その後も何回かワコから電話があった。その度、僕は過去のことを思い出した。そして自分が今居る場所が何かファンタジーのような気がした。僕はまだバンドマンなのだ。ステージで歌えないバンドマン…。ステージで歌えないバンドマンは山の中にラジカセを持っていき、ローリングストーンズの『You can’t always get what you want』を歌った。僕はミックジャガーよりも歌がうまいと思った。しかし…一体それがなんなんだろう???どうなるわけでもなかった。

憂鬱な季節は僕に新しい時代を連れてきた。それも突然にだ。

僕の住む家は山の中腹に聳え立っていた。台風19号は、その横50mの場所から川に向かって100mの山を抉り取っていた。山に出来た大きな舌。それは世界に対してアッカンベーをしているように見えた。たくさんの偶然が積み重なって、僕は中学時代の友人の働く役場の建設課で働く事になった。仕事は『偉大なるポール持ち』だった。といってもアルバイトだったが。バンドマンを諦めた男がはじめてちゃんとお金を貰ってする仕事なのだ。偉大なる…をつけてもいいだろう。

建設課はなごやかな空気の場所だった。それは実家よりはるかにアットホームだった。きっと、それなりの努力をしてそんな空気を作っているからだろう。僕はこの職場で社会復帰をするのだ。

中学時代の友人Aからまず紹介されたのは、中学の2年先輩のSさんだった。その風貌は小柄な職人と言う感じ。肩書きは主事だった。皆が尊敬しているというその人柄を体全部で表現しているような人。後に彼が東京出張の際、過労でビルの窓から落ち、生死の境を彷徨った末、復帰してきたんだと知った。僕は軽く挨拶した。Sさんは、『よう!隆くん、よう帰ってきたね』と言った。僕は同じような言葉をこの数ヶ月で何人からか聞いた。でも彼の言葉のように、内臓に染み渡る言葉ははじめてだった。それは、お互い死にかけたことがある者同志の共通の匂いに反応したことが理由だったのかもしれない。

DYLAN-F


さて、またまたDYLANシリーズ!実は初期の名作と言われるこの『FREE WHEELIN’』を今まで聞いたことがなかったんだよね・・・。で、聞いてみました。

ヒット曲『Blowin’ in the Wind(風に吹かれて)』から始まって、アコースティックギター1本で歌われる全13曲。1963年、DYLAN22歳になったばかりの頃の作品なんだけど、一言で言うと『スゲエ!』って感じです。
すでに老成の域っていうか、お爺さんの歌という貫禄とリアリティ!

これから2年後に名曲『ライク・ア・ローリング・ストーン』でRockに転向するんだけど、その頃のファンがコンサートでブーイングしたという事実もすこしわかる気がした。その位、フォーク時代のこの作品は素晴らしいし、30年以上経った今でも十分通じると思う。

やっぱりNasに似てるよな。そのメッセージ性や文学しているところ・・・
HIP・HOPと共通する要素も多いと思う。

実はライク・ア・ローリング・ストーン(追憶のハイウェイ61に収録)の歌のリズムってブレイクビーツだって知ってた???

しっかし、このジャケ、いいなぁ・・・。
Hard Rain


このコーナーで紹介したことがきっかけで、最近BOB・DYLANに嵌ってます。

一番好きな作品はこれだろうな?!という訳で『Hard Rain』を紹介。
初来日の頃に発売されたもので、音源はローリングサンダーレビューという全米ツアーの最終日のもの。ミック・ロンソンがギターで参加しているってことが理由かもしれないけど、かなりラウドなDYLANの歌声が聞けます。

前にも書いたけど、丁度パンクロックが出てくる頃で、DYLANもそんな時代の空気を感じたんだろうか?今聞いてもこのアルバムが一番インパクトある。HIP・HOPやREGGAEしか聞かない人にも聞いて欲しい一枚。

ローリンク・゙サンダーレビューは別れた奥さんサラを取り戻そうとしたツアーだった!という説もあるみたい・・・。いいねぇ!
    私の好きなバンドが解散しました…

ワコの字をじっと見つめながら、僕はこれからどうすればいいのかを考えていた。きっとワコは辛いのだろうということはわかった。かといって僕にできそうな事は何もなかった。
僕はワコを本当に好きではないからだ。ワコの為に毎月東京まで会いに行くことや、ワコの為に毎日電話で話をすることはできるかもしれないと思った。人助けだと思えば僕にはたいていの事はできるからだ。しかし、それはワコを助けることではないことくらいわかった。いや、そんなことをしたら余計に傷つけるだけだろう。

夜中の12時にワコから電話があった。長い沈黙の後、『さびしいの…』と彼女は囁いた。僕は…何も言えなかった。そして、『今日はもう遅いから、明日また』と短い言葉で電話を締めくくった。それから一晩中、ボブ・ディランのハードレインを聞いた。そして10年前に学校をサボって初来日コンサートを見に行ったことを思い出した。一緒に行った中学の同級生のBは今どうしているんだろう?数年前に村から出て行ったという噂以外、音信不通だった。結局僕はワコの気持ちから目を背けたかったんだろう。そんなことを思いながら何日かが過ぎた。僕は両親の仕事を手伝いながら、この先のことを考えていた。と言っても、元々バンドマンになる以外のことなど考えたこともなかった。つまり、特にやりたい仕事も思い浮かばなかった。僕はこのまま毎日鶏の卵を拾いながら年をとっていくのかもしれない?とも思い始めていた。

僕の生まれた場所は、ずっと僕に背中を背けたままだった。そして、小さい頃から何ひとつ変わったところはないように思えた。もし戦争が起こったとしても、この村だけは核シェルターのように守られているんじゃないかと思った。それくらい、近所の人々は人類性善説で生きていた。僕にはそれがすこし悲しく、諦めに似た感情を呼び起こした。ワコのこと以外で僕に生まれた唯一の感情だった。

      僕の好きな世界が解散しました…

ワコにそう手紙を書こうかと思った。そして書けなかった。
PIL


今回のFreshや処女作『アルバトロスを探せ』のモチーフになった作品を紹介!

SexPistols時代の芸名ジョニーロットン改め、本名のジョンライドンが作ったバンドPIL(PUBLIC IMAGE LIMITED)の2作目『METAL・BOX』。

本国イギリスでは鉄のハコに入って発売されたんだよね。その頃ジョンはロック雑誌でしきりに『ロックは死んだんだ』とか『俺はロックの墓場の上で踊ってるんだ』みたいな発言を繰り返していた。

その頃レゲェのアーティストの間で普及しはじめたダブの手法を多用したり、白鳥の湖のフレーズをリフに取り入れたりと斬新な音作り。Pistolsの頃の街の与太者的なイメージは彼の一部なんだろうな。実はかなりのロックオタ
ク。

しかし、今聞いてもいいな、この作品。音が斬新なのもそうだけど、アイリッシュの血を感じさせるジョンの歌は神経直通っていう感じ。プリンスの作品で言えば『Parade』、Nasで言えば『STREET DISCIPLE』に近いな。

Pistolsとは別物だと考えたほうがええけどね。