みなさん、こんにちは。
生前対策・家族信託コンサルタント
司法書士の斎藤です。
好評いただいている
書籍ブログの原稿
第5回目を公開します。
今回は、家族信託の法務と税務の基本である
信託期間中の法務税務、
なかでも特に注意が必要な損益通算禁止に
ついて解説しています。
この仕組みをしっかり理解しておかないと、
思わぬところで、
依頼者から、なぜ損益通算という制度があることを
いってくれなかったのか?
この制度を知らなかったせいで
税額があがってしまったという
専門家の説明責任
を問われるリスクを抱えてしまいます。
今回の記事を読めば、
基本的な信託税務の理解が
進むとと思います。
書籍化前の原稿ゲラですので、
誤字脱字はご了承ください。
それでは、どうぞ(^^)/
3 信託期間中
(1)信託財産の範囲と資産組換え
家族信託を行うことにより、信託契約で定められた信託財産のほか、 信託財産に属する財産の管理、処分、滅失、損傷その他の事由により受託者が得た財産も信託財産となります(信託法16①)。例えば、「賃貸用不動産(アパート等)」が信託財産である場合、賃貸用不動産が信託財産となるほか、信託期間中に賃貸用不動産から得られた「賃料収入」、信託金融資産である預貯金から得られる利息、賃貸用不動産を売却した際の「売却代金」、換価後の金銭で購入した「新たな不動産」も信託財産となります。つまり、信託財産から得られた財産も当然信託財産となります。
父郎さんの事例でも、信託財産として不動産や金融資産を組み入れておけば、委託者兼受益者である父郎さんが仮に認知症になったとしても、受託者である一郎さん、花子さんは信託財産を信託契約で定めた内容に基づき財産の管理・運用・処分をすることができるので、成年後見制度では難しい認知症後の資産の組換えなども行うことができます。
信託財産から発生した経費等(信託財産責任負担債務(信託法2②九、21)については、当然に受託者が信託財産から支払う必要があります。
受託者は、金銭、家賃等を信託口口座で分別管理し、固定資産税の納付書も受託者宛に送付され、信託財産に関する諸費用(固定資産税、不動産の管理費用等)を信託口口座から支払うことになります。
(2)信託期間中の税務手続き
① 信託財産からの所得の帰属
税務上、信託の受益者が当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、信託財産に帰属する収益物件からの家賃・利息などの収益と諸費用は、受益者の収益及び費用として受益者に帰属し(所法13①、法法12①)、受益者の所得となることから受益者は毎年確定申告をする必要があります。
②信託の計算書の提出
ⅰ)原則
信託会社以外の受託者は「信託の計算書」「信託の計算書合計表」を、毎年1月31日までに税務署長に提出する必要があります(所法227)。
ⅱ)例外(金額基準による提出不要の例外)
各人別の信託財産に帰せられる収益の額が3万円(信託の計算期間が1年未満の場合は1万5000円)以下である場合は、信託の計算書の提出の必要はありません(所規96②)。
ⅲ)例外が適用されず、提出が必要となる場合
次に掲げる場合に該当する場合は、上記の金額基準に当てはまる場合であっても、信託の計算書の提出が必要となります(所規96③)。
一 特定寄附信託である場合
二 信託に帰する収益の額に、租税特別措置法第8条の5第1項第2号から第7号(国もしくは地方公共団体又はその他の内国法人から支払いを受ける利子等又は配当等、内国法人から支払を受ける投資信託の収益の分配などその他)に掲げる利子等などがある場合
三 租税特別措置法第41条の12の2第3項(割引債の差益金額に係る源泉徴収等の特例)に規定する特定割引債の同項の償還金等がある場合
四 租税特別措置法第41条の12の2第1項第2号に規定する国外割引債の償還金で同法第37条の11第2項(上場株式等に係る譲渡所得等の課税の特例)に規定する上場株式等に該当するなどの割引債に係るものが含まれる場合
一般的に実家や金銭など収益が生じない財産を信託財産とした場合には、信託計算書の提出は不要となりますが、アパート、駐車場など収益が発生する財産を信託財産に組み入れた場合にはⅱ)記載の金額基準を超過することになるので、信託の計算書の提出が必要となります。また、投資信託などの金融商品を信託財産とした場合にも上述の通り信託計算書の提出が必要となるケースがあるため、事案に応じて信託計算書の提出が必要かどうか組成時に税理士に確認することが必要です。
③ 提出先
受託者の事務所、事業所その他これらに準ずるものでその信託に関する事務を取り扱うものの所在地の所轄税務署長に提出しなければなりません(所規96①)。
父郎さんのケースでは従前と同じく毎年の確定申告を父郎さんは行う必要があり、3万円超の収益がそれぞれあるため、受託者である一郎さん、花子さんはそれぞれ信託の計算書等を作成する必要があります。
(3)信託財産(信託受益権)の評価
信託財産に属する不動産、金融資産、自社株式などの資産や諸経費などの負債は受益者が有するものとみなされますが(所法13①、法法12①)、その評価はどうなるかというと、財産評価基本通達に定めるところにより評価した課税時期における信託財産の価額によって評価します(評基通202)。
