1 はじまり 【HIDEO】
高校三年の秋ごろだろうか、彼はあるレコードを買った。市内を縦断する川のほとりに位置する田舎町にしては少しおしゃれなレコード屋だった。地下にはJazzとクラシックのコーナー、1FにはPOPSや歌謡曲のコーナーが申し訳程度に、大半はRockのレコードが置いてあった。
グレイが基調のバックに英国人のゆがんだ顔がレイアウトされたそのレコードは二枚組だった。勇んで家に帰り、さっそく針を落とした。歪んだトーンのまるで素人が弾いているようなギターとたどたどしいドラムス、無口な男が初めて自分の事を語りだしたかのような不器用なベースの音に彩られてそのうたは始まった。
「アルバトロスを殺す、アルバトロスを殺す・・・」
歌っている人のLastNameは、歯が悪いことが理由のあだ名らしかったが、その不気味な歌にはもっとショックを受けた。彼はその日から、その歌を毎日聞くようになった。
2 Another Life【Duran】
世界のリーダーと言われるその国の一番西に位置する大都市から車で1時間ほど東に走った場所に彼の実家はあった。
彼はある夏の日、普段はろくに口もきかない父からある話を持ちかけられた。極東の島国の国営放送局が彼の実家に取材に来るらしい。彼の実家のオレンジ畑を取材したいのだという。仲介に入った我が国屈指のTV局の話では、「最近、我国はその島国にオレンジを輸出し始めたばかりで、イメージアップをはかりたい」のだとか。
彼は、退屈だった。10年前に彼の実家から西方100Kmにある大都市で流行っていた激しくも憂鬱なR&Rバンドの歌以外に、彼がこの国に生まれて良かったと思うことは無かった。その上、彼の両親は素朴な農民だった。その事実が彼のそんな気持ちを、ますます行き場所のないものにしていた。
撮影の日、彼はギターを片手に歌を歌った。取材に来た極東の国営放送局の取材スタッフは、「僕の肩の上の太陽」を歌ってくれ!と言って譲らなかったが、彼は、「もっといい曲があるから!」と言って、オリジナル曲を歌った。彼が作った2曲の内の1曲だった。「永遠の空は続く」彼の歌は、その後、極東のTVで放映されたらしかった。
♪君のaiはまるで曇り空のようなもの
くもり空にほすせんたくのようなもの
決して乾くことがない
君のaiはまるでばからしいらくがきのようなもの
決して誰かのきにとめられることはない
人類はたとえようのない痛みをうたうことで晴らそうとした
「りそうの世界はいつ来るの?」
「りそうの人間はいつ現れるの?」
皮肉の達者なこれまた人類
やさしいうたを憶えた人類は
仲間をみすてて 仲間はみなごろし
「君のために死ねるよ!」なんて言いながら
aiという名の銃を撃つのさ
永遠に続く空の下で…♪
3 Eternal Sky【Hideo】
アジアの島国のみかん農家の長男だった彼は、TVで変な若者が歌っているのを聞いた。
「♪Eternal Sky Remains the Same~♪」
それは何だか世界のリーダーたる国の若者が歌ってるように思えない頼りない歌だった。
彼は淡々とした憎しみに彩られたRock本国発の「アルバトロスの歌」を貪るように聞いていた。その歌は彼の気持ちを代弁していたからだ。それ故、決定的に彼は孤独だった。何しろ彼のクラスメイトの話題の中心は、世界のリーダーと言われる国の常夏ギターバンドが毎年通り8月に来日するという噂だったのだ。そのバンドは彼の父が若かった頃にはやったそうだ。常夏の衣装を纏った本国では全く売れないそのバンドは、何でもエレキギター3本でテケテケするのが特徴らしかった。
彼は海が好きだっだ。彼の孤独は、音楽以外では海を見ることでしか癒されなかった。しかし、常夏衣装のテケテケバンドの音楽は彼から最も遠いものだった。
むしろまだ頼りない変な若者が歌う「♪Eternal Sky Remains the Same~♪」のフレーズは、忘れたころに彼の中でたびたび鳴り続けた。でもその頃の彼は気にもとめなかった。
4 やわらかい夕暮れにヘリコプターが飛ぶ【Duran】
普段は人のいい彼の父だったが、唯一オレンジの事になるとうるさかった。
彼は疑問だった。果たして父は本当に母を愛しているのだろうか?あるいは、母は父を好きで一緒にいるのだろうか?
父や母はお互いに彼、彼女を欲しがっているんじゃなく、今年のオレンジの収穫がどうなるかの方に興味があるんじゃないのか?オレンジの収穫そのものを愛しているんじゃないのか…?
オレンジ畑に通う毎日の生活の前で、二人ともオレンジの木のように自然に笑っていた。未熟な彼にはそれが耐えられなかった。
「愛とはそういうものではないはずだ。そういうものであって欲しくない、あってはならない!」
じゃあどういうものなんだと言われても彼には到底答えられなかったのだが、誰もそれを彼に聞く人はいなかったので、彼の愛に対する幻想はその後も続くことになった。激しくもけだるく憂鬱なロックバンドの音だけが彼の気持ちを後押ししてくれた。
彼の住む村の西方から吹いてくる風の気配が、海の潮の匂いを携えたものになる季節に限り、父は彼をオレンジ畑に連れて行った。軽く100ヘクタールを超えるオレンジ畑に消毒薬を撒くのだ。その作業だけは、ここ数年彼が欠かさずやっていたのだ。要はリモコンの小型ヘリコプターを飛ばしながら、消毒薬を撒くのだ。
朝9時にダットサンで家を出て約15分で畑に着く。車のバッテリーにリモコンを繋いで、ヘリコプターの調子を見ながら徐々に遠くに飛ばしてみる。畑の一番端まで飛ばして問題がなければ、ヘリコプターに農薬散布機をセットしてもう10分色んな方角に飛ばす。父の小言に付き合いながら時計を見るともう10時前だった。
ヘリコプターは畑の一番端に行くと、白い蝶のように小さく頼りなく見えてくる。彼はその後姿が好きだった。何度見ても飽きないくらい繊細な様子なのだ。どうしていいかわからないように迷っている。その姿を数十回ほど見ていると、もう夕暮れだった。『白い蝶が薄いオレンジ色に変わる。夕日はなんて優しいんだろうか?なんてやわらかく繊細に存在を彩る力があるのだろうか?あのヘリコプターに乗れたらなあ…』少年時代に誰もが感じる素朴な想いは、その後、形を変えて彼の中で生き続けることになる。
5 灼熱のジャングルに白い雨が降る【HIDEO】
「この国が温帯なんて嘘だ、熱帯に決まってる!」彼はそう思った。
山の中腹から段々と上に続く棚田にそのままみかんの木を密に植えた畑。その集約農業の方法は、戦後復興の際、国策として組織された農業団体の指導で彼の父が作ったものだった。照りつける太陽の光、密に植えられたみかんの木に守られるように生い茂るけたたましい雑草の草いきれ、おまけに棚田のふちには寒い季節の為に防風林が植えてあり、たまに熱をさらっていく風をわざわざ邪魔してくれる。鉄砲噴口と呼ばれる農薬散布機の先はその名のとおり鉄砲の形をしている。その鉄砲に直径2cm長さ100mの黄色いゴムホースをつなぎ、ビニールの防水服を着たままみかん畑を歩き回るのだ。熱帯以外の何ものでもない。
彼は父や母の不安な気持ちを感じていた。世界のリーダーと言われる国からもうすぐオレンジが自由に輸入されることになる。農業団体の寄り合いで皆でそのオレンジを試食した際に、「こりゃまずい」と言い合って盛り上がったという。しかし、父の本当の気持ちがそうじゃない事は彼にはよくわかった。
