第1449回('21) 紀勢本線津市内の駅と草津線の駅で降り鉄して帰宅。 | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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前回の続き…  
 
2021年8月7日~8月10日、前年に続きコロナ禍ということで、この年もお盆休みは極端な遠出を避けて近畿地方内、主に和歌山県と三重県を目的地として乗り鉄・降り鉄の旅行に出かけました。もちろん新型コロナウイルスの感染対策を徹底いたしました。3日目を除き、『青春18きっぷ』を利用しました。
紀勢本線を中心に未訪問駅を降り鉄していきましたが、途中、参宮線や近鉄山田線にも手を出しました。台風の影響も多少ありましたが、概ね晴天でした。帰宅した後は1週間ほど雨が続いたので、早いうちに出かけておいて良かったですw 
 
今回は最終4日目後半の内容です。
午後は紀勢本線の津市内の駅である阿漕駅と一身田駅を訪問してから関西本線~草津線~東海道本線経由で帰路につきましたが、途中、草津線の駅を中心に降り鉄をしていきました。そして南草津駅で夕食後は新快速で一気に兵庫県加古川へと帰りました。この日は『青春18きっぷ』を使用しました。
  
今回の日程 2021年8月11日  (火)   【後半】  
 
津1236(下り普通)1239阿漕1318(上り普通)1327一身田1430(普通)1444亀山1514(関西本線)1539柘植1608(草津線)1613油日1651(普通)1659寺庄1724(草津線→琵琶湖線)1806南草津1839(琵琶湖線→JR京都線→JR神戸線・新快速)2025加古川  
 
【帰宅】  
 
これまでは多気方面から紀勢本線を北上してきましたが、津駅からは一旦南へ戻ります。乗車したのは12時36分発の下り普通・鳥羽行きで、車両はご当地おなじみのオールロングシート車・キハ25形2連でした。乗り込んだ後部車両は半分程度の席が埋まっており、私は空席に座って道中は市街地の車窓風景を眺めました。右側を近鉄名古屋線の電化複線が並行しており、途中には近鉄の津新町駅があります。JRは津新町駅の横を通過し、岩田川を渡って近鉄線が離れると列車は阿漕駅に到着し、私は下車しました。阿漕駅は津市街の南端部にある駅で、構内はそこそこ広いです。戦前は近くに中勢鉄道線(名松線の伊勢川口駅との間を結んでいた非電化ナローゲージ路線)の阿漕駅がありました(国鉄線とは接続していませんでした)。ちなみに私は2013年にも当駅を訪問していて、当時は立派な駅舎がありましたが、後に解体され、今は待合室一体型の簡易駅舎になっています。利用客も少なかったです。
 
 

 

 

2013年当時は立派な木造駅舎が健在でしたが……。

 
阿漕駅からは再び亀山方面へ進みます。13時18分発の上り普通・亀山行きに乗車しました。キハ25形2連で、乗り込んだ先頭車両は空いていて、ロングシートに腰掛けました。おそらく1駅手前の高茶屋駅で「イオンモール津南」の買物客が大挙下車したものと思われます。道中は再び市街地の車窓風景を眺めました。津駅では半数程度の乗客が入れ替わりましたが、乗車率は横ばいで客数が少ないままでした。津駅を発車後はまず近鉄線が右へ離れ、次いで特急『南紀』や快速『みえ』が走る伊勢鉄道線が右へ分岐し、車窓風景も一気にローカル化しました。そして私は津駅の次駅である一身田駅で下車しました。入れ替わりに一定数の高校生が列車に乗り込みました。
 
 

 

 
一身田の読みは「いしんでん」です。1923年に改築された立派な駅舎が現存していますが無人駅でした。駅前は市街地で、数分歩くと町のシンボルである専修寺(せんじゅじ)があります。「一身田専修寺」「本山専修寺」「高田本山専修寺」とも言われており、立派な山門とお堂を構えていて、遠くからでも見渡せます。周囲は駅前も含めて寺内町で、昔ながらの雰囲気が残っています。また、専修寺の裏手には私立の高田中学校・高等学校があり、私が駅へ戻ると数人の高校生が列車を待っていました。夏休みかつ14時台なので数人レベルですが、普段はラッシュ時に非常に多くの通学生が乗降します。そのため、一身田駅の利用客は松阪駅に次いで多いようです。生徒たちのためにもせめて『TOICA』が利用可能になれば……と思います。
 
