているような様子だ。
男はチェン先生に、何かの念を送っているのだ。
〈どうだ? 先生よ。どう感じる? さあ、さあ。どうなる、どうなる?〉
男はそう思いながら、チェン先生の様子を目を細めて眺めていた。
けれどいつまで待っても、彼女には何の変化も現れてはこなかった。
「ちょっと、待ってくれ、先生よ」
と、男はたまりかねて、言った。
チェン先生はシャンプーをやめて、シャワーの蛇口を止めた。
「先生よ? 何ともないんか?」
「何が?」
「いや、そのう、気分とか、なんか変じゃないか?」
男の左のこめかみを、あぶくが一筋首元へ流れ落ちる。
「いいえ。何とも。どこも変じゃないわよ?」とチェン先生は、言った。
「ねえ、どうしたって言うの?」
「いや、いいんだ。何でもないんだ。
続けてくれ」
「いいわ」
チェン先生は、再びシャワーの蛇口を捻った。
〈いったい、どうしたっていうんだ?
オレ様の邪悪な念が、この女には通じないとでもいうのか?
まさか! この念に触れると、どんな人間でも、もともとその中に持ち合わせている隠された邪悪さが増幅されて、表出するというのに。
この女のこころには、ひとかけらも、邪悪なものがないというのか?
ばかな!〉
チェン先生が再びシャンプーをはじめると、男は自分の緊張した身体が次第に解きほぐされていくのを感じた。
そして、男は思う――ひょっとして、ほんとうにチェン先生のこころの中に、邪悪なものがひとかけらもないとしたら、もしほんとうにそうだとしたら、彼女はわたしを救えるかもしれない。
そしてそれは、わたしによって引き起こされる未来の殺し合いを、未然に防ぐという意味で、ひいては世界の人々をも救うことにもなるのだ。
だとしたら、わたしが探し求めたとおり、彼女は、ほんとうに、メシアなのかもしれない。
「先生、よかったら、わたしの話を聞いてもらえますか?」
男のひび割れた声は、先ほどとは違って、低い方の声が高い方の声よりも勝っていた。
チェン先生は、男の声と態度の変化に、きちんと気づいていた。
「もちろん。そのために、ここにわたしがいて、あなたがいるんだから」
To be continued.
そのあと、部屋の照明を消した。
真っ白な部屋はすぐに、フロアスタンドのほのかな明かり以外の光を失った。
外はますます荒れてきていて、ついに雷雨になったようだ。
遠くで、転がる雷鳴がかすかに聞こえる。
そして閉ざされたカーテンの隙間から、眩しい稲光がときどきもれてくる。
この部屋の中も、少し肌寒くもなってきたようだ。
男は、ウィンドブレイカーのフードを、自分で静かに頭のうしろへずらした。
すると中から、いくぶん尖り気味の、でこぼことした頭と、ロバのような極端に面長な顔が現れた。
そしてそのあと、男はゆっくりと左腕をあげ、口元を覆った大きなマスクに手をかけた。
それを喉元の方へ静かにずらすと、そこに不快な臭いを伴いながら、耳元まで裂けた不吉で不気味な口が現れた。
チェン先生はその男の醜い口を見ても、驚きもしなかった。
「先生よ、怖くないんか?」
と、男が裂けた口元をいやらしくにやりと歪ませて、訊く。
「ええ。もちろん」と先生が、言った。
そして彼女は、何ごともなかったかのように、いつもと同じ調子でシャンプーをはじめるのだった。
男はシャンプーされながら、大きく裂けた口を振るわせるようにして、小刻みに動かしていた。
声は出してはいないけれど、それは確かに何かを話しているような様子だ。
男はチェン先生に、何かの念を送っているのだ。
〈どうだ? 先生よ。どう感じる? さあ、さあ。どうなる、どうなる?〉
男はそう思いながら、チェン先生の様子を目を細めて眺めていた。
けれどいつまで待っても、彼女には何の変化も現れてはこなかった。
「ちょっと、待ってくれ、先生よ」
と、男はたまりかねて、言った。
チェン先生はシャンプーをやめて、シャワーの蛇口を止めた。
「先生よ? 何ともないんか?」
「何が?」
「いや、そのう、気分とか、なんか変じゃないか?」
男の左のこめかみを、あぶくが一筋首元へ流れ落ちる。
「いいえ。何とも。どこも変じゃないわよ?」とチェン先生は、言った。
「ねえ、どうしたって言うの?」
「いや、いいんだ。何でもないんだ。
続けてくれ」
「いいわ」
チェン先生は、再びシャワーの蛇口を捻った。
〈いったい、どうしたっていうんだ?
