30 HARVEST FARM  【Duran】

Virginiaが死んだ!それも自殺だった。訳のわからない秀夫と優子は、その日一日中泣きじゃくった。叔父さんの話では、Duranの強い希望で1週間前に京都のお寺でDURANと父のメイオールだけで手厚く葬ったとい
う。

《なんでや!なんでこうなんねん!》

秀夫の脳裏には、初めて会った時に愛犬に話しかけるやさしいVirginiaのイメージが焼きついていた。全てを知っている小田社長は、Duranのことが心配でならなかった。つまり、父のメイオールの恋、それもDuranの元の彼女との恋が原因だろうという事は容易に想像がついた。
Duranとメイオールがどんな言葉を交わしたかは定かでない。Duranは頑として、小田社長がメイオールに会う事を拒んだのだ。
 
小田社長がDuranの元に駆けつけたのは、京都の街にジングルベルが溢れる頃だった。

「Duran、何と言っていいか、わからないけど。僕はいつも君の味方だよ!」

「Odaさん、僕にも原因があるかもしれない…。Hideとyuukoと会った日から暫くして、僕はロスに帰ろうって彼女にそう言ったんだ。もう一回現実と向かい合おうって。彼女にとっては酷な一言だったのかも知れない…」

「Duran、それは違う。Virginiaは彼女の人生を生きたんだ!彼女の心の内は誰にもわからない。メイオールを愛するあまりのことだったかも知れないし、そうじゃないかも知れない。でも、彼女は彼女の人生を精一杯生き抜いたんだ。きっとそうなんだよ!」

このまま、Duranを一人にしておいてはいけない。小田は心底そう思った。ロスに暮らすJoeに事情を説明し、遂に最後のカードを引いた。スタンドの全米ツアーだ。ビクトリアジャパンは経営的に決して楽ではなかった。しかし、このままDuranを放っておいては、世界一のダイヤの原石がバラバラになってしまうような気がしたのだ。バラバラになったダイヤは、人を魅了するどころか、人を傷つけるだけの刃物にさえなってしまう。自分を傷つけながら、周りの世界まで傷つけてしまうのだ。それは決してしてはならない事だ。何億の金、いや何十億の金を積んでも阻止しなければならない。

そんな小田の強い思いは、Joeをはじめとするスタンドのメンバーの心を動かした。Joeから《かってのスタンドのメンバー全員のOKを取り付けた》との電話が入ったのは、小田がJoeに相談した日の翌日だった。

『頑張れDuran!世界は君を待っている!』

心の中でそう祈りながら、小田は日本でのDuranの音楽活動の総集編ともいうべきスタンドのベストアルバムの編集に取り掛かった。周りには、全米ツアーの為の資金稼ぎだよと触れ回ったが、内心はそうじゃなかった。日本での5年間の音楽活動の意味をDuran自身にしっかり認識させて誇りを持たせてやりたかったのだ。それには全国のスタンドのファン、Duranのファンの力を借りるのが一番だと思ったのだ。



31 親愛なる我が息子Duranへ
            【Jack・Mayall】

親愛なる我が息子、Duranへ

 我が息子Duranへ、そう呼んでいいものだろうか?Virginiaの痛みに何もしてやれなかったこの私を、おまえはもはや父とは呼べないだろう。だからこの手紙は最後のものだと思ってほしい。
ただ、私とLisaの今後についておまえにだけはきちんと説明しておく責任があると思った。
Virginiaが日本に旅立った経緯は、彼女から聞いているかもしれない。
Lisaと関係を持ってからも、私はVirginiaをこよなく愛していた。彼女と結婚してから、いや、初めて出会った時からそれまでで一番愛していた。しかし、残念ながらLisaの事をVirginiaよりももっと愛してしまった。そして、彼女にそう告げた時、彼女と私の愛は終わったのだ。そして私はLisaを新しい妻として迎えた。
その事についてもはや言い訳することはできない、いや許されないと思っている。

Virginiaが命を絶ってからほとんど寝ずに一週間ほど悩んだ。何度も死のうと思った。
しかし、死ねなかった。私が死ぬ事でVirginiaが帰って来る訳ではない。むしろ私は私の罪を一生背負って生きて行かなければならないと思い直した。そして、その事をLisaにも話した。勿論、今でもLisaを愛している。しかし「愛しているからこそ別れなければならない事もあるのだ」と、今さっきそう説得してきたばかりだ。

私が経営するオレンジ農場はすべて人手に任せようと思う。毎年、おまえの銀行口座に収益の50%が振り込まれるはずだ。そして、この10年間、私が執筆してきたUFOについての原稿の著作権を委譲させてもらいたい。出版社との契約を昨日取り付けてきたところだ。私がおまえにしてやれることはこんなことしかなかった。
ビクトリア・ジャパンの小田社長から、スタンドが全米ツアーをする計画だということをお聞きし、家にあったスタンドのレコードとテープを全部聞かせてもらった。何故かVirginiaと出会った頃のことを思い出した。おまえは確かにVirginiaの息子だ。彼女と一緒に聞いたエルビスやウディ・ガスリーやシュープリームスやエディ・コクランやバディ・ホリーや…、彼女の好きだった音楽の要素がすべて詰まっていた。どうか、彼女の息子としてこの世に生まれたことを誇りに思ってほしい。そして、世界中の人々にその限りない愛を分け与えてくれることを…。

かってあなたの父と呼ばれた男   
           Jack・Mayallより



32 まぼろし①  【Duran】

《マンハッタンに現れた極彩色のモンスター!》

その頃アメリカで一番有名なRock雑誌は、スタンドの全米デビューをそう表現した。ドラムセットとギターアンプ以外に何もない簡素なステージは1991年には相当珍しいものになっていた。というより、もはや超レトロな見捨てられた骨董品と言い切ってよかった。

開演前のステージに集まったのは、日本での評判を聞きつけた耳ざとい少数の若者と、顔に『渋々見に来た』と書いてあるかのようなロックジャーナリズムに係わる憂鬱そうなオヤジたち。会場は満員でも3000人がやっとという小さなホール。しかも閑散として見える。つまり客は半分も入ってないのだ。

『せっかくのアメリカデビューってのにこのざまだ!今までニューヨークでライブをやったことのないスタンドだ。無理もない。これが地元のロスだったらもう少しマシだったのに!まあ元気だしてぼちぼちこうぜ!』

滅多なことで悩まないドラムスのJoeでさえ、自身にそう言い聞かせるほど深刻な事態だった。ロスに帰って来てからのDuranの様子が明らかに以前とは違うのだ。すべて理詰めでメンバーを説得しようとしていた以前の積極的な姿勢がみえない。彼の気持ちを思いやって集まったメンバーの存在などまるで無視するかのようなタイドなのだ。
すべてを知る親友のJoeだ。Duranの身に起こった不幸は十分過ぎるくらいわかる。しかし、実際問題、ツアーの場所ひとつ決めるにも、「ニューヨークだ!」そう言い放ったままで理由を説明しようとしない。メンバーの気分が暗くなってもしょうがない…。

『心の壊れたDuranに果たして以前のようなリアルな歌が歌えるのだろうか?』

Duran以外の8人のメンバーは共通の不安を抱えながら、バックステージから続く壊れそうな階段を登って、アメリカデビューのステージに立った。日本暮らしの長いDuranが強引に選んだ美空ひばりの「りんご追分」が少しずつフェイドアウトして、ステージに地味なスポットライトが当たり始めた。
ギターのイアンがフェンダーのテレキャスでゆっくりイントロを奏ではじめる。

Joeが集中できそうもない気分で、それでも細心の注意でエイトビートを刻み始めたその時、、、、、

ステージの後ろに巨大な漆黒の鳥が現れた…! 

いや、おそらく8ミリフィルムで撮影した映像だろうか!

♪YOUR LOVE IS CLOUDYSKY~♪

すべての感情を包み込むような、励ますような…、少しハスキーで細い声が特大のボリュームでステージのメンバーに、いや、観客にも聞こえた!!!

『Duranが…、帰ってきたんだ…、…、』

Joeは涙を堪えるのが精一杯だった………………。

『 物語は  今  始まったばかりだ

    俺の予感は   正しかった
                                       
             !!!!! 』
        ↓

歌い始めたDuranがステージに出てくるのを皆、待っていた。しかし、1分経っても2分経ってもまだ出てこない。。。

    『一体どうしたんだ?』

メンバーの集中力が切れそうになった頃、というより、エンディングに近いパーツに入って歌と演奏が怒涛のように盛り上がる頃、満身創痍の鳥獣のような男が登場した。

観客は一瞬、Indianが出てきたのかと錯覚した。顔は原色で縞模様に塗りたくり、熱帯に生息しているような獰猛な鳥を連想させるような衣装を身に纏ったDuranだった。

Joeをはじめとするメンバーは構わず演奏する。

スタンドはDuranがロスに帰ってきてから、ほとんどリハーサルの時間を取らずに今日のステージを迎えていた。なので曲は殆んどが5年以上前のもの、つまりアマチュアの頃から何百回と演奏したものなのだ。個々のメンバーの頭の中を、ロスで世界デビューを夢見ていた5年前にタイムスリップさせるに十分だった…Duranが少しくらい可笑しな格好で出てこようが、何のことはない。

しかし、一方の観客にとっては初体験である。音楽好きの若者達にとってDuranの格好とスタンドの音楽は不思議な印象を与えた。

クラシカルなようで新しいようで…、ファンクというと最近の新しい白人のロッカーが作り出す高密度のハードロックもどきなものしか聞いた事がない世代だ。その耳にはスタンドのシンプルなグルーブは黒人音楽の一種のようにも聞こえる。
そして圧倒的な存在感の鳥獣の歌…、それはメロディアスにはメロディアスなのだが、よくあるRockのメロディーとは明らかに違うのだ。

時代によって歌は変わる。それは大衆の為の音楽だからだ。その時代特有の大衆の感じ方や感覚をうまく表現した歌が売れるのだ。しかし、太古から人の感情はあまり変わらないように思える。親しい人と別れれば悲しいし、恋することはわくわくするし、理不尽なときには腹が立つ…。人が若い頃に聞いた音楽を聞き直した時に感じる心地よさは、過ぎ去ったその頃の感覚を思い出すことで、実はその頃に抑圧していた感情を刺激されているからだ。 初めて聞いた人にも、昔どこかで聞いた事があるような気にさせてしまう。Duranの歌の不思議さにはそんな特徴があった。

         ↓

観客は少なかったが、スタンドは3回ものアンコールによってニューヨークっ子に受け入れられた。

『今日のステージで、その内全米でも火がつくだろう?』
アメリカ人と日本人のハーフのような風貌の小田はそう考えていた。

ミーティングで見せる、以前にはないDuranの表情が一番気になっていたのは彼だった。一緒に演奏するスタンドのメンバーと違い、ステージに上がったDuranをどうしてやることもできないからだ。彼は自分の仕事を、スタンドをいかに多くの人に知ってもらうか?ただその一点に集中するしかなかった。

「みんなよかったよ、アメリカでの正式の初ステージにしては上出来だ!…それと、あるMusicianから電報が届いている。」

すでに缶ビールを飲み始めたJoeとイアン、椅子にぐったりしたDuran、汗っかきのキーボードのリックはタオルで汗を拭いていたが…、小田の言葉に「えっ?」という顔でメンバー全員が振り返った。

    「Sly Stone!」

最近、元気のないDuranが何か大変なことがあったかのように小田から電報を奪い取った。


      「Slyだ…!」

小田は嬉しそうなDuranの顔を見てすこしほっとした。

《今の彼にはSlyだけが唯一尊敬できる存在なのかもしれない…。全くメンバーを含め、周りの皆がこんなに心配しているに…、まあいいか、その内きっとわかるさ。がんばれDuran!》

ステージが終わったあとの観客席では、三々五々若者が帰り始めた。殆んどがニューヨークの若者だったが、その中には今日のスタンドのステージを見ようとわざわざロスから来た者もいた。そして、複雑な思いを抱えながらそう心の中で祈っていたのは小田だけではなかった。

    『がんばれ、Duran!』

ジャックとの辛い別れを生々しく抱えたままロスからやって来たLisaもそう思っていた。



33 Message in a Bottle
            【Lisa Tailor】

《Duranへ》
 
Duranの気持ちをこれ以上傷つけるのが怖くて、この手紙を出そうか出すまいかずっと迷ってた。でも、私のこれからの事をちゃんと伝えておいた方がいいような気がして…、実はJoeに相談したの。
彼は『出せよ』って、『もしもDuranに気持ちが伝わらなくても出した方がいい』ってそう言ってくれた。

 Virginiaが自殺してからの私は、生きて行く勇気が無くなっていた。すべてが変わってしまったの。VirginiaやDuranを傷つけたことを激しく後悔した。
だから、Jackから別れを告げられた時、遂に来るべきものが来たんだっていう気がした。私達の愛は間違いを犯したんだって。今でもJackを愛してる。でも、愛は愛だけじゃ成立しないって事も事実だって、その裏側には必ず人を傷つける要素が含まれていて、そこから生まれる憎しみにも責任を負わなければならないって、Virginiaの死は私にそう教えてくれた。

 高校生のあの日、図書館でDuranに声をかけなければ…、ロスのUFOサークルでJackに出会わなければ…、今の私はない。平凡な女の子のまま、取り立てて特別な才能を持ってないけど、皆と同じような平凡で優しいボーイフレンドと付き合って、たまにケンカをしたり仲良くなったりして、小さく傷つきながら大人になって、ごく普通の退屈な夫と可愛い子供がいて…、そんな空想が頭の中いっぱいに広がってどうしようもない。でも、現実の私は特別な才能を持ったとても素晴らしい2人の男から愛された。だからその事実に恥じないようにこれからのLifeを一生懸命生きなけりゃって、そう思うことにした。

今日は1991年2月14日、私の27回目の誕生日。私はベトナムに行く事にしたの。二年前に亡くなった教師をしていた父がいつも言ってた。
『ベトナム戦争の真実を若者に伝えなくちゃっ!また、その内同じようにアメリカは戦争をするだろう』って。そして、父の言っていた通り湾岸戦争が起った。
イラクに行くことも考えたけど、その前にやるべきことがあるような気がした。アメリカが傷つけたベトナムが今どうなっているのか?私に出来ることが何かはわからない。でも、Duranのステージを見て決めたの。どんなつらい状況でも決してあきらめないって。

Duran、頑張って!私も精一杯生きる。

             Lisa Tailor


26 スタンド③ 【Duran】

 日本に来てからもう5年が経った。僕は京都の古い一軒家に暮らしながら殆んど日本人のような生活を送っている。ここじゃあ、騒々しいロスの暮らしが嘘のように思えてくる。人は必要以上に自分を訴えなくても生きていく方法はあるかのようだ。
おっと、Joeやスタンドのメンバーの事を話しておこう!Joeは今、ロスで暮らしている。僕の親友でありスタンドのメンバーであることに変わりはない。あとはいまだにパンクロックが大好物のギターのイアンがメンバーだ。あとのメンバーは3年前に正式には脱退した。当初、日本に来てから1年でロスに帰り全米デビューする予定だった。それが実現しなくなったってのが主な理由だ。でも、毎年恒例の日本の全国ツアーには全メンバーが揃って日本中をツアーしてくれる。なぜ、僕だけが日本に残ったかって?