「♪Eternal Sky Remains The Same♪」
TVからその歌が流れるたびに、父は決まって遠くをみつめるような表情をしていた。それはこの国の農業が生み出さなかった光景に思いを馳せているかのようだった。
「たまには仕事手伝えよ!」父が彼に向かっていうのは、決まってその不機嫌な一言だけだった。いつも無視していたのだが、その歌が頻繁に流れ、父の様子が一変するようになってから、彼はなんとも気の毒な気がして、初めてみかん畑に消毒を手伝いに来たのだった。
しかし現場に来てみてそれはやっぱり間違いであることを思い知らされた。みかんの木は20年になると高さはゆうに4mを超える。隅々まで消毒薬をかけようとすると当然木の下から上に向かって噴射しなければならない。みかんの葉っぱにあたった消毒薬はポトリポトリと白い雨粒を降らせる。
『灼熱のジャングルに白い雨が降っているのだ』彼はそう呟きながら、この仕事を継ぐ若者はこの国にほとんどいなくなるであろう事を悟った。
6 僕はDuran【Duran】
読者のみなさんこんにちは、あるいはこんばんは。僕の名はDuran。前段で登場する主人公の一人だ。世界のリーダーと言われる国の…、ええいめんどくさい。僕はアメリカのロスアンジェルスの南東にある片田舎、通称オレンジカウンティって呼ばれている地区の農場の生まれ。何でもバレンシアオレンジが始めて生産された事でこの名前が付いたらしい。父と母はエルビスやカントリーなんかが大好きなごく普通のアメリカ人夫婦だ。長くなるけどこれから何回か僕が若かった頃の話をしようと思う。
日本の国営放送で僕の歌うEternalSkyが放映されたあと、僕はちょっとした人気者になった。
まず日本の国営放送を通じて日本人からたくさんのファンレターを貰った。これはアメリカじゃ考えられないことだね。僕の歌はサビのところのほんの十秒くらいしか放映されてないのに、日本人、とくに女の子からの手紙はどれも「素晴らしい曲ですね!」ってな調子だ。
念のため言っておくと、これは何も日本人を馬鹿にしてる訳じゃないよ。ただ日本人はアメリカ人を何か特別に優秀な人種だとでも思ってるんじゃないのかい?もしそうならそんな思い込みは止した方がいいよ。第一リンカーンだってケネディだって一人の力で何か大したことをやった訳じゃない。その頃の最大公約数の民衆が言葉に出来ないことをうまく言葉にしたってだけだって。
リンカーンは平凡な政治家のひとり、ケネディなんて何も出来なかった駄目な大統領の典型さ。あくまで政治家としてはっていう意味ではね!
じゃあ何故彼らがそんなに尊敬されるのかって?他民族国家のこの国では自己主張が出来ないと生きていけない仕組みになってるからさ。喩えて言うと工場の生産ラインがきっちりしていて、それを管理する言葉がいえる才能がこの国のTOPになれるだけさ。だから民衆の意見が変わるとそれまで大人気だった大統領が暗殺されることさえあるんだ。
僕は、日本のみんなは僕らに対してShyになったりコンプレックスを感じる必要なんてないと思う。きっとこの国が特別なんだと思う。
ここまで言う僕はこの国を嫌いなのかって?いや、悪いところはたくさんあってうんざりするけどね。それでもやっぱり好きなんだ!っていうか、複雑な気持ちで愛してるんだ。僕の両親とおなじようにね。
7 僕とあの娘①【Duran】
EternalSkyのおかげで平凡な僕もハイスクールでは人気者になった。GirlFriendのLisaもますます僕に夢中だ。唯一の黒人の友達だったJoeは、君は※1ジム・モリソンの後継者だって騒ぐ始末だ。おいおい、ちょっと待てよ!僕のような平凡な少年がジム・モリソンな訳ないって。僕はRockerに決してなれると思わないし、なりたいとも思ってないよ。彼らはしょうがなくてRock・Musicianになった訳だろう?確かに愛する両親や学校やこの国に多少の不満はある。GirlFriendのLisaはそんなに賢くはないし、最高に美人ってわけじゃない。でも彼女とは話が合うし、僕には十分すぎるくらい可愛い彼女だ。だから僕にはRockや芸術に向かう必然性なんてないんだ。
僕みたいな平凡な少年の誰にも若い頃の何ヶ月か無敵とも思える時期がある。Rockerってのはそれを音楽で表現する必然性がある人だって事さ!
※1ジム・モリソン
1960年代の後期からわずか4年間だけ活動した伝説のロックバンド=ドアーズのボーカリスト。R&RやR&Bを基調にJAZZのフィーリングを盛り込んだシンプルで独特な音と、詩の朗読まで行うジム・モリソンの特異な歌が微妙にマッチし、全米、特にロスアンジェルスでは絶対的な人気を誇った。ドラッグカルチャーのヒーローとしてばかりかベトナム反戦運動を志す若者のアイドルとしても祭り上げられた。当時27歳のジム・モリソンの夭折で、バンドの歴史に事実上幕を閉じる。1979年UCLAで同級生だった映画監督のフランシス・フォード・コッポラが「地獄の黙示録」でドアーズの代表作であるTHE・ENDを全編に使用し、リバイバルブームに火をつけた。
8 僕とあの娘②【Duran】
Lisaのことについて話しておこう。前に彼女がそんなに賢くないって書いたけど、頭の良さって事じゃ決してそうじゃない。僕らの通うハイスクールには一学年に495名もの生徒が居て、彼女は学年でいつも50番に入る成績だった。ハイスクールはロスでも比較的有名な学校のひとつ、つまり上位2割に入るくらいの学校だったから、彼女は頭がいい部類なんだ。僕は…って?頑張って200番ってとこかな、ごく普通の生徒さ!でもLisaは17になるまで誰ともつきあったことがなかった。だから、僕を知るまで男と女のイロハを全くもって知らなかったのさ。
この国じゃ17になった娘が男との付き合い方を知らないって事は普通じゃない、っていうか、女の子同士で話すときには「あんたって子供ね!」って言われておしまいさ。たとえ勉強ができたとしてもね!だからそういう意味じゃあまり賢くない女ってことさ。
何故、Lisaと付き合うようになったかって?
それはハイスクールで迎えた2回目の夏の終わりだった。図書館で彼女から声をかけられたんだ。僕が日本の作家「MISHIMA」のコーナーの前にいる時だった。その頃嵌っていたイギリスのパンクバンドの歌に「Yukku」っていう名前が出てきて、それが日本の作家だってJoeから聞いたもんだから、普段は行かない図書館にたまたま来ていたんだ。
「MISHIMA、好きなの?」僕は「ああ、よくは知らないけどね!」って一言返した。すると、彼女は「MISHIMA」って作家がいかに凄いか、デビット・ボウイも彼の作品を評価しているって話なんかを身振り手振りも豊富にとうとうと喋りはじめたってわけさ!彼女は二つ隣のクラスだったから何回かすれ違っていたけど、その様子は大人しそうな外見からは想像できなかったよ!ってな訳でそれから毎週木曜日には図書館で彼女の講義を聞く事になった。
彼女は木曜日に図書館でアルバイトをしていたからさ。日本やヨーロッパの文学の講義を何週間か受けた後、お茶を飲みながら今度は僕が恋愛の講義をするようになった。
ある日、「ところで、Kissしたことある?」って聞くと、顔を真っ赤にして横を向いてしまった。彼女は一見大人っぽい雰囲気だったから余計にキュートで新鮮だったよ。それがきっかけで、好きになったのかなあ?
