息子の卒業式に行ってきました。



あれから、もうすぐ3年ですね。



東日本大震災で、半月遅れでやってもらった入学式。

今でも、しっかり覚えています。



ぶかぶかの真新しい制服に身を包んで

すごく緊張して入場してきた日が

つい最近のよう。



式が始まる前に

入学式の様子も含めた3年間のビデオを放映してくれて

なんか、もう涙腺が危険な状態になりました。



泣くはずじゃなかったのに。

幼稚園や小学校と違って

大きく成長を感じる年代じゃないから

泣かないと思ってたんだけど

泣き虫のくせに。



あの不安しかない

悲しみだらけの

真っ暗な中からスタートした

この子達だから

今、こうして

ここにいるだけで

なんて、幸せなことなんだ

って思うと

やっぱり、胸が熱くなる。



授与式が始まって

息子のクラスになり

担任の先生が一人ずつ名前を読み上げる。

3人まで来たときに

先生が涙声になり、言葉に詰まり

間が空くようになり

それで、一気に我慢の限界が来て大号泣。



1年の時に担任だった先生も

読み上げてる途中に嗚咽して

読み上げられなくなったり

呼ばれた、息子の中学からの友達も

泣きながら返事したり

それにもらい泣きする子もいたり

周りの子が背中をとんとんしたり



「お前、泣くなよー」

的な感じで

悪い意味じゃなく

ちょっと笑いも起きたり



とっても感動して

温かい雰囲気に包まれて始まりました。


答辞を読む子も

保護者にお礼の言葉を言った子も

みんな、涙涙で

言葉に詰まって

涙を拭いながらの卒業式。



「朝早く起きてお弁当作ってくれたり

帰ると温かいご飯を用意してくれたり

学費を稼ぐために夜遅くまで働いてくれている

お父さん、お母さんの姿をずっと見てきました。

今まで本当にありがとう

これからは、ちょっとずつ恩返しして行きます。



って、代表の子が読み上げた時に

友達ママと3人で号泣。

声が出ちゃうかと思うくらい泣きました。



退場する時も

担任の先生に大きな声でお礼を言って

歩きだす。

みんな、泣き腫らした目。

泣きじゃくる男の子もいっぱい。 



うちによく泊まりに来てた子も

みんな、号泣していた。



不安だよね。

恐いよね。



ここからは、一人。

親元離れて

新しい世界に飛び込んでいく子が殆ど。



それに

楽しかったんだよ、高校生活が。

ほんと、和やかで温かい式を見ていて

そう思った。



友達の子は

卒業式に行きたくない!って、言い続けてたって言ってた。

まだ、卒業したくないって。



入学式の日から

ずっと思い続けてたことは

勉強がどうとかより

3年間楽しく通って欲しいってこと。



高校には退学って道もあってしまう訳で。

自ら、その道を選択出来てしまう。



だからこそ

毎日行きたくなる学校であってくれたことが

何より嬉しい。



最後に保護者に向けて主任の先生が言った。



震災の影響で

中学の卒業式も出来ずに

ここへ入学して来た子もたくさん。

だからこそ、盛大に精一杯お祝いして送りだしてあげたかったって。



やってあげよう、あげよう

って思って来たけど

実際は、子供達にいっぱい感動させてもらって

素晴らしい式にしてもらいましたって。



こんな時だから・・・

って、やることを諦めさせるんではなくて

こんな時だからこそ

今まで通りに、やれてたことをやれるように

指導して来たって。



ピンチをチャンスに変える力。

ハンデをハンデと思わずに乗り越える力。



最後まで、見捨てずに

ぶつかりながらも

真剣に向き合って見守り続けてくれたことは

ほんとに感謝したい。



始まりから泣き続けて

涙を拭う先生の多さに

本気でこの子達に

普通の、当たり前の高校生を

させてあげたい

って、必死にやってきてくれたんだな

って思いました。




クラスに戻り

先生が教室に入ってくるのを待ち構えて

クラッカーの嵐。

大きな声で揃えて、先生にお礼の言葉。

子供達の演出。



先生も

「みんな、やっぱりやればできる子だよ

あんなにはっきりした声で返事出来るなんて思ってなかったから

3人まで来たときに感動して思わず泣いてしまったじゃないか」

って、笑った。



かっこいい言葉を用意したかったけど

カッコつけても仕方ないから

って、先生の言葉で子供達に小さな最後の授業。



やれば出来るんだから

これからは自己主張して

出し惜しみせずに

どんどん、それを出して行くんだぞ

先生は、この先もずっとここで先生頑張ってるからな。

って。



何かあったら、いつでも来いよ

ってメッセージかな?

