最近いい映画(ビデオ)をみた。チャン・イーモウ監督、チャン・ツイー主演の「初恋の来た道」(原題は「我的父親母親」)である。下の表紙だけでは「こいつロリコンか」とこちらが疑われかないが、決してそんなことはない。イーモウ監督の作品は「英雄(ヒーロー)」を見たことがあるが、映像美とCGに溺れていて、少々意味不明な印象を受けた。したがってこの監督をさほど評価していなかったのである。しかし「初恋が来た道」を見た時本当にあの「ヒーロー」の監督なのかと驚かされた。「血と骨」と「クイール」における崔洋一並みのギャップである。

話の筋は恋愛映画・ドラマにおいては「近年稀に見る」ほど簡単である。寒村の教師として赴任してきた町の青年に田舎娘(チャン・ツイー)が惚れ込む。青年の朗読する声を聞き、また姿を見ようとするため彼女は毎日井戸の水汲みにかこつけ、わざわざ遠い小学校まで行く。また青年が生徒の送り迎えするのを張り込みもする。(ストーカーという指摘があるが、相手に迷惑を掛けていないことからそれには当たらないと思う) そしてやっと二人が会話をすることができたのも束の間、青年は町に呼び戻されることとなった。
彼が再会を約した日、彼女は吹雪の中道の脇で朝から立ち続ける。しかし彼は来ない。以後の数日も同様に立ち続けた彼女は心労の余り倒れ込でしまう。そのことをしった青年は無断で町を出て、彼女に会いに行くのだが再び町に連れ戻される。その二年後やっと彼女は村に戻った青年と結ばれることができる。

非常にシンプルな恋愛話である。(同時に当時の中国の寒村の状況を描く一面もあるが) しかも「私」が語り部となって自らの父母が如何に結ばれたかを話すのであるから、始めからハッピーエンドを分かって安心して観ることができるのである。複雑な人間関係や陰謀といったものは一切ない。曲折は青年が町に戻されるという(それも当時の半右派闘争のあおりによる「歴史的な」)ものだけである。

そんな簡単な筋立てでなぜ感動できるのか。まず特にチャン・ツイーが田舎娘の正直さを見事に出しているのを始め、出演者全員が本当に自然な演技をしている点である。(チャン・ツイーのデビュー作であるこの映画は特に若い男に人気があるのだそうだ。しかしこの映画を熱く支持する彼らは何もロリコンや都会擦れした日本の女に失望している輩だけではあるまい。)

次に映像美である。寒村に広がる雄大で美しい自然(冬は凄まじく寒そうであるが)が各シーンの背景となっていて、見るものに瑞々しい印象を残すのである。特に紅葉が本当に素晴らしい。 ただここで監督の映像技法に注意すべきである。この映画の序盤と終盤は「私」の父(かつての青年)が亡くなり、その葬儀をする「現在」なのであるが、その「現在」がモノクロなのである。つまり「私」の母親(かつての田舎娘)が愛する夫と死に別れた「現在」がモノクロなのである。そして母の瑞々しい記憶、「過去」がカラーなのである。この対比によって昔の母の思い出がぐっと魅力的になるのである。(母は結婚後父が死ぬまでの40年間小学校に行って彼の朗読の声を聞きつづけたほどであった。ちょっと有得ない?) ちなみにモノクロ映像で年老いた母は登場する。しかし年老いた父の姿を映したもの、遺影といったものは一切でない。観る者の立場を計算しつくした仕事である。

もっともこの過去と現在の対比を技法と見るか、人の主観や思いを素直に表現しているものと見るかは議論のあるところであろう。

そして流れる音楽の選曲、タイミングが絶妙なのであることもあげておこう。今一つ個人的に良かったのは青年と小学生の朗読(教科書に拠るものではなく青年のオリジナルとしている)である。朗読される文は五言か四言にと整えられていて、中国語の声調が本当に美しく聞こえた。青年の声も悪くはない。語句もまた「今と昔を知り、天と地を知る」など、たまらないものばかりである。

この映画をみて中国語を真面目に勉強しようという気になった。そして中国の田舎に行ってみたいと思った。別にそこにチャン・ツイーがいなくともである。(でもやはり……)




タイトル: 初恋のきた道