息子の卒業式に行ってきました。



あれから、もうすぐ3年ですね。



東日本大震災で、半月遅れでやってもらった入学式。

今でも、しっかり覚えています。



ぶかぶかの真新しい制服に身を包んで

すごく緊張して入場してきた日が

つい最近のよう。



式が始まる前に

入学式の様子も含めた3年間のビデオを放映してくれて

なんか、もう涙腺が危険な状態になりました。



泣くはずじゃなかったのに。

幼稚園や小学校と違って

大きく成長を感じる年代じゃないから

泣かないと思ってたんだけど

泣き虫のくせに。



あの不安しかない

悲しみだらけの

真っ暗な中からスタートした

この子達だから

今、こうして

ここにいるだけで

なんて、幸せなことなんだ

って思うと

やっぱり、胸が熱くなる。



授与式が始まって

息子のクラスになり

担任の先生が一人ずつ名前を読み上げる。

3人まで来たときに

先生が涙声になり、言葉に詰まり

間が空くようになり

それで、一気に我慢の限界が来て大号泣。



1年の時に担任だった先生も

読み上げてる途中に嗚咽して

読み上げられなくなったり

呼ばれた、息子の中学からの友達も

泣きながら返事したり

それにもらい泣きする子もいたり

周りの子が背中をとんとんしたり



「お前、泣くなよー」

的な感じで

悪い意味じゃなく

ちょっと笑いも起きたり



とっても感動して

温かい雰囲気に包まれて始まりました。


答辞を読む子も

保護者にお礼の言葉を言った子も

みんな、涙涙で

言葉に詰まって

涙を拭いながらの卒業式。



「朝早く起きてお弁当作ってくれたり

帰ると温かいご飯を用意してくれたり

学費を稼ぐために夜遅くまで働いてくれている

お父さん、お母さんの姿をずっと見てきました。

今まで本当にありがとう

これからは、ちょっとずつ恩返しして行きます。



って、代表の子が読み上げた時に

友達ママと3人で号泣。

声が出ちゃうかと思うくらい泣きました。



退場する時も

担任の先生に大きな声でお礼を言って

歩きだす。

みんな、泣き腫らした目。

泣きじゃくる男の子もいっぱい。 



うちによく泊まりに来てた子も

みんな、号泣していた。



不安だよね。

恐いよね。



ここからは、一人。

親元離れて

新しい世界に飛び込んでいく子が殆ど。



それに

楽しかったんだよ、高校生活が。

ほんと、和やかで温かい式を見ていて

そう思った。



友達の子は

卒業式に行きたくない!って、言い続けてたって言ってた。

まだ、卒業したくないって。



入学式の日から

ずっと思い続けてたことは

勉強がどうとかより

3年間楽しく通って欲しいってこと。



高校には退学って道もあってしまう訳で。

自ら、その道を選択出来てしまう。



だからこそ

毎日行きたくなる学校であってくれたことが

何より嬉しい。



最後に保護者に向けて主任の先生が言った。



震災の影響で

中学の卒業式も出来ずに

ここへ入学して来た子もたくさん。

だからこそ、盛大に精一杯お祝いして送りだしてあげたかったって。



やってあげよう、あげよう

って思って来たけど

実際は、子供達にいっぱい感動させてもらって

素晴らしい式にしてもらいましたって。



こんな時だから・・・

って、やることを諦めさせるんではなくて

こんな時だからこそ

今まで通りに、やれてたことをやれるように

指導して来たって。



ピンチをチャンスに変える力。

ハンデをハンデと思わずに乗り越える力。



最後まで、見捨てずに

ぶつかりながらも

真剣に向き合って見守り続けてくれたことは

ほんとに感謝したい。



始まりから泣き続けて

涙を拭う先生の多さに

本気でこの子達に

普通の、当たり前の高校生を

させてあげたい

って、必死にやってきてくれたんだな

って思いました。




クラスに戻り

先生が教室に入ってくるのを待ち構えて

