下北沢は初めてである。「若者の町」として知られていて、渋谷の如くごった返しかつガラの悪いところかと思い、行く気にもならなかったのである。しかしこのようにやむを得ない状況下、「シモキタ」の地に立つことになった。

ところが、到着してみる(写真は下北沢。香港の一角に見えなくはない…)と予想とは違う。騒々しくも込み合ってもいない、落ち着きがあるけれど、明るい雰囲気であった。黄髪顔黒の輩もいない。正月明け、土曜の夜というこの時が特別なのだろうか。古着屋の店員も人擦れなところが感じられず、穏やかである。率直に言ってこの町が気に入った。

しかし家庭的な風すら感じれられるよい町であるが、一時間半歩き、探すも肝心の白ズボンが見つからないのである。どこの店員さんに聞いても「白は春・夏でもそうないですから、この時期はちょっと…」という答えが返ってくる。スーツを扱っている店でも同様であった。チノパンでもいいからと最後、再びその店で探していたら…

あった、しかも安売り2000円! 店員の言うことにもいい加減なことはある。これで黒ズボンを白に潰すことはなくなった。黒の方はベロー〇ェのユニフォームで使えるだろう。(ベロー〇ェでは白のワイシャツに黒ズボンがユニフォームである) そこで会計を済ました時、既に午後八時をまわっていた。すでに疲労困憊である。帰宅して諸準備できるのか?防具袋、竹刀(&etc入り?)袋二個、カバン、紙袋二つを携え帰路、電車に乗り込む。

帰宅。眠い…しかしやらねば。白衣の改造は苦戦。まず目安として自分の背広をもってきて見較べる。白衣の長い箇所を切る、切った部分を縫って調える。黒いボタンにする、ボタンの位置を変える、ボタンを掛ける切れ目を入れ、元の切れ目を埋める…。よし、いくか!
羽賀道場の稽古の後、渋谷の「ドン・キホーテ」、「東急ハンズ」に赴く。しかし白スーツはなかった。仕方がない。新宿、上野のアメ横にあるだろうと思い、渋谷をあとにしようとするも途中、地下街で白ハットが売られているのが目に入った。そういえば永ちゃんスタイルなら、白ハットも、と頭をよぎった。

新宿でも「ドン・キホーテ」、「東急ハンズ」はある。東急ハンズではモニターで「マツケンサンバⅡ」の音楽と映像が流れていた。CD、DVD、衣装、そしてヅラ、までもが売られていた。実に時宜に適った商売である。「マツケン」コーナーに人だかりが絶えることはなかった。しかし、そこでも白スーツはない。途方にくれた。

「マツケンサンバⅡ」が流れる中途方に暮れていた。しかし、セーラー服の横にお医者さんのコスプレ白衣(写真)を発見したのである。これならば裁縫でチョイと繕えば白ジャケットになる。よし、とレジに向かった途中、ハットが目に留まった。ビニール製の黒のソフト帽である。これも使える! カラースプレーで白くすれば白ハットの出来上がりである。もはや背広にこだわる必要なかった。この二つをgetした今、あとは白のズボンさえあればいいのである。

しかし「東急ハンズ」、「ドン・キホーテ」いづれも白ズボンは見つからなかった。しかし「ドン・キホーテ」のケバケバしい雰囲気でかなり気分が悪くなった。カップルの客が「こんなに(品物を)積み上げてちゃ火事になるよねー」と時事的な話をしているのを脇で聞き、更に気分が悪くなった。どうしようか?

結局¥1980の黒のスラックスを買った。やむをえない時はこれをハット同様スプレーで白にするつもりである。ムロン一度しかはけないだろう。覚悟して店を出、一応上野のアメ横に足を伸ばすか、でもあるかどうか怪しいしな。もういいか、稽古行こうかと南口に入った時、やっと気付いたのである。

下北沢があるではないか。古着の町として有名な下北沢の存在をようやく思い出した自分の鈍感さを憎みつつシモキタへ。夜の稽古は残念ながら出られそうにない。
本日は羽賀道場の初稽古。そこで一つ発見というか気付いたのだが、自分より強い相手との稽古、そうでなくても自分の旗色が芳しくない稽古の場合、特に足を使った横の動きを絶えずすることが有効である。それも小さく多くするのが望ましい。狙おうとしてじっとしていると、ここぞと言う時に体が動きにくい。しかしこれも相手に依るところがあるのだろう。

さて翌日は剣道同好会の追い出しコンパ(通称追いコン)である。かねてより矢沢永吉の如く素肌に白背広をするべし、と同期の総意ができていた。遡ればこれより一月以上前、贈答品を何にするかの話し合いの際である。雑談で何も男子もスーツにタイでなくてもいいのではということになったのだが、その時自分が「白背広に黒シャツならシブイだろうな」と呟いた。その時は写真(これも矢沢永吉)の如きイメージを持っていたのだが、黒シャツの箇所が伝わらず「中川白スーツ?永ちゃんみたいに!?じゃあ素肌に白スーツね」と本当にトントンと総意が形成された。その時は生返事にしておいた。何分白の背広は持っていなかったし、どこかでその場の冗談だと信じていた。まあ万一やるとしたら貸衣装で調達できるであろう。

ところがどうやらこの総意、冗談ではすまない空気にまで昇華されるようになった。「やるんだろ?」的な雰囲気である。しかし、ネットで貸衣装を検索し、電話で問い合わせても白背広はどこも置いていなかったのである。こうした不協和音が鳴りかねない中、ついに追いコン前日を迎えていた。もはや貸衣装ではなく買いそろえるつもりであった。まあ「ドン・キホーテ」、「東急ハンズ」等のコスプレであるだろ、と楽観的ではあった。

