インぺリウム・キャンペーン開始
2019年10月20日ミドルアース東京支部にて
「インぺリウム」のキャンペーンを完遂しようということで出陣。
帝国:豚山ゴリ子さん
地球:耳川の戦いヨロシク
第1次恒星間戦争は、皇帝への直訴でいきなり直訴禁止となったり
帝国の干渉で艦隊を引き抜かれたりとゴリ辺境総督にとって苦しい展開。
地球の勝利で終わる。
ミサイル艇を山積み。低コストでミサイル攻撃力が高く序盤の主力艦である。
第2次恒星間戦争でも、帝国の干渉は振るわず。
これも地球の勝利となる。
第3次恒星間戦争の開戦直前で記録を取りキャンペーン完遂を誓い、この日は終了となった。
地球側は、豊富な資金で重巡洋艦を3隻建造したので次は活躍するだろう。
2019年本城攻め南部領3
13日 3つ目の城は元の南部氏本拠地
三戸城 青森県三戸郡三戸町梅内字城ノ下
築城時期は、南部氏3代・時実の頃と言われているが明らかではない。
24代晴政の時に馬場館が放火で焼失し同時に累代相伝の書物も焼失してしまった。
九戸政実の乱後、九戸城を福岡城と改名して本拠を移したが
関ケ原後、27代・利直が不来方城を拡張して盛岡城とし、本拠地は盛岡に移った。
崩れかけ「のRadio、じゃなく土塁。
まだ遺構が豊富に残っていたころの写真。
模型
偽天守。。。
リンゴは、津軽よりも先に三戸が作ってたよ と、津軽をディスっているのが良い。
偽天守内は博物館となっている。
本丸の碑
これは本物か?後世ものか?
崩れかけの石垣
崩れているRadio
ふるさと創生事業で復元された門
九戸城を見た後だったのでガッカリ度が増してしまった...
13日の宿泊は 八戸シーガルビューホテル
何と、朝夕食付いて \10,000 を切るリーズナブルさ!
翌朝、部屋からはオーシャンビュー
最終日14日 もうひとつの本命城
根城 青森県八戸市根城
パンフレット「史跡根城の広場」より抜粋。
根城は建武元年(1334年)に南部師行が築城。
南北朝時代には北畠顕家に従って奥州の南朝方として活躍した。
延元三年(1338年)和泉国石津川の戦いで顕家と共に討ち死にした。
秀吉時代に、根城南部氏は三戸南部氏の家臣格となり
江戸時代初期の寛永四年(1627年)遠野へ領地替えとなり根城は役割を終えた。
美しい空堀
本当はこんなに深い。
空堀の大きさを増山勢との対比で。
これは水堀ではない。台風の雨で水が溜まっている空堀である。
こちらも深い。
本丸を守る空堀。
模型
本丸
本丸への門から入りンぐ
館が復元されている
厩も復元、馬も復元
館内部
八幡だいぼさーつ
正月の風景を再現。甲冑姿は年男が務めたという。
厩、再び
本丸から外郭を見る
建造物跡 こんなに建ってたんかい。
碑
本丸から出て、外郭の方に向かう。土塁
外郭から本丸を望む。
美しい
麿勢との対比で外郭の大きさを測る
土塁の城では最大級の大きさではないだろうか。
感動した。
本城攻めの最後は
盛岡城 岩手県盛岡市内丸
元は、南部氏家臣の福士氏が治めて「福士館日戸」と言われていた。
27代・南部利直が福士館=不来方城を拡張して盛岡城とし
九戸城=福岡城から本拠をここに移して幕末に至った。
遺構に対する説明版はほとんど無い。
もう、写真の羅列じゃい。
橋の向こうのアベック(死語)が邪魔。結局どいてくれなかった。。。
石垣は立派。ただ広さは九戸城や根城に比べて小さい(300m四方ほどか)
アスファルト化された堀底が悲すぃー
隅櫓台。天守は無く、これが代用か。
南部家の子孫は軍人となって活躍。
最後の藩主・利恭(としゆき)の長男・利祥(としなが)は、日露戦争の井口嶺の戦いで戦死した。
博物館内にあった、不参戦の小池勢が大好きな「チャグチャグ馬コ」の説明
チャグチャグ
多治見要蔵ではない...
何で、こんなところに官兵衛の兜が...
由来が書いてありました。
ということで、これにて2019年本城攻め南部領は終了。
締めは、有名店「ぴょんぴょん舎」の冷麺で。
2020年プチ城攻めは、大和国だ! おわり































































