9 僕とあの娘③【Duran】
Lisaと付き合うようになって、僕は恋愛が決して楽しいばかりじゃない事を知った。決して彼女が悪いって理由じゃなかった。ただ、豊富な知識にはそれに見合う豊かな体験と成熟した魂が必要だって事を思い知らされたっていう感じかな?何しろ彼女の価値観は西洋中心主義だった。僕の数少ない友達、例えばJoeはアメリカ黒人の父とプエルトリコ人の母のHalfだったし、パトリシアはアフリカ人の母とロシアの軍人の父が家族だった。Lisaは口ではそれぞれに理解のある発言をしていたけど、いざ彼と彼女と会うと少しばかり違ったんだ。文化に優劣をつけるっていうか、要は彼らの習慣を理解できなかったんだろう。僕は皮肉な運命を恨んだ。正確にいうと、知識だけではどうにもできない壁があることを悟った。
僕とLisaは徐々に離れ始めていた。その理由はお互いにわかっていたけど、なかなかその事について議論するきっかけはつかめそうになかった。最初は意識しなかった彼女との距離は彼女をますますいとおしい存在に変え始めた。多分そのころ、彼女も同じように思っていたんだと思う。しかし、一度弾みがついた異なるベクトルへの加速力は、幼い二人の力じゃとめられそうもない。僕は友人のJoeに相談する事にした。Joeの答えは明確だった。
「もう、おまえの中で結論でてるだろ!」
そう、結論は出ていた。
10 僕とJoe①【Duran】
Lisaと別れたのは、ハイスクールで迎える3回目の夏のはじめだった。その前の年のクリスマスには「来年は一緒に海に行こうぜ!」ってな調子だったのに、全く運命とは皮肉なもんだ。そのせいもあってか、その年はひたすらロンドン・パンクにのめり込んだね。
パティ・スミスやテレビジョンなんかも少し聞いたけど、なんだか余計にLisaの事を思い出したりして、その内自然と聞かなくなった。Lisaが尊敬する女性がパティ・スミスだったからね。おまけにその頃パティはテレビジョンのメンバーと付き合ってたって噂もあったし。それにパンクはやっぱりロンドンだって思った。御大のジョニーがジョンライドンって名前でリリースした1stから始まって、掻き毟るようなギターが最高に格好良かったGangOfFourだろ。ストラングラーズ、クラッシュ、それにスージーアンドバンシーズは確か3rdアルバムで「Mother」って名曲を出した頃だった。まあ、ハイスクールでの理解者はJoeだけだったけど。毎日放課後に彼の家に言って僕がロンドン・パンクの講義。Joeはお返しに同じくロンドンで流行っていた黒人のレゲエバンド、サード・ワールドやスティール・パルスなんかを聞かせてくれた。どのバンドの音楽も本当に素晴らしかったよ!
僕とJoeはその内、やっぱりバンドを作ろうぜ!って話になって、楽器ができる色んな奴らと話をするようになった。でも、周りには「イーグルスこそ最高!」ってな奴らばっかりで、なかなか思うようなメンバーが集まらない。結局、僕が父から貰ったギターをへたくそに弾きながら歌い、本当はDrumをやりたかったJoeが拾ったコンガを叩いて僕らのバンドはスタートした。バンド名はまだなかった。
僕らのバンドは、というか僕とJoeは、とりあえずコピーから始めることにした。ところが曲がなかなか決まらない。 JoeはSlyのヒット曲、スタンドやエブリデイ・ピープルをやろうっていうし、僕は僕で、絶対SexPistolsだ!ってな具合だ。
よく考えるとどちらも無理なんだよね、ギターとコンガだけじゃ。
Joeとの議論に疲れた僕は、「じゃあ、各々一曲だけ選んで、二曲やろう!」と提案し、Joeもそれを受け入れた。僕は悩みに悩み、ティラノザウルスレックスの「サラマンダ・プロパガンダ」、黒人音楽に傾倒しているJoeは、JimiHendrixの「HeyJoe!」を選曲した。
結果は、「やれば出来るじゃん!」って感じだった。何しろ二人とも学校の授業中も音楽のことばっかり考えてたんだ。初めてのバンドにしては上出来だ!って一晩中盛り上がったって訳さ。
11 秀夫と庭の木①【HIDEO】
「秀夫はよく無事に大きくなったもんだねぇ!」おばあさんはそういって顔をしわくちゃにして縁側で笑っている。俺の名は秀夫、前段で登場したDuranと同じ、もう一人の主人公だ。すこし俺の昔の話をさせてもらおう。
俺は早産で生まれた。1900gしかなかった為、家族はずっと障害が出やしないかを心配していたそうだ。
俺の実家は四国のみかん農家、高校の時は毎日山の中腹のみかん畑の中の蛇のようにくねくねとした道を自転車に乗って学校に出かけた。
この国じゃもう殆どみかんは売れないみたい。アメリカからサンキスト・オレンジが輸入されはじめた事が大きな原因みたいだけど、俺は本質的な原因は他にあるような気がする。みかんの味は最近の日本人の味覚にとって時代遅れのような気がするのだ。それはしょうがない事だと思う。今の俺にはあまり必要ないんだよね。
この国の教育だってそうさ。合理性と知識の獲得、まるで家の家族や近所の友達には似合わないような西洋的なものの考え方でさあ。若者の一人である俺から言わせて貰うと、「日本の文化を壊せ!」って事と同義じゃねえか?って思う。そのうえ農家ってのは、高度経済成長しているらしい日本の中でも異端な存在だ。なんてったって未だに汲み取り便所を使用していて、3ヶ月に一回位オヤジは桶を担いで、畑にそれを捨てに行くんだ。
今よりもっと子供の頃には、大人になるのが嫌で嫌でしょうがなかった。だって、オヤジのように「汲み取り屋」にならなくちゃいけないんだもの、トホホだよ!だから田中角栄の日本列島改造論は何が何でも支持する。要は、早くバキュームカーの入って来れる広い道を作ってくれよ!って事さ。
俺が何故京都に行く事になったか?って理由を話しておこう。元々好きだったRockをやりたかったんだ。
高校の文化祭でDeepPurpleやLedZeppelinのコピーをやったりしたけど、俺の本当にやりたいのはPunkRockだった。いい人ばかりの環境からさよならしたかったんだ。 京都はRockの殿堂ってイメージあったしね。その頃の俺は「京都に行けば何とかなる!」ってそう信じ込んでた。だから両親を説得して京都の専門学校に行く事にした。
試験を受ける為にはじめて行った京都は予想以上の風流な町だった。小雪のちらつく中、四条大橋から鴨川を見下ろした。その時、俺が見たその景色は間違いなく桃源郷だった。少なくとも俺にはそう見えたんだ。涙が頬をつたうのを感じた。
抑圧していた俺のPunkRock狂いは、堰を切った濁流のように俺自身の外面を変えていった。
といっても、そんなに大したもんじゃない。髪の毛を逆立てて女性用の派手な服に犬の首輪と鎖を身につけ、派手な化粧をして街中を歩き回っているだけだった。それが本来の俺の姿だった。俺の本当にやりたいことだったんだ。自分の身の回りのうそ臭い風景を派手な格好で変えてしまいたかったんだ。その気持ちだけはどんなRock評論家よりも切実だったと断言してもいい。
Rock雑誌では「ロンドンパンクのファッションを真似してしているだけの日本のPunksは最低!」って記事が幅を利かせていた。でも俺は一切構わなかったね!くだらないインテリの戯言としか思えなかったんだ!「てめえらだってロンドンパンクの批評で飯食ってんだろ?所詮、俺と同じ同伴主義者なんだよ!」って言いたかったよ! その頃俺が気づかなかったこと、それは…、「俺が憎むほど変えたかったものは京都の町の風景じゃなく、段々のみかん畑が続く生まれ故郷の風景が作り出す全ての現実だった!」って事だった。
Rock雑誌の広告で集まった俺達のバンドのメンバーは、ギターを除いて学生だった。 何ヶ月かの練習の後、少しずつライブハウスに出演するようになった。Drumsが女の子だった事も手伝って、POPで可愛いパンクバンドとして人気も少しずつ出てきた。俺達は小さな暗い部屋の中で派手な化粧で思いっきりデカイ音で演奏した。 決して口には出さなかったけど「世界を変えるんだ!」誰もが心の中でそう思っていたはずだ。
しかし、バンドの人気と反比例して俺はもやもやした気分で毎日を過ごした。俺の中で鳴っている音はもっと激しく歪んでいたからだ。
そんな俺を察したのか、徐々にテンションの下がって行くバンドはある日突然解散した。
迷いはなかった、でも寂しかった。その上失恋もした。俺はへたくそなギターを弾きながら、4畳半の寒いアパートで曲作りに没頭した。俺のオリジナルなパンクロックを歌うんだ!