オレ様の邪悪な念が、この女には通じないとでもいうのか?
まさか! この念に触れると、どんな人間でも、もともとその中に持ち合わせている隠された邪悪さが増幅されて、表出するというのに。
この女のこころには、ひとかけらも、邪悪なものがないというのか?
ばかな!〉
チェン先生が再びシャンプーをはじめると、男は自分の緊張した身体が次第に解きほぐされていくのを感じた。
そして、男は思う――ひょっとして、ほんとうにチェン先生のこころの中に、邪悪なものがひとかけらもないとしたら、もしほんとうにそうだとしたら、彼女はわたしを救えるかもしれない。
そしてそれは、わたしによって引き起こされる未来の殺し合いを、未然に防ぐという意味で、ひいては世界の人々をも救うことにもなるのだ。
だとしたら、わたしが探し求めたとおり、彼女は、ほんとうに、メシアなのかもしれない。
「先生、よかったら、わたしの話を聞いてもらえますか?」
男のひび割れた声は、先ほどとは違って、低い方の声が高い方の声よりも勝っていた。
チェン先生は、男の声と態度の変化に、きちんと気づいていた。
「もちろん。そのために、ここにわたしがいて、あなたがいるんだから」
To be continued.
終末の唄_062
♯13
「さて、調子はいかが?」
チェン先生はいつものスツールに座り、カルテを眺めながら、マスクの男に訊いた。
けれども男は黙ったまま、彼女の質問には答えなかった。
「昨日の治療で、少しはマシになったかしら?
もっとも、わたしにはまだ、あなたのお悩みがはっきりとはわかっていないんだけれどね?」
男は、昨日と同じ黒いウィンドブレイカーを着て、そのフードを目深に被り、昨日と同じように、何も話さない。
チェン先生は男の肩の辺りが少し濡れているのに気づき、ふと窓の外を見た。
そしてはじめて、外は雨が降っているのだとしった。
「さて――。
そろそろ、第二回目の治療をはじめるけれど、その前にとくに何か言っておくようなことはないかしら?」
チェン先生は、ボールペンの端をこめかみにとんとんとあてながら、訊いた。
男は相変わらず、石のように押し黙ったままだ。
「そう、いいわ」チェン先生はため息まじりに、言った。
「それじゃあ、はじめましょうか」
チェン先生は、いつものように、男の座っているチェアを四五度左に回転させてから、ゆっくりとリクライニングさせ、白い陶器製のボウルの縁に男の首を静かに置いた。
マスクの男は、ウィンドブレイカーのフードの陰から、見るとはなしにジプトーンの天井の不規則な模様を見ていた。
エアコンの空調機が、かすかに空気を振るわせているのがわかる。
白すぎる蛍光灯の光が、目に見えないような速さで、チラチラと瞬いている。
視線をそのまま窓の外へ向けると、時刻はもう夕方で、おまけに雨が降っているせいで、ひどく薄暗かった。
チェン先生は窓辺にいき、男のその視線を遮るように、遮光カーテンを閉めた。
そして吊り戸棚のところまで戻り、フェイスタオルを取ろうとした。
そのときだった。
男が、突然、身体に電気でも流されたかのように、全身をピンと緊張させ、ひとしきり痙攣したあと、はじめて言葉を口にするのだった。
「待ってくれ、先生よ」
チェン先生はその瞬間、冷凍されたかのように、そのままのカタチで動作を止めた。
男の声はひどくひび割れていて、聞き取りにくかった。
高い声と、低い声が混じり合っていて、まるでふたりの人間が同時に同じ言葉を話しているような、そんな感じだ。
ボリューム的には、高い方の声が、低い方の声より勝っているようにチェン先生には聞こえた。
そしてしばらくしてから――ポーズボタンを解除されたように――彼女は動作の続きをしはじめた。
「まあ。はじめてしゃべってくれたわね。どうか、した?」
彼女はタオルを手にしたあと、男の方を振り返って、訊いた。
「今日はよ、このマスクを取ってから、シャンプーしてほしいんだ」マスクの男は、言った。
チェン先生はしばらく黙っていたあと、何かを感じ取ったかのように小さく頷いた。
「もちろん。いいわ」
To be continued.
