東華菜館。京都市中下京区四条大橋西詰斉藤町(さいとうちょう)

1992(平成4)年8月6日

 

四条大橋の西の袂にある北京料理のレストラン。近代建築としても有名で、全館、東華菜館が使っている。客は1食1万円くらいの心づもりで来るのかと思うが、5階建のビルが埋まるものなのだろうか?

建物は、設計=ヴォーリズ建築事務所、施行=大林組、構造=鉄筋コンクリート造5階建、1926(大正15)年、西洋料理店「矢尾政」として竣工した。外観の様式は「スパニッシュの中でもスペインバロックと呼ばれる過剰な装飾を特徴とする」(一粒社ヴォーリズ建築事務所>建築作品>東華菜館)。

ヴォーリズの設計した作品には教会と学校が多く、『ウィキペディア>ウィリアム・メレル・ヴォーリズ』に載っている商業建築は、銀行を除くと、東華菜館と大丸心斎橋店(1933年、大阪市)だけである。

東華菜館の「歴史」には、「大正の頃よりビアホールブームが始まっており、大正13年、「矢尾政」二代目店主・浅井安次郎氏が新しいビアレストランをイメージし、その設計をウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏に依頼」とあるだけで、詳しいことは分らない。

「戦時色が深まる中、洋食レストランの存続が許されない状況になり、浅井安次郎氏はこの建物を中国人の友人・于永善に託しました」というから昭和15年頃には店は休業してしまったのだろうか。戦後は、昭和20年末、北京料理の東華菜館として復活した。

 

京都市立立誠小学校。京都市中京区蛸薬師通河原町東入ル備前島町(びぜんじまちょう)。1992(平成4)年8月6日

 

『ウィキペディア>京都市立立誠小学校』によると、立誠(りっせい)小学校は、1869(明治2)年に「下京 第六番組小学校」として開校した。場所は河原町三条の大黒町。1877(明治10)年に立誠小学校に改名している。1924(大正13)年、新京極の大火により校舎が類焼、それを契機に現在地に移転するのだが、決行までにはゴタゴタがあったようだ。

写真の校舎は、1928(昭和3)年1月竣工、設計=京都市営繕課、施行=不明、鉄筋コンクリート造3階建のロマネスク様式の外観。校舎は北棟と南棟があり、その間を玄関の棟が結んでいる。

正面玄関へは木屋町通(きやまちどおり)から高瀬川に架けられた石橋を渡って入るのがいい雰囲気だ。橋の名前が分らない、というより名前があるのかも分らない。校舎の建設に合わせて架けられたのだとは思うが。

 

立誠小学校は児童の減少により、1993(平成5)年3月で閉校して高倉東小学校に引き継がれた。最後の卒業生は11人。その後、校舎は「元・立誠小学校」の名前でさまざまなイベントに使われてきた。

2020(令和2)年7月に、校舎の西に8階建の、ホテルなどが入る新館を建築して「立誠ガーデン ヒューリック京都」が開業した。

当記事の写真は閉校する半年前のもの。

 

北村カメラ店。京都市中京区大黒町(だいこくちょう)33。1992(平成4)年8月6日

 

河原町通の河原町三条交差点の南西の家並み。ストリートビューを見ると、写っている建物は全て現存している感じだ。店は全て替わっていると思う。写真からは左のビルが「ロッテイリア」。その右は写真では分らない。そして「カメラの上田」。その右は「天津あま栗」「京菓子」が読める。その右は交差点の角になる。建物上の広告「EL POLLO LOCO」が店名なのだろうか?

2009年10月のSVでは、上田カメラ店の2階の広告が外されて建物が見えている。両隣と同じように洋風の看板建築だ。

 

ハマムラ美容室。京都市中京区大黒町(だいこくちょう)。1992(平成4)年8月6日

 

河原町通の河原町三条交差点のすぐ南で、写真左の路地は南大黒橋通。その角のハマムラ美容室の木造3階建と思われる洋風の建物はいつ頃の建築なのだろう。ストリートビューを見ると、2014年6月に取り壊しが始まっている。今は路地の奥に建ったホテルへの通路のようになっている。

ハマムラの右は「京都共栄銀行」。『ウィキペディア>京都共栄銀行』によると、第二地方銀行で、1997年に経営破綻、1998年に幸福銀行などに営業譲渡している。写真の店は「河原町三条支店?」あるいは「中京支店?」。2009年10月のSVでは「オーエスドラッグ」という薬屋になっている。

写真右は「HONKO…」と読めるが、2009年のSVでは「MIKADOⅡ」というパチンコ店。白い外観を取り去ると、2015年のSVで見られる3階建のかなり古そうなビルだ。2024年頃に現在のニッケイ(ナイキ京都店)の外観に改装したようだ。

 

サノビル。京都市中京区米屋町(米屋町)。1992(平成4)年8月6日

 

河原町通の、四条河原町交差点のすぐ北にある小さな3階建てビル。縦長の窓、壁上部の六角形を伸ばしたような形の飾りなどで昭和初期の建築のように見える。繁華街にあって現存している。「SANO」の看板がある(今はない)のと、2009年頃に建物右上に「SANO BLDG.」の字が取り付けられたのでビルの名称が分かる。

右の「ナガサキヤ」は「カステーラ」を売っているので洋菓子店らしい。『ウィキペディア>ナガサキヤ』の「株式会社ナガサキヤ」だろうか? だとすると、「1995年に河原町通に新築した本社ビル」「2000年7月に事業不振などで倒産」などとある。今は「河原町オーパ」のビルになっている。