 実は今、母のバージニアと一緒に暮らしてるんだ。そういえば、鋭い君には大体の察しがつくだろう。父のメイオールとLisaは一緒に暮らしてるんだ。僕はひとりっこだから傷心の母を預かる事にした。彼女はこちらに来てから以前と違って生き生きしているよ。「もうひとつの生きたかを探すんだ!」って英会話の講師まで始めたのさ。

《何故、全米デビューが適わなかったかって?》

正確には、僕のわがままだろうなあ?!どんどん拡大していくロックビジネスに嫌気がさしたんだ。日本を落したらその次はロス、次はシアトルとシスコ、最後はニューヨークで全米制覇。その次はロンドンとパリ…。その内、何億もするステージセットで大量に電力を消費しながら反戦と環境保護の歌を歌い始める。誰とは言わないけどね!そうした生き方の矛盾に、というか偽善に僕は耐えられないんだ。本当に大事なのはそういうことじゃないさ。目の前の君を愛することなんだ。

Joeとイアンはそんな僕の気持ちをわかってくれた。これから僕とスタンドがどうなるのかはわからない。とにかくバージニアの新しい人生が軌道に乗るまで、静かに見守りたいんだ。



27 平原から③ 【HIDEO】

「優子、実は相談があんねん!」

「なによぉ、すごい勢いで?」

「Duranに会いに行こう!」

「えっ…、何、今なんて言うた???」

「スタンドのDuranに会いに行こうって、そう言うた!」

「…会えるわけないし、それに何でまた突然にさ?」

「DuranのEternalSkyって歌が俺を助けてくれたって事は以前話したよな?」

「うん、詳しくは聞いてへんけど…」

「Duranに会って直接お礼が言いたい」

「それやったら、ファンレターで十分ちゃうの?相手はロックスターだよ!ファンの感謝の気持ちにいちいちつき合ってるほど暇ちゃうって!!!」

「もう段取りはしたんや。というのもDuranの所属するビクトリアジャパンっていうレーベルの小田社長は、俺の親父の弟、つまり俺の叔父さんやからや!」

「えっ、Hideの叔父さん…!!!???…なん…」

「あー、だからDuran宛ての手紙をそのまま渡してもらった。そしたら、京都に来たときはいつでも連絡くださいってな手紙に住所と電話番号がそえてあったんや!」

「ちょっとぉ…!!!ほんまなんやぁ」

まだ優子は半信半疑のようだ。というより、俺自身も運命の糸の不思議さにとらわれたままこの数日を過ごしていたのだった。

 
             ↓



 車内にKissFMを流しながら、アコードクーペは阪神高速を東に向う。もう少しで西宮インターだ。

「優子、もう30分ちょっとで京都や!楽しみやろ?」

「京都かぁ!Hideが青春のかけらを置き忘れた町やね!?」

「こらぁ、俺はボロかぁ?場末のスナックで♪オオサカデェーィ、ウマレタァーア、オンナヤァサカイって歌うんかぁ!!!今時のねえちゃんは…サカイなんて大阪弁つかわへんで!」

「あっはっは。その歌い方はボロっていうよりショーケンやぁ。やっぱりHideからかうんおもろいわぁ!!!」

「ところで優子、Duranからもろた手紙の住所読んでみぃ!住所どこになっとる?」

「うん、えっーとねぇ、京都市左京区浄土寺…」

「うん、そうか、わかった。」

「ヘェー、Hideってすごいね。住所言うただけでわかるんや!さっすがぁ!」

「いつも思うけど、おまえって変なとこで感心したり感激したりするなあ?この間も俺が車ガードレールにぶつけた話した時、急に泣き出すからびっくりしたけど…」

「うん、《飛び出てきた猫よけようとしてガードレールに激突っ!》ってHideから聞いたから、なんか嬉しくて泣いてしもた。」

「嬉しがるか?普通。修理代40万やで40万!自賠責しか入ってないから半額は実費や!」

「うん、お金はまた儲ければいいやん、猫助かる方が大事や!で、ちゃんと保険も入ろうね!」

「 … 」

《つまり、その、今の俺には優子が必要なんだろう…。そんなに賢くないけど、こいつにはいろんな事がわかってるんだ。ひょっとしたら京都に一緒に連れてきた本当の理由もうすうすわかっているのかも知れない…》

 

                ↓



 出口が混雑する南出口を避けて、アコードクーペは京都の東出口に降り立った。

4歳違いで12月14日生まれのHideとDuranはもうすぐ出会うはずだ。そして、一方の主人公のHideにとって、それは出会いというより再会といった方が正しく思われた。

十数年前にTVで聞いた♪Eternal Sky remains the Same♪の作者と会うのだ。というか、彼にとっての命の恩人と会うのだ。

アコードクーペはタイムマシンになって時間を逆行しはじめていた。




28 初めての再会 【HIDEO&Duran】

 京都の名所、銀閣寺に登る坂の手前に小さな川が流れている。その小川にまるで寄り添うかのように一本の小道が作られている。「哲学の道」そう名付けられたのは石川県出身の明治時代の哲学者、西田幾太郎がよく通ったからだとされている。

「ヘェー、こんな静かで綺麗な町があるんやぁ。もうすぐDuranに会えるね!」

「あー、でもせっかく京都来たんやから、先に銀閣寺でもよってこうか?」

「えー、いいよぉ!11月23日の2時に行くって手紙に書いたんでしょ。勤労感謝の日って普通だったらコンサート日和や!それだけでもロックスター相手に十分わがままな話やのにぃ!もう15分まえやよ…、銀閣寺行ったら間に合わんっしょ!…あっ、そうかぁ…もしかしてHide、あがってるんちゃう?」

「図星、いや、優子にはわからん事もあるさ。あがってるんやないけど、このまま家に帰ってしまいたいような、そうじゃないような…そしたら何も起こらん気がするし…?!」

「それをあがってるっていうんや!さあさあ、ファイト!」

「ふぁ~い!」

哲学の道をすこし山側にのぼった坂の途中にDuranの家はあった。庭先で誰かが喋っているのが聞こえた。よく聞くと英語のようだ。すこし近づくとブロンドの女性が何やら犬に話し掛けているのが見えた。Duranのお母さんかもしれない…。

「Hello、Hideo?」

突然、その家の2Fから細い声がした。見るとDuranが窓を半分開けて顔を覗かせている。

「Hello、HIDEO?Nice To Meet You!」

「きたあ、優子。何かゆうて!」

「Hello!DURAN. I’m glad to see You.」

《助かったぁ!勉強嫌いの優子が唯一英語は得意だったのだ!》

「ほら、ほら、Hideもごあいさつ!」

「Oh、Me Too!」

ナイスなボケにDuranと、こっちに気が付いた母のVirginiaがおそろいのブロンドヘアーを揺らせて笑う。

「トホホ、Hideったら、もうー!」

優子も俺の腿のあたりを軽くつねりながら、くすくす笑ってる。

《何かこの風景、以前にも確かにあったような気がする…》

俺は、目の前の光景をこの世の中で一番美しいものだと思った。ずっとずっとこの時間が続いて欲しい。ほんの数秒の間、確かにそう思った。

「よっ、こんちはっ!」

Virginiaに案内されて玄関から入ろうとすると、なんと叔父さんが笑顔で立っている。

「えー、なんでさぁ!」 
 《急に現実に戻ったみたいだ》

「いや、秀夫くんが来るってDuranから聞いたもんだから、スケジュールを調整して来たんだよ!僕も学生時代は京都だしね…。家族の皆は元気かい?」

「はい、まあ相変わらず仕事ばっかりして、足が痛いだの肩がこっただの言ってますけどねえ…」

立ち話をしていると、後ろからDuranがやってきた。

「Hide、Yuuko、はじめまして。ようこそ、よく来てくれました。」

「あっ、日本語喋れるんですか?」

「うん、もうこちらに来て5年だしね。あまり込み入った話じゃなければ十分喋れるよ。」

「うわっ、何だか感激しちゃう!本当にDuranさんですね!ずっとファンでした。」

優子はなんだか、夢見る少女のような微笑でDuranと握手をしている。
Duranは思ったより小柄で色白、繊細なアメリカのインテリの若者といった風貌だった。かもしだす雰囲気がVirginiaと似ている。あたりまえか、親子なんだから…。
ビクトリア・ジャパンを創業するまで外資系の銀行に勤め、海外暮らしの長かった叔父さんは、日本人というより何だかアジア人とアメリカ人のハーフのようにも見える。

Duran、Virginia、叔父さん、俺、優子、なんという不思議な組み合わせだろうか?
というより、なんだか久しぶりに会った家族のように懐かしい気がするのだ。

「手紙を読んだよ!Hideもロックやってたらしいね?それに高校の頃、僕のEternalSkyをTVで見ていてくれたんだよね!」

Duranはまるで自慢するように、叔父さんにそう言う。

「そうなのかい?秀夫がねぇ、ふ~ん、ちっとも知らなかったよ。それにしても人の縁って全く不思議なものだ!」

Duranはいつのまにかアコギを抱えている。

「Hide、じゃあ、一緒に歌ってみようか?」

「えー、無理無理、心の準備できてな~い!」

「ええやん、こんな機会滅多にないよぉ!」

《優子はもうその気だ。でも、歌うのは俺なんやけどなあ?》

Duranはさりげなくギターを弾き始める。

《よく考えるとDuranはかなり強引だ、でも何故か皆なその空気に自然に飲み込まれてしまう…》

♪Your Love is Cloudy Sky.
Looks Like Washing in The Cloudy Sky.
It Never Dry Up Forever.
…  …  …
…  …  …

「きゃー、Hide本物よぉ!」

…  …  …
…  …  …
♪My dear friend. You’re so wonderful.
♪My dear friend. You’re not alone.
♪My dear friend. Give me your hands.
…  …  …
…  …  …
♪Eternal Sky Remains The same

俺は自然と歌っていた、というよりDuranの作り出す不思議な空気に歌わされていた。

《やっぱりそうだ、以前にもこんな事があったような気がする…》


《Duranの歌は掛け値なく素晴らしい、詞の内容はとてもシビアな現実のことなのに、そこに何の装飾や意味付けもなされてないのだ。心の底から純粋に感じることを歌う、実はこれほど困難なことはない。自意識とそれから生まれる照れやプライドや愛や希望や勇気や絶望や様々な無理や…、僕らはそんなものに振り回されながら生きている。だから色んな理由をつけて前向きになったり、生きる事やたまには死ぬ事さえ肯定したりさえする。そしてそれが理解されないことに苦しんだり怒ったり悲しんだりする。また理解された事に大喜びしたりする。そして誰もがそんな喜怒哀楽を大事にしながら生きていることに何の違いもない。Duranの歌を聞いているとふとそんなことを思ってしまうのだ。それはまるで黄泉の国に連れていかれたかのような不思議な感じだ。》

「Duran、ところでアメリカでデビューしないの?」

「…、あまり考えたことがないんだ。つまり、どこでもいいんじゃないかって!ロックビジネスの中で好きな歌を歌っていくのはあまり楽なことじゃない…。」

《Virginiaと叔父さんはうつむいたままだ…。本当はどう思っているんだろう?》

「私はアメリカでデビューして欲しいなあ…、Duranの歌はたくさんの人が必要としてると思うから…。勿論、Duranの自由だけど…。」

優子はたまに突拍子もないことを言う。それも、場の空気を読めない訳じゃなく、読みきった上で言うのだ。《女にはかなわねぇや》

「さあ、せっかく京都に来たんだから、どっか行こうか?」

その場の誰もが頭の中で想像しているスタンドのアメリカデビューの映像を振り払うかのようにDuranがそう言う。

「知恩院にお参りでもして、祇園のあたりで飯でも食うか?」

少しほっとしたような叔父さんの声。

僕ら5人はDuranの運転する白いBMWに乗って京都の街に繰り出した。百万遍を左折して東山通りに入ると、右側に京大西部講堂が見えてきた。

「優子、昔ここで演奏したことあんねん。京都のロックの殿堂!」

「ふ~ん…」

《今日の優子はDuranに会えた事で頭が一杯みたいだ。それにしても京都の秋は風情がある。住んでいた頃はとてもそんなことを感じる余裕がなかった。それにしてもDuranやVirginiaの暮らしていたロスってどんな街なんだろう?どうしてわざわざ京都に来たんだろう?》

一行は祇園の駐車場に車を止め、知恩寺まで歩いた。秀夫はDuranともっともっと話したかった。が、叔父さんやVirginiaのいる前であまり本当のことは話せない。そんな気持ちを感じ取ったのか優子は小躍りしながらこう言い放った。

「ねぇ、せっかくだから若者同士でもう少し祇園の町、見ていきたいな!叔父さんとVirginiaは先に料亭で一杯やってるってのはどう?」

叔父さんが苦笑しながらうなずく。秀夫とDuran、優子の3人は八坂神社の門を背に四条通を西に歩きはじめた。

「Duranさん、ですよねぇ!」

遠目に見ていた女子高生の二人組がおずおずと声をかけてきた。

《そういやDuranはロックスターだった!叔父さんがわざわざ人気のない知恩院に行こうって言った事や、優子が3人で祇園に行こうって言った時に見せた苦笑いの理由がやっとわかった!》

瞬く間に人が集まりだし、人垣が出来た。丁度修学旅行のシーズンなのだ。元気のいいというか、盛りのついた女子高生がDuranを放っておく訳がないのだ。

「Hide、Yuuko、Go Ahead!」 《いざという時はやはり英語らしい》

3人はDuranの掛け声を合図に鴨川のすぐ東側の川端通りを北に走った。500メートル位走ったらもうへとへとだ!鴨川の土手を越えて河原に着いた。

「もう、追って来ないよ!すこし休もう。」

そう言ってDuranは秀夫と優子を見てベンチを指差した。

「やっぱ、すっごい人気!」

息を切らせながら優子がそう言う。秀夫はやっとDuranと本当の事が話せそうな気分になった。

「Duran、余計なお世話だとは思うけど…、叔父さんから君の事を色々聞いた。何故アメリカデビューしないのか?って理由も。何億円もかけたステージセットとジャンキーなローディーを引き連れてのツアーが如何に無意味で徒労かって事もね!でも、何となくなんだけど、本当はアメリカに帰りたいんじゃないのかって…、ロスやシスコで歌いたいんじゃないかって、半日君と居ただけだけど漠然とそう感じるんだ。何故かはわからない。」

ゆっくりとマルボロを燻らせながらDuranが喋りはじめた。絹のような声だ。

「Hide、僕が何故日本に来たのか?って聞かないのかい?」

「いいや、それについてはプライベートな問題かもしれないから聞かないよ。」

「ありがとう、僕がまだロスでスタンドのメンバーとつるんでいた頃、SlyStoneと一緒にステージに立ったんだ。その時のライブは昨日のようによく憶えている。2時間の持ち時間を超えても僕のテンションが下がらず、結局30分ほどEternalSkyを演奏してヘトヘトになった。何故そんなに歌えたかって話は後にするけど・・・。そのステージの前日に真冬のKOBEの公園で、一人の若者がEterernalSkyを延々とくちづさんで居たって話しを日本の知人から聞いたんだ。僕はそのことがずっと引っ掛かっていた。TVで流されたわずか10秒くらいのこの曲が一人の若者のライフを左右したんだって、直感でそう思ったんだ!僕が日本に来た理由は色々な偶然が重なって…ってとこだけど、こころのどこかにそのエピソードが引っ掛かっていたことは事実だよ!」

「えー、それって誰ぇ?」

優子の質問にかまわずDuranは続ける。

「そして、小田社長から手渡されたHideの手紙を読んで、本当にびっくりした。君がその本人だって事と小田社長の甥って事もだけど、君がみたアルバトロスを僕もその日のステージで見たんだ。大きな黒い羽を持った巨大な漆黒の鳥さ、ステージが始まって1時間半くらい経った頃にそいつは最前列の観客の前に現れたんだ。確か※9マービン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オンに影響を受けて作った戦争の歌を歌っている途中だった。それが僕の幻覚だって事にはすぐに気がついた。隣のギターのイアンもギルも同じ場所を見ているのに変な顔をしてなかったからね。ステージの間中、烏のような目でそいつはじっと僕を睨みつけていた。すごく辛かったんだ。殺されるんじゃないかっていう恐怖感がずっと続いた。僕はそいつを本気で殺そうとした。このまま演奏が終わってしまうと多分、殺されるんじゃないかって思ったんだ!だから、予定外のEternalSkyを延々30分も演奏したんだ。」

「うん、それで?」

びっくりしたままの優子を無視して秀夫は合いの手を入れる。

「つまり、EternalSKYって曲を歌っている時の僕からなにか見えない力が出ているような気がしたんだ。そいつは、だんだん苦しんで弱って行くのがわかった。僕はアドリブで次から次へと歌詞を繋げて、なんだか曲は全く新しいものになった…。」

そこまで語るとDuranはマルボロの火を消した。

「全て僕の頭の中で起こったことなんだ!でも、Hideの見たアルバトロスと同じ奴のような気がして…、僕が君の手紙を読んでびっくりした訳がわかるだろう?」

秀夫は全てを察したような面持ちで、Duranの肩に手をやった。

「Duran、本当にありがとう!君はやっぱり、俺の命の恩人だ。会えて嬉しいよ、とても。」

《その夜、僕らは何事もなかったようにDuranの母、Virginiaと俺の叔父さん、日本のロックの新興レーベル、ビクトリア・ジャパンの小田社長と合流し、深夜まで盛り上がった。酔っ払ったDuranはカラオケで美空ひばりのりんご追分を超ヘタッピィに歌った。皆ななんだかとても幸せな気分だった。》

※9マービン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オン
発売からもう30年以上経つモータウンのSoulSingerマービン・ゲイのヒット曲。ベトナム戦争に行った実の弟の話にインスピレーションを得て作った反戦の歌だが、英語がわからないリュウが聞くと極上のラブソングに聞こえてしまう。この曲が収録された同名のアルバムを高校1年の頃に初めて聞いたときはわからなかった。今聞くと素晴らしいの一言。


29 みかんの季節

「おい、優子。そろそろ朝飯くいに行こう!すぐ近くにいいとこあんねん。」

Duranの家からそう遠くない銀閣寺の近くの民宿に宿をとった俺と優子は、アコードクーペをたらたらと走らせながら、白川通りを北に向った。

「紅葉、きれいやぁ!」

「やろ、昔、この近くにサーカス・サーカスってLive・Houseがあってな。売れない頃のRCサクセションや上田正樹や、あっ、大沢ヨシユキも「クラウディ・スカイ」っていうバンド引き連れて来てたんや!」

「ヒデも出た!」

「勿論!結構POPなパンクバンド、でも何か周りのバンドからは浮いとったかなぁ、♪わかっておくれよ、HeyLady!俺はとてもあたりまえ…♪とか、ド派手な化粧して血ぃまで出してあたりまえな訳ないやろ?っちゅうねん。でも、あの頃は良かった…」

「なに~!!??今よりよかったのぉ?私と一緒にいるときが最高やっていつもいうてるやん!!!」

「ごめん、そんな意味ちゃうねん。はい、今が最高です。優子と一緒にいるのが、俺は最高に幸せや…。だから、いい女のまま、俺のそばに一生いて欲しい!」

「えっ、…」

「ずっと俺のそばにいて欲しい。俺が亡くなって灰になるまで一緒にいて欲しい」

「プ…、プロポーズって事?」

「あー、…」

「実は、今回京都に一緒に来たもうひとつの、っていうか、本当の目的は、優子にこの事話そうと思って、で一緒に来たんや。俺の、もうひとりの俺の事もわかって欲しかった。」

京都芸術短期大学、通称、芸短の角を左折してアコード・クーペは高野方面に向う。もうすぐ秀夫が下宿していた石田アパートがあるはずだ。

急に無口になった優子と秀夫の関係をかばうかのように、エンジンはうなりを上げて進む。

《頼む、優子、うんって言うてくれ!》

心の中でそう願いながら、秀夫はタイムマシンになったアコード・クーペを現在に向って走らせた。

タイムマシンは初冬の風を切りながら尚も進む。交差点を右折して北に向うと高野、左折して南に向えば京大のある百万遍だ。まっすぐ行くと…、叡山電鉄の線路を渡って高野川に出る。秀夫はまっすぐ進んだ。カーブを切ると集中した優子の気分が変わってしまうような気がしたのだ。