と、ワタシは勝手に受け止めた。

戻れる場所があるのは、力になる。



保護者からも先生へ花束を渡し

子供達からも最後にサプライズで先生にプレゼント。

色紙ではなくTシャツに寄せ書き。

先生、めちゃめちゃ喜んでたな。

その他に、可愛いマグカップw

「職員室で使ってね」

って女の子達に言われて

「でも、これ可愛過ぎるなー」

なんて、照れながらも

「そうだな

これを見て、みんなを思い出すよ」って

嬉しそうに笑ってた。



2年になるときに

文系、理系で分かれて

その中でも選択科目でさらに細かく分かれて出来たクラス。

クラスメートも先生も

そこから2年のお付き合い。

なんか、もう家族のような雰囲気。

こんな環境で楽しく高校生活を送れてたんだな・・・。



お金のかからない学校へ

行かせることばかり考えて

その先の子供の将来は二の次だった気がする。



今思えば

カリキュラムもかなり充実してたし

毎月の月謝以外に一切支払いは発生しないし

受験に必要だった小論文も

専門の先生が熱心に指導してくれてたし

塾に行かせることもなく

息子が大学行けるのも

ここにいたから。



2校、受けてた私立の

どちらかを選択しなきゃいけない時

ここが地元じゃないワタシは

評判も何もわからないし、困ってた。



中3の担任の先生と家庭教師に相談した時

2人とも、即答。

今の学校が絶対いいって。



その時は、よくわからなかったけど

今なら、ほんとに

ここで良かったって心から思える。



やっぱり、あの子のまわりには

いい方向へ導いてくれる人達がいてくれてる。



あの子は気付いてるのかな。

そんなことに。



いつの日か

振りかえって

それに気付いて

感謝してくれたら嬉しい。



一区切り。



でも、終わりじゃなくて

もう、始まってる。



不安はないと言ったら嘘になる。

でも、何の根拠もないけど

ワタシは、あの子の運の良さを

この先も信じたい。



あの震災で、先輩2人も犠牲になり

避難所から通う子

電車で通えなくて急遽寮に入った子

制服諸々も購入できなかった人もいる

もちろん、家族や親戚が犠牲になった子も。



自分がそこまでの苦労や悲しみがなくても

その子達と身近で生活することで

色々学ぶことも多かったはず。



世の中は学歴社会で

ブランドを身に付けた学生の方が

得をしてしまいがち。



でもね

頭がいいから

勉強が出来るから

仕事が出来るとは限らないんだよ。

世の中の役に立つとは限らないんだから。



まだまだ復興は始まったばかりで

途中だけど

あの震災の中で生きてきた子達だから

心の強さはきっと持ち合わせてる。



心の豊かさにも

目を向けてくれたら、いいのにな。



大丈夫だよ

みんな、きっと大丈夫。やれるから。

って、泣きじゃくる子達を見送りながら

心の中で言い続けました。



ピンチはある意味、チャンスなんだよ

ハンデは、ハンデなんかじゃない

渋い柿ほど、甘い干し柿になる。



学校に記念で植樹した桜の木

この桜が満開になって咲き乱れるように

絶対、この子達も

それぞれの場所で、しっかり根を張って

花を咲かせるはず。



そう信じて。


無事にゴールしました。

仕事ですが。



ここまで来れるとは

正直、想像することすら出来ないほど過酷でした。



後悔がないとは言い切れません。

だけど、それは

まだ、やれたはず。

もう少し、やれたのに。

とか、言う感情ではないかな。



やってることに

最後まで自信を持つことが出来なかった自分。



生き方は相当不器用だけど

仕事はそれなりに

要領よくやれてこれてた気がしてただけに

現実を突きつけられて

あの世界からは

弾き出された気分。



辞めることを考え直してもらえませんか?

とか

臨時職員の試験受けてみませんか?

とか

言ってもらえたけど



ワタシのこの性格

自分で納得して決断したことは

もう、変わらない

下ろしたシャッターは開かないから←

いい社会勉強が出来たと思って終了かな。



潮時だと思っているし

フルではなく、ハーフで

早めにゴールしたことへの後悔は微塵もない。



険しい人生を送っては来ていますが

仕事で、ここまで衰弱するとは←

痩せたのではなく、明らかにやつれている。



ま、それも、すぐ戻るでしょうけど。

これから、

ごろごろダラダラ

食っちゃ寝、食っちゃ寝の日常が

待っているので。



更新しないと決めて書類を提出したとき

重い荷物をやっと下ろせて

とっても軽くなったはずだったのに

最後の一週間は

担当の場から外されて。



これも、人にはわからないように。

ワタシだけが

あれ?

これって?

もしかして?