できた曲はロンドン発のパンクバンド、SexPistolsやClashには似ても似つかなかった。強いて言えば浪曲に近かった。
ある阿呆の遺書
♪「兄貴にはあっしがついてるじゃござんせんか?兄弟の契りを交わしたあっしが…」
「二人で手を取り合って行きやしょうや、地獄の底まで二人で」
ごみをぶつけりゃ壊れてしまうあんたの勝手な妄想に乗せられて俺はぶざまな負け猫だ
現代という病室の中で
「俺はお前の妄想にしかなれへんのけ?」
俺の存在をお前に参加させてくれ
俺の存在をお前に・・・
飯も食わずに自分という名の空間に心地悪く馴れ合ったお前のどうしようもなさを裁けるのはおまえ自身なのに、なのに…あーまたあの発作が…
「君には僕がついてるじゃないか?二人で手を取り合って幸せになろう!」
お前の妄想に踊らされる俺の弱さが
俺の嘘に巻き込まれるお前の弱さが
俺の妄想に踊らされるお前の弱さが
お前の嘘に巻き込まれる俺の弱さが
ケロイドを作る
かあちゃんは今日も防空壕で昼寝をしています♪
俺は観念でしか人を愛せなくなってしまったのだ。そしてその場所には憎しみしか残らなかった。
↓
「ある阿呆の遺書」をライブハウスで歌いだしてから俺の周りに変化が起き始めた。
ライブハウスは盛況だった。たくさんの京都のパンクス達が新しい仲間と作ったバンド「ケロイド」を見に来ていた。明らかにシンナーでヘロヘロになった目をした奴らも居た。俺の好きだったドアーズやロンドンのパンクバンドに影響を受けたバンドマンがぞくぞくと周りに集まり始めたのだ。新しい恋人もできた。毎日は最強だった。スキンヘッドにした俺には仕事がなかったが、それも新しい仲間が助けてくれた。理想の世界が実現したはずだった。
しかし…、俺はまたもどこかちぐはぐな思いを抱え始めていた。
「俺は何故こんな歌を作ってしまったのか?」
理屈で全てを解決しようとしていた俺には自らが作った「ある阿呆の遺書」の意味が理解できなかった。確かにいい曲ではあった。歌っていても心地よかった。しかしその頃から決まって同じ夢を見て夜中に何回も目を覚ます事があった。
それは巨大なビルの上から下を眺めている夢だった。どうしても下に降りなければいけないような気がしていた。しかし下が霞んで見えないほど巨大なビルなのである。
人は自らの絶望の形に合わせて穴を掘るものだ。「ある阿呆の遺書」は俺の巨大な穴だった。その頃ほぼ毎日見ていた夢はその巨大な穴を暗喩するものに違いなかった。
俺は美大に通う恋人に何回かその話をした。しかし、彼女から「何へんなことばっかり言うてんの?そんな事よりはよオーディション受けてプロになってよ!」と返された。
彼女は「ある阿呆の遺書」がそんなに好きじゃなかったんだろう。もっと言うと最近の俺の憂鬱な歌にあまり興味がなさそうだった。
ちぐはぐな思いの俺は相変わらずいつも見る夢に苛まれていた。
そのころ俺とそっくりなスキンヘッドにサングラスの黒いスーツの若者がTVで歌っているのを聞いた。佇まいは確かに似ていたが、その歌は何年か前の歌謡曲みたいだった。「コケコッコが鳴いたら私家を飛び出すの、田圃トンボ飛び越え胸が躍る日曜日…」。
彼女から「週間東京少女Aっていう曲やろ!アマチュアの頃から京都もよう来てたで、何回かお茶飲んだことあるわ!」という話を聞いてから一ヶ月ほど後、一通の手紙が届いた。 彼女からのサヨナラの手紙だった。「東京のあるバンドのギタリストと付き合いたい」との内容だった。
↓
俺にとっての初めてのちゃんとした失恋だった。ちゃんとした失恋…、つまりそれまで俺はちゃんとした気持ちで女と付き合った事がなかったのだ。観念でしか人を愛せない奴が失恋をする訳がない。強いて言えば最初から失恋していた。しかし今回は違った。俺の音楽を殆ど理解してくれなかった彼女への気持ちは観念ではなかった。唯一好きだった偉大なる思想家ニーチェの著作をいくら紐解いても、アルバトロスの歌を歌うジョン・ライドンのレコードを何回聞き返しても、その失恋の理由は解らなかった。
「東京へ行こう!」そう決めるのに時間はあまりかからなかった。何のあても無かったがこのまま京都に居ても何もできないし何も変わらないような気がしていた。俺にとって音楽はコミュニケーションの手段だった。大好きだった彼女に伝わらない歌をいつまでもここで歌っていてもしょうがないと思ったのだ。
昼間はビルのガラス拭き、夜はファーストフード店の清掃、夜明けの3時間と昼間の30分の休憩時間に睡眠を取りながら金を貯めた。
東京に引っ越した季節は町にジングルベルが流れはじめる頃だった。慌しい新宿の街をバブルの風が吹き荒れていた。「うるさいんだよ!」内心そう思いながら、引き返せない迷路に足を踏み込んだような気がしていた。
「♪Eternal Sky Remains The Same♪」
その時耳元でいやにはっきりとその歌が聞こえた。いや、正確には聞こえた気がした…。
↓
「東京に空がない…」なんて古いTVドラマで誰かが作った嘘だった。
浅草の出来たばかりのビルの屋上からは遠くに富士山が見えていた。ビルの名前はロックスビル、まだ内装業者が入っていた。そのビルの最上階はガラスが斜めになっていて、ガラス清掃用のロープを垂らしても下が見えない。悪い予感がしていたが、しょうがなくブランコをセットして下が見える場所まで進む。予感は的中した。60mしかないロープは何と下まで届いてない。5mくらい足りないか?ひょっとしたら10mかも知れない。
「東京まで来て一体何をしてるんだ!?」
俺はふと今も毎日見ている夢を思い出していた。下の景色が霞んで見えない巨大なビルの屋上に居て、どうしても下へ降りなければならないような気がする夢だ。
「なんだ、こういうことだったのか?降りればいいんだろう、降りれば…!」
そう言い聞かせながら、地面に届いてないロープにセットしたブランコに乗って窓ガラスを拭きながら下に降りていった。
「飛び降りればいいんだ!」
普通、そう思うやつは馬鹿である…。もし夢を見ていなければ引き返したかも知れない。しかし今引き返すとずっとあの夢に悩ませ続けられるような気がしたのだ。
奇跡は起こった。俺の重みでロープは下に降りて行くほど地面に近くなり、結局1mほど地面から離れていただけなのだ。その日から夢から巨大なビルは消えた。
バンドのメンバーを集めようと東奔西走の毎日がやってきた。色んなスタジオでセッションしたり、珍しく雪の積もる日に横浜までライブを見に行ったりした。でもなかなか思うようにいかない。何せ世はバブルの真っ只中である。戦後に流行った浪曲のような俺の歌に誰もが首を傾げるばかりだった。もう諦めようか?京都に帰ろうか?そう思っていた時、職場の同僚の海野が音楽をやっているらしい事を同じく同僚の堀田から聞いた。
海野は色白で痩せこけた眼光の鋭い奴だった。恐らく160cmあるかないかだろう。176cmの俺と並ぶと丁度年の離れた兄弟のようにも見えた。彼女と別れたばかりだという海野に誘われてそのまま彼のマンションに行くことになった。酒は家にあるからコンビニでつまみを買っていこうという事になりレジに二人で並んだ時、俺の身体にある種の感情が走った。