「うん、ええよ!」

優子がプロポーズにOKしたのは高野川を渡って河合神社のある糺の森に差しかかったところだった。

「やった…、ほっとした。」

「うん、ヒデの事は私じゃないと面倒みれんと思うし、それに私の為にこんなに素敵なプロポーズしてくれたし…、それに憧れのDuranもアメリカに帰ることだし…。」

「おいおい、ちょっと待った!Duranと俺とどっちがええねん?」

「冗談よ、冗談。本気で言うわけないやん。」

「もう、優子はいっつも俺を脅かすねんな!それにDuranがアメリカに帰るとか、そんな訳ないやん!おかんだっているのにぃ!一瞬ひやっとしたわ…」

「あっはっは、ヒデやっぱ、おもろいわぁ。ええ人やね!」

《この幸せがずっと続けばいい、優子やDuranや小田社長と過ごした楽しい時間、それに今の俺にはちゃんとした大工の仕事も徳島の家族もある。この幸せがずっと続きますように!》

それから1ヵ月後に届いた黒い縁取りの手紙は、俺のそんな願いを打ち砕くのに十分なものだった。
20僕とJoe⑦ 【Duran】

 Lisaと付き合った短い日々のことは、僕の中でもう穏やかで懐かしい過去のものになっていた。今の彼女が誰と付き合っていようが、彼女が幸せなら構わないと思ってさえいた。でも、いくら何でもJoeの口から出た人の名前は重すぎる。

 『ジャック・メイオール』

《素朴で温厚な家族思いの父がLisaと付き合っているなんて・・・》

Joeと作ったバンド、スタンドは今や破竹の勢いで全米デビューまで果たそうとしている。色々な難問を抱えてはいるが、それは前向きな問題だ。でも…≪父とLisaが付き合っている≫それはいくら僕でも許せない…。

       ↓

「Joe、スタンドが日本からデビューするってのはあり得ないかなあ…?」

僕の突然の提案にいつもは動じないJoeも、内心びっくりしたみたいだった。
海岸線を走るコルベットの助手席に納まった彼は不思議そうに僕を見た。

「何故?日本なんだよ!?」

僕は少し間をおいて喋りだした。
「実はずっと前から考えていたことなんだ。CBSやモータウンってアメリカの大手のレコード会社の重役に会って、Joeもうんざりだって思ったろ?彼らが提案することと言えば、どうやったらビバリーヒルズに家を買えるか?どうやったらマドンナのようなセクシィな女とスキャンダルなしに一発やれるか?どうやったら売れなくなった時に印税で食って行けるか?要はそれだけさ!だからビクトリア・ジャパンの小田社長と初めて会った時に、僕らはこの人となら一緒にやっていけるって思った、そうだろ?彼はこう言った!【ロックって音楽は日本じゃまだまだ日の目を見ていないジャンルだ!たくさんの優秀な若者の未来を切り開く手伝いをするのが僕の仕事だ!】って。僕は彼ととことん仕事をしてみたい!」


Joeが冷静に言う。
「うん、全部わかるよ!でも何故日本でデビューするかって答えにはなってないなあ?もし日本でデビューするって事になると、当分、言葉も食事も習慣も違う日本で暮らすって事も考えに入れなきゃいけないし!」

「あたりまえの事をしていたんじゃあ、Slyみたいにこの国のロック・ビジネスの論理に潰されてしまうって事さ!」

Joeが反論する。
「Duran、おまえが今言ってるのは、極めて単純な論理さ!アメリカじゃ戦う自信がないから、ロックの後進国の日本で戦おう!ってことじゃないか?そんなのは逃げだよ!第一プリンスだってデヴィッド・ボウイだって立派にここで戦って勝利してるじゃないか?」

「いや、逃げなんかじゃないね!日本でデビューするって事は、アメリカでデビューするより大変なことだと思う。言葉も文化も違うし…。だけど、日本で成功すればスタンドの音楽は、今度はアメリカに逆輸入されるんだ。SONYのラジカセやHONDAの車みたいにネ。僕らの音楽を一番理解してくれるのはロスの若者達かもしれない?だからこそ、一度この町を離れるんだ!っていうか距離を置くんだ!」

【Joe】
≪Duranの声色の中に、ステージで彼が歌うときのような哀愁に似た響きが加わって来た。こういう時はいつも説得されるんだよなあ…?俺にはもうわかってきた。Duranはいつも人と親しくなりすぎる事を避けるんだ。その理由はよくは解らない。が、今回はよく解る。やさしい父を憎みたくないんだろう!その気持ちがスタンドの日本デビューというDuranの考えを後押ししているんだ≫




 昨日、Joeから聞いたLisaと父の事が気になり、唯でさえ口を聞かない父との関係はさらにギクシャクしたものになった。というより、僕ひとりがギクシャクしていた。当然だが、父からLisaとの事を母や僕に言う訳はない。しかし、恐らく父はLisaを通じて過去の出来事を知ったはずだ。
 Lisaはどこまで僕のことを喋ったのだろうか?酔っ払った勢いで公園でMakeLoveした事、僕が実は父と母との愛を純粋なものだと思えないでいること、あるいは…。
人は死に瀕した時、走馬灯のように過去を顧みるというが、今の僕の脳裏にはLisaとの思い出がそんな風に駆け巡っていた。


「日本でデビューするという大胆な計画をスタンドのメンバーに話さなけりゃ…、」そう思いながら何日かたったある日、Joeから電話があった。Lisaが会いたいとの事だという。


「Joe、君には珍しくおせっかいな事するんだなあ…。一体だれがそんな気分になるっていうんだい?」


「いや、Lisaのメッセージをそのまま伝えただけさ。俺は何も思っちゃいないよ。」


「じゃあ、Lisaに会って何を話せっていうんだ!」


「それは俺にもわからない。ただ、今のままのおまえと一緒にこのまま日本に行っても何だかうまく行かないような気がするんだ。だから、Lisaと一度は話したほうがいいって思う」


Duranは思った。
《Joeが、なんとなくそう思う!って言い張る時にはいつも説得されてしまうんだ…。何故なんだ???》
 何年ぶりかにLisaと会ったのは、その日の夕方だった。





《昔の彼女が父と付き合ってる…、全くこの状況で何を喋れって言うんだ!そう思いながらも、Joeに説得されてLisaに会おうとしている僕の中には、幾分、彼女に会って全てを問いただしたい気持ちもあるのかもしれない》


 夕暮れの近づくロスの街はずれのカフェのガーデンには、僕ら以外にお客はいなかった。なにしろもうすぐ冬を迎える季節なのだ。
三年と少しの月日は、あどけなく潔癖だった少女の振る舞いを、年相応の強さとエッチさを感じさせるアメリカ人女性のそれに変えていた。


「Duran…、久しぶり…、会いたかった…!」


《この状況で会いたかった!ってか???それにしても、とぎれとぎれのLisaの言葉は、乾いた心に容赦なく沁み込む…》


「…、僕は何故ここに来てしまったのか?実はよくわからないんだ…!」
《こういう時、男は一瞬で女に負けてしまう》


「Joeから話し、聞いたと思うけど…?実は私、ジャックと付き合ってるの?」
《面と向って元カノに、今は貴方のお父さんと付き合ってるの!って言われてもなあ? しかも、不倫だぞ、不倫!!!しかし、確かにLisaは格段にいい女になった…》


「何でなんだよぉ!」
《語気を荒げてそう言おうと思ったが、舌がからからに乾いて、最後の“よぉ”は頼りなく聞こえたはずだ…》


「ちゃんと話したかったの。いまから説明するね!」
《遂に来た、僕は何を説明されるんだろう?ってか、どうして説明聞かなきゃならないん?》

 Lisaは、以前は飲まなかったジンライムをひとくち喉に注ぎ込むと、深呼吸をして現在の彼《ジャック・メイオール=僕の父》の話しをし始めた。


「ジャックと初めて会ったのは、ロスのUFO研究のサークルなの!」
《あぁ、そういや父の唯一の趣味と言えばUFOの研究だったよなぁ…》


「ジャックはそのサークルの会長をしていて、ジャック・メイオールっていう名前は最初に紹介された時に知ったけど、まさかDuranのお父さんだとは思わなかったの。彼はUFOの事をとてもよく知っていて、しかも単にUFO=宇宙人の乗り物だっていう決めつけはしてなかった。3つの考え方があるんだって。ひとつは、人間の妄想が生み出した幻覚。二つ目は、アメリカ政府が極秘で開発をしているっていう説、そして3つ目が本当の宇宙人が次元を超えて何万光年も遠くの星からやってきたという考え方。その3つの説のそれぞれにちゃんと理屈があるんだって説明してくれた。私は聞いたの!ジャック、貴方はどの説を信じるの?って。するとなんて答えたと思う?」


 Lisaはそこまで一気に喋ると、僕の目をみて眩しそうにそう聞いた。
《大人になっても、この表情だけはかわらないな。女は自分のどの表情が男に魅力的に見えるかっていうことをよくわかるもんだ?》


「彼はなんとその3つの説のどれもが間違いだっていうのよ!つまり正体が確認できないからUFO(=未確認飛行物体)だって…。なるほどって思ったわ!」
《おいおいおい、Lisaはそんな答えで納得するのかい?お父さんもお父さんだよ、中年オヤジの詭弁まるだしじゃねえかよっつうの!話しの流れをかえよう》


「ところで、いつから彼のことを好きに…?」


「う~ん、それは難しい質問ね…」
《この状況で腕組みかよっ!》


「でも、なんとなく好きになりそうな予感はしていた…、最初から」
そういって、まっすぐにDuranを見つめるLisaの目は、初めて図書館で会ったときの彼女の目だった。僕は途端に涙があふれそうになった。


「ちょっとトイレ行ってくるから…」

 僕はまだLisaの事が好きなのだろうか?涙が溢れそうになったのは何故なんだろうか?トイレで一生懸命答えを出そうとしたが、よくはわからなかった?
 トイレからテーブルに帰るとき、Lisaの背中を見た。再会してから今まで気づかなかったが、その背中は少し寂しさのようなものを携えた女のそれだった。
僕は軽く深呼吸をした。
《もう暫く我慢しなきゃ!》


「Lisa、僕はとても大事な事を君に聞かなきゃならない。」


「 … 」


「ジャックを愛してるの?」


Lisaは初めて少し切なそうな表情で、僕の目を見て口を開いた。


「うん、誰よりも…」


僕はその時、これ以上Lisaの説明を聞くことが、僕達二人や父のジャックや母の為になるとは思えなかった。
 彼女とジャックがどんな経緯で愛を育む関係になったのか?これからどうするつもりなのか?それは僕の立場からはどうでもいいことだ。というか、今彼女に答えを求める方が無理強いのような気がする。たとえ僕がジャックの息子であってもだ。今の二人は愛し合っている…。事実は事実だ。何度もそう胸に言い聞かせた。


「しばらく、日本に行こうと思うんだ。」


Lisaは意外にも静かな表情で、僕の顔を覗き込んだ。


「Joeから聞いたわ。Duranらしいと思った。月並みな言い方だけど、頑張って、…ほしい!」


「…、うん」


 僕らは沈みかけた夕日の中を不器用に歩いて駐車場までたどり着いた。


「今度会うときはロックスターかぁ!」


「いや、トリックスターかも?」


 Lisaは初めて無邪気な笑顔をみせた。
小さくなっていくLisaのPorcheを見送りながら、僕はEternalSkyの新しい歌詞をくちづさんだ…。

♪ガンジス川で洗濯をする人々
壊れた戦車の片隅で遊ぶ子供達
朝5:00に起きてみかん畑に通う人々
スーツケースを片手に高層ビルの隙間で
生きる人々
数え切れない喜びや悲しみを背負った
世界中の人々 
みんな みんな 愛しい友達♪



21 平原から① 【Hideo】

「へぇー、柱って案外細いんやぁ!」

 手厚い愛で育まれただろう軽やかな女の子の声が響いた。
俺は2週間前から二つ隣の町の住宅の新築工事の現場に入っている。その家に、今年、徳島市内の短大に行き始めた娘がいると聞いて棟梁の小野さんに「是非行かせてください」って頼んだのだ。俺にもやっと人並みの欲望が復帰してきたらしい。

《普通に生きるんだ!誠実に生きるんだ!》
二十六歳の若者としては、頭の中でかなり可笑しな事を考えていたが、最近の俺は普通に働き、普通に愚痴をこぼし、普通に笑えるようになっていた…。つまり、社会復帰したのだ。

「ねえ、秀夫さんでしたよね!ちょっとヒロトに似てますよね♪」

「えー、だれそれぇー?」

「あっ、あまりロックとか聴きません?甲本ヒロト、ブルーハーツっていうパンクバンドのボーカル!」
《おいおい、日本でパンクロックバンドが売れてるんかいな?》

「ごめん、最近全然ロック聞かへんようになってしもて、知らんかった!遠藤ミチロウやったら知っとるけど…」

「えー、私その人しらんわ。でも最近聞かへんようになったって、昔はよう聞いとったん?」

「うん、まあ、そのぉ、ちょっとバンドもやってたし…」

「うっそー、市内で?」

「いや、京都でちょっとだけ…」

「すっごいやん!へぇー、今度聞かせて!」

そんなこんなで、その日から俺は優子に毎晩電話をかけるようになった。俺は今まで何かとんでもない回り道をしてきたのかも知れないと思った。普通に働き、普通に女の子と恋をすることがこんなに楽しいなんて…。アルバトロスの事は胸の奥深くしまっておこう!そう思い始めた。

 親父から借りたカローラは、二人を乗せて、海岸線に沿って作られた国道55号線を南下していく。もうすぐ高知だ。

「ちょっと海みてこうか?」

「うん!」

僕らは車を降りた。室戸岬だ。海の反対側、つまり道路の山側に小さな洞窟があり僕らはそこに入っていった。
「あんなあ、ここの洞窟って昔、※6弘法大師が修行したとこやねん。」

「へー!ほんま?」

流石に洞窟の中は、ひんやりした空気が肌を十分冷やすくらい寒い。

「弘法大師ってなんで空海っていうか、知ってる?」

「ううん、何で?」

「彼は1200年前にこの洞窟に篭って修行したんや。ここから外見てみぃ、空と海しか見えへんやろ!だから空海。この景色見ながら世の中や人間のことを考えてたんやろうなあ!この洞窟で修行中に、口に明星が飛び込んできて悟りを開いたって噂や。」

「ふ~ん、物知りやなあ!ってか、話しきいてるとヒデがお坊さんみたい!」

「うん、でも欲望強いお坊さん。どやっ!」

「…!」

 他愛のない会話を二人でだらだら続けながら、カローラは小さな町をいくつか抜けて桂浜に着いた。長時間のドライブに疲れた優子が背伸びをしながら言う。

「やっぱり、海ってええね!」

「うん、ところでおまえ暑くない?」

「暑っつい!」

「脱いだら?」

「もう、エッチー。昼間っから、そんなことばっかり言うて…。」

「えー!じゃあ夜やったらええの?」

「そんな意味ちゃうわ…。でも坂本竜馬って素敵!この海見ながら遠い西洋のことや日本の未来を夢見てたんやね!」

「おっ、よう知っとうね?今でも竜馬のファンは多いよね!今の時代の坂本竜馬って誰だろうね?」

「う~ん、マーシーかなあ…」

「誰やそれ?」

「知らんのん?ブルーハーツのギター。坂本竜馬は剣で日本を変えようとした。マーシーはギターで日本を変えようとしてるの!な~んちゃって。」

 何年か前、俺が到底気恥ずかしくて言えなかった言葉を、彼女は何のためらいもなく口にしている。
《普通の女の子ほど凄いものはない、たった1週間で偏屈な俺の心の一部を動かしてしまうんだから…。》俺はそう思いながら、すこしずつ孤独が癒されていくのを感じていた。

                ↓

 僕らは桂浜の岩陰で寝そべったまま何時間かゆるゆると喋っていた。少し海風が涼しくなってきた。

「ところで、おまえの徳島弁って全然徳島弁っぽくないよなあ…、なんで?」

「そう?そんなん言われたんはじめてやけん…、自分ではわからん。でもお父さんは製紙会社に勤めてて、よう大阪いっとるし。その影響かなあ?」

「ふ~ん…」

初めてデートに来たと言うのに、俺は平日の仕事の疲れからか、いつのまにか睡魔に襲われうとうとし始めていた。

「ヒデ、ヒデ、そろそろ起きて!」

目を開けると優子の透き通るような白い顔がどアップだ。

「あっ…!」

優子は少し戸惑ったような表情をしたが、かまわず唇を奪った。

「おまえに会えてよかった。俺は…やっと音楽以外で好きなものを見つけた。」

「あんなあ、私は初めて会うた時から、ヒデのこといいとおもっとったよ!」

観光シーズンを外れた桂浜に僕らの恋を止めるものは何もなかった。

「どっか行こうか?」
《おい、おい、もう十分徳島から高知まで来てるっちゅうねん!》

自分の言葉に心の中で突っ込みを入れながら、俺は優子をもっと知りたくてたまらなくなったのだ。車を飛ばして、そうすっ飛ばして、僕らは彼女の通った高校のある町まで来た。それから町外れの小高い山の上に夜景を見に行った。