って、思い気付くように。



この先、協力しない人は

ある意味、捨てられるってことなんだろうと

悔しいけど、飲み込みました。

あと、●日

と、●日

って、カウントダウンしながら。



もう、最後は意地のみ。

それだけで、

負けたくなくて行ってた気がします。



26日で一ヶ月の定期が切れ

あー、もうすぐ終わりだって実感して。



仕事は、ほんとに最後まで楽しめなかった

好きになれなかったけど

大切な人は、また増えた。

これからも大事にしていかなきゃいけない人達は増えた。



仲良くしてもらってた仲間内で

更新しないのはワタシだけ。

一人だけ去るのは

やっぱり、どこか寂しいものです。



ワタシは人見知り。

自分からはなかなか声をかけられないし

話は弾ませられないし



努力はするけど

ほんと、難しい。

交友関係を広げるのは。



でもいつも思うのは

そんなワタシに近づいてきてくれる人は

人懐こい人が多くて

その明るさと、屈託のない笑顔に

心を許してしまって、引きずり込まれてしまって

そこから関係を広げてもらえてる。

ワタシの力は、どこにもない。

恵まれるって、こういうこと。



たまたま、ワタシの斜め前の席にいたその人に

声をかけてもらって話しているうちに

その人を介して知らず知らずにお友達が増えて

毎日、にぎやかに楽しく過ごせた。



お腹がよじれるほど笑って

思い出し笑いをしてばかり。

好きになれなかった仕事中も

笑いを堪えるのに必死になったり

堪えられなくてマスクの下でニヤニヤしたり。

「すべらない話を、いつもありがと。」

って、言われた時はかなり嬉しかったw



決して、辛いことばかりじゃなかったよ。



最終日前日

一番仲良くしてくれた人が

体調不良で早退。



もしかしたらもう会えないかも・・・・・

って思うほど、具合が悪そうだったのに

最後の日

「今日、●●さん、最後だし

お見送りしなきゃ」

って言って、無理して出社してきてくれて

嬉しくて涙をこぼさないようにするのが大変だった。



お付き合いのあった人達へは

ちゃんとお礼を含めてご挨拶もして。

経験者の苦手な3人組の人達にも。

若い管理者の彼女にも。しっかり。



立つ鳥は、濁しちゃいけないからね。



仕事終わりに

今日で終わりの人だけ残るように言われて

お友達ともちゃんとお別れが出来ないまま離されちゃった。



最後なのに・・・。

って思いながら

ネームプレートやファイルを返却して

荷物を片付けて

仕事に未練はないけど

もう会えないであろうお友達との最後が

こんなになったことはさすがに寂しい。



警備員室の前を通って

警備員さんに挨拶をして

職場を後に。



終わったんだな・・・・。

って、

ほっとしたような

寂しいような。



でも、ドアを開けて外に出てびっくり。

遠くに人影。

みんな、いる。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



待っててくれたお友達に

「あれ?花束は?餞別は?」

って、いつもの憎まれ口を叩いたワタシだけど

どれだけ、嬉しかったか

勿論、きちんと

ありがとう

も、言ったよ。



世の中

悪い人や嫌な人の方が

どうしても強烈で大きく残ってしまいがちだけど

やっぱり、いい人の方が多いと思うんだ。



みんなが終わったら

その時は、打ち上げしようね

って約束をして。

いっぱいやさしい言葉をかけてもらってお別れしました。



定期も切れたし

最後の日は、いろいろ想いながら