「魂がさらわれる」そういう表現が似つかわしいほどの恐怖感だった。
海野が自分でバンドを率いており、月1回は新宿のライブハウスに出演していること。俺のよく聞いていたジム・モリソンやジョン・ライドンにそのまま影響を受けたような音楽を演奏していることを知った。俺は鏡をみているような気にさえなった。ただひとつ、コンビニで感じた恐怖感だけが気になった。
失恋からナーバスになった海野は、酒が入ると急激に過激な口ぶりになり、マルクス主義の是非を問いかけて来た。多少は誰にもあることなのだが、彼の場合は他人の存在が一切目に入らなくなるような変貌ぶりだった。マルクスを読んだことのない俺には何の返答する言葉もなかった。
コンビニで感じた恐怖感は、海野の恐怖感が伝染したものかもしれなかった。「人間への恐怖感から周りの全ての人間を憎んでいる」海野の様子は少なくとも俺にはそのように思えた。
俺の抱える憎しみは特定の他者に向けたものではない。仮にそうである場合にも、所詮人は他者の全人格を裁く事は出来ないのだ。彼が犯罪者でもない限り、いや仮に犯罪者であってもだ。
素面に戻った海野は「生真面目な仕事人」といった風情だった。「彼との関係は気をつけなければ…」ブランコから飛び降りようと思っていた男らしくもなく、俺はそう思ったのだった。
しかし運命とは皮肉なものだ。海野の元恋人のワコと初めて出会った時、彼女が特別な存在になるような予感はなかった。
12 アルバトロス最初の戦い【HIDEO】
人に感情があるかぎり愛も憎しみもこの世界から去る事はない。あるいは愛や憎しみと共存できなければ人は幸せになれない。
俺は感情についていつもネガティブな解釈しかできなかった。愛と憎しみを同時に引き受けることの重さに耐えられないほど魂が虚弱だったのかもしれない。だから音楽が必要だったのさ。音楽を演奏する事、歌うことで愛や憎しみの存在を絶対化しないと気がすまなかった。もっと言うと俺がパンクロックに求めたものは憎しみの具現化だった。素朴な両親から一身に愛された俺には憎しみの方がよりわかり難かったんだ。
どんな巨匠の文学や音楽よりも目の前の一人の人間の愛や憎しみの方がその存在は重い。 海野の登場によって、俺は憎しみを知った。海野が特別な人間だったというより、俺と海野との関係が俺の内部の憎しみを具現化した。
いつものように酒が入ってマルクスやサルトルの話をしはじめた海野が「秀夫、神はいると思うか?」と聞いてきた。
「解らない、いるかもね?人は弱いから…」茶化すように聞こえたのかもしれない。
「いるわけない!もし神がいたら俺をなんとかしてくれるはずだ!宗教やってる奴なんて弱虫だっ!!」
俺は別に宗教を擁護しているわけじゃなかった。が、海野のその言い方には心底腹がたった。
「てめぇ、何様だよ!てめぇの方がよっぽど馬鹿で弱虫なんだよっ!!!」
神経がワイヤー入りの強化ガラスで出来たような海野はかんかんになってのたうちはじめた。多分ガラスが割れてワイヤーだけになったのかも知れない。その日から俺の神経もイカレ始めていた。再び憂鬱な夢に毎晩うなされるようになったのだ。今度の夢は前のそれとは違った。ひたすら広い平原で何かを待っている夢だった。そして夢から覚めてもその平原は度々俺の目の前に現れた。
海野の元彼女だったワコと初めてデートしたのはその週の日曜日だった。
↓
新宿アルタ前でワコと待ち合わせ、上野動物園へ行った。もうその頃俺にはアルバトロスが何ものかがぼんやりと解ってきたんだ。もうすぐ会えるような気もしていた。
「ワコと何故ここに居るんだっけ?まだ海野お前のこと好きだよ!」
「終わったことでしょ、今は秀夫さんが好き!」
俺はワコのことが好きなのかどうなのか解らなかった。しかし、とんでもない世界に二人だけで突入していることだけはわかった。ひょっとしたらこのまま死ぬかもしれないと思った。西の空から何か大きな黒いものが飛んでくるような気がしたのだ。
「世界の蛇」というコーナーで僕らは蛇をみていた。
「ワコ、お前蛇年だったよな?」
ガラス越しに鉛色の蛇を睨みながら俺はワコにそう聞いた。
「うん、でも何で?」
「しまった、食われる!!!」
俺がそう言った瞬間、目の前の蛇が鎌首をもたげ口をあけて俺を食おうとした。ワコはびっくりした。
「な…ん…で?」
「俺は蛇の魂をあやつれるのさ、へっへっへっ!」
自分でも何でそんなことを言ったのか解らなかった。ワコは30分くらいびっくりしていた。が少し冷静になると「さっきのどうやったの?、どんな仕掛けがあるの?」としつこく聞いてきた。仕掛けなんかなかった。ただ一瞬蛇に乗り移った気がしていた。
夕方になって僕らはその頃東京で2番目に高いビル、確か霞ヶ関ビルに上った。俺とワコ以外、だれ一人いなかった。俺は思わずワコの好きな中島みゆきの歌を口ずさんでいた。
「♪二人だけこの世に残し死に絶えてしまえばいいと心ならずも思ってしまうけどそれでも貴方は私を選ばない…♪」
きっとワコはそう思っていると解っていたからだ。
小田急線のどこかの駅で別れるとき、ワコは念をおすように俺に言った。
「秀夫、やっぱり…好き!」
「 … 」
その時俺はそれどころじゃなかったのだ。もうすぐアルバトロスが来る予感がしていた。
↓
ワコと駅で別れてからもう3日くらい経っただろうと思って時計をみると、まだ1時間しか経ってない。
「うー、痛い、助けてぇ…」車で事故を起こした人の悲鳴やビルから飛び降りた人、病気に苦しんで死んでいく人の痛みがひっきりなしに俺を襲っていた。
「勘弁してくれ!俺、君に何も出来ないよう…!」時間の感覚が狂ってしまっているのは情報量が多すぎるせいだ。半径何キロくらいだろうか?新中野のアパートから新宿駅あたりまでの人々の全ての痛みが俺をいっせいに苦しめていた。
平原の向こうから漆黒のアルバトロスの羽音が聞こえていた。
「このままアルバトロスに殺されてしまう!」
そう思い目を開けた途端、すぐ目の前に漆黒のアルバトロスがじっとこちらを睨んでいる。烏のような目だ。急いで目を閉じた…。
だだっ広い平原に漆黒のアルバトロスがこっちを睨んでいる。
「もう殺されるのは時間の問題だ、おとうさんおかあさんごめんなさい、俺には戦う勇気がない」
そう諦めかけたとき、羽音がしてもう一匹のアルバトロスが目前に降り立った。姿・形は漆黒のアルバトロスと寸分違わなかったが、極彩色といったらいいのだろうか?とにかく今度のはインコのように派手な色合いだった。激しく飛び掛ったのは極彩色のアルバトロスだった。しかし、漆黒のアルバトロスはみるみる内に極彩色のアルバトロスを追い詰めていく。どう見ても不利だ。やられるに決まっている。俺は究極の戦いを目前にしながらふとある歌を思い出した。
そうだ、歌うんだ!
「♪Eternal Sky Remains The Same♪」
とっさに思い出した歌は自分の歌じゃなく、昔父ちゃんがTVの前で遠い目をして聞いていた歌だった!
ひたすら繰り返し歌を歌った。漆黒のアルバトロスは少し弱って来たようだ。ひょっとしたら勝てるかも知れない。頑張れインコ!本当はインコじゃなくて奴もアルバトロスだったけど、長いから省略だ!