「優子…」

「なに…?」

「キスしてもええか?」

「聞かなくていいよぉ!」

                  ↓

「優子との毎日は最高だった。」と言っても毎日会えるわけじゃなかったが、とにかく寝ても覚めても仕事をしても、彼女のことばかり思いながら俺の毎日は過ぎていった。

 何回目かのデートの後、彼女が別れ際にぽつんとこう言った。

「ヒデ、私…実は内緒にしてた事ある…。」

「なんや?」

「う~ん、今度にするわ。」

「気になるやん、今言いや!」

「うん…、…、実は彼氏いてん…!」

俺は何か狐につままれたような気になった。
《しかし、昔の人はうまい表現を考えたものだ。いやいや感心してる場合やないで!》

「えー、まじっ!」

「ヒデがいつか気づいてくれるかと思った…」

「 … 」

《俺の心の隙間を埋めてくれた優子の心の隙間を気づく事が出来なかった!》
身体中に何とも言えない気持ちが駆け巡っていた。それは、怒りや失望や情けなさや悲しみや哀れさや、かつて体験したアルバトロスの激しい記憶とも違うものだったが、しかし、世界が思惑通りに全てうまく回るという奇跡はやはりないのだろうか?なんて事を考え始めた俺にさらに追い討ちをかけるように優子はこう言う。

「だからっていうわけやないけど…、別れたい…。」

「ちょっと待った!優子は俺と彼氏とどっちが好きやねん?」

「 ようわからんようになった 」

「 ヒデは色んなこと知ってる、一緒にいると勉強になるし、…でも」

「でも?」
《あかん、冷静に冷静に!》

「 毎日は疲れる 」

「毎日会ったことないやん?」
《ちゃうちゃう、優子はそんな意味でいうたんやない!》

「もっと遊びに連れて行って欲しかった!」
《おい、おい、もう過去形かよ!》

「もう一回冷静に考えよう!」

「 でも 多分 変わらんかなあ 」
《こう言う時に冷静でいられる男に俺はなりかった》

「確かに俺は理屈っぽくて疲れるかわからん、そんなに遊びもしらん!でもそれのどこが悪いねん!」

《優子が聞きたかったのはそんな言葉じゃなかったはずだ。》そう思いながらも言葉は亡霊のように俺に取り付き、二人を裁きだし始めた。


               ↓

         《人は何故ビルを建てるのか?》

いつも抱えている切実な疑問じゃなかったけど、何年か前に俺はその答えを西新宿の歩道橋の上でふと見つけた。人は山を作りたかったのだ!そこに至るまでの人類の心理的な過程は知らない。ひょっとしたら台風や崖崩れや雷や大雪やらで、昔、痛い目に会った事が原因かもしれない。で、自らが快適に暮らせる自然を作りたかったのかもしれない、なんて思う。具体的な理由はどうであれ、高層ビルを作った人の気持ちはよくわかる気がするのだ。
《もしかしたら、彼も心の中に無味乾燥な平原を抱えていたのかも知れない。》

 大工の仕事は順調だった。棟梁の小野さんはオヤジより年上で、俺と36歳離れていたけれど、俺には小野さんの心の奥底の孤独感や寂しさがわかるような気がしていた。

「ヒデは、大工に向いてるよ。」

「いやー、俺、思いっきり不器用ですけどね!」

「だから向いてるんや。」

「えー…?」

「生まれつき器用な奴は大成せん。不器用な奴のほうが考えよるから。」

「はあ…!」

「人間の事を一生懸命考えるのが大工の一番の仕事や。それ以外のことはどうでもええから。」

照れくさそうにそういうと、※7エコーを地下足袋で軽く踏み潰しながら、少し意を決したようにこう言い放った。

「女は大事にしいや!」

頑丈な鉄で出来たような小野さんの顔が、なんだか心なしか赤く火照っているようにも見える。

「はい」

短い会話を済ませると、二人は生まれ故郷の体育館の屋根に再びよじ登った。今日は補修工事の最終日だ。急がないとそろそろ暗くなってしまう。

《しっかし、こんな素敵な大人がいるとは、子供の頃に何で気づかなかったのだろう?》
俺は優子にもう一度電話をしてみようと思った。

          ↓

「優子、おまえの複雑な気持ち、わからへんかった。反省しとる。」

「うん、でも一番悪いのは私。ヒデとアキラと天秤にかけとったし…、はっきりせなあかんね。」
《電話の向こうでうな垂れている優子の姿がはっきりと見える。》

「優子!」

「なに!?」

「必要やから、オレ、まじでおまえが必要やから…だから…」

「だから…?」

「 もう一回、つきあいたい 」

「 … 」

「 あんまり理屈ばっかり言わんようにするし… 」

「 … 」

「 それに、遊びにも連れてく 、 それから… 誰よりもおまえが好きやから だから」

「 わかった… アキラと別れる 、ずっと まってた 私の事がほんまに必要やって言ってくれる人が現れるの まってたんかもわからん… 」

「 ありがとう 幸せにする 」

「 ブー! 言いすぎ言いすぎ!!! プロポーズちゃうやろ??? 」

「 はい、失礼しました! 」

優子がアキラと呼んだ彼に少し申し訳ない気はした。優子と彼との関係がどうあれ、俺は今後の二人の関係を変えてしまうからだ。が、申し訳ないと思うことは結局自分の良心を慰めることにしかならない。これから優子と精一杯楽しむことの方が大切だ。
 とにかく、ブルーハーツとビートルズとショパンが大好きなごく普通の少しお茶目で小柄な彼女はこうして遂に俺のものになった。いや、本当は俺が彼女のものになったといった方が正しいのかも?そう、俺はその時確かに心の中で「ワン!」と鳴いたんだ、トホホ…。

※6香川県に生まれ、京都に学び、その後四国の各地の寺で修行をした宗教家。いわゆる真言宗の開祖、空海の別名。
※7国産タバコ、この小説の時代では確か90円くらいだったと思う。


22 僕とJoe⑧ 【Duran】

 Lisaと会って1週間がすぎた。その時は出来る限りベストを尽くしたつもりの再会だったが、日が経つにつれて煮え切らない思いが充満してくるのを感じていた。

《しかし、現実というやつは時間という親友に後押しされて容赦なく進んでいく。そろそろもうひとつの難問にも決着をつけなければ…》そう思っているとき、Joeから電話があった。

Lisaと会った日の事をJoeは何も聞かない。「スタンドのメンバーに今後の計画を全て話そう!」とだけシンプルに言い放つ。僕の神経が参っている時の彼なりのいつもの気遣いだ。僕はすぐにOKした。

《しかし、スタンドの日本行きっていうのはかなりの反対意見が出るだろうな?なにしろメンバーの誰にも日本人の友達はいない、それに日本語も喋れないんだもの…》

Joeの段取りでスタンドの全メンバーが僕の家に集まる事になった。明日、土曜日の夕方だ。

僕は夕食を食べながら父と母にその事を話した。勿論スタンドの日本行きの件も含めてだ。

「愛するダディ、ママ。これから僕の話すことをびっくりせずに聞いて欲しい」

「おいおい、Duran、どうしたんだ。急にあらたまって!」

「実は、今やってるスタンドってバンドの事なんだけど、日本のレコード会社と契約するって話は以前したよね!」

「うん、メンバーの皆も賛成なんだよね!」母のバージニアが目を輝かせて言う。
《そういや、若い頃エルビスの大ファンだった母はスタンドの成功を一番嬉しく思っていてくれてたんだった…》

「日本でデビューしようと思うんだ…!」

「 … 」

「おまえにはいつもびっくりさせられるよ。とんでもなく大事なことを自分の中で決めてから相談するんだもの…!パパに似たのかしら?」

「ああ、今回はパパもびっくりしたよ。日本でデビューって、まさかバンドのメンバー全員で日本に行くつもりかい?」

「そう、少なくとも一年は日本で滞在しなきゃならないだろうね!」

「でも、ビクトリア…なんとかのOKは貰ってるんだろうな?」

「ビクトリア・ジャパンだよ。いいや、メンバーがOKしてから」

「はっはっは。じゃあ、まだ行くと決まったわけじゃないんだね…!Duranはいつもせっかちだな。俺に似たんだろうね。」

「コンチワッ!」  
《いきなりJoeの登場だ!》

「Duran、ビクトリア・ジャパンの小田社長にOK貰ってきたよ!もしメンバーの承諾が取れたら、我社としてはスタンドの来日を歓迎しますってさ。」

「えー、もう相談したの?」

「あー、明日のミーティングまでに結論もらっとかないと、またメンバー間でもめる元だと思ってさ。」

「さっすが、Joe!!!」

パパとママはあっけに取られたような顔をしていた。

しかし、いつも一緒にいるDuranでさえここ数ヶ月のJoeの変貌振りには驚いていた。というより、音楽しか能のない奴だと思っていたのは大いなる誤解だったのかも?ビクトリア・ジャパンとの契約が決まってからのJoeの決断力と行動力は、何かと悩みがちなDuranの気持ちをいつもいいタイミングで励ましていたのだ。Duranは何よりもその気遣いが嬉しかった。


23スタンド1 【Duran】

「さあさっ、召し上がれ!」

パパとママは大張り切りだ!何しろJoe以外の友達を家に招待するのはこの数年間で数えるほどなのだ。その上、今回の客人が僕とJoeが作ったバンド、スタンドのメンバーだって事で普段は土曜日にもオレンジ畑に出かけることの多いパパも今日は少し若めの服装でお洒落したりしている。しかし…、余計に気になってしまうよ、Lisaとの関係…。

「Duran、まあ一杯やろうぜ!」    振り向くとキーボードのリックだ!

「最近なんか元気ないなあ!?そんなんじゃ、スタンドのリーダー失格だぜ!」

「うん、今日は重要な話しをみんなにしなきゃならないし…」

タイミングを見計らったようにJoeが言う。

「OK!じゃあ、そろそろミーティングといこうか!Duran、カモン!!!」

《とうとうこの時が来た。ちゃんと話さなきゃ。》

「みんな、本当にありがとう!僕とJoeがスタンドを結成してまだ4年ほどだ!正直ここまで来れたのは僕とJoeの力だけじゃない。イアン、ギル、ジョン、リック、スコット、ジム、アル、みんなのお陰だ!」

「イェー!!」 

《皆な少し酔っ払い始めたのかもしれない》

「そこで、皆なに提案があるんだ!以前、ビクトリア・ジャパンとの契約の事でミーティングした時にさあ、全米デビューするならどこかのマネージメント会社か事務所と契約した方がいいんじゃないかって皆なの意見も含めて考えたんだ。まず日本でデビューしたい!」

36歳の誕生日を迎えたばかりのキーボードのリックが言う。

「レコーディングはどこでするつもりだい?」

すかさずJoeが答える。

「日本、だよなあ!Duran。要はレコーディングやその後のツアーを含め、1年くらい日本で活動してからアメリカに凱旋帰国したいってことなんだ!」

「 … 」    

《流石にみんなびっくりするよなあ、急にこういう事言い出しても…》

「Ok!」

何といつもはシビアな意見を包み隠さず言う役割のベースのジョンが、いきなり即答だった!今年41歳を迎えるベテランのスタジオミュージシャンだというのに…、いや年齢は余計か?

「以前のミーティングで、JoeとDuranの考えはわかっているつもりだ!スタンドデビューの為のビクトリア・ジャパンの予算が一億円って事も聞いた!それに皆の気持ちもね。だからまず日本で成功してアメリカに凱旋ツアーって方法は妥当かもね、ちなみに俺の滞在費用は自前でいいよ、実はカミさんからずっと【一度でいいから日本で暮らしてみたい】って言われ続けてたんだ。彼女、ジョン・レノンのファンだからね!京都に行ってみたいんだってさ…。ごめん、今のは余談だけどね!」

「俺もOkだね!」
スタンドの中で2番目に年長のリックが言う。

「日本で人気がブレイクしたチープトリックっていうR&Rバンドがあるよね。スタンドとはまた違った音楽をプレイしてるけど、歌はDuranと少し近いところがあると思う。強いて言えばジョン・レノン派だね!悪く言えばアメリカ人にしては少し繊細なニュアンスが強い…、だからスタンドも日本でブレイクする可能性は高いだろうね。ジョンと違って日本暮らしは大変だと思うけどさ!」

「良かったあ…、年長者二人がOkなら俺たちはいつでもOkさ!なあ、イアン!」

嬉しそうにギターのギルが言う。

「ああ、実はそろそろロスにうんざりしていたところなんだ!この街にはパンクロックの理解者があまりいないしね!最近、日本のアンダーグランウンドは面白いみたいだし。それに女の子がカワイイらしい。※8イギー・ポップの奥さんって日本人なんだよね!いきたいなあ、日本かぁ…!ところでホーンセクションの皆なはどうだ!」

「おいおい、いつもイアンはパンクロックが中心で生活が回ってるんだね!勿論Okさ。大学は一年くらい休学したってどうって事ないしね!!!なあ、アル、スコット!」

どうやら、ジム、アル、スコットもOkらしい。。。

《なんだか泣けてきた、、、、、僕の意見をこんなに皆なが理解してくれるなんて。。。。最悪の場合、Joeと二人だけで日本行きって事もあるかと思っていたのに…。》

※8ニューヨーク出身のR&Rシンガー。60年代後期にストゥージーズというR&Rバンドで活躍、以後ソロ活動。70年代後期にデビッド・ボウイのプロデュースした作品群(Tonight等)で一躍脚光を浴びる。肉体と知性をギリギリまで酷使する激しい歌とステージで、現在でもミュージシャンや通なリスナーからの支持は高い。


24 スタンド② 【Duran】

♪戦闘機は飛ぶだろう 誰かの正義を乗せて

身もふたもありゃしない 文句のつけようもない

Imagineを百万回 歌い続けても

貧しい人を助けた手の 痩せた指は銃を握る

愛を語るくちびるは 貧しさを裁きだす

Imagineを百万回 歌い続けても

それが君の愛だろう かけがえのない

初めての夜だから  血を流すのかい♪

スタンドの日本デビューは、ショッキングな歌詞とジョンレノンが作ったかのような美しいメロディーを持ったバラードで始まった。

「日本人は叙情的で遠まわしな内容のうたを好むから!」ビクトリア・ジャパンの小田社長は何度もそう言って、その曲のリリースに反対したが…。

JoeとDuranのあまりにも強い意志に、結局小田社長が折れたのだ。そして、小田社長の心配とは裏腹に、ロスなまりの英語で歌われたこの曲は瞬く間にチャートを駆け上った。

作詞者のDuranが「No Title」と名付けたこの曲の邦題は「ロスからの贈り物」だった。

TVやラジオで何万人、何十万人もの若者がこの曲を聞いた。その中に何年か前にDuranの歌に助けられた若者もいた。汗をかきながら大工工事に勤しむ秀夫だった。ラジオから流れてきた細くて微かにハスキーなその声を秀夫はどこかで聞いたような気がした。

「うん、確かにこの声どっかで聞いた…!」

秀夫とDuran。今の彼らは、何年か前よりはるかに近い距離にいた。



25 平原から② 【Hideo】

「優子、こんな歌知ってるか?」

♪Eternal Sky Remains The Same…♪

「うん、STANDやろ?例のヒット曲のB面に入ってるやつや!」

「へぇー、さっすがぁ…!最新の音楽情報に詳しいなあ…!やっぱりそうなんやぁ…!」

「やっぱり…って、なにが?」

「うん、昔この曲っていうか、このフレーズに助けられた事あるんや!」

「えっ、でもスタンドって最近日本に来たばっかりやで?Hideがなんでこの曲知ってるん?」

「うん、7~8年前やったと思うけど、この曲TVで流れてたんや。日本にサンキストオレンジが輸入されはじめる頃やった…」

「ふ~ん、そうなんや。全然気ィつかへんかったわ…。でもスタンドのヴォーカルのDuranって変わってるよね?この間、ウタバンに出てたんや、でな、《どうして日本でデビューしようと思ったんですか?》って質問に、何て答えたと思う?」

「《原爆落としたことに対する罪滅ぼし》だったりして…?やっぱ、違うか?」

「《日本の若者に僕らのロックを聞いてもらうことで、自分自身を助けたかったんだ!》って言うたんや…!?訳わからへん…!」

「ふ~ん、そうなんや…」

「でもDuran、ちょっとヒデに似てるよ!」

「えっ、どこがぁ???」

「う~ん…、男前…じゃないけど、味わい深いとこ…かなあ?」

「こらっ、人を年代もののワインみたいな表現しやがって!おまえ何か最近すぐ俺をいじるよなあ。」

「へっへっへ。だって《幸せにするから》って言うたやん!本当の私のこと受け止めてくれるかなって思て。」

「あほっ…」

《自分自身を助ける為》かぁ?優子から聞いたDuranの言葉はHideの心の奥底をすこし掠っていった。しかし、目の前で陽気に笑う優子に、昔の話をする気には決してならなかった。言葉では伝えられそうもなかったからだ。

                     ↓

 優子との恋も仕事も順調だった。大工の仕事が俺の全てを変えてくれたのかもしれない。何しろ家を買うことは、殆んどの日本人にとって、一生に一回あるかどうかの一大事なのだ。「人の為に大事なものを作っている」という実感は心地よいものだった。

そんなある日棟梁の小野さんが俺に相談をもちかけた。家を設計してみろとの事だった。

普通、大工は設計図面を引かない。設計事務所に依頼するのだ、というか、最近は設計事務所が設計した図面の施工をする方がメインの業務と言ってよかった。小野さんは「これからは大工も設計図面が描けないと生きて行けない」とよく言っていた。きっと俺の事を心底心配してくれているのだ…少しぶっきらぼうで気難しいとこもあるけど、やっぱりいい人だ。