 

 
一身田駅では1時間の待ち時間を過ごし、14時30分発の普通・亀山行き(キハ25形2連)に乗車。高田高校以外の高校生が既に乗っていて車内は結構席が埋まっており、私は2両目の最後部ドア脇での立席を選択しました。道中は丘陵地の車窓風景を眺めて過ごしましたが、下庄駅(2020年に下車したため今回はパス)の先にはトンネルもありました。そして鈴鹿川を渡ると左へカーブして電化単線の関西本線に合流し、列車は終点の亀山駅に到着しました。亀山駅も2020年に降り鉄したので今回は改札を出ませんでしたが、2021年3月にJR西日本の『ICOCA』のエリアにも入ったため(但し、定期券を除き亀山駅を跨いで名古屋方面への利用は不可)、自動改札機に変化があったかもしれません(加茂方面から『ICOCA』で出場の際は有人通路に設置の簡易カードリーダーにタッチする必要があり、自動改札機は通れません。尚、入場時は加茂方面でも自動改札機を利用可能です)。ちなみにJR東海側は『TOICA』が関西本線で利用できるものの、紀勢本線はエリア外です。『TOICA』も定期券を除き亀山駅を跨いで奈良・京都方面への利用はできません。
 
 

 
亀山駅からは関西本線~草津線~東海道本線ルートで家路につきます。次に乗車したのは15時14分発の関西本線下り普通・加茂行きで、車両は「乗り鉄」にあまり好かれていないかもしれない小型気動車キハ120形で0番台で、しかも単行でしたw 1年前に同じ時刻の列車に乗った時は2両編成だったような気がしましたが、コロナ禍で減車したのでしょうか。また、車内はオールロングシートで、遠方からローカル線を旅するには最悪レベルの車両ですw まぁトイレが追設されただけ若干マシですが…。私は先頭に並んでいたのでいいポジションの席を確保できました。しかし、次から次へと乗客が乗り込んできて、たちまち満席になり、いわば「密」状態になりました。しかもキハ120形は固定窓なので、デルタ株がまん延していた時期でもありほぼ全乗客が心配だったのではないでしょうか。
 
列車は定刻に亀山駅を発車し、農村部を西へ走ります。私は車窓風景を眺めましたが、ロングシートで満席のため、満足に景色を楽しめませんでした。まぁ、この区間は何度も乗っているので風景は知っているのですが…。そして加太越えを終えると列車は伊賀地方に入り柘植駅に到着。私はここで下車しました。結構多くの人が下車して、草津線ホームへと移動していました。私も草津線に乗り換えるのですが、30分近くの待ち時間があるため、ここで駅観察を敢行しました。ホームを撮影してから駅舎と駅前を撮影しました。乗換駅で構内も広いですが、駅前は賑やかさがなくローカルな風景でした。
 
 

 

 
その後は草津線ホームへと移動して、16時08分発の普通・草津行きに乗車しました。緑色の113系4連で、私が乗り込んだ最後部車両は他に誰も乗客がおらず、貸切状態でした。
 
 

 
私はクロスシートに着席して、道中は車窓風景を眺めて過ごしました。まだ時間があるので、草津線の駅も降り鉄しようと思います。そして私は1駅目かつ滋賀県に入って最初の駅である油日駅で下車しました。単式ホーム1面1線の駅ですが、南西側に立派な駅舎があり、駅員がいました(簡易委託駅です)。駅周辺には集落が形成されていましたが、商店が見られませんでした。商店街は駅の裏側の街道沿いにあるようです。
 
 

 