↓
長い戦いだったとも短い戦いだったとも言えなかった。本当は時間のない世界での戦いだったのだ。最初から決着はついていたと言えるかもしれない。2匹のアルバトロスは溶け合ってその存在は瞬間に無に帰した。
目の前には相変わらずだだっ広い平原が広がっていた。どうやってこの平原から抜け出せばいいのか?解らなかった。目を開けても多分同じ事だろう。
高校三年の秋ごろだろうか、彼はあるレコードを買った。市内を縦断する川のほとりに位置する田舎町にしては少しおしゃれなレコード屋だった。地下にはJazzとクラシックのコーナー、1FにはPOPSや歌謡曲のコーナーが申し訳程度に、大半はRockのレコードが置いてあった。
グレイが基調のバックに英国人のゆがんだ顔がレイアウトされたそのレコードは二枚組だった。勇んで家に帰り、さっそく針を落とした。歪んだトーンのまるで素人が弾いているようなギターとたどたどしいドラムス、無口な男が初めて自分の事を語りだしたかのような不器用なベースの音に彩られてそのうたは始まった。
「アルバトロスを殺す、アルバトロスを殺す・・・」
歌っている人のLastNameは、歯が悪いことが理由のあだ名らしかったが、その不気味な歌にはもっとショックを受けた。彼はその日から、その歌を毎日聞くようになった。
2 Another Life【Duran】
世界のリーダーと言われるその国の一番西に位置する大都市から車で1時間ほど東に走った場所に彼の実家はあった。
彼はある夏の日、普段はろくに口もきかない父からある話を持ちかけられた。極東の島国の国営放送局が彼の実家に取材に来るらしい。彼の実家のオレンジ畑を取材したいのだという。仲介に入った我が国屈指のTV局の話では、「最近、我国はその島国にオレンジを輸出し始めたばかりで、イメージアップをはかりたい」のだとか。
彼は、退屈だった。10年前に彼の実家から西方100Kmにある大都市で流行っていた激しくも憂鬱なR&Rバンドの歌以外に、彼がこの国に生まれて良かったと思うことは無かった。その上、彼の両親は素朴な農民だった。その事実が彼のそんな気持ちを、ますます行き場所のないものにしていた。
撮影の日、彼はギターを片手に歌を歌った。取材に来た極東の国営放送局の取材スタッフは、「僕の肩の上の太陽」を歌ってくれ!と言って譲らなかったが、彼は、「もっといい曲があるから!」と言って、オリジナル曲を歌った。彼が作った2曲の内の1曲だった。「永遠の空は続く」彼の歌は、その後、極東のTVで放映されたらしかった。
♪君のaiはまるで曇り空のようなもの
くもり空にほすせんたくのようなもの
決して乾くことがない
君のaiはまるでばからしいらくがきのようなもの
決して誰かのきにとめられることはない
人類はたとえようのない痛みをうたうことで晴らそうとした
「りそうの世界はいつ来るの?」
「りそうの人間はいつ現れるの?」
皮肉の達者なこれまた人類
やさしいうたを憶えた人類は
仲間をみすてて 仲間はみなごろし
「君のために死ねるよ!」なんて言いながら
aiという名の銃を撃つのさ
永遠に続く空の下で…♪
3 Eternal Sky【Hideo】
アジアの島国のみかん農家の長男だった彼は、TVで変な若者が歌っているのを聞いた。
「♪Eternal Sky Remains the Same~♪」
それは何だか世界のリーダーたる国の若者が歌ってるように思えない頼りない歌だった。
彼は淡々とした憎しみに彩られたRock本国発の「アルバトロスの歌」を貪るように聞いていた。その歌は彼の気持ちを代弁していたからだ。それ故、決定的に彼は孤独だった。何しろ彼のクラスメイトの話題の中心は、世界のリーダーと言われる国の常夏ギターバンドが毎年通り8月に来日するという噂だったのだ。そのバンドは彼の父が若かった頃にはやったそうだ。常夏の衣装を纏った本国では全く売れないそのバンドは、何でもエレキギター3本でテケテケするのが特徴らしかった。
彼は海が好きだっだ。彼の孤独は、音楽以外では海を見ることでしか癒されなかった。しかし、常夏衣装のテケテケバンドの音楽は彼から最も遠いものだった。
むしろまだ頼りない変な若者が歌う「♪Eternal Sky Remains the Same~♪」のフレーズは、忘れたころに彼の中でたびたび鳴り続けた。でもその頃の彼は気にもとめなかった。
4 やわらかい夕暮れにヘリコプターが飛ぶ【Duran】
普段は人のいい彼の父だったが、唯一オレンジの事になるとうるさかった。
彼は疑問だった。果たして父は本当に母を愛しているのだろうか?あるいは、母は父を好きで一緒にいるのだろうか?
父や母はお互いに彼、彼女を欲しがっているんじゃなく、今年のオレンジの収穫がどうなるかの方に興味があるんじゃないのか?オレンジの収穫そのものを愛しているんじゃないのか…?
オレンジ畑に通う毎日の生活の前で、二人ともオレンジの木のように自然に笑っていた。未熟な彼にはそれが耐えられなかった。
「愛とはそういうものではないはずだ。そういうものであって欲しくない、あってはならない!」
じゃあどういうものなんだと言われても彼には到底答えられなかったのだが、誰もそれを彼に聞く人はいなかったので、彼の愛に対する幻想はその後も続くことになった。激しくもけだるく憂鬱なロックバンドの音だけが彼の気持ちを後押ししてくれた。
彼の住む村の西方から吹いてくる風の気配が、海の潮の匂いを携えたものになる季節に限り、父は彼をオレンジ畑に連れて行った。軽く100ヘクタールを超えるオレンジ畑に消毒薬を撒くのだ。その作業だけは、ここ数年彼が欠かさずやっていたのだ。要はリモコンの小型ヘリコプターを飛ばしながら、消毒薬を撒くのだ。
朝9時にダットサンで家を出て約15分で畑に着く。車のバッテリーにリモコンを繋いで、ヘリコプターの調子を見ながら徐々に遠くに飛ばしてみる。畑の一番端まで飛ばして問題がなければ、ヘリコプターに農薬散布機をセットしてもう10分色んな方角に飛ばす。父の小言に付き合いながら時計を見るともう10時前だった。
ヘリコプターは畑の一番端に行くと、白い蝶のように小さく頼りなく見えてくる。彼はその後姿が好きだった。何度見ても飽きないくらい繊細な様子なのだ。どうしていいかわからないように迷っている。その姿を数十回ほど見ていると、もう夕暮れだった。『白い蝶が薄いオレンジ色に変わる。夕日はなんて優しいんだろうか?なんてやわらかく繊細に存在を彩る力があるのだろうか?あのヘリコプターに乗れたらなあ…』少年時代に誰もが感じる素朴な想いは、その後、形を変えて彼の中で生き続けることになる。
5 灼熱のジャングルに白い雨が降る【HIDEO】
「この国が温帯なんて嘘だ、熱帯に決まってる!」彼はそう思った。
山の中腹から段々と上に続く棚田にそのままみかんの木を密に植えた畑。その集約農業の方法は、戦後復興の際、国策として組織された農業団体の指導で彼の父が作ったものだった。照りつける太陽の光、密に植えられたみかんの木に守られるように生い茂るけたたましい雑草の草いきれ、おまけに棚田のふちには寒い季節の為に防風林が植えてあり、たまに熱をさらっていく風をわざわざ邪魔してくれる。鉄砲噴口と呼ばれる農薬散布機の先はその名のとおり鉄砲の形をしている。その鉄砲に直径2cm長さ100mの黄色いゴムホースをつなぎ、ビニールの防水服を着たままみかん畑を歩き回るのだ。熱帯以外の何ものでもない。