それから数ヶ月、独学で設計図面を書きまくった。時々、小野さんのアドバイスを貰ったけど、基本的なこと以外あまり何も言わなかった。

昼間は家を建て、夜はドラフターを相手に設計する毎日は俺をますます活き活きさせた。若い頃、世界のことばかり考えていた。しかし、いくら考えようと世界を作り変えることなどできない。しかし、今の俺にとって自分の設計した家や建物を作ることはそんなに遠くないのだ。プランを気に入ってくれるクライアントさえ見つかれば、一年足らずで形になる。そしてクライアントの笑顔と給料以外の十分なお金が手に入る。その気持ちがどんどん俺を本気にしていった。

3年足らずで、俺は「設計できる大工」として徳島県内や高松やたまには高知からも引き合いが殺到するようになった。

優子とはたまにケンカをしたり、また仲直りをしたりしながら、お互いなくてはならない存在になっていった。ロックコンサートにもよく行った。中でもスタンドのライブは圧巻だった。若い頃によく聞いたスライストーンや初期のプリンスの音に少し似ていたし、ドアーズやロンドンパンクのようなサイケデリックで観念的な要素も入っていた。そして何よりDuranの歌に感銘を受けた。一見平凡な若者がステージに上ると超人のようなオーラを発していた。或いは、一人の頼りない青年が、初めて降り立った何もしらない世界で必死に生きようとしているかのように思えた。

《きっととんでもない孤独を抱えているのかもしれない》             

スタンドのステージを見て俺はますますDuranのことが気がかりになった。何だか高校生の頃にみたボブ・ディランを思い出したりもしたのだ。

「優子、Duranってどういう奴なんだろうねぇ?」

「まかしてよぅ!Duranの事なら何でも知っとうよ!1964年ロスアンジェルスの南東オレンジカウンティ生まれの26歳、誕生日は何とHideと同じで12月14日やよ!Hideが4年先輩、どうびっくりしたやろ?」

「…、…、びっくりしたっていうより、おまえって相変わらずミーハーやなあ?!そんなんやのうて、どんな人かなあって、例えばどんなアーティストに影響受けたとか、彼女はどんな人やとか…まあ、影響受けたミュージシャンは大体想像できるけどな。」

「うん、雑誌のインタビューでSlyとドアーズって言うとった。あと、これは噂やけど結構彼女はころころ変わるみたい。日本に来てからもう5年でしょ!後のメンバーはアメリカで暮らしてるみたいやけど、Duranだけは京都に住んでるみたいよ!日本の女が好きなんかもね?」

「ふ~ん、京都かぁ…、なんか偶然と思われへんわぁ、…ふ~ん、京都にねぇ!」

「イタッ! 」

買ったばかりのアコードクーペではじめて出かけたドライブだというのに、優子がいきなり俺の脇腹を突付いた。

「何かHide最近おかしくない?」

「えー!何もぉ。そんな感じする?」

「何か音楽の話になると、スーッと遠く見てんねん。私がついていけない世界みてるような気がして…。」

「そっかぁ、ごめんごめん。」

《優子も今年で24。微妙な年齢なんだ》

サイドシートにうずくまった優子の肩を抱きながら、俺はある事を考えはじめていた…。

12僕とJoe② 【Duran】

「Joe!いつまで寝てんだよ、もうすぐ出番だぜ!」

「あー、そのうち起きる…」

「そのうちっていつ起きるんだよ?もう五分前だよ!」

「うん、一分前に起きる…」

ステージ裏のいつもの光景だ。せっかちなDuranとマイペースなJoe、意外といいコンビなのかも知れない。

 彼らがバンドを組んでもう3年が経った。軍用ジープでエンジンをフル回転した時のような破滅的なスピード感はDuranのパンク好きから、30インチの特大フライパンでフレンチフライをリズミカルに投げ上げるかのような図太いファンキーな音はJoeのファンク好きが作りあげたものだった。
当初は二人だったメンバーも今は二人のギタリスト、ベース、キーボード、ホーンセクションを加え9人に膨れ上がっていた。もっと重要なことは、ロスのライブハウスで彼らのバンド「スタンド」を知らない音楽好きの若者は殆どいないことだった。

「Joe、今日はいつもと違うんだぜ!復活した※2スライ・ストーンと競演だろ!せめて3分前に起きて、バスドラの調子くらいみたらどうなんだい?」

流石にせっかちなO型のDuranはもう切れかかっている。

「あー、じゃあ2分前で手を打とう!」

天邪鬼なB型のJoeはどういう時もジョークを忘れない。これでバンドの音が悪い訳がないのだ。
スタンドのライブは地元のロスばかりか、サンフランシスコやシアトルからも若者が駆けつけてくる。レコードデビューしていないバンドがこれほどまでの集客力を誇った例は過去にないという。Duranにとって現在の悩みは、「どのレコード会社と契約するか?」という贅沢なものに変わっていた。

          ↓

 嬌声の中でステージは始まった。

「みんな、今日は特別な日だ!」         

「イエー!!!」

「僕らのアイドル、スライ・ストーンの復活の日だ!」

「イエー!!!」

「白も黒も黄色も全てが一緒になる日だ!」 

「イエー!!!」

しかし、ロスの観客は楽なものだ。何を言ってもイエーなのだ。リンカーンやケネディはさぞかし裏切られた思いで死んでいったに違いない???
とにかく、ロスの若者の名誉市民とも言えるスライ・ストーンがドラッグから立ち直り、スタンドのメンバーと一緒に彼のヒット曲「スタンド」を熱唱していた。DuranやJoeにとっては、それだけで十分に特別な日なのは事実だった。

※2スライ・ストーン
1960年代後期にロス、シスコで大人気だったスライ・アンド・ファミリー・ストーンのボーカル兼リーダー。所謂ファンクという音楽を作り上げた元祖とまで言われている。スティーヴィー・ワンダーやプリンス、アース・ウィンド・アンド・ファイヤーも彼の音楽からの影響を否定しない。混血だった彼は、敢えてR&Rと黒人音楽の融合をテーマに音楽活動を続けるが、Drug中毒により、途中何回もリタイヤ。早すぎた天才という言葉が彼ほどに似合うミュージシャンはいない。



13僕とJoe③ 【Duran】

 スタンドのステージはハリケーンのように進んで行った。どんなバンドにも勢いに任せた怖いもの知らずの時期があるが、今の彼らはその時期を迎えていたのだ。どの曲のテンションも多分ストーンズやSexPistlesに劣らないであろう。決してうまいとは言えないDuranの歌も独特の説得力を持って観客に迫ってくる。それもそのはず、Duranは観客の一人一人と1対1の勝負のつもりで歌っていたのだ。

《何故だ?》

普段は大人しいくせに、ステージに上るとその秘めたエモーションをぶつけてくるようなDuranの歌をモニターで聞きながら、DrumsのJoeは、Duranの様子がそれでもいつもと違う事を強く感じていた。

《いくら憧れのスライ・ストーンとステージに立ったからと言って、今日は段違いに歌の説得力が増している…?それに2時間で終わる予定のスタンドのライブはもうすでに10分も過ぎているのだ…?時間にうるさい奴が何を企んでるんだ? まさか…この間のセッションでジャムった曲をやろうってんじゃ…?嘘だろう おい、あんなダサイ曲止めろよ!!! うちはナッシュビルのカントリーバンドじゃないんだ!!!》

普段は嫌味なジョークを言い合っていても、いざとなると分かり合えるのはやはりJoeがDuranの唯一の親友だからかも知れない。

「皆な、ありがとう!今日の最後の曲は、昔、僕が日本のTV局の為に作った歌だ!昨日、その歌を歌った頃の日本の知り合いから電話があったんだ。日本のKOBEのある精神科に一人の男が入院したって話だった。彼は真冬の公園のベンチで一人この歌を繰り返し歌ってたそうだ!詳しい理由はわからない!彼と世界が再び友達になれますように!じゃあ、EternalSky…!!!」

《痛っ!やっぱりかよ~!これじゃあ、まるで60年代のフォークロックバンドだよ…、まあしょうがねえか…。》

Joeの心配をよそ目にDuranの歌い始めたEternalSkyは延々30分間続いた。

Eternal Sky

♪僕らのaiはまるで曇り空のようなもの
くもり空にほすせんたくのようなもの
決して乾くことがない
僕らのaiはまるでばからしいらくがきのようなもの
決して誰かのきにとめられることはない
僕らはたとえようのない痛みを
うたうことで晴らそうとした

「りそうの世界はいつ来るの?」
「りそうの人間はいつ現れるの?」
皮肉の達者なこれまた僕ら
やさしいうたを憶えた僕らは
仲間をみすてて 仲間はみなごろし
「君のために死ねるよ」なんて歌いながら
aiという名の銃を撃つのさ
永遠に続く空の下で…

ガンジス川で洗濯をする人々
壊れた戦車の片隅で遊ぶ子供達
朝5:00に起きてみかん畑に通う人々
スーツケースを片手の高層ビルの隙間に
生きる人々

数え切れない喜びや悲しみを背負った
世界中の人々 
みんな みんな 愛しい友達

愛しい友達 君は素晴らしいよ
愛しい友達 君はひとりじゃないよ
愛しい友達 手を差し出して・・・♪

延々30分続いたEternalSkyに観客たちは興奮し、
♪My dear friend. You’re so wonderful.
♪My dear friend. You’re not alone.
♪My dear friend. Give me your hands.
まるで10年前の※3デビッド・ボウイのような歌詞を大合唱した。
最初はしぶしぶ付き合ったDrumsのJoeも、Duranの強烈な感情に巻き込まれたかのように、放心状態で8ビートを刻んでいた。 まるで24時間TVのエンディングのようである…。
 さて、このステージがロスで話題にならないはずがなかった。何事につけ、ニューヨークと対抗したい土地柄の少年達の間では、「スタンドは※4エアロスミスよりもイケテル!」という噂が飛び交うようになった。スライ・ストーンという過去に埋もれそうだった天才を再びステージに上げて競演したことと、見知らぬ日本人の若者の為に歌った事も好印象につながったらしい。一世代前のジム・モリソンのような圧倒的な才能と狂気の人がスーパースターになり得る時代は過ぎたのだろう。この国の今時のスーパースターにはDuranのように性格の良さも要求されるらしい。
迷った末、大学に行かなかったDuranと、はなからそんな気がなかった今でいうフリーターのJoe、二人はレコード会社からのオファーに追いまくられるという21歳の少年としては夢のような毎日を授かった。

「Joe、どこがいいと思う?Doorsの所属していたエレクトラも良いと思うけど、パンクやニューウェイブに理解のあるバージンレコードもいいかなって?ちょっと思ったりしてる?」

「バージンはとがりすぎてるだろう?俺はアトランティックなんかオーソドックスで良いと思うよ!歴代のソウルミュージシャンに肩を並べようぜ!※5オーティス・レディングのワッペンだって貰えるかも?うひゃー…。」

大抵、二人が本音で議論するとかみ合う事はない。それを一番解っているのはその二人なのだが…。

※3デビッド・ボウイ
70年代の彼の作品は超名作ぞろい。「売れ出してから迷走した」という一般論にリュウも同感。ちなみにリュウのフェイバリットアルバムは「Low」。
※4エアロスミス
ジョーペリーが再加入して、今は若いファンも多いみたいだね。最近はボーカルのスティーブン・タイラーのカラーが強いみたい。バラード好きだしね、彼は。リュウ的にはやはり初期のゴリゴリのR&Rの方がいいなあ…。
※5オーティス・レディング
リュウの師匠、忌野清志郎先輩がこよなく愛するソウル・シンガー、若い子ら知らないと思うけどいいよう!



14 秀夫と庭の木② 【HIDEO】

 おそるおそる目を開けた俺が見たものは、散らかった部屋に散乱する弁当の食べ残しだった。この一週間というもの殆ど飯を食ってなかった。コンビニで弁当を買ってたべようとするのだが、吐きそうになって殆ど残してしまっていたのだ。

≪俺が見たアルバトロスはなんだったんだろう?≫

そんなことを少し考えたが、すぐに異常な体のだるさに気を取られた。何しろここ一週間殆ど寝てない。このまま眠れないと発狂してしまうだろう?まだそう考える余裕が残っていた。

≪京都に帰ろう!≫

ワコとデートに行ったままアパートに帰ってふとんにふさぎこんだままだった。かなり服がヨレヨレだったが秀夫にそれを気にする余裕はなかった。
京都駅に午後5時前に着いた。改札を出ると

「秀夫だろ?ひっさしぶり!」と声がした。
昔のバイト仲間の…誰だっけ?誰でもいいや。

「おう!」とだけ言ってすぐタクシーにのる。「えっと、岡本んとこ」。
「お客さん、からかわなんといて!」

けだるい京都弁だ。 懐かしい…。 涙が出た。

「どこまで?」
少しいらいらした運転手がもう一回聞く。

「えっと、確か峨野野の方、友達住んでるんで!」

「じゃあ嵯峨野に行ってええんやね!」
念を押すように運転手がいう。

「はい…」

岡本に会えば全て喋れそうに思った。

「よう、突然どうしたんや?」

「いや、ちょっと会いたくて…」

「お前がそんなこと言うの珍しいなあ?まあええわ、とりあえず飯食いに行こうや」

「う…ん」

 岡本と居酒屋に行ったが、やっぱり飯は食えなかった。少しだけ酒を飲んだ。まずい、目を閉じると見えていただだっ広い平原が岡本の顔と二重写しに見えた。やはり駄目かもしれない。

「ごめん、帰るわ!」

居酒屋を飛び出す俺を岡本は不思議そうに見る。全てを話すにはいくら親友の岡本とはいえ不安すぎる。

≪家へ帰ろう…≫そう思ってバスに乗るとまた声をかける奴がいた。

「秀夫…?」

「あっ、ち…な…つ…ちゃん」

京都に来たばっかりの頃、知り合った嵯峨美術短期大学の女の子だった。たった2ヶ月で別れたが・・・。殆ど話もしないまま、僕らは京都駅まで隣の席に不自然に座ったままだった。

「じゃあ、また」
≪ありえないだろう!また、なんて≫

そう思ったのもつかの間、バイトでお世話になった中田社長が目の前で微笑んでいた…。

 俺には少しずつわかって来た、俺が昔お世話になった人たちに誰かが会わせている。というより挨拶して回らせている。そしてこれは偶然なんかじゃないんだ。この道は死への道なんだ、挨拶回りが終わったら俺は死ぬんだ…強烈にそう思った…。だったら家族に会ったら本当におしまいかもしれない・・・。

           ↓

 俺は苦しんでいた。 もう8日間ろくに寝ていない。所謂不眠症だ。一般論で言うと俺のたびたび見るだだっ広い平原は幻覚だろう。つまり俺は病気かもしれない。というより病気なんだろう。精神科に行った方がいいと思う。が、そんな気力もない。というより他人を信用できないんだ。今までの状況を説明して医師が理解してくれるとはどうしても思えない。病気のレッテルを貼られて親に連絡されて…。田舎のオヤジやオフクロはどう思うだろう?びっくりさせたり心配させたりは絶対したくない。彼らには何の責任もないんだもの。やさしい人の悲しむ顔なんかたとえ死んでもみたくない。

「人は皆一人だ!」とTVドラマや大人は言う。いや、大人と言えばもう俺も今年の12月で26歳だ。だから中年のおっさん達は言う、と言い換えておこう。でも本当にこの世に一人で親友にも親にも自分の今いる世界を打ち明けられないってことがどんなに孤独か解ってないとしか俺には思えない。このまま待っていると俺は衰弱して確実に死んでしまうだろう。でも、俺は死にたくない。全てに絶望して自殺する奴らの気がしれない。俺はもしそれが条件なら誰かを殺してでも生き延びたいと本当にそう思う。

 俺は出口のない迷路に迷い込んだままどこにも帰れずにいた。心の中は犯罪者と多分そんなに変わらなかった。医学的な用語を用いるとしたら、外部自我が壊れ内部自我が剥き出しになっている状態かもしれなかった。何かちょっとしたことがあると誰かを傷つけかねなかったのだ。

京都駅からフラフラと街を歩き、いつのまにか四条河原町まで来ていた。一番自分らしい季節を過ごした街だ。いっそこのまま死んでしまうのなら最後に見ておこう。いや本当は死にたくなんかないんだ。矛盾した思いが振り子のように腹の底を駆け巡る。その度に脳裏に2匹のアルバトロスのイメージがよぎる。そして又平原…。目を閉じればまた同じ平原だ…。

 本能は母に向っていた。俺はマザコンだろうか?なんて考える余裕はその時の俺にはなかった。「俺の戻る道は母への道だ!」「しかし、心配は掛けたくない!」両方の強烈な思いに引き裂かれながら、俺が無意識で求めていたものは無償の愛だった。

阪急京都駅から電車に乗り込んだ。梅田で阪神電車に乗り換え、神戸の港町、四国行きのフェリー乗り場のある青木駅に向った。電車に揺られていると、ますますアルバトロスのいた平原のイメージが強くなってきた。目を閉じればまた漆黒のアルバトロスの羽音がしそうで眠りたいのに眠れない。
だんだん精神の残容量がなくなるのがわかった。

「屍川(しかばねがわ)」そんな名前の駅なんかなかった。本当は「夙川(しゅくがわ)」だったんだ。しかしその駅の名前が電車の窓から見えた時、俺はフラフラと降りてしまった。死は確実に俺にとりついていた。
駅の近くの公園で俺は待っていた。一体何を待っていたのかは今となっては思い出せない。雪がちらついてきて段々ひどくなり、俺はなんだか幸せな気持ちになっていった。

      その時だ!