信託受益権の評価については財産評価基本通達において、①元本と収益との受益者が同じ場合、②元本と収益との受益者が異なる場合(複層型信託)とがありますが、ここでは財産管理・遺産分割対策として活用する家族信託をテーマにしていますので、①の元本と収益との受益者が同じ場合の信託受益権の評価について説明していきます。
信託受益権の評価額については、信託財産を受益者が有しているものとみなして、各信託財産を課税時期における「相続税法上の評価方法により評価した金額(所有権の評価)」でそれぞれ評価し、計算を行います(評基通202(1))。
受益者が生存中に、受益権を贈与した場合はもちろんのこと、信託契約の定めにより受益者が変更されるなど、適正な対価(売買代金等)がないまま、受益権が前受益者から新受益者に移動した場合には、新たに受益権を取得した新受益者は前受益者から贈与により取得した者とみなされ(みなし贈与)、受益権取得時の信託受益権の評価額をもとに贈与税が課税されます。
適正な対価を受けていれば、通常の売買と同じく、新受益者側は課税されず、前受益者側に譲渡所得があれば課税されます。また、前受益者の死亡を原因として、新たに受益権を取得した新受益者は、遺贈により取得したものとみなされ、相続税が課税されます(相法9の2②)。なお、不動産についての受益者変更があった場合、その受益者変更の登記をすることになりますが、その際の受益者変更登記の登録免許税は不動産の数×1,000円、不動産取得税は非課税となっています。
そのため、受益権の移動に伴い、贈与税が課税されるのか、相続税が課税されるのかということを信託組成時に確認し、思いもよらない課税問題が発生しないよう設計をする必要があります。
受益権の移動があった場合には、税務上の手続きとして、受託者は、信託財産の相続税評価額が50万円以下を除き、受益者の変更(贈与・相続等)が生じた日の属する月の翌月末日までに「信託に関する受益者別調書」「信託に関する受益者別調書合計表」を所轄の税務署に提出しなければなりません(相法59②二、相規30③一)。相続時においては信託財産に不動産が含まれる場合には、要件を満たせば小規模宅地等の特例や配偶者控除が適用でき、売却時には居住用不動産の3000万円控除などを適用できますので、これらの特例を考慮して、組成する必要があります。
実家の管理やアパートなどの収益物件を複数所有しているケースでの家族信託の適用について注意しなければいけないのが、損益通算の禁止の規定です。
信託財産から生じた不動産所得の損失は、当該信託財産以外からの利益と相殺することはできず、損益通算の対象になりません。また、信託財産から生じた損失を翌年へ繰越すこともできません(措法41の4の2①、租令26の6の2④)。
例えば、相談者がAアパートとBビルを所有していたとします。Bビルを信託財産として長男を受託者とする信託契約をし、Aアパートは新契約の中に入れず、自身で管理することにしました。その場合、相談者は信託契約に基づきAアパートとBビルの受益権を所有していることになります。ある年にAアパートの所得は連年通り600万円となりました。Bビルについては大規模修繕を行い、その年の所得は経費を支払った結果、-300万円となりました。Bビルが通常の所有権であればAアパートの所得600万円と合算することができ、不動産所得は+300万円となりますが、信託をした場合には、信託していない不動産(Aアパート)の利益である+600万円と信託をした不動産(Bビル受益権)の-300万円の損失を損益通算ができないので、Aアパートの600万円の不動産所得に対して課税されます。また、Bビルが通常の所有権であれば当該損失は翌年以降への繰越しが認められますが、Bビルは信託財産であるため、損失を翌年へ繰越すこともできません。
信託を組成することにより、損益通算ができないという問題があるため、依頼者の資産状況と将来の大規模修繕を勘案して検討していく必要があります。ただし、認知症対策として家族信託を組成する場合には、時間の経過とともに委託者の判断能力の減退の問題が生じてきますので、家族信託をすることによる財産管理、遺産分割対策のメリットと節税、信託をしないことによるデメリット(判断能力喪失により、資産の有効活用ができなくなる)を検討し導入時期を見計らう必要があります。
また、複数の信託契約を組成するときも注意が必要です。依頼者の状況に応じては、財産ごとに受託者を別人にする、帰属権利者又は第二受益者など当初受益者以降の財産取得者ごとに信託契約を分けるといった対策を行うことがあります。不動産を信託財産とする信託契約が複数ある場合には、信託ごとに計算を行うことから、複数の信託契約を合算して損益通算することもできません。
父郎さんの事例でも、受託者を一郎さんとする信託契約と受託者を花子さんとする信託契約としているため、別の信託であることからそれぞれの損益を通算することができません。別契約にするか、一つの信託契約にまとめるかは、信託契約を作成する専門家と税理士との間で将来を想定しながら、検討していく必要があります。
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