歩いて帰ろうって、ずっと前から決めていた。



仕事が決まった時

練習で歩いて風邪引いて。

寒くて風が痛い20分の道のりだったのに

今日は、やけに愛おしい。



ワタシは、こんなきれいな街に住んでるんだな・・・

って、周りを見渡しながら

そして、泣きながら。



夜だし、見えないだろう

って、ことで遠慮なく。



金井くんの

「やさしさで溢れるように」

が、妙に沁みる2月の終わりでした。



そして

辛い、キツイの毎日だったのに

解放感では決してないこの気持ち。

勝手なもんです、ほんと。



初日にバスの中から見かけて

テンション上がって

毎日、願掛けして

心の支えにしていた

「肉の金井

ホルモンかないや」

の看板









当分、見れなくなるけど

ありがとうと

心の中でお礼を言った。



いつか

食べに来ます。



最後に乗った市バスの運転手さんも

驚くことに

金井さん

だった。



誰に言ってるのか

わからないけど

この時も

ありがと。

って、なんか思った。



気付けば毎日残業の日々で

時間に追われて

ほっと、一息ついたり

ゆっくり椅子に腰かけたり

美味しいコーヒーを飲んだり

大好きな音楽を堪能したり

何一つ出来てなくて。



ご飯を食べるように

お風呂に入るように

当たり前のように

イヤホンをして音楽を聴いてはいたものの

聴いてんだか、聴いてないんだか。

ぼーっとしてるだけだったような。



それでも、

イヤホンから聴こえてくる

大好きなフレーズには心が動いて

あっ・・・

と、思ったり。



25日にフラゲ出来た

BIGMAMAの新曲

Sweet Dreams



残業終わりに

会社から駆け出して

いつものバスか地下鉄にチェンジするか考えながら

走った、とにかく。



でもバスにも置いて行かれ

チェンジした地下鉄にもタッチの差で置いて行かれ。



結局、仙台駅に着いたはいいが

出口を間違えて

とんでもないとこに顔を出した。

モグラ叩きなら、相当ダメージ。



またそこからエスカレーターを駆け上がり

走って走って

すごい形相でLOFTに滑り込み

7階?8階?にある

閉店間際のHMVに到着。



話せない。

呼吸が・・・。

ほんと、くたくただったのに

足と気持ちは動くから

そこは、もう止められない。

面倒くさっ。

って、よく思う、こんな自分。


そこから、息が上がったまま

もう2店舗駆けずりまわって

はしごして←



こんな時間に

こんなおばさんが

駅前で激走してる姿。

そうそう、見れないよな・・・。

とか、思いながら。



だけど、ラストスパートは

この素敵な曲たちに並走してもらって

ゴールを目指せた気がします。



最後の日は

いつもよりも残業が少なくて早目に終わったので

スタバへ寄り道して

大好きなラテとスコーンでまったり。

ふーって大きく息を吐いて。

肩が動くほどに。



終わった。



めぐりズムの蒸気でアイマスクと

肩に貼るGood-Nightを大量購入して

肩を温めて、目の疲れを取る日々。



結局、貼りつけたまま寝てしまって

肩も目も大変なことになったり。



仕事の為に購入した乱視も含めたPC用の眼鏡も

今では使わないと見えないくらい

かなり視力も落ちて。

ワタシなりに

鞭打って、働いたし

これから時間をかけて、ゆっくり体を戻して行かなきゃ。



生きてるって

ざわつくことの連続だよね、ほんと。



義父に癌が見つかって。

先のことはまた

わからなくなりました。