薄暗い雪空に極彩色のアルバトロスが羽ばたくのを確かに見たんだ。
俺はまたあの歌を口ずさんでいた。

♪Eternal Sky Remains The Same…



15 僕とJoe④ 【Duran】

 こんばんは。Duranです。Joeと作った最初のバンド、「スタンド」がロスの若者の間で大人気だってこと、スライ・ストーンを迎えてのライブが大成功だってことは皆に知って貰えたと思う。どのレコード会社と契約するか?ってメンバーで話し合ったりもしたけど、結局皆な「最後はDuranとJoeが選べよ!」って理解を示してくれた。「要はDuranやJoeと一緒にバンドをやれるなら、レコード会社は君達が決めたほうがいい!」って言ってくれたんだ。全くいい奴らだよ!その内メンバーを一人一人紹介するね。

 ところでJoeと徹夜で話し合って決めたレーベルはどこかって話をしておこう。何と日本のビクトリア・ジャパンっていう新興レーベルさ。何故かって、僕とJoeは今、日本って国にとても興味があるからさ!僕の場合は、ハイスクールの頃、EternalSkyでクラスの人気者になる切っ掛けを作ってくれたってこともあるしね。JoeはJoeで日本の音楽に凄く興味があるみたい、っていってもロックじゃないみたいだけどね。なにか華奢な女の人が派手な化粧で歌ってる「りんご…なんとか」っていう歌のリズムの取り方が面白いとか言ってたよ、かなりベテランの歌手みたいだけどね。流石、音楽通のJoeだよ!聞くところが違うって感じかな?でも最終的に日本のレーベルと契約する事にしたのは、ビクトリア・ジャパンの社長がとても僕らの音楽を気にいってくれたこと、真摯な態度でスタンドのメンバーの話を一人一人丁寧に理解しようとしてくれたことだ。ロックは今や巨大なビジネスには違いないけどね。僕らは決して金の為だけに音楽をやりたいわけじゃないっていうか、人間として誠実でいたいってそう思うのさ。

 ところで、KOBEの病院の精神科に入院した彼はどうなったんだろう?って実はずっと気にかかってるんだ。恐らくTVで僕の歌を聞いたんだと思うけど、何しろ放映されたのは十秒間だけだから…、EternalSkyのどこがそんなに気にいったのかな?って、出来れば本人に直接会って聞きたいくらいだよ!今は多分無理だろうけどね?



16 秀夫と庭の木③ 【Hideo】

 気がつくとやさしい母の顔が目の前で笑っていた。「秀夫が家を出てもう5年たったなあ」って何事もなかったみたいだ。俺はどうしていたんだろう?俺にはこんなに俺を愛してくれる人がいたじゃないか?まだ目を閉じるとだだっ広い平原は見えていたが…。「ここ、どこ?」そう聞く俺に「どこでもええ、秀夫がこうして生きてるだけで、どこでもええ…」

うっすらと屍川、いや夙川の公園で雪空の中見た極彩色のアルバトロスを思い出した。「あんな、かあちゃん、アルバトロス!アルバトロスにお礼ゆわなあかん!」いつのまにか徳島弁を喋っていることに気がついた…。何年ぶりだろう?海野や京都のパンクロッカーや東京のビルやアルバトロスが、一瞬遠い昔のように思えた…。 少し悲しそうに微笑むかあちゃんの肩越しに白いカーテンが見えた。ここは病院だ!そう思ったら少し涙がでた。

≪かあちゃんを悲しませてしもた≫

「無理せんと寝とり」かあちゃんにそう言われて、それから看護婦さんが薬をくれて飲んだ。すこしずつ眠くなって目を閉じたらいつも見える平原もすこしずつうっすらとしてきた。本当に眠れそうな気がする。やっとかあちゃんに会えた…。



17 僕とJoe⑤ 【Duran】

 日本のビクトリア・ジャパンとの商談が成立し僕らのバンド「スタンド」は全米デビューすることになった。普通、日本のレコード会社のバックアップで全米デビューするなんて考えられない。ビジネスとしてリスクが大きすぎるのだ。スタジオでの録音、レコードジャケットの製作、プロモーション、ロック雑誌への広報・根回し、そしてツアーなど、海外法人にはノウハウがないし、第一金もかかる。特に最近はU2のようにステージのセットに何億もかけるバンドが多い中、スタンドはどう戦っていくのか?僕らはバンド全員でミーティングすることにした。

ミーティングの光景を語る前に、まずバンドのメンバーを紹介しよう。
まずはギターのギルとイアン。どちらがリードギターでどちらがリズムギターという区別はない。ギルは僕と同じ21歳でハワイのホノルル生まれ。好きなミュージシャンはLedZeppelinのジミー・ペイジ。
イアンの方はロスの出身で僕とJoeと同じハイスクールに通っていた。でも1年留年しているので、年は22歳。好きなギタリストはリチャードヘル、一般的には有名じゃないけど、ニューヨークのパンクシーンではとても重要なアーティストだ。音もPunkyでFunkyなR&R。 好きなミュージシャンからも解るように二人は全くタイプの違うギタリストだ。どちらかというとイアンの方が器用で何でもこなすタイプ、比べてギルは自分のスタイルをはっきり持ってるギタリストだから、当初はイアンが遠慮していた。最近は大分ギルの方がイアンの音を解ってきたみたい。
次に、ベーシストは今年40歳のロスじゃ有名なセッションマンだったジョン。スタンドは殆どがギターの二人とJoe、僕で作曲するんだけど、アレンジはジョンが殆どといっていいくらい。色々な音楽をプレイしたことがあるから、彼が入ると音がちゃんと形になるんだ。それからキーボードのリックも今年35歳のベテランプレイヤー、彼はなんと僕と同じドアーズの大ファン。何しろ人間的に大人だから情緒不安定な僕やJoeにとってはかかせない存在だ。最後はホーンセクションの3人。スコット、ジム、アルの三人。彼らはUCLAの音楽部から引き抜いてきた。年は僕らと同じ21歳。

【Duran】
「全米デビューする際にまずレコードを作ることから始めたいと思う。ツアーやプロモーション活動はその後でいいかなって思う!みんなどう?」

【ジョン】
「おいおい、ツアーやプロモーションをやらずにどうやってレコードを売って行くつもりなんだい?それより、まず肝心のスタジオ代やレコードの制作費はどうするんだよ?ビクトリア・ジャパンとどこまで話を詰めてるの?」

【Duran】
「うん、とりあえずデビューアルバムを全米と日本で発売するって契約。プレスする枚数とかはお互いの協議の上っていうことで…、まだ何にも…。社長、これからお金借りるみたいよ。何でも僕らの為に1億円調達するって…!」

【ジョン】
「カントリーバンドの新人デビューじゃないんだから、1億じゃロスの若者にさえレコードは充分行き渡らないよ!ビクトリアジャパンっていうレーベルに賭けるのは解るけど、ちゃんとどこかの事務所に所属するなり、マネージメント契約を結んだ方がいいと思うよ!」

【リック】
「うん、そうだなあ…。僕らに手に負える問題ではなさそうだし…」

ミーティングは続く。

Joeが満を持したように口を開く…。
「出来るだけ自分達の力でレコードを売ったりツアーを組んだりという仕事もしていきたいと思うんだ。レコード会社やプロモーターの都合に左右されて音楽の質が落ちるのは俺には耐えられない!だからビクトリアジャパンと組みたいんだ!」

【ジョン】
「言ってることはわかるけど、最初はその仕組みを覚えなきゃ、いくらなんでも丸っきりの素人が全てできることじゃないよ!」

【イアン】
「いや、ニューヨークのパンクバンドはどこにも所属せずに1作ごとにレコード会社と契約してるバンドも多いよ!それでもちゃんとレコードは毎年出てるし…、ライブもやってる」

【ジョン】
「俺達はポッと出のパンクバンドかい?もっと色んなお客さんがスタンドの音楽を聴きに来てるだろう?そこらへんのパンクバンドとは訳がちがう…」

【Joe】
「いや、違わない…」

【リック】
「まあまあまあ、JoeのDoItYouselfの精神は素晴らしいと思うし、ジョンの音楽に対するプライドも素晴らしいと思うよ。要はスタンドのレコードを買ってくれる人達が全米でどれ位いるかっていう問題だろ?そこを予想してみようじゃないか?方法論は後から考えようよ!」

【Duran】
「うん、そうだね。一番の目的は僕らの音楽を聞いてくれる人にちゃんとレコードを届けるようにすることだよ、なあJoe、そうだよね?」
温厚で力関係に敏感な0型のDuranらしい言い方にJoeも渋々頷く。さて、リックの意見は極めて正論に思えたが…、冷静に考えるとデビュー前のバンドが全米で何枚のレコードが売れるかどうかを予想する事など無理だった…。



18僕とJoe⑥ 【Duran】

「Joe、気晴らしにドライブでも行こうか?」

DuranからJoeをドライブに誘うのはこの何年かで2回目だった。何故ならDuranもJoeも車を持ってないからだ。おまけに特定の彼女もいない。よって車でドライブに行く事には相当のモチベーションが必要なのだ。

 父から借りた‘67年式の赤いコルベットでロスから南に向いながら、DuranもJoeも久々に無口だった。バンドがうまくいってない訳ではない。いや、うまくいき過ぎているといった方が正しいだろう。二人とも音楽についてはそれなりに自信はあった。しかしまだ21歳の若者なのだ。今や拡大するばかりの資本主義の一端ともなったロックビジネスの世界を自力で泳ぐにはあまりにも純粋すぎると思われた。そしてそれは当人たちが一番よくわかっていたのだ。そして、普段はジョーク好きのJoeが最近無口なのはそのせいだとDuranは思っていたが…。

Joeが何気なく言う。
「Duran、Lisaって憶えてるよな?」

「うん、もう随分過去のことだけどね…」

「いや、この間Lisaの友達のジョニに会った時、彼女の噂を聞いたんだ」

「ヘー、それで?」

「かなり年上の男と付き合ってるようだぜ!」

「…いいんじゃない…」

「良くないんだよ、それが…」

「どうして?」

「びっくりするなよ、彼の名はジャック・メイオール…」

「…まさか?????」

びっくりするなという方が無理だった。
ジャック・メイオール、それはDuranの父の名だった。
Duranは、ここ数日間のJoeの様子がいつもと違っていた本当の理由をやっと理解した…。



19 秀夫と庭の木④ 【Hideo】

 うぐいす色のバスは鈍くさいカーブを切りながら山道を走っていく。もうすぐ生まれ故郷の村に着くはずだ。

≪生きるというのは執念だ!そして愛というものはなんと罪が深くて執念深いものだろうか?俺は自己愛によって生きのびたのだ!≫

相変わらず荒涼とした平原のビジョンに毎夜魘されながらそんなことを思っていた。母の無償の愛を求めながら、自分が少し回復するともう愛は余計なものに思われてしょうがないのだ。

 実家に帰ったら、祖父が危篤だった。
忌の際に祖父が差出した手紙が俺を毎日苦しめていた幻覚から救った。

「世界に平和を!」

「祖父は何故この手紙を俺に差し出したのだろう?」忌の際に祖父は何かを探しているような虚ろな目で俺を見ていた。そして殆ど細胞が死んでしまったような唇で何か喋ろうとしたのだ…確かに…。そして、彼が喋ろうとしていた言葉は手紙のそれとはなんとなく違うような気がした。

≪それにしても世界平和を俺に託されても、一体どうしたらいいというんだ!祖父ちゃん?≫

いくばくか混乱しながらも、俺は実家での緩やかな毎日をやりすごしていた。北東の空の下には、つい最近まで俺を苦しめたもう一つの現実が俺なしでどんどん進行しているはずだ。そしてもっと東の空の下では戦車や戦闘機や防空壕がたくさんの人々を苦しめているはずだ…。何か…全てが幻のように思えた。

 しかし、とりあえず荒涼とした平原に何かをしなければならないと思いはじめた。
俺はまず、幼い頃両親に連れられて行った畑や山道をひたすら歩く事にした。祖父が言おうとして言えなかった言葉のヒントがそこにあるような気がしたのだ。
それにしても山道に生い茂る草木は美しい。ちょうど季節もそろそろ春をむかえる準備をし始めた頃である。どんな一流の芸術家がその才能を振り絞っても、キャンバスやフィルムにその美しさを収める事は不可能のように思われた。

     「自然も人間も罪深い」

他者を押しのけてもその生をまっとうしようとする残酷さを微塵にも感じさせないからだ。
そんな事ばかり考えている孤独な俺にとって庭にぽつんと植えられた一本のみかんの木が唯一の友達だった。「気づくのが遅かった。俺の友達はここにいたんだ…!」

     「働こう」

そう思って空を見上げると夕焼けの中にアルバトロスの形をした雲が踊っていた。

     「アルバトロス…」

祖父が言おうとしていた言葉が心に一瞬に突き刺さった。
そうか、祖父ちゃんもアルバトロスを見たんだ…!!!

 「働こう」そう思ったが、何しろ音楽とビル掃除しかやったことが無かった。
人は苦手だったが、かと言って父の仕事を手伝うことも想像できなかった。みかん畑や農業が嫌いという以前に毛虫が死ぬほど苦手だったんだ。
「全く神様がいるとしたら文句の一つも言いたいもんだ!なぜ農家の長男である俺がこんなに毛虫が怖いのだ?」

 村のはずれに最近妻を亡くして元気がなくなったひとりの大工がいた。俺が大工を選んだ理由は、苦手な毛虫に出来るだけ会わずに済みそうだと思ったことが一番の理由だった。しかし、その選択は正解だった。
来る日も来る日も俺はその大工の下で働いた。まだ26歳を迎えたばかりの若者だ!太陽の下で身体を動かす毎日は俺の精神も少しずつ変えていこうとしていた。
そしてある日、目を閉じた時に見える平原に家が建ったことに気がついた。それは平原のかなり遠くの場所だったが…。

「世界は変わり始めた!」

心の中でそう呟きながら、また祖父の差し出した手紙のことを考えた。
「世界に平和を!」まだまだ遠い道のりかも知れない。でも、確実にこの仕事の延長線上にその言葉は横たわっているような気がした。
1 はじまり 【HIDEO】 

 高校三年の秋ごろだろうか、彼はあるレコードを買った。市内を縦断する川のほとりに位置する田舎町にしては少しおしゃれなレコード屋だった。地下にはJazzとクラシックのコーナー、1FにはPOPSや歌謡曲のコーナーが申し訳程度に、大半はRockのレコードが置いてあった。
グレイが基調のバックに英国人のゆがんだ顔がレイアウトされたそのレコードは二枚組だった。勇んで家に帰り、さっそく針を落とした。歪んだトーンのまるで素人が弾いているようなギターとたどたどしいドラムス、無口な男が初めて自分の事を語りだしたかのような不器用なベースの音に彩られてそのうたは始まった。

「アルバトロスを殺す、アルバトロスを殺す・・・」

歌っている人のLastNameは、歯が悪いことが理由のあだ名らしかったが、その不気味な歌にはもっとショックを受けた。彼はその日から、その歌を毎日聞くようになった。



2 Another Life【Duran】

 世界のリーダーと言われるその国の一番西に位置する大都市から車で1時間ほど東に走った場所に彼の実家はあった。
彼はある夏の日、普段はろくに口もきかない父からある話を持ちかけられた。極東の島国の国営放送局が彼の実家に取材に来るらしい。彼の実家のオレンジ畑を取材したいのだという。仲介に入った我が国屈指のTV局の話では、「最近、我国はその島国にオレンジを輸出し始めたばかりで、イメージアップをはかりたい」のだとか。

 彼は、退屈だった。10年前に彼の実家から西方100Kmにある大都市で流行っていた激しくも憂鬱なR&Rバンドの歌以外に、彼がこの国に生まれて良かったと思うことは無かった。その上、彼の両親は素朴な農民だった。その事実が彼のそんな気持ちを、ますます行き場所のないものにしていた。
撮影の日、彼はギターを片手に歌を歌った。取材に来た極東の国営放送局の取材スタッフは、「僕の肩の上の太陽」を歌ってくれ!と言って譲らなかったが、彼は、「もっといい曲があるから!」と言って、オリジナル曲を歌った。彼が作った2曲の内の1曲だった。「永遠の空は続く」彼の歌は、その後、極東のTVで放映されたらしかった。

♪君のaiはまるで曇り空のようなもの
くもり空にほすせんたくのようなもの
決して乾くことがない

君のaiはまるでばからしいらくがきのようなもの
決して誰かのきにとめられることはない

人類はたとえようのない痛みをうたうことで晴らそうとした
「りそうの世界はいつ来るの?」
「りそうの人間はいつ現れるの?」

皮肉の達者なこれまた人類
やさしいうたを憶えた人類は
仲間をみすてて 仲間はみなごろし
「君のために死ねるよ!」なんて言いながら
aiという名の銃を撃つのさ
永遠に続く空の下で…♪



3 Eternal Sky【Hideo】

 アジアの島国のみかん農家の長男だった彼は、TVで変な若者が歌っているのを聞いた。

「♪Eternal Sky Remains the Same~♪」

 それは何だか世界のリーダーたる国の若者が歌ってるように思えない頼りない歌だった。
彼は淡々とした憎しみに彩られたRock本国発の「アルバトロスの歌」を貪るように聞いていた。その歌は彼の気持ちを代弁していたからだ。それ故、決定的に彼は孤独だった。何しろ彼のクラスメイトの話題の中心は、世界のリーダーと言われる国の常夏ギターバンドが毎年通り8月に来日するという噂だったのだ。そのバンドは彼の父が若かった頃にはやったそうだ。常夏の衣装を纏った本国では全く売れないそのバンドは、何でもエレキギター3本でテケテケするのが特徴らしかった。

 彼は海が好きだっだ。彼の孤独は、音楽以外では海を見ることでしか癒されなかった。しかし、常夏衣装のテケテケバンドの音楽は彼から最も遠いものだった。
むしろまだ頼りない変な若者が歌う「♪Eternal Sky Remains the Same~♪」のフレーズは、忘れたころに彼の中でたびたび鳴り続けた。でもその頃の彼は気にもとめなかった。



4 やわらかい夕暮れにヘリコプターが飛ぶ【Duran】

 普段は人のいい彼の父だったが、唯一オレンジの事になるとうるさかった。
彼は疑問だった。果たして父は本当に母を愛しているのだろうか?あるいは、母は父を好きで一緒にいるのだろうか?