彼は父や母の不安な気持ちを感じていた。世界のリーダーと言われる国からもうすぐオレンジが自由に輸入されることになる。農業団体の寄り合いで皆でそのオレンジを試食した際に、「こりゃまずい」と言い合って盛り上がったという。しかし、父の本当の気持ちがそうじゃない事は彼にはよくわかった。
「♪Eternal Sky Remains The Same♪」
TVからその歌が流れるたびに、父は決まって遠くをみつめるような表情をしていた。それはこの国の農業が生み出さなかった光景に思いを馳せているかのようだった。
「たまには仕事手伝えよ!」父が彼に向かっていうのは、決まってその不機嫌な一言だけだった。いつも無視していたのだが、その歌が頻繁に流れ、父の様子が一変するようになってから、彼はなんとも気の毒な気がして、初めてみかん畑に消毒を手伝いに来たのだった。
しかし現場に来てみてそれはやっぱり間違いであることを思い知らされた。みかんの木は20年になると高さはゆうに4mを超える。隅々まで消毒薬をかけようとすると当然木の下から上に向かって噴射しなければならない。みかんの葉っぱにあたった消毒薬はポトリポトリと白い雨粒を降らせる。
『灼熱のジャングルに白い雨が降っているのだ』彼はそう呟きながら、この仕事を継ぐ若者はこの国にほとんどいなくなるであろう事を悟った。
6 僕はDuran【Duran】
読者のみなさんこんにちは、あるいはこんばんは。僕の名はDuran。前段で登場する主人公の一人だ。世界のリーダーと言われる国の…、ええいめんどくさい。僕はアメリカのロスアンジェルスの南東にある片田舎、通称オレンジカウンティって呼ばれている地区の農場の生まれ。何でもバレンシアオレンジが始めて生産された事でこの名前が付いたらしい。父と母はエルビスやカントリーなんかが大好きなごく普通のアメリカ人夫婦だ。長くなるけどこれから何回か僕が若かった頃の話をしようと思う。
日本の国営放送で僕の歌うEternalSkyが放映されたあと、僕はちょっとした人気者になった。
まず日本の国営放送を通じて日本人からたくさんのファンレターを貰った。これはアメリカじゃ考えられないことだね。僕の歌はサビのところのほんの十秒くらいしか放映されてないのに、日本人、とくに女の子からの手紙はどれも「素晴らしい曲ですね!」ってな調子だ。
念のため言っておくと、これは何も日本人を馬鹿にしてる訳じゃないよ。ただ日本人はアメリカ人を何か特別に優秀な人種だとでも思ってるんじゃないのかい?もしそうならそんな思い込みは止した方がいいよ。第一リンカーンだってケネディだって一人の力で何か大したことをやった訳じゃない。その頃の最大公約数の民衆が言葉に出来ないことをうまく言葉にしたってだけだって。
リンカーンは平凡な政治家のひとり、ケネディなんて何も出来なかった駄目な大統領の典型さ。あくまで政治家としてはっていう意味ではね!
じゃあ何故彼らがそんなに尊敬されるのかって?他民族国家のこの国では自己主張が出来ないと生きていけない仕組みになってるからさ。喩えて言うと工場の生産ラインがきっちりしていて、それを管理する言葉がいえる才能がこの国のTOPになれるだけさ。だから民衆の意見が変わるとそれまで大人気だった大統領が暗殺されることさえあるんだ。
僕は、日本のみんなは僕らに対してShyになったりコンプレックスを感じる必要なんてないと思う。きっとこの国が特別なんだと思う。
ここまで言う僕はこの国を嫌いなのかって?いや、悪いところはたくさんあってうんざりするけどね。それでもやっぱり好きなんだ!っていうか、複雑な気持ちで愛してるんだ。僕の両親とおなじようにね。
7 僕とあの娘①【Duran】
EternalSkyのおかげで平凡な僕もハイスクールでは人気者になった。GirlFriendのLisaもますます僕に夢中だ。唯一の黒人の友達だったJoeは、君は※1ジム・モリソンの後継者だって騒ぐ始末だ。おいおい、ちょっと待てよ!僕のような平凡な少年がジム・モリソンな訳ないって。僕はRockerに決してなれると思わないし、なりたいとも思ってないよ。彼らはしょうがなくてRock・Musicianになった訳だろう?確かに愛する両親や学校やこの国に多少の不満はある。GirlFriendのLisaはそんなに賢くはないし、最高に美人ってわけじゃない。でも彼女とは話が合うし、僕には十分すぎるくらい可愛い彼女だ。だから僕にはRockや芸術に向かう必然性なんてないんだ。
僕みたいな平凡な少年の誰にも若い頃の何ヶ月か無敵とも思える時期がある。Rockerってのはそれを音楽で表現する必然性がある人だって事さ!
※1ジム・モリソン
1960年代の後期からわずか4年間だけ活動した伝説のロックバンド=ドアーズのボーカリスト。R&RやR&Bを基調にJAZZのフィーリングを盛り込んだシンプルで独特な音と、詩の朗読まで行うジム・モリソンの特異な歌が微妙にマッチし、全米、特にロスアンジェルスでは絶対的な人気を誇った。ドラッグカルチャーのヒーローとしてばかりかベトナム反戦運動を志す若者のアイドルとしても祭り上げられた。当時27歳のジム・モリソンの夭折で、バンドの歴史に事実上幕を閉じる。1979年UCLAで同級生だった映画監督のフランシス・フォード・コッポラが「地獄の黙示録」でドアーズの代表作であるTHE・ENDを全編に使用し、リバイバルブームに火をつけた。
8 僕とあの娘②【Duran】
Lisaのことについて話しておこう。前に彼女がそんなに賢くないって書いたけど、頭の良さって事じゃ決してそうじゃない。僕らの通うハイスクールには一学年に495名もの生徒が居て、彼女は学年でいつも50番に入る成績だった。ハイスクールはロスでも比較的有名な学校のひとつ、つまり上位2割に入るくらいの学校だったから、彼女は頭がいい部類なんだ。僕は…って?頑張って200番ってとこかな、ごく普通の生徒さ!でもLisaは17になるまで誰ともつきあったことがなかった。だから、僕を知るまで男と女のイロハを全くもって知らなかったのさ。
この国じゃ17になった娘が男との付き合い方を知らないって事は普通じゃない、っていうか、女の子同士で話すときには「あんたって子供ね!」って言われておしまいさ。たとえ勉強ができたとしてもね!だからそういう意味じゃあまり賢くない女ってことさ。
何故、Lisaと付き合うようになったかって?
それはハイスクールで迎えた2回目の夏の終わりだった。図書館で彼女から声をかけられたんだ。僕が日本の作家「MISHIMA」のコーナーの前にいる時だった。その頃嵌っていたイギリスのパンクバンドの歌に「Yukku」っていう名前が出てきて、それが日本の作家だってJoeから聞いたもんだから、普段は行かない図書館にたまたま来ていたんだ。
「MISHIMA、好きなの?」僕は「ああ、よくは知らないけどね!」って一言返した。すると、彼女は「MISHIMA」って作家がいかに凄いか、デビット・ボウイも彼の作品を評価しているって話なんかを身振り手振りも豊富にとうとうと喋りはじめたってわけさ!彼女は二つ隣のクラスだったから何回かすれ違っていたけど、その様子は大人しそうな外見からは想像できなかったよ!ってな訳でそれから毎週木曜日には図書館で彼女の講義を聞く事になった。
彼女は木曜日に図書館でアルバイトをしていたからさ。日本やヨーロッパの文学の講義を何週間か受けた後、お茶を飲みながら今度は僕が恋愛の講義をするようになった。
ある日、「ところで、Kissしたことある?」って聞くと、顔を真っ赤にして横を向いてしまった。彼女は一見大人っぽい雰囲気だったから余計にキュートで新鮮だったよ。それがきっかけで、好きになったのかなあ?
