大山総裁曰く、


人として、健康のつぎに大切なのは、身辺であるとしている。


自分を支え、自分が支える家庭がしっかりしていなければならない。


愛と平和と安定のある家庭なしに、人は立つことが難しい。


愛するものがあってこそ、人は立ち上がる意義を知るのである。


自愛のみでは、人は精神を支えきれない。


自愛を貫くにも、他愛あってこそ、その自愛も人々に受け入れられる。


愛情豊かな家庭を築いてこそ、


人ははじめて社会へむかう精神を持ちうるのであろう。


親の立場からは、子供を愛育し、


夫婦を完成させ、


社会の構成単位として、健全な家庭をつくり、


この小単位に幸福を満たさなくてはならない。


家庭の幸福こそは、人間としての最高の喜びである。

大山総裁は「健康」について、


病気にかからぬよう用心するより、


病気を寄せ付けない身体精神生活習慣を創造することが重要とし、


それらは身体のことを知るとともに、自ら健康になる努力せねばならない。


健康こそが、人間としての自立の第一の条件である。と考えた。


健康も積極的に自分で作り上げ、維持するものだと教えている。


(私もその考えに、まったくその通りだと思います。)

→あらためて最近の自分自身の不摂生を深く反省します。



また、人を指揮したり管理したりする立場の経営者、指揮者たちは、


たいてい人並みはずれた健康体を作っている。


健康はしばしば二義的な要素と考えられるが、実はそれが大前提である。


この条件を満たさずに、人の世話をやくような事はできない。と説いた。


いつでもどこでも、堂々と仕事をしていけるだけの体力を保持したいものである。


健康に対して積極的であればあるほど、空手の習得も速くなり上達するのだと。


「極真大道」 大山倍達より


人間はみな、したいことがしたい。

それは、当然のことだ。

苦しいこと、損なこと、人の犠牲になるようなこと、つらいことはしたくないものだ。


放恣に生きるのを、一つの徳とするような哲学もある。

だが、実際上、すべてに放恣で、この世に許されて生きられるような人はいない。


むしろ、道をきわめつくして、徳至った人にだけ、自在が許されるといってよい。


子曰く「われ十有五にして、学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして、おのれの欲するところに従いて、矩をこえず。」


孔子のような大徳の人でさえ、老人になってから自分のしたいことをして、矩、つまり規範を乱さない境地に至った。


最近の若者には、家庭での規制がすくない。

家は裕福で、子供の数が少ない。

子供になんでも買い与え、なんでも子供の自主性を尊重する。

自主性ならいいが、実はわがままである。


人間に欲望のあるのは当然のことだ。

だが、欲望のかたまりで、これをむきだしの若者たちの多いのを見ると、日本の徳もこれでおしまいと思わざるをえない。


(以上 第四章 わが阿修羅の時代より 抜粋)


→私も、自分自身を改めるとともに、子供の教育についても考えたい。


「武道初心集」 大道寺友山著


武士たらん者は行住坐臥二六時中勝負の気を忘れず心をおくをもって肝要とは仕るにて候。

本朝の義は異国にはかりいかほど軽き町人百姓職人躰の者なりとも似合相応にさび脇差の一腰づつも相嗜み候義は是日本武国の民の風俗にして万代不易の神道なり。

・・・・・古人の詩にも門を出るより敵を見るがごとくなどこれ在り候。

其身武士として腰に刀剣を帯びるからには即時のあいだにも勝負の気を忘るべきやうはこれなし。

勝負の気を忘れざる時はおのづから死を心にあつるの実にも相叶ふなり。


江戸時代は、武士だけでなく町人や百姓も皆が刀を差し、いざという時には、いつでも戦うという気概を持っていた。また、常に隙をつくらぬよう心がけ、万一の際に備えていた。

平和ボケをした現代日本において、「戦う」という気概が失われたと大山総裁も述べておられた。

戦いは現代社会においても、常にあるのだ。理不尽な行為に対して正義を貫くための戦い、また守るべきもののための戦い、そして自己実現のための戦いなど、、、。


いつでも戦える強い自分でありたい

そのためには、日々の稽古で武の神髄を極め機に発し感に敏なること

また、心身を錬磨し確固不抜の心技を極めること

  

自信を持って生きたい。

そのためには、よく勉強し智性と体力とを向上させ事に臨んで過たざること



最近、不景気・不況のニュースばかりで、私の会社のお取引先も厳しい状況にある会社も多い中、私自身もこの不況について様々思うこと、考えることがありますが、そんな折にテレビ番組で紹介されていた

[不況克服の心得10か条] 松下幸之助

そうだなぁと共感することもあり、下記に記します。


第一条 「不況またよし」と考える
不況に直面して、ただ困ったと右往左往していないか。
不況こそ改善へのチャンスであると考える前向きの発想から、新たな道もひらけてくる。

第二条 原点に返って、志を堅持する
ともすれば厳しさに流されて判断を誤りやすい不況こそ、改めて原点に返り、基本の方針に照らして進むべき道を見定めよう。そこから正しい判断も生まれ、断固とした不況克服の勇気と力が湧いてくる。

第三条 再点検して、自らの力を正しくつかむ
ふだんより冷静で念入りな自己評価を行い、自分の実力、会社の経営力を正しくつかみたい。
誤った評価が破綻を招くのである。

第四条 不撤退の覚悟で取り組む
なんとしてもこの困難を突破するのだという強い執念と勇気が、思いがけない大きな力を生み出す。
不況を発展に変える原動力は烈々たる気迫である。

第五条 旧来の習慣、慣行、常識を打ち破る
非常時ともいえる不況期は、過去の経験則だけでものを考え行動してもうまくはいかない。
これまでの当然のこととしてきた習慣や商売の仕方を、徹底的に見直したい。

