「極真大道」 大山倍達より


人間はみな、したいことがしたい。

それは、当然のことだ。

苦しいこと、損なこと、人の犠牲になるようなこと、つらいことはしたくないものだ。


放恣に生きるのを、一つの徳とするような哲学もある。

だが、実際上、すべてに放恣で、この世に許されて生きられるような人はいない。


むしろ、道をきわめつくして、徳至った人にだけ、自在が許されるといってよい。


子曰く「われ十有五にして、学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして、おのれの欲するところに従いて、矩をこえず。」


孔子のような大徳の人でさえ、老人になってから自分のしたいことをして、矩、つまり規範を乱さない境地に至った。


最近の若者には、家庭での規制がすくない。

家は裕福で、子供の数が少ない。

子供になんでも買い与え、なんでも子供の自主性を尊重する。

自主性ならいいが、実はわがままである。


人間に欲望のあるのは当然のことだ。

だが、欲望のかたまりで、これをむきだしの若者たちの多いのを見ると、日本の徳もこれでおしまいと思わざるをえない。


(以上 第四章 わが阿修羅の時代より 抜粋)


→私も、自分自身を改めるとともに、子供の教育についても考えたい。