安堵の深い息とはまた違った

ため息が止まらない。



お得意の

次から次へと

です。



これから

甘くて溶けない夢を見ようと

していた矢先。

ちょっと

お休みくれてもよくない?



4月から、怒涛のライブ活動が始まるのに←

5月からツアーでまわるのに←ワタシは観るだけだけど

そこだけを楽しみに

心待ちにしてきたからね。

不安は付きまとう



一日、一日

消化して行く事の大変さもわかった今だから

今日を大事にしたい気持ちは、もっと増えた。



とりあえず、今日だよね。

今日を生きよう。



昨日までの辛いこと、嫌なこと

リセットして

また、始めよう。



そして、巣立ちの日。

息子の卒業式に行ってきます。



人生は

ぼんやりだったり

見えないゴールばかりだったりするけど



一つのゴール地点は

また、そこがスタート地点



また、いいスタートが切れますように。



今日は東京マラソンですね。

またまた王子も出場で。



忙しい中でやりくりしてて

しかも、マラソンだなんて。

ほんと、尊敬。



王子が王子じゃなくなる瞬間も

やってきますが。←



また、時間を見て

PCの前で応援したいと思います。



そしてワタシの

一ヶ月のマラソン?も

もう35キロ地点くらいかな?



ラスト5日。

やっと、ここまで。

ようやく、来れた。



終わりが見えた時の

安堵感と言ったら半端ない。



それと同時に次の月への更新もあり

ワタシは、迷うことなく



「NO」



お断りしました。



もう、選べる立場ではないのは

重々承知です。

痛いほどわかってます。



でも、ワタシは

どうしても

仕事第一!

には、なれなくてね。



毎日、暗い家に帰ってきて

ご飯をチンして

一人でお風呂に入って

21時過ぎまで一人でワタシの帰りを待っている娘が

不憫で仕方なくて。



タイミングとか

時期とか

やっぱりあると思う



そして、

適材適所

向き不向き。



なんの経験もない

知識もない

趣味でPCポチポチしてるだけのワタシでは

限界がとっくに見えていて。



引き際は大事よね。

自分が一番わかってるはずだから



今の人数の半分に削られるので

残ると決めた人の中にも

落選の判定をもらってしまう人もいる。



こんなご時世

すがりたい人だって、そりゃいる。

そこは、人それぞれ。



ま、ワタシの決断の速さには

周りのお仲間たちは驚いていたけど

ちゃんと考えたの?ってw



働かせてもらってることには

変わりない

間違いない



でも

まるで

奴隷のような扱い

心のない言動

あの世界は、これが当たり前なのかな。



更新をしないと決めて

書類を提出した日

なんかね、すーっと肩の力が抜けて

気持ちが軽くなって

ものすごく楽になりました。



要求されてるものには

到底、及んでないかもしれないけど

そして、甘いのかもしれないけど

ワタシはワタシの今出来ることを

出来る限り

やれることを、やれるだけ、やった。

と思っていたので

ここで、幕を下ろすことへの迷いは

ほんとに、これっぽっちもない。



甘ーい勧誘の広告

未経験でもよくて

簡単な作業で

土日もお休み

残業もほぼないし

大量募集

ついつい誘われて

深く考えず

いつもの即決でぱぱっと電話して

面接の日取りを決めてしまって。



面接の時に

いきなり

試験があって驚いて

そこで、きっとだめだと思ってたのが

採用の通知が来て

ワタシでも、やれちゃうのかも?