第六条 時には一服して待つ
あせってはならない。
無理や無茶をすれば、深みにはまるばかりである。
無理をせず、力を養おうと考えて、ちょっと一服しよう。
そう腹を据えれば、痛手も少なくなる。
終わらない不況はないのである。

第七条 人材育成に力を注ぐ
「苦労は買ってでもせよ」というが、不況とはその貴重な苦労が買わずとも目の前にあるときである。
不況のときには出来ない人材育成の絶好の機会としたい。

第八条 「責任は我にあり」の自覚を
業績低下を不況のせいにしてはいないか。
どんな場合でも、やり方いかんで発展の道はある。
うまくいかないのは、自らのやり方に的を得ないところがあるからである。

第九条 打てば響く組織づくりを進める
外部環境の変化に対する敏感な対応は、よい情報も社員からどんどん上がってくる、お互いの意思が縦横に通いあう風通しのよい組織であってこそ可能となる。

第十条 日頃からなすべきをなしておく
不況時は特に、品質、価格、サービスが吟味される。
その吟味に耐えられるように、日ごろからなすべきことをなしていくことが必要である。


私は、特に第一条、第四条、第八条、第十条の心の持ち方に共感しました。

最近は武士道の書や武道(空手)書ばかり読んでいましたが、もともとはビジネス書を多く読んでいました。その中で途中だった本があり、読み終えました。

特に気に留めたい文章を抜粋します。


「プロフェッショナルの原点」

(ピーター.F.ドラッカー著)



55.真摯さを欠く上司は部下を破壊する。

仕事ができる野心的な若者は力強い上司を真似たがる。したがって、力強くはあっても真摯さを欠く上司ほど部下を間違って導く者はいない。その様な者は、一人でやる仕事では成果をあげるかもしれない。しかし、影響力あるポストに置くならば破壊的となる。



71.集中する

成果をあげるための秘訣を一つ挙げるならば、それは集中である。

ナポレオンは、「計画通りに事が運んで戦いに勝つことなどありえない」と言った。その彼が、あらゆる戦いにおいて、歴史上例のない緻密さで実行計画をつくっていたという。



95.社会を生産的にする

紀元前440年頃、ギリシャの彫刻家フェイディアスはアテネのパンテオン宮殿の庇に建つ彫刻群を完成させた。

それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。

彫刻完成後、アテネの会計官は仕事の代金の支払いを拒んだ。「彫刻の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫刻した分の支払いはできない」

それに対してフェイディアスは

「そんなことはない。神々が見ている。」





日本武道/武士道の精神を学ぶ-プロフェッショナルの原点

10倍の速さで老化する難病(プロジェリア)を患った

アシュリーちゃんが17歳で亡くなった。

(この病気の平均寿命が13歳)


アシュリーちゃんはこんなことを言っている。


「私のこの病気も神様がくれた素敵なことなの。私はこの運命を信じて、私にできることを精一杯やりたい。」


自分の死を考えたことはある?


「うん。死ぬ覚悟はできている」


死ぬ前に何かしておきたいことは?


「ない。ただ、家族に愛していると伝えたい。」


生まれ変わったら?との質問に


「うぅ~ん。ちょっとむずかしいけど、生まれ変わってもまた、自分に生まれたい。」


どうして?


「私が私であることがすきだから」


17歳の少女が、自分を愛し、家族を愛し、すべてを受け入れ一生懸命生き抜いた姿をみて、身の引き締まる想いでニュースを見ていました。

「また、自分に生まれたい。私が私であることがすきだから」といえる自分に私もなりたい。


特技を磨くことは、自分を磨くことだ

自分を磨くことは、自信を磨くことだ


大山総裁の言葉だが、


私もよく会社で社員に、これと似た話をします。


「自分の仕事を好きになって下さい。

そのためには仕事が得意になることです。

そうすれば仕事が楽しくなるだろう。」


そのためには、たくさんの成功体験をすることです。

成功体験を積むには、毎日の仕事に課題を見つけること。

そして、その課題をクリアしていくことです。

(どんな小さな事でも構わない。たくさん実績を作ることが大切)

そうすれば、仕事に対して自信がもてます。

自信を持って仕事ができれば、楽しくなるだろうし、

その仕事に自分で価値を生む事ができれば、自分の仕事に誇りを持てる。


自信とプライドをもって仕事をしたい。

自信とプライドをもって生きたい。


そう自分にも言い聞かせます。



(総裁語録追加)


特技とは個性と実力の証明だ!世界中に通用する身分証明書だよ!


一芸一能を身に付けておけば、ビジネス社会でも心に余裕がもてる


己と向き合う稽古、他に向い合う稽古、
この表裏一体こそが、修業の理想である。


他力本願の稽古ではなく、自力本願の稽古が必要である。


大山総裁が仰っていた言葉ですが、稽古・修行の仕方(自分の生き方)を考える時、道場での集団稽古だけに頼るのではなく、これからの自分には何が必要で、何を目指すのか、目的を明確にする。

その目的を達成するために、短期・中期・長期の目標設定をして、一つ一つの課題をクリアしていく事で目標は達成されるということだと思います。


空手の稽古に限らず、人生の目標達成(夢の実現)のためには、絶対に意識しなければならない考えだと思います。

釈迦(ゴータマ・シッダールタ)

※仏教の開祖の教え


怒る人に怒りを返さない人は、勝ち難い争いに勝つ。


大きな心、余裕ある心、優しい心、わかろうとする心、和の心

それぞれの立場、環境、関係、世界を見つめる心の眼(心眼)を持つことが

相手を知るために必要であるということだろうか?

(※勝つことの極意は相手を知る事也)


今、ふと考えただけでは理解できない言葉です。

今後、おいおい学びながら考えたいです。