父や母はお互いに彼、彼女を欲しがっているんじゃなく、今年のオレンジの収穫がどうなるかの方に興味があるんじゃないのか?オレンジの収穫そのものを愛しているんじゃないのか…?
オレンジ畑に通う毎日の生活の前で、二人ともオレンジの木のように自然に笑っていた。未熟な彼にはそれが耐えられなかった。

「愛とはそういうものではないはずだ。そういうものであって欲しくない、あってはならない!」

じゃあどういうものなんだと言われても彼には到底答えられなかったのだが、誰もそれを彼に聞く人はいなかったので、彼の愛に対する幻想はその後も続くことになった。激しくもけだるく憂鬱なロックバンドの音だけが彼の気持ちを後押ししてくれた。

 彼の住む村の西方から吹いてくる風の気配が、海の潮の匂いを携えたものになる季節に限り、父は彼をオレンジ畑に連れて行った。軽く100ヘクタールを超えるオレンジ畑に消毒薬を撒くのだ。その作業だけは、ここ数年彼が欠かさずやっていたのだ。要はリモコンの小型ヘリコプターを飛ばしながら、消毒薬を撒くのだ。
 朝9時にダットサンで家を出て約15分で畑に着く。車のバッテリーにリモコンを繋いで、ヘリコプターの調子を見ながら徐々に遠くに飛ばしてみる。畑の一番端まで飛ばして問題がなければ、ヘリコプターに農薬散布機をセットしてもう10分色んな方角に飛ばす。父の小言に付き合いながら時計を見るともう10時前だった。

 ヘリコプターは畑の一番端に行くと、白い蝶のように小さく頼りなく見えてくる。彼はその後姿が好きだった。何度見ても飽きないくらい繊細な様子なのだ。どうしていいかわからないように迷っている。その姿を数十回ほど見ていると、もう夕暮れだった。『白い蝶が薄いオレンジ色に変わる。夕日はなんて優しいんだろうか?なんてやわらかく繊細に存在を彩る力があるのだろうか?あのヘリコプターに乗れたらなあ…』少年時代に誰もが感じる素朴な想いは、その後、形を変えて彼の中で生き続けることになる。





5 灼熱のジャングルに白い雨が降る【HIDEO】

 「この国が温帯なんて嘘だ、熱帯に決まってる!」彼はそう思った。

山の中腹から段々と上に続く棚田にそのままみかんの木を密に植えた畑。その集約農業の方法は、戦後復興の際、国策として組織された農業団体の指導で彼の父が作ったものだった。照りつける太陽の光、密に植えられたみかんの木に守られるように生い茂るけたたましい雑草の草いきれ、おまけに棚田のふちには寒い季節の為に防風林が植えてあり、たまに熱をさらっていく風をわざわざ邪魔してくれる。鉄砲噴口と呼ばれる農薬散布機の先はその名のとおり鉄砲の形をしている。その鉄砲に直径2cm長さ100mの黄色いゴムホースをつなぎ、ビニールの防水服を着たままみかん畑を歩き回るのだ。熱帯以外の何ものでもない。

 彼は父や母の不安な気持ちを感じていた。世界のリーダーと言われる国からもうすぐオレンジが自由に輸入されることになる。農業団体の寄り合いで皆でそのオレンジを試食した際に、「こりゃまずい」と言い合って盛り上がったという。しかし、父の本当の気持ちがそうじゃない事は彼にはよくわかった。

「♪Eternal Sky Remains The Same♪」

TVからその歌が流れるたびに、父は決まって遠くをみつめるような表情をしていた。それはこの国の農業が生み出さなかった光景に思いを馳せているかのようだった。

 「たまには仕事手伝えよ!」父が彼に向かっていうのは、決まってその不機嫌な一言だけだった。いつも無視していたのだが、その歌が頻繁に流れ、父の様子が一変するようになってから、彼はなんとも気の毒な気がして、初めてみかん畑に消毒を手伝いに来たのだった。
 しかし現場に来てみてそれはやっぱり間違いであることを思い知らされた。みかんの木は20年になると高さはゆうに4mを超える。隅々まで消毒薬をかけようとすると当然木の下から上に向かって噴射しなければならない。みかんの葉っぱにあたった消毒薬はポトリポトリと白い雨粒を降らせる。
『灼熱のジャングルに白い雨が降っているのだ』彼はそう呟きながら、この仕事を継ぐ若者はこの国にほとんどいなくなるであろう事を悟った。



6 僕はDuran【Duran】

 読者のみなさんこんにちは、あるいはこんばんは。僕の名はDuran。前段で登場する主人公の一人だ。世界のリーダーと言われる国の…、ええいめんどくさい。僕はアメリカのロスアンジェルスの南東にある片田舎、通称オレンジカウンティって呼ばれている地区の農場の生まれ。何でもバレンシアオレンジが始めて生産された事でこの名前が付いたらしい。父と母はエルビスやカントリーなんかが大好きなごく普通のアメリカ人夫婦だ。長くなるけどこれから何回か僕が若かった頃の話をしようと思う。


 日本の国営放送で僕の歌うEternalSkyが放映されたあと、僕はちょっとした人気者になった。
まず日本の国営放送を通じて日本人からたくさんのファンレターを貰った。これはアメリカじゃ考えられないことだね。僕の歌はサビのところのほんの十秒くらいしか放映されてないのに、日本人、とくに女の子からの手紙はどれも「素晴らしい曲ですね!」ってな調子だ。
念のため言っておくと、これは何も日本人を馬鹿にしてる訳じゃないよ。ただ日本人はアメリカ人を何か特別に優秀な人種だとでも思ってるんじゃないのかい?もしそうならそんな思い込みは止した方がいいよ。第一リンカーンだってケネディだって一人の力で何か大したことをやった訳じゃない。その頃の最大公約数の民衆が言葉に出来ないことをうまく言葉にしたってだけだって。
リンカーンは平凡な政治家のひとり、ケネディなんて何も出来なかった駄目な大統領の典型さ。あくまで政治家としてはっていう意味ではね!

 じゃあ何故彼らがそんなに尊敬されるのかって?他民族国家のこの国では自己主張が出来ないと生きていけない仕組みになってるからさ。喩えて言うと工場の生産ラインがきっちりしていて、それを管理する言葉がいえる才能がこの国のTOPになれるだけさ。だから民衆の意見が変わるとそれまで大人気だった大統領が暗殺されることさえあるんだ。
 僕は、日本のみんなは僕らに対してShyになったりコンプレックスを感じる必要なんてないと思う。きっとこの国が特別なんだと思う。
ここまで言う僕はこの国を嫌いなのかって?いや、悪いところはたくさんあってうんざりするけどね。それでもやっぱり好きなんだ!っていうか、複雑な気持ちで愛してるんだ。僕の両親とおなじようにね。



7 僕とあの娘①【Duran】

EternalSkyのおかげで平凡な僕もハイスクールでは人気者になった。GirlFriendのLisaもますます僕に夢中だ。唯一の黒人の友達だったJoeは、君は※1ジム・モリソンの後継者だって騒ぐ始末だ。おいおい、ちょっと待てよ!僕のような平凡な少年がジム・モリソンな訳ないって。僕はRockerに決してなれると思わないし、なりたいとも思ってないよ。彼らはしょうがなくてRock・Musicianになった訳だろう?確かに愛する両親や学校やこの国に多少の不満はある。GirlFriendのLisaはそんなに賢くはないし、最高に美人ってわけじゃない。でも彼女とは話が合うし、僕には十分すぎるくらい可愛い彼女だ。だから僕にはRockや芸術に向かう必然性なんてないんだ。
僕みたいな平凡な少年の誰にも若い頃の何ヶ月か無敵とも思える時期がある。Rockerってのはそれを音楽で表現する必然性がある人だって事さ!

※1ジム・モリソン
1960年代の後期からわずか4年間だけ活動した伝説のロックバンド=ドアーズのボーカリスト。R&RやR&Bを基調にJAZZのフィーリングを盛り込んだシンプルで独特な音と、詩の朗読まで行うジム・モリソンの特異な歌が微妙にマッチし、全米、特にロスアンジェルスでは絶対的な人気を誇った。ドラッグカルチャーのヒーローとしてばかりかベトナム反戦運動を志す若者のアイドルとしても祭り上げられた。当時27歳のジム・モリソンの夭折で、バンドの歴史に事実上幕を閉じる。1979年UCLAで同級生だった映画監督のフランシス・フォード・コッポラが「地獄の黙示録」でドアーズの代表作であるTHE・ENDを全編に使用し、リバイバルブームに火をつけた。



8 僕とあの娘②【Duran】

 Lisaのことについて話しておこう。前に彼女がそんなに賢くないって書いたけど、頭の良さって事じゃ決してそうじゃない。僕らの通うハイスクールには一学年に495名もの生徒が居て、彼女は学年でいつも50番に入る成績だった。ハイスクールはロスでも比較的有名な学校のひとつ、つまり上位2割に入るくらいの学校だったから、彼女は頭がいい部類なんだ。僕は…って?頑張って200番ってとこかな、ごく普通の生徒さ!でもLisaは17になるまで誰ともつきあったことがなかった。だから、僕を知るまで男と女のイロハを全くもって知らなかったのさ。
この国じゃ17になった娘が男との付き合い方を知らないって事は普通じゃない、っていうか、女の子同士で話すときには「あんたって子供ね!」って言われておしまいさ。たとえ勉強ができたとしてもね!だからそういう意味じゃあまり賢くない女ってことさ。

 何故、Lisaと付き合うようになったかって?

それはハイスクールで迎えた2回目の夏の終わりだった。図書館で彼女から声をかけられたんだ。僕が日本の作家「MISHIMA」のコーナーの前にいる時だった。その頃嵌っていたイギリスのパンクバンドの歌に「Yukku」っていう名前が出てきて、それが日本の作家だってJoeから聞いたもんだから、普段は行かない図書館にたまたま来ていたんだ。
「MISHIMA、好きなの?」僕は「ああ、よくは知らないけどね!」って一言返した。すると、彼女は「MISHIMA」って作家がいかに凄いか、デビット・ボウイも彼の作品を評価しているって話なんかを身振り手振りも豊富にとうとうと喋りはじめたってわけさ!彼女は二つ隣のクラスだったから何回かすれ違っていたけど、その様子は大人しそうな外見からは想像できなかったよ!ってな訳でそれから毎週木曜日には図書館で彼女の講義を聞く事になった。
彼女は木曜日に図書館でアルバイトをしていたからさ。日本やヨーロッパの文学の講義を何週間か受けた後、お茶を飲みながら今度は僕が恋愛の講義をするようになった。
ある日、「ところで、Kissしたことある?」って聞くと、顔を真っ赤にして横を向いてしまった。彼女は一見大人っぽい雰囲気だったから余計にキュートで新鮮だったよ。それがきっかけで、好きになったのかなあ?


9 僕とあの娘③【Duran】

 Lisaと付き合うようになって、僕は恋愛が決して楽しいばかりじゃない事を知った。決して彼女が悪いって理由じゃなかった。ただ、豊富な知識にはそれに見合う豊かな体験と成熟した魂が必要だって事を思い知らされたっていう感じかな?何しろ彼女の価値観は西洋中心主義だった。僕の数少ない友達、例えばJoeはアメリカ黒人の父とプエルトリコ人の母のHalfだったし、パトリシアはアフリカ人の母とロシアの軍人の父が家族だった。Lisaは口ではそれぞれに理解のある発言をしていたけど、いざ彼と彼女と会うと少しばかり違ったんだ。文化に優劣をつけるっていうか、要は彼らの習慣を理解できなかったんだろう。僕は皮肉な運命を恨んだ。正確にいうと、知識だけではどうにもできない壁があることを悟った。

僕とLisaは徐々に離れ始めていた。その理由はお互いにわかっていたけど、なかなかその事について議論するきっかけはつかめそうになかった。最初は意識しなかった彼女との距離は彼女をますますいとおしい存在に変え始めた。多分そのころ、彼女も同じように思っていたんだと思う。しかし、一度弾みがついた異なるベクトルへの加速力は、幼い二人の力じゃとめられそうもない。僕は友人のJoeに相談する事にした。Joeの答えは明確だった。
「もう、おまえの中で結論でてるだろ!」
そう、結論は出ていた。



10 僕とJoe①【Duran】

 Lisaと別れたのは、ハイスクールで迎える3回目の夏のはじめだった。その前の年のクリスマスには「来年は一緒に海に行こうぜ!」ってな調子だったのに、全く運命とは皮肉なもんだ。そのせいもあってか、その年はひたすらロンドン・パンクにのめり込んだね。
パティ・スミスやテレビジョンなんかも少し聞いたけど、なんだか余計にLisaの事を思い出したりして、その内自然と聞かなくなった。Lisaが尊敬する女性がパティ・スミスだったからね。おまけにその頃パティはテレビジョンのメンバーと付き合ってたって噂もあったし。それにパンクはやっぱりロンドンだって思った。御大のジョニーがジョンライドンって名前でリリースした1stから始まって、掻き毟るようなギターが最高に格好良かったGangOfFourだろ。ストラングラーズ、クラッシュ、それにスージーアンドバンシーズは確か3rdアルバムで「Mother」って名曲を出した頃だった。まあ、ハイスクールでの理解者はJoeだけだったけど。毎日放課後に彼の家に言って僕がロンドン・パンクの講義。Joeはお返しに同じくロンドンで流行っていた黒人のレゲエバンド、サード・ワールドやスティール・パルスなんかを聞かせてくれた。どのバンドの音楽も本当に素晴らしかったよ!

僕とJoeはその内、やっぱりバンドを作ろうぜ!って話になって、楽器ができる色んな奴らと話をするようになった。でも、周りには「イーグルスこそ最高!」ってな奴らばっかりで、なかなか思うようなメンバーが集まらない。結局、僕が父から貰ったギターをへたくそに弾きながら歌い、本当はDrumをやりたかったJoeが拾ったコンガを叩いて僕らのバンドはスタートした。バンド名はまだなかった。


 僕らのバンドは、というか僕とJoeは、とりあえずコピーから始めることにした。ところが曲がなかなか決まらない。 JoeはSlyのヒット曲、スタンドやエブリデイ・ピープルをやろうっていうし、僕は僕で、絶対SexPistolsだ!ってな具合だ。
よく考えるとどちらも無理なんだよね、ギターとコンガだけじゃ。
Joeとの議論に疲れた僕は、「じゃあ、各々一曲だけ選んで、二曲やろう!」と提案し、Joeもそれを受け入れた。僕は悩みに悩み、ティラノザウルスレックスの「サラマンダ・プロパガンダ」、黒人音楽に傾倒しているJoeは、JimiHendrixの「HeyJoe!」を選曲した。
結果は、「やれば出来るじゃん!」って感じだった。何しろ二人とも学校の授業中も音楽のことばっかり考えてたんだ。初めてのバンドにしては上出来だ!って一晩中盛り上がったって訳さ。



11 秀夫と庭の木①【HIDEO】

 「秀夫はよく無事に大きくなったもんだねぇ!」おばあさんはそういって顔をしわくちゃにして縁側で笑っている。俺の名は秀夫、前段で登場したDuranと同じ、もう一人の主人公だ。すこし俺の昔の話をさせてもらおう。


 俺は早産で生まれた。1900gしかなかった為、家族はずっと障害が出やしないかを心配していたそうだ。
俺の実家は四国のみかん農家、高校の時は毎日山の中腹のみかん畑の中の蛇のようにくねくねとした道を自転車に乗って学校に出かけた。
この国じゃもう殆どみかんは売れないみたい。アメリカからサンキスト・オレンジが輸入されはじめた事が大きな原因みたいだけど、俺は本質的な原因は他にあるような気がする。みかんの味は最近の日本人の味覚にとって時代遅れのような気がするのだ。それはしょうがない事だと思う。今の俺にはあまり必要ないんだよね。
この国の教育だってそうさ。合理性と知識の獲得、まるで家の家族や近所の友達には似合わないような西洋的なものの考え方でさあ。若者の一人である俺から言わせて貰うと、「日本の文化を壊せ!」って事と同義じゃねえか?って思う。そのうえ農家ってのは、高度経済成長しているらしい日本の中でも異端な存在だ。なんてったって未だに汲み取り便所を使用していて、3ヶ月に一回位オヤジは桶を担いで、畑にそれを捨てに行くんだ。
今よりもっと子供の頃には、大人になるのが嫌で嫌でしょうがなかった。だって、オヤジのように「汲み取り屋」にならなくちゃいけないんだもの、トホホだよ!だから田中角栄の日本列島改造論は何が何でも支持する。要は、早くバキュームカーの入って来れる広い道を作ってくれよ!って事さ。