なんて、淡い期待も出てきちゃって。



不安なのは

朝の通勤ラッシュの中を

電車通勤することぐらいだったのに。



今では、その苦痛な電車にも

なんか、慣れて

手すりにつかまらなくても

上手にバランスとりながら立ててるまでになって

なんなら、波にも乗れちゃうんじゃないか

って、勘違いしてしまうほど

あちこち重心掛けながら保てたり



信じられない!

と、思っていた

立ちながら寝る

って、行動も身につけて←



なんでも、慣れで

人は、そこに合わせた仕様に

変えていける力があるんだな

って、つくづく感心してみたり。



だけど、PC操作は

基本的なものが出来てないから

どうしても、伸び悩む。

雑な独学の限界。



それにね、何度か経験してる3人組の

あの、態度←

ワタシは言われてないけど、まだ。

いなくなったら、言われるのかもねw

名指しだったり

指さしたり

人のこと、あーでもない、こーでもない

まー、うるさい。



社員でもないくせに

偉そうに。



自分だって、最初から

早くて正確だったんですか?

って思うよ。

笑うしね

こんな、間違いするなんて、信じらんなーい

とか言って。



この仕事には必要な人なのかもしれないけど

人としてはね。

出てない杭を打ち込むんだから。

哀れにさえ思う。



だから、それもこれも含めて

なんか、清々して

すっきり、さっぱり。



ただ一つの心残りは

愉快なお仲間達とのお別れだけ。



お昼のあの1時間で

ほんと、大笑いして

気持ち、リセット出来て。

仕事中に思い出し笑いするくらい

とにかく救われた。



短期だから

お友達なんて・・・

って、割り切っていたけど

時間じゃないよね、

心が通じるって。



年末に一緒に働いた人達とも

今もずっと連絡取りあってるし

この年になって

新しくお友達が出来るって

なかなかないから

そこは、ほんと大事にしたいところです。



次のことなんて

全く考えていなくて。

少し、ゆっくりさせてもらって

それから探し出そう、動き出そう

なんて、ざっくりと考えていて。



ライブの予定だけは

どんどん入ってくるしねw



でも、ぼんやり

転職する旦那の周りの環境も変わるから

そこの付き合いとかで

なんか、いい仕事紹介してくれないかなー

って、ずっと思ってて。



買い物もそうだけど

口コミ

って、すごく大事で。

今回の仕事で

それが痛いほどわかったから。



信用できる会社なのか、そうじゃないのか

人の口から聞いた方が

間違いないのかな?

とか、考えてて。

そんな、うまい話なんてそうそうないだろうけど

でも、そんなことがぼんやり頭の中を過ってた。



横浜から研修を終えて帰ってきた旦那が

「多分、嫌かもしれないけどさ

もしよかったら、うちの会社に来てくれないか

って社長に言われてきたんだけど」

って、言いだして



(  ゚ ▽ ゚ ;)



えーーーーーーーー!!!!

うそーーーーーーー!!!!

みたいな。



勿論、一緒に働くのはいや

絶対、いや。

無理、無理。

家だけでもきついのに

職場も一緒だなんて

無理ーーーーーーーーーー!!!!!!!



ってのが、本心。



だけど、これは

ワタシが独身の時にしてた仕事で

もう薄らとしか記憶もないんだけど

経験があるなら、派遣を雇わずに出来れば

って、声をかけてもらって。

そこは、本当に有り難かったです。

こんな、ぽんこつに。



クリアしなきゃならいことが

何気にあるので

それが、どう転んで行くのか

今はわかりません。



答えはすぐに出さずに

よく考えます。

はい、も、いいえ、も。



でも、悩みすぎると

逃してしまうらしいので←おみくじw

自分の直感を信じながら

そこを、一番信じながら



とにかく今は

明日からのラストスパート、残り7.195キロ←?