京都高島屋。下京区四条通河原町西入真町(しんちょう)52。1992(平成4)年8月6日

 

京都高島屋の角は四条通と河原町通の交差点で、京都の商業地区の中心といっていいそうだ。建物は、今は全面ガラス張りに改装されているが、写真はそうなる前の外観。

写真のビルがいつの竣工なのかはっきりしないが、『ウィキペディア>高島屋』および『高島屋資料館>高島屋の歴史』に「1948(昭和23)年10月1日、現在地に移転」「1950(昭和25)年 京都四条店第1期増築完成」とあり、1950年代初め頃と思われる。

現在の外観は「1994(平成6)年9月、京都店全館増築完成グランドオープン」のときに改装されたのだろう。

辻医院。京都市中京区東洞院錦小路下ル阪東屋町(ばんとうちょう)

2008(平成20)年3月10日

 

烏丸通の大丸京都店の西、洞院通りを北へ入った所にある医院になっているビル。外観からは大正期から昭和初期に建てられたと思えるが、そのへんはネットでは不祥である。六角形の太い柱が3階の上まで通っているのと縦長の窓が並んでいるのが特徴。3階の壁が1・2階のそれと比べてきれいなので増築したようにも見える。辻医院はそのHPに、現在の院長が平成2年に開業したという。

 

白青舎

 

辻医院の右に2階建の部分が続いている。辻医院と同じ建物かどうか分らないが同時期の建築のように思える。4軒長屋のようになっている。「株式会社白青舎/株式会社関西白青舎」の看板が掛かっている。こちらの部分はストリートビューを見ると、ごく最近取り壊された。

レトロな建物を訪ねて>京都の辻医院』と『同>京都の関西白青舎』で詳しく紹介されている。

 

 

 

大丸京都店。京都市下京区四条通高倉西入立売西町。2008(平成20)年3月10日

 

山陰百貨店―日常を観光する―>大丸京都店』によると、大丸京都店が四条烏丸の現在地に開店したのは1912(明治45)年10月で、建物は鉄筋木造3階建てだった。それが1921(大正10)年に火災で全焼、再建されて鉄筋コンクリート造6階建で竣工したのが1928(昭和3)年。ヴォーリズの設計による。1964(昭和39)年に大改修が行なわれ、外観も内部も大幅に改修されてヴォーリズの面影はほぼなくなったという。当時はクラシックな外観はどこにでも見られる普通のもので、現代的なすっきりしたものでないと大衆にアピールしないというのが通り相場だった。写真はそのときの外観である。東面(錦小路通)に古い壁面が残っている。

上の写真で建物の中央3階の壁に架かっているのはブロンズの孔雀像。1965(昭和40)年に設置されたもの。

2014(平成26)年には再度外観の改修が行なわれ、本店である大阪心斎橋店を意識したものに変わった。

 

重信会館。京都市下京区中珠数屋町通東洞院東入廿人講町(にじゅうにんこうちょう)

2008(平成20)年3月9日

重信会館(じゅうしんかいかん)は東本願寺から正面通を行って渉成園との間にある昭和初期に建てられたビル。今は蔦がからまって廃墟のように見える。そういうのに惹かれる人もいるのだろうが、きれいにしておいた方がいいと思う。

「重信会館」をネット検索すると、「京都モダン建築祭」というイベント絡みで紹介されているサイトが出てくる。そんなサイトの一つに、会館内の説明書きが紹介されていた。書かれている組織のことなどよく分らないのだが、どう使われてきたのか説明されているので流用しておく。

重信会館は本山の会計常務委員等を務めた篤信門徒の田代重右衛門氏によって

1930(昭和5年)年に喜寿の記念として真宗教学を深く研議する学舎にとの願いから竣工されました。

設立当初は、真宗大谷派宗学興隆財団の事務所として登録されました。

1932年7月には財団法人真宗大谷育英財団に寄進され、主に大谷大学の学生寮として運営されてきました。

また、教学研究所が使用していた時代もあり、その時には「真宗聖典」の編集が行われました。

老巧化が進み、2001年3月31日をもって閉寮しました。

建物は、竣工年=1930(昭和5)年、用途=寄宿舎、構造=鉄筋コンクリート造・地上3階、地下1階、

設計=竹内建築事務所(竹内緑)、施工=竹中工務店。

玄関周りのアールデコの模様と要所に配された丸窓、正面から横に回り込む水平線が特徴。

 

 

重信会館。2008(平成20)年3月9日

いづそう。京都市下京区正面通烏丸東入廿人講町(にじゅうにんこうちょう)。

2008(平成20)年3月9日

 

東本願寺の烏丸通の向かい側、正面通りに入ったところ。写真左は、烏丸通との角の店。「平安法衣店」になるのだろうか。写真中央が写真では「いづそう」という呉服店でギャラリーもやっているようである。現在は「Tフロント・東本願寺」(2009年2月築、5階建30戸)というマンションに建て替わっている。「いづそう」はネット検索では情報は得られなかった。

いづそうの右は「詰所飛騨(宿泊所)、小玉薫玉堂、寺嶋念珠老舗」で、現在も変わらない。小玉薫玉堂はストリートビューを見る限りでは営業していないようにみえる。

 

いづそうのタバコ自販機。2008(平成20)年3月9日