クラッカーの嵐。

大きな声で揃えて、先生にお礼の言葉。

子供達の演出。



先生も

「みんな、やっぱりやればできる子だよ

あんなにはっきりした声で返事出来るなんて思ってなかったから

3人まで来たときに感動して思わず泣いてしまったじゃないか」

って、笑った。



かっこいい言葉を用意したかったけど

カッコつけても仕方ないから

って、先生の言葉で子供達に小さな最後の授業。



やれば出来るんだから

これからは自己主張して

出し惜しみせずに

どんどん、それを出して行くんだぞ

先生は、この先もずっとここで先生頑張ってるからな。

って。



何かあったら、いつでも来いよ

ってメッセージかな?

と、ワタシは勝手に受け止めた。

戻れる場所があるのは、力になる。



保護者からも先生へ花束を渡し

子供達からも最後にサプライズで先生にプレゼント。

色紙ではなくTシャツに寄せ書き。

先生、めちゃめちゃ喜んでたな。

その他に、可愛いマグカップw

「職員室で使ってね」

って女の子達に言われて

「でも、これ可愛過ぎるなー」

なんて、照れながらも

「そうだな

これを見て、みんなを思い出すよ」って

嬉しそうに笑ってた。



2年になるときに

文系、理系で分かれて

その中でも選択科目でさらに細かく分かれて出来たクラス。

クラスメートも先生も

そこから2年のお付き合い。

なんか、もう家族のような雰囲気。

こんな環境で楽しく高校生活を送れてたんだな・・・。



お金のかからない学校へ

行かせることばかり考えて

その先の子供の将来は二の次だった気がする。



今思えば

カリキュラムもかなり充実してたし

毎月の月謝以外に一切支払いは発生しないし

受験に必要だった小論文も

専門の先生が熱心に指導してくれてたし

塾に行かせることもなく

息子が大学行けるのも

ここにいたから。



2校、受けてた私立の

どちらかを選択しなきゃいけない時

ここが地元じゃないワタシは

評判も何もわからないし、困ってた。



中3の担任の先生と家庭教師に相談した時

2人とも、即答。

今の学校が絶対いいって。



その時は、よくわからなかったけど

今なら、ほんとに

ここで良かったって心から思える。



やっぱり、あの子のまわりには

いい方向へ導いてくれる人達がいてくれてる。



あの子は気付いてるのかな。

そんなことに。



いつの日か

振りかえって

それに気付いて

感謝してくれたら嬉しい。



一区切り。



でも、終わりじゃなくて

もう、始まってる。



不安はないと言ったら嘘になる。

でも、何の根拠もないけど

ワタシは、あの子の運の良さを

この先も信じたい。



あの震災で、先輩2人も犠牲になり

避難所から通う子

電車で通えなくて急遽寮に入った子

制服諸々も購入できなかった人もいる

もちろん、家族や親戚が犠牲になった子も。



自分がそこまでの苦労や悲しみがなくても

その子達と身近で生活することで

色々学ぶことも多かったはず。



世の中は学歴社会で

ブランドを身に付けた学生の方が

得をしてしまいがち。



でもね

頭がいいから

勉強が出来るから

仕事が出来るとは限らないんだよ。

世の中の役に立つとは限らないんだから。



まだまだ復興は始まったばかりで

途中だけど

あの震災の中で生きてきた子達だから

心の強さはきっと持ち合わせてる。



心の豊かさにも

目を向けてくれたら、いいのにな。



大丈夫だよ

みんな、きっと大丈夫。やれるから。

って、泣きじゃくる子達を見送りながら

心の中で言い続けました。



ピンチはある意味、チャンスなんだよ

ハンデは、ハンデなんかじゃない

渋い柿ほど、甘い干し柿になる。



学校に記念で植樹した桜の木

この桜が満開になって咲き乱れるように

絶対、この子達も

それぞれの場所で、しっかり根を張って

花を咲かせるはず。



そう信じて。