やります。

走ります。

完走します。



21時過ぎの帰宅もあと5日

そう思えば

帰り道の月も

また一段ときれいに見えるだろうな。

カウントダウンしながら

一日、一日、消化する。



体重は減ってないのに

いつもやつれるときは決まって顔と鎖骨付近と胸。

どうして、そこだけ?

別の場所は、どうした?

もう、下着いらなくない?

とか、真剣に思う。

鎖骨の下だけ限定で、ガリガリくん。

バランス、悪いっしょ。

一番痩せたい足は

座りっぱなしのおかげで、浮腫んでパンパン。

悲しい。



ま、でも、生きて行く中で

無駄なことなんて

ほんとに何一つないんだって

またわかりました。

勉強になった、かなり。

知らなかった世界を見れたことは

それはそれで収穫。

人間の醜さも見れたし←

反面教師で

あーならないようにしよう!

って、かなり強く思えたのも

それは、それで収穫。



何度も、逃げ出したくなった。

泣いた。



大好きな曲も

頭に入って来なくなった。



癒されると思っていたはずの歌声すら

届かなくなっていた

響かなくなっていた



毎日毎日観ていたDVD。

この一ヶ月、一度も観れなかった

観なかった。

もう、その元気は残されてなくて。

敢えて、自分から

ビタミンを補給することすらできなかった。


 

それでも毎日

励ましてくれるお友達がいてくれて

応援してくれるお友達がいてくれて

泣きながらでも、毎日通えた。



いっぱい、心配かけちゃったな。



家で泣けない分

子供たちに、愚痴れない分

いっぱい聞いてもらって

泣かせてもらって

総動員で持ち上げてもらって

やっと、ここまで来れました。

ありがと。



遠く離れてて良かった

って、逆に思えたよ。

今のワタシは、見せられない。

気の抜けた置物のようだったから。



元気な姿で

早く、みんなに会いたい。

ずっと会えてないお友達にも会いたい。

友達って、いいな

って、すごーく思ったから。



それぞれから、違うパワーをもらえるもの。

吸い取ってやろう、精気w

とか、思う。



心が

ぽきっ

って、音を出したら

白旗を上げる

リングにタオルを放り込むタイミング。



無理をしても

泣くのは自分だけ。



でも引き際はきれいに、汚さないように



言ってやりたいことなんて

山ほどある。

ほんとはぶんぶん、腕を振りまわして

飛び蹴りしてやりたい気分。



そこは、押し殺して

心の中で笑ってやる

かわいそうに

って、哀れんでやる←性格悪っw



来週から、また普通の母ちゃんに戻る。

ご飯、ちゃんと作る。

温かい出来たてのもの食べさせる。

掃除も洗濯もいつも通り。

いつもの生活。



とりあえず、一発目は

息子の卒業式。

感慨深い

色んな意味で、泣きそうだ。



息子も高校生活、完走。

ワタシも、完走予定。



立ち止りそうになったり

放棄したくなったり

最後まで走られるか不安な道中だったけど

給水地点で

いつもすごいパワーのドリンクがもらえてたから

そして、沿道の声援に支えられて

走り切れそうです。



楽しい42.195キロでした



なんて、口が裂けても言えないけど

また、走ってみたいコースでもないけど



あれを乗りきれたんだから

これからが、きっと

すごく楽しく思える

42.195キロでした。



って、思えるよ。



金メダルはもらえないけど

途中で辞めずに走り続けた自分を

ちょっぴり褒めてあげて甘やかします。



次のマラソンコースが

楽しくありますように

って、期待も込めながら。