「さて、調子はいかが?」
チェン先生はいつものスツールに座り、カルテを眺めながら、マスクの男に訊いた。
けれども男は黙ったまま、彼女の質問には答えなかった。
「昨日の治療で、少しはマシになったかしら?
もっとも、わたしにはまだ、あなたのお悩みがはっきりとはわかっていないんだけれどね?」
男は、昨日と同じ黒いウィンドブレイカーを着て、そのフードを目深に被り、昨日と同じように、何も話さない。
チェン先生は男の肩の辺りが少し濡れているのに気づき、ふと窓の外を見た。
そしてはじめて、外は雨が降っているのだとしった。
「さて――。
そろそろ、第二回目の治療をはじめるけれど、その前にとくに何か言っておくようなことはないかしら?」
チェン先生は、ボールペンの端をこめかみにとんとんとあてながら、訊いた。
男は相変わらず、石のように押し黙ったままだ。
「そう、いいわ」チェン先生はため息まじりに、言った。
「それじゃあ、はじめましょうか」
チェン先生は、いつものように、男の座っているチェアを四五度左に回転させてから、ゆっくりとリクライニングさせ、白い陶器製のボウルの縁に男の首を静かに置いた。
マスクの男は、ウィンドブレイカーのフードの陰から、見るとはなしにジプトーンの天井の不規則な模様を見ていた。
エアコンの空調機が、かすかに空気を振るわせているのがわかる。
白すぎる蛍光灯の光が、目に見えないような速さで、チラチラと瞬いている。
視線をそのまま窓の外へ向けると、時刻はもう夕方で、おまけに雨が降っているせいで、ひどく薄暗かった。
チェン先生は窓辺にいき、男のその視線を遮るように、遮光カーテンを閉めた。
そして吊り戸棚のところまで戻り、フェイスタオルを取ろうとした。
そのときだった。
男が、突然、身体に電気でも流されたかのように、全身をピンと緊張させ、ひとしきり痙攣したあと、はじめて言葉を口にするのだった。
「待ってくれ、先生よ」
チェン先生はその瞬間、冷凍されたかのように、そのままのカタチで動作を止めた。
男の声はひどくひび割れていて、聞き取りにくかった。
高い声と、低い声が混じり合っていて、まるでふたりの人間が同時に同じ言葉を話しているような、そんな感じだ。
ボリューム的には、高い方の声が、低い方の声より勝っているようにチェン先生には聞こえた。
そしてしばらくしてから――ポーズボタンを解除されたように――彼女は動作の続きをしはじめた。
「まあ。はじめてしゃべってくれたわね。どうか、した?」
彼女はタオルを手にしたあと、男の方を振り返って、訊いた。
「今日はよ、このマスクを取ってから、シャンプーしてほしいんだ」マスクの男は、言った。
チェン先生はしばらく黙っていたあと、何かを感じ取ったかのように小さく頷いた。
「もちろん。いいわ」
To be continued.