 俺が何故京都に行く事になったか?って理由を話しておこう。元々好きだったRockをやりたかったんだ。
高校の文化祭でDeepPurpleやLedZeppelinのコピーをやったりしたけど、俺の本当にやりたいのはPunkRockだった。いい人ばかりの環境からさよならしたかったんだ。 京都はRockの殿堂ってイメージあったしね。その頃の俺は「京都に行けば何とかなる!」ってそう信じ込んでた。だから両親を説得して京都の専門学校に行く事にした。
試験を受ける為にはじめて行った京都は予想以上の風流な町だった。小雪のちらつく中、四条大橋から鴨川を見下ろした。その時、俺が見たその景色は間違いなく桃源郷だった。少なくとも俺にはそう見えたんだ。涙が頬をつたうのを感じた。
抑圧していた俺のPunkRock狂いは、堰を切った濁流のように俺自身の外面を変えていった。
といっても、そんなに大したもんじゃない。髪の毛を逆立てて女性用の派手な服に犬の首輪と鎖を身につけ、派手な化粧をして街中を歩き回っているだけだった。それが本来の俺の姿だった。俺の本当にやりたいことだったんだ。自分の身の回りのうそ臭い風景を派手な格好で変えてしまいたかったんだ。その気持ちだけはどんなRock評論家よりも切実だったと断言してもいい。

Rock雑誌では「ロンドンパンクのファッションを真似してしているだけの日本のPunksは最低!」って記事が幅を利かせていた。でも俺は一切構わなかったね!くだらないインテリの戯言としか思えなかったんだ!「てめえらだってロンドンパンクの批評で飯食ってんだろ?所詮、俺と同じ同伴主義者なんだよ!」って言いたかったよ! その頃俺が気づかなかったこと、それは…、「俺が憎むほど変えたかったものは京都の町の風景じゃなく、段々のみかん畑が続く生まれ故郷の風景が作り出す全ての現実だった!」って事だった。


Rock雑誌の広告で集まった俺達のバンドのメンバーは、ギターを除いて学生だった。 何ヶ月かの練習の後、少しずつライブハウスに出演するようになった。Drumsが女の子だった事も手伝って、POPで可愛いパンクバンドとして人気も少しずつ出てきた。俺達は小さな暗い部屋の中で派手な化粧で思いっきりデカイ音で演奏した。 決して口には出さなかったけど「世界を変えるんだ!」誰もが心の中でそう思っていたはずだ。

しかし、バンドの人気と反比例して俺はもやもやした気分で毎日を過ごした。俺の中で鳴っている音はもっと激しく歪んでいたからだ。
そんな俺を察したのか、徐々にテンションの下がって行くバンドはある日突然解散した。
迷いはなかった、でも寂しかった。その上失恋もした。俺はへたくそなギターを弾きながら、4畳半の寒いアパートで曲作りに没頭した。俺のオリジナルなパンクロックを歌うんだ!
できた曲はロンドン発のパンクバンド、SexPistolsやClashには似ても似つかなかった。強いて言えば浪曲に近かった。

ある阿呆の遺書

♪「兄貴にはあっしがついてるじゃござんせんか?兄弟の契りを交わしたあっしが…」

「二人で手を取り合って行きやしょうや、地獄の底まで二人で」

ごみをぶつけりゃ壊れてしまうあんたの勝手な妄想に乗せられて俺はぶざまな負け猫だ

現代という病室の中で 
「俺はお前の妄想にしかなれへんのけ?」

俺の存在をお前に参加させてくれ 
俺の存在をお前に・・・

飯も食わずに自分という名の空間に心地悪く馴れ合ったお前のどうしようもなさを裁けるのはおまえ自身なのに、なのに…あーまたあの発作が…

「君には僕がついてるじゃないか?二人で手を取り合って幸せになろう!」

お前の妄想に踊らされる俺の弱さが
俺の嘘に巻き込まれるお前の弱さが
俺の妄想に踊らされるお前の弱さが
お前の嘘に巻き込まれる俺の弱さが
ケロイドを作る

かあちゃんは今日も防空壕で昼寝をしています♪


俺は観念でしか人を愛せなくなってしまったのだ。そしてその場所には憎しみしか残らなかった。


          ↓


 「ある阿呆の遺書」をライブハウスで歌いだしてから俺の周りに変化が起き始めた。
ライブハウスは盛況だった。たくさんの京都のパンクス達が新しい仲間と作ったバンド「ケロイド」を見に来ていた。明らかにシンナーでヘロヘロになった目をした奴らも居た。俺の好きだったドアーズやロンドンのパンクバンドに影響を受けたバンドマンがぞくぞくと周りに集まり始めたのだ。新しい恋人もできた。毎日は最強だった。スキンヘッドにした俺には仕事がなかったが、それも新しい仲間が助けてくれた。理想の世界が実現したはずだった。
しかし…、俺はまたもどこかちぐはぐな思いを抱え始めていた。

「俺は何故こんな歌を作ってしまったのか?」

理屈で全てを解決しようとしていた俺には自らが作った「ある阿呆の遺書」の意味が理解できなかった。確かにいい曲ではあった。歌っていても心地よかった。しかしその頃から決まって同じ夢を見て夜中に何回も目を覚ます事があった。
それは巨大なビルの上から下を眺めている夢だった。どうしても下に降りなければいけないような気がしていた。しかし下が霞んで見えないほど巨大なビルなのである。
人は自らの絶望の形に合わせて穴を掘るものだ。「ある阿呆の遺書」は俺の巨大な穴だった。その頃ほぼ毎日見ていた夢はその巨大な穴を暗喩するものに違いなかった。
俺は美大に通う恋人に何回かその話をした。しかし、彼女から「何へんなことばっかり言うてんの?そんな事よりはよオーディション受けてプロになってよ!」と返された。

彼女は「ある阿呆の遺書」がそんなに好きじゃなかったんだろう。もっと言うと最近の俺の憂鬱な歌にあまり興味がなさそうだった。

ちぐはぐな思いの俺は相変わらずいつも見る夢に苛まれていた。
そのころ俺とそっくりなスキンヘッドにサングラスの黒いスーツの若者がTVで歌っているのを聞いた。佇まいは確かに似ていたが、その歌は何年か前の歌謡曲みたいだった。「コケコッコが鳴いたら私家を飛び出すの、田圃トンボ飛び越え胸が躍る日曜日…」。
彼女から「週間東京少女Aっていう曲やろ!アマチュアの頃から京都もよう来てたで、何回かお茶飲んだことあるわ!」という話を聞いてから一ヶ月ほど後、一通の手紙が届いた。 彼女からのサヨナラの手紙だった。「東京のあるバンドのギタリストと付き合いたい」との内容だった。

         ↓

 俺にとっての初めてのちゃんとした失恋だった。ちゃんとした失恋…、つまりそれまで俺はちゃんとした気持ちで女と付き合った事がなかったのだ。観念でしか人を愛せない奴が失恋をする訳がない。強いて言えば最初から失恋していた。しかし今回は違った。俺の音楽を殆ど理解してくれなかった彼女への気持ちは観念ではなかった。唯一好きだった偉大なる思想家ニーチェの著作をいくら紐解いても、アルバトロスの歌を歌うジョン・ライドンのレコードを何回聞き返しても、その失恋の理由は解らなかった。

「東京へ行こう!」そう決めるのに時間はあまりかからなかった。何のあても無かったがこのまま京都に居ても何もできないし何も変わらないような気がしていた。俺にとって音楽はコミュニケーションの手段だった。大好きだった彼女に伝わらない歌をいつまでもここで歌っていてもしょうがないと思ったのだ。
昼間はビルのガラス拭き、夜はファーストフード店の清掃、夜明けの3時間と昼間の30分の休憩時間に睡眠を取りながら金を貯めた。


東京に引っ越した季節は町にジングルベルが流れはじめる頃だった。慌しい新宿の街をバブルの風が吹き荒れていた。「うるさいんだよ!」内心そう思いながら、引き返せない迷路に足を踏み込んだような気がしていた。

「♪Eternal Sky Remains The Same♪」

その時耳元でいやにはっきりとその歌が聞こえた。いや、正確には聞こえた気がした…。

          ↓

「東京に空がない…」なんて古いTVドラマで誰かが作った嘘だった。
浅草の出来たばかりのビルの屋上からは遠くに富士山が見えていた。ビルの名前はロックスビル、まだ内装業者が入っていた。そのビルの最上階はガラスが斜めになっていて、ガラス清掃用のロープを垂らしても下が見えない。悪い予感がしていたが、しょうがなくブランコをセットして下が見える場所まで進む。予感は的中した。60mしかないロープは何と下まで届いてない。5mくらい足りないか?ひょっとしたら10mかも知れない。

「東京まで来て一体何をしてるんだ!?」

俺はふと今も毎日見ている夢を思い出していた。下の景色が霞んで見えない巨大なビルの屋上に居て、どうしても下へ降りなければならないような気がする夢だ。
「なんだ、こういうことだったのか?降りればいいんだろう、降りれば…!」
そう言い聞かせながら、地面に届いてないロープにセットしたブランコに乗って窓ガラスを拭きながら下に降りていった。

「飛び降りればいいんだ!」

普通、そう思うやつは馬鹿である…。もし夢を見ていなければ引き返したかも知れない。しかし今引き返すとずっとあの夢に悩ませ続けられるような気がしたのだ。
奇跡は起こった。俺の重みでロープは下に降りて行くほど地面に近くなり、結局1mほど地面から離れていただけなのだ。その日から夢から巨大なビルは消えた。
 バンドのメンバーを集めようと東奔西走の毎日がやってきた。色んなスタジオでセッションしたり、珍しく雪の積もる日に横浜までライブを見に行ったりした。でもなかなか思うようにいかない。何せ世はバブルの真っ只中である。戦後に流行った浪曲のような俺の歌に誰もが首を傾げるばかりだった。もう諦めようか?京都に帰ろうか?そう思っていた時、職場の同僚の海野が音楽をやっているらしい事を同じく同僚の堀田から聞いた。

 海野は色白で痩せこけた眼光の鋭い奴だった。恐らく160cmあるかないかだろう。176cmの俺と並ぶと丁度年の離れた兄弟のようにも見えた。彼女と別れたばかりだという海野に誘われてそのまま彼のマンションに行くことになった。酒は家にあるからコンビニでつまみを買っていこうという事になりレジに二人で並んだ時、俺の身体にある種の感情が走った。
「魂がさらわれる」そういう表現が似つかわしいほどの恐怖感だった。
海野が自分でバンドを率いており、月1回は新宿のライブハウスに出演していること。俺のよく聞いていたジム・モリソンやジョン・ライドンにそのまま影響を受けたような音楽を演奏していることを知った。俺は鏡をみているような気にさえなった。ただひとつ、コンビニで感じた恐怖感だけが気になった。
失恋からナーバスになった海野は、酒が入ると急激に過激な口ぶりになり、マルクス主義の是非を問いかけて来た。多少は誰にもあることなのだが、彼の場合は他人の存在が一切目に入らなくなるような変貌ぶりだった。マルクスを読んだことのない俺には何の返答する言葉もなかった。
コンビニで感じた恐怖感は、海野の恐怖感が伝染したものかもしれなかった。「人間への恐怖感から周りの全ての人間を憎んでいる」海野の様子は少なくとも俺にはそのように思えた。

俺の抱える憎しみは特定の他者に向けたものではない。仮にそうである場合にも、所詮人は他者の全人格を裁く事は出来ないのだ。彼が犯罪者でもない限り、いや仮に犯罪者であってもだ。
素面に戻った海野は「生真面目な仕事人」といった風情だった。「彼との関係は気をつけなければ…」ブランコから飛び降りようと思っていた男らしくもなく、俺はそう思ったのだった。
しかし運命とは皮肉なものだ。海野の元恋人のワコと初めて出会った時、彼女が特別な存在になるような予感はなかった。




12 アルバトロス最初の戦い【HIDEO】

 人に感情があるかぎり愛も憎しみもこの世界から去る事はない。あるいは愛や憎しみと共存できなければ人は幸せになれない。

俺は感情についていつもネガティブな解釈しかできなかった。愛と憎しみを同時に引き受けることの重さに耐えられないほど魂が虚弱だったのかもしれない。だから音楽が必要だったのさ。音楽を演奏する事、歌うことで愛や憎しみの存在を絶対化しないと気がすまなかった。もっと言うと俺がパンクロックに求めたものは憎しみの具現化だった。素朴な両親から一身に愛された俺には憎しみの方がよりわかり難かったんだ。

どんな巨匠の文学や音楽よりも目の前の一人の人間の愛や憎しみの方がその存在は重い。 海野の登場によって、俺は憎しみを知った。海野が特別な人間だったというより、俺と海野との関係が俺の内部の憎しみを具現化した。

いつものように酒が入ってマルクスやサルトルの話をしはじめた海野が「秀夫、神はいると思うか?」と聞いてきた。

「解らない、いるかもね?人は弱いから…」茶化すように聞こえたのかもしれない。

「いるわけない!もし神がいたら俺をなんとかしてくれるはずだ!宗教やってる奴なんて弱虫だっ!!」

俺は別に宗教を擁護しているわけじゃなかった。が、海野のその言い方には心底腹がたった。

「てめぇ、何様だよ!てめぇの方がよっぽど馬鹿で弱虫なんだよっ!!!」

神経がワイヤー入りの強化ガラスで出来たような海野はかんかんになってのたうちはじめた。多分ガラスが割れてワイヤーだけになったのかも知れない。その日から俺の神経もイカレ始めていた。再び憂鬱な夢に毎晩うなされるようになったのだ。今度の夢は前のそれとは違った。ひたすら広い平原で何かを待っている夢だった。そして夢から覚めてもその平原は度々俺の目の前に現れた。

海野の元彼女だったワコと初めてデートしたのはその週の日曜日だった。

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新宿アルタ前でワコと待ち合わせ、上野動物園へ行った。もうその頃俺にはアルバトロスが何ものかがぼんやりと解ってきたんだ。もうすぐ会えるような気もしていた。

「ワコと何故ここに居るんだっけ?まだ海野お前のこと好きだよ!」

「終わったことでしょ、今は秀夫さんが好き!」

俺はワコのことが好きなのかどうなのか解らなかった。しかし、とんでもない世界に二人だけで突入していることだけはわかった。ひょっとしたらこのまま死ぬかもしれないと思った。西の空から何か大きな黒いものが飛んでくるような気がしたのだ。
「世界の蛇」というコーナーで僕らは蛇をみていた。

「ワコ、お前蛇年だったよな?」

ガラス越しに鉛色の蛇を睨みながら俺はワコにそう聞いた。

「うん、でも何で?」

「しまった、食われる!!!」

俺がそう言った瞬間、目の前の蛇が鎌首をもたげ口をあけて俺を食おうとした。ワコはびっくりした。

「な…ん…で?」

「俺は蛇の魂をあやつれるのさ、へっへっへっ!」

自分でも何でそんなことを言ったのか解らなかった。ワコは30分くらいびっくりしていた。が少し冷静になると「さっきのどうやったの?、どんな仕掛けがあるの?」としつこく聞いてきた。仕掛けなんかなかった。ただ一瞬蛇に乗り移った気がしていた。
 夕方になって僕らはその頃東京で2番目に高いビル、確か霞ヶ関ビルに上った。俺とワコ以外、だれ一人いなかった。俺は思わずワコの好きな中島みゆきの歌を口ずさんでいた。

「♪二人だけこの世に残し死に絶えてしまえばいいと心ならずも思ってしまうけどそれでも貴方は私を選ばない…♪」

きっとワコはそう思っていると解っていたからだ。
 小田急線のどこかの駅で別れるとき、ワコは念をおすように俺に言った。

「秀夫、やっぱり…好き!」

「  …  」

その時俺はそれどころじゃなかったのだ。もうすぐアルバトロスが来る予感がしていた。

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 ワコと駅で別れてからもう3日くらい経っただろうと思って時計をみると、まだ1時間しか経ってない。
「うー、痛い、助けてぇ…」車で事故を起こした人の悲鳴やビルから飛び降りた人、病気に苦しんで死んでいく人の痛みがひっきりなしに俺を襲っていた。
「勘弁してくれ!俺、君に何も出来ないよう…!」時間の感覚が狂ってしまっているのは情報量が多すぎるせいだ。半径何キロくらいだろうか?新中野のアパートから新宿駅あたりまでの人々の全ての痛みが俺をいっせいに苦しめていた。
平原の向こうから漆黒のアルバトロスの羽音が聞こえていた。

「このままアルバトロスに殺されてしまう!」

そう思い目を開けた途端、すぐ目の前に漆黒のアルバトロスがじっとこちらを睨んでいる。烏のような目だ。急いで目を閉じた…。

だだっ広い平原に漆黒のアルバトロスがこっちを睨んでいる。

「もう殺されるのは時間の問題だ、おとうさんおかあさんごめんなさい、俺には戦う勇気がない」

そう諦めかけたとき、羽音がしてもう一匹のアルバトロスが目前に降り立った。姿・形は漆黒のアルバトロスと寸分違わなかったが、極彩色といったらいいのだろうか?とにかく今度のはインコのように派手な色合いだった。激しく飛び掛ったのは極彩色のアルバトロスだった。しかし、漆黒のアルバトロスはみるみる内に極彩色のアルバトロスを追い詰めていく。どう見ても不利だ。やられるに決まっている。俺は究極の戦いを目前にしながらふとある歌を思い出した。
 
そうだ、歌うんだ!

「♪Eternal Sky Remains The Same♪」

とっさに思い出した歌は自分の歌じゃなく、昔父ちゃんがTVの前で遠い目をして聞いていた歌だった!

ひたすら繰り返し歌を歌った。漆黒のアルバトロスは少し弱って来たようだ。ひょっとしたら勝てるかも知れない。頑張れインコ!本当はインコじゃなくて奴もアルバトロスだったけど、長いから省略だ!

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 長い戦いだったとも短い戦いだったとも言えなかった。本当は時間のない世界での戦いだったのだ。最初から決着はついていたと言えるかもしれない。2匹のアルバトロスは溶け合ってその存在は瞬間に無に帰した。
目の前には相変わらずだだっ広い平原が広がっていた。どうやってこの平原から抜け出せばいいのか?解らなかった。目を開けても多分同じ事だろう。