最近いい映画(ビデオ)をみた。チャン・イーモウ監督、チャン・ツイー主演の「初恋の来た道」(原題は「我的父親母親」)である。下の表紙だけでは「こいつロリコンか」とこちらが疑われかないが、決してそんなことはない。イーモウ監督の作品は「英雄(ヒーロー)」を見たことがあるが、映像美とCGに溺れていて、少々意味不明な印象を受けた。したがってこの監督をさほど評価していなかったのである。しかし「初恋が来た道」を見た時本当にあの「ヒーロー」の監督なのかと驚かされた。「血と骨」と「クイール」における崔洋一並みのギャップである。

話の筋は恋愛映画・ドラマにおいては「近年稀に見る」ほど簡単である。寒村の教師として赴任してきた町の青年に田舎娘(チャン・ツイー)が惚れ込む。青年の朗読する声を聞き、また姿を見ようとするため彼女は毎日井戸の水汲みにかこつけ、わざわざ遠い小学校まで行く。また青年が生徒の送り迎えするのを張り込みもする。(ストーカーという指摘があるが、相手に迷惑を掛けていないことからそれには当たらないと思う) そしてやっと二人が会話をすることができたのも束の間、青年は町に呼び戻されることとなった。
彼が再会を約した日、彼女は吹雪の中道の脇で朝から立ち続ける。しかし彼は来ない。以後の数日も同様に立ち続けた彼女は心労の余り倒れ込でしまう。そのことをしった青年は無断で町を出て、彼女に会いに行くのだが再び町に連れ戻される。その二年後やっと彼女は村に戻った青年と結ばれることができる。

非常にシンプルな恋愛話である。(同時に当時の中国の寒村の状況を描く一面もあるが) しかも「私」が語り部となって自らの父母が如何に結ばれたかを話すのであるから、始めからハッピーエンドを分かって安心して観ることができるのである。複雑な人間関係や陰謀といったものは一切ない。曲折は青年が町に戻されるという(それも当時の半右派闘争のあおりによる「歴史的な」)ものだけである。

そんな簡単な筋立てでなぜ感動できるのか。まず特にチャン・ツイーが田舎娘の正直さを見事に出しているのを始め、出演者全員が本当に自然な演技をしている点である。(チャン・ツイーのデビュー作であるこの映画は特に若い男に人気があるのだそうだ。しかしこの映画を熱く支持する彼らは何もロリコンや都会擦れした日本の女に失望している輩だけではあるまい。)

次に映像美である。寒村に広がる雄大で美しい自然(冬は凄まじく寒そうであるが)が各シーンの背景となっていて、見るものに瑞々しい印象を残すのである。特に紅葉が本当に素晴らしい。 ただここで監督の映像技法に注意すべきである。この映画の序盤と終盤は「私」の父(かつての青年)が亡くなり、その葬儀をする「現在」なのであるが、その「現在」がモノクロなのである。つまり「私」の母親(かつての田舎娘)が愛する夫と死に別れた「現在」がモノクロなのである。そして母の瑞々しい記憶、「過去」がカラーなのである。この対比によって昔の母の思い出がぐっと魅力的になるのである。(母は結婚後父が死ぬまでの40年間小学校に行って彼の朗読の声を聞きつづけたほどであった。ちょっと有得ない?) ちなみにモノクロ映像で年老いた母は登場する。しかし年老いた父の姿を映したもの、遺影といったものは一切でない。観る者の立場を計算しつくした仕事である。

もっともこの過去と現在の対比を技法と見るか、人の主観や思いを素直に表現しているものと見るかは議論のあるところであろう。

そして流れる音楽の選曲、タイミングが絶妙なのであることもあげておこう。今一つ個人的に良かったのは青年と小学生の朗読(教科書に拠るものではなく青年のオリジナルとしている)である。朗読される文は五言か四言にと整えられていて、中国語の声調が本当に美しく聞こえた。青年の声も悪くはない。語句もまた「今と昔を知り、天と地を知る」など、たまらないものばかりである。

この映画をみて中国語を真面目に勉強しようという気になった。そして中国の田舎に行ってみたいと思った。別にそこにチャン・ツイーがいなくともである。(でもやはり……)




タイトル: 初恋のきた道
自分にとって初稽古。余りの寒さに「カチューシャ」を口ずさんでしまうほど。しかし、剣道場は暖房が効いている(今日教えて貰いました…)ので稽古中に寒さは問題なかった。

問題なのは稽古内容であった。久しぶりに後輩から稽古をお願いされて最後にこちらから一本勝負をお願いしたが、これがいけなかった。後輩から明らかに一本とられたが、言い出した当の自分がその段で負けを認めず竹刀を納めなかったのである。これでは一本勝負の緊張感がなくなってしまうし、一本勝負自体の意味もなくなってしまう。ましてや言い出したのが自分なのである。克己心に程遠い自分の卑劣さが非常に悔やまれた場面であった。稽古で打たれたら素直に認める。これは最低限の稽古における倫理である。今後この倫理に違わないことを誓わなければならない。

さて別の後輩との稽古では竹刀を落とされた。またしてもである。前に相手の竹刀を落としたらすかさず一本とるように言っておいたので、今度は決めの一本をそこでとられた。その後輩の話と自分の心当たりを考えるとどうやら近間で気を入れきれていない箇所があるようだ。去年最後の稽古で何度か突きを入れられたのも多分にこのことが関連しているように思われる。

十日ぶりの稽古で、しかもその十日間ろくに素振りをせず、おせちと餅に沈んだ生活のつけが来た感じだ。八日は羽賀道場の稽古である。どうなることやら…。