 
油日駅では後続の16時51分発の普通・京都行きに乗車。こちらも113系4連でした。まだまだ頑張っている113系ですが、201系が淘汰された後は置き換えが着手される予定で、おそらく本線系に225系または後継形式を投入して、余剰となった223系を京都(近キト)に転属させて玉突きの形で113系や117系を廃車にするのでは…と予想します。最後部車両は3~4人のみとガラガラで、今回もクロスシートに座って道中はローカルな車窓風景を楽しみました。1駅目の甲賀駅は前年に訪問済みなのでパスして、2駅目の寺庄駅で下車しました。寺庄駅も1面1線の駅で、南西側に駅舎がありますが、駅舎から北東側へ自由通路の跨線橋が延びていて、外からは橋上駅舎にも見えます。駅前は郊外で住宅や商店が少ないですが、寺庄の中心部は約500m南西の街道沿いになります。
 
 

 

 
17時を過ぎ日が傾きだして、また連日の暑さでバテてきたため、降り鉄はここで終了としました。途中で食事をして家路につきます。寺庄駅からは17時24分発の普通・京都行きに乗りました。今度は221系4連でしたが、より古い113系に乗っていると30年選手の221系でも新しく見えてきます。30年近く前、地元のJR神戸線の快速で113系と221系が混用されていて、221系が来た時に嬉しかった事を思い出しました。私は最後部車両に乗り込みましたが車内は空いていました。転換クロスシート窓側席に座り、水分補給をしてからしばらく車窓風景を眺めて過ごしました。空いていた車内は2駅目の貴生川駅から1駅ごとに乗車率が上がりました。私は夏休みでしたがこの日は暦の上では平日で、途中駅において帰宅する通勤客が次々と乗り込んできて、石部駅までに満席となり立客も見られるようになりました。草津線は一見ローカル線に見えますが、幹線に指定されているように意外と輸送量が多い線区です。
東海道本線【愛称:琵琶湖線】との接続駅である草津駅では多くの人が下車しましたが、代わりに乗車する人は少なかったです。列車はやや身軽になって琵琶湖線へと直通し、京都を目指します。そして私は琵琶湖線に入って1駅目の南草津駅で下車しました。
 
 

 

 
前年に同じように紀伊半島を乗り鉄した際は最後に南草津駅を「降り鉄」しましたが、今回は降り鉄ではなく食事のために立ち寄りました。下車後は東口駅前の商業施設「フェリエ南草津」1階にある「ケンタッキーフライドチキン」で夕食を済ませました。
 
 

 
食事後はすぐに南草津駅へと戻り、18時39分発の下り新快速・網干行きに乗車しました。223系8連+4連の12両編成で、私にとっては当たり前の両数ですが、これまで短編成の路線ばかりに乗っていたため、12両が異様に長く見えたと同時に旅行気分から現実へ引き戻された感じにもなりました。私は先頭車両(8連側)に乗り込みましたが、夕ラッシュ時であり窓側に空席はありませんでした。通路側には空きがあったため着席し、道中は車窓風景をまともに眺められないため、スマホを操作していました。停車駅ごとに少しずつ乗車率が上がり、京都駅では大量下車があったものの入れ替わりにそれ以上の人が乗り込んできて満席になりました。その次の高槻駅では隣の窓側席に座っていた男性客が下車したため、私は窓側席に移動しました。しかし、もう暗くなってきたため車窓風景はほとんど眺めずに引き続きスマホを操作しました。大阪駅では大半の乗客が入れ替わったものの乗車率は横ばいで、三ノ宮駅では多くの人が乗ってきてドア付近は混雑状態になりました。神戸駅~明石駅で最も乗車率が高くなりましたが、明石駅で多くの人が下車し、西明石駅発車後に補助席が使用可能になると立客が激減しました。そして私は居眠りをせずに、20時25分に到着した加古川駅で下車しました。すっかり暗くなっていました。
 
 

 
有人改札で『青春18きっぷ』を提示して駅の外に出ました。コロナ禍であり、20時台でも街はひっそりとしていました。私は寄り道せずに自宅へ直行しました。
これにて3泊4日に及ぶ紀伊半島乗り鉄を終えました。
この数日後に兵庫県も緊急事態宣言が発令となり、8月と9月は乗り鉄に行けずじまいでした。次の乗り鉄は10月まで持ち越しとなりました。
 
 
(つづく)
 
 
今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません  
 
 
(参考:Wikipedia)