9 僕とあの娘③【Duran】
Lisaと付き合うようになって、僕は恋愛が決して楽しいばかりじゃない事を知った。決して彼女が悪いって理由じゃなかった。ただ、豊富な知識にはそれに見合う豊かな体験と成熟した魂が必要だって事を思い知らされたっていう感じかな?何しろ彼女の価値観は西洋中心主義だった。僕の数少ない友達、例えばJoeはアメリカ黒人の父とプエルトリコ人の母のHalfだったし、パトリシアはアフリカ人の母とロシアの軍人の父が家族だった。Lisaは口ではそれぞれに理解のある発言をしていたけど、いざ彼と彼女と会うと少しばかり違ったんだ。文化に優劣をつけるっていうか、要は彼らの習慣を理解できなかったんだろう。僕は皮肉な運命を恨んだ。正確にいうと、知識だけではどうにもできない壁があることを悟った。
僕とLisaは徐々に離れ始めていた。その理由はお互いにわかっていたけど、なかなかその事について議論するきっかけはつかめそうになかった。最初は意識しなかった彼女との距離は彼女をますますいとおしい存在に変え始めた。多分そのころ、彼女も同じように思っていたんだと思う。しかし、一度弾みがついた異なるベクトルへの加速力は、幼い二人の力じゃとめられそうもない。僕は友人のJoeに相談する事にした。Joeの答えは明確だった。
「もう、おまえの中で結論でてるだろ!」
そう、結論は出ていた。
10 僕とJoe①【Duran】
Lisaと別れたのは、ハイスクールで迎える3回目の夏のはじめだった。その前の年のクリスマスには「来年は一緒に海に行こうぜ!」ってな調子だったのに、全く運命とは皮肉なもんだ。そのせいもあってか、その年はひたすらロンドン・パンクにのめり込んだね。
パティ・スミスやテレビジョンなんかも少し聞いたけど、なんだか余計にLisaの事を思い出したりして、その内自然と聞かなくなった。Lisaが尊敬する女性がパティ・スミスだったからね。おまけにその頃パティはテレビジョンのメンバーと付き合ってたって噂もあったし。それにパンクはやっぱりロンドンだって思った。御大のジョニーがジョンライドンって名前でリリースした1stから始まって、掻き毟るようなギターが最高に格好良かったGangOfFourだろ。ストラングラーズ、クラッシュ、それにスージーアンドバンシーズは確か3rdアルバムで「Mother」って名曲を出した頃だった。まあ、ハイスクールでの理解者はJoeだけだったけど。毎日放課後に彼の家に言って僕がロンドン・パンクの講義。Joeはお返しに同じくロンドンで流行っていた黒人のレゲエバンド、サード・ワールドやスティール・パルスなんかを聞かせてくれた。どのバンドの音楽も本当に素晴らしかったよ!
僕とJoeはその内、やっぱりバンドを作ろうぜ!って話になって、楽器ができる色んな奴らと話をするようになった。でも、周りには「イーグルスこそ最高!」ってな奴らばっかりで、なかなか思うようなメンバーが集まらない。結局、僕が父から貰ったギターをへたくそに弾きながら歌い、本当はDrumをやりたかったJoeが拾ったコンガを叩いて僕らのバンドはスタートした。バンド名はまだなかった。
僕らのバンドは、というか僕とJoeは、とりあえずコピーから始めることにした。ところが曲がなかなか決まらない。 JoeはSlyのヒット曲、スタンドやエブリデイ・ピープルをやろうっていうし、僕は僕で、絶対SexPistolsだ!ってな具合だ。
よく考えるとどちらも無理なんだよね、ギターとコンガだけじゃ。
Joeとの議論に疲れた僕は、「じゃあ、各々一曲だけ選んで、二曲やろう!」と提案し、Joeもそれを受け入れた。僕は悩みに悩み、ティラノザウルスレックスの「サラマンダ・プロパガンダ」、黒人音楽に傾倒しているJoeは、JimiHendrixの「HeyJoe!」を選曲した。
結果は、「やれば出来るじゃん!」って感じだった。何しろ二人とも学校の授業中も音楽のことばっかり考えてたんだ。初めてのバンドにしては上出来だ!って一晩中盛り上がったって訳さ。
11 秀夫と庭の木①【HIDEO】
「秀夫はよく無事に大きくなったもんだねぇ!」おばあさんはそういって顔をしわくちゃにして縁側で笑っている。俺の名は秀夫、前段で登場したDuranと同じ、もう一人の主人公だ。すこし俺の昔の話をさせてもらおう。
俺は早産で生まれた。1900gしかなかった為、家族はずっと障害が出やしないかを心配していたそうだ。
俺の実家は四国のみかん農家、高校の時は毎日山の中腹のみかん畑の中の蛇のようにくねくねとした道を自転車に乗って学校に出かけた。
この国じゃもう殆どみかんは売れないみたい。アメリカからサンキスト・オレンジが輸入されはじめた事が大きな原因みたいだけど、俺は本質的な原因は他にあるような気がする。みかんの味は最近の日本人の味覚にとって時代遅れのような気がするのだ。それはしょうがない事だと思う。今の俺にはあまり必要ないんだよね。
この国の教育だってそうさ。合理性と知識の獲得、まるで家の家族や近所の友達には似合わないような西洋的なものの考え方でさあ。若者の一人である俺から言わせて貰うと、「日本の文化を壊せ!」って事と同義じゃねえか?って思う。そのうえ農家ってのは、高度経済成長しているらしい日本の中でも異端な存在だ。なんてったって未だに汲み取り便所を使用していて、3ヶ月に一回位オヤジは桶を担いで、畑にそれを捨てに行くんだ。
今よりもっと子供の頃には、大人になるのが嫌で嫌でしょうがなかった。だって、オヤジのように「汲み取り屋」にならなくちゃいけないんだもの、トホホだよ!だから田中角栄の日本列島改造論は何が何でも支持する。要は、早くバキュームカーの入って来れる広い道を作ってくれよ!って事さ。
俺が何故京都に行く事になったか?って理由を話しておこう。元々好きだったRockをやりたかったんだ。
高校の文化祭でDeepPurpleやLedZeppelinのコピーをやったりしたけど、俺の本当にやりたいのはPunkRockだった。いい人ばかりの環境からさよならしたかったんだ。 京都はRockの殿堂ってイメージあったしね。その頃の俺は「京都に行けば何とかなる!」ってそう信じ込んでた。だから両親を説得して京都の専門学校に行く事にした。
試験を受ける為にはじめて行った京都は予想以上の風流な町だった。小雪のちらつく中、四条大橋から鴨川を見下ろした。その時、俺が見たその景色は間違いなく桃源郷だった。少なくとも俺にはそう見えたんだ。涙が頬をつたうのを感じた。
抑圧していた俺のPunkRock狂いは、堰を切った濁流のように俺自身の外面を変えていった。
といっても、そんなに大したもんじゃない。髪の毛を逆立てて女性用の派手な服に犬の首輪と鎖を身につけ、派手な化粧をして街中を歩き回っているだけだった。それが本来の俺の姿だった。俺の本当にやりたいことだったんだ。自分の身の回りのうそ臭い風景を派手な格好で変えてしまいたかったんだ。その気持ちだけはどんなRock評論家よりも切実だったと断言してもいい。
Rock雑誌では「ロンドンパンクのファッションを真似してしているだけの日本のPunksは最低!」って記事が幅を利かせていた。でも俺は一切構わなかったね!くだらないインテリの戯言としか思えなかったんだ!「てめえらだってロンドンパンクの批評で飯食ってんだろ?所詮、俺と同じ同伴主義者なんだよ!」って言いたかったよ! その頃俺が気づかなかったこと、それは…、「俺が憎むほど変えたかったものは京都の町の風景じゃなく、段々のみかん畑が続く生まれ故郷の風景が作り出す全ての現実だった!」って事だった。
Rock雑誌の広告で集まった俺達のバンドのメンバーは、ギターを除いて学生だった。 何ヶ月かの練習の後、少しずつライブハウスに出演するようになった。Drumsが女の子だった事も手伝って、POPで可愛いパンクバンドとして人気も少しずつ出てきた。俺達は小さな暗い部屋の中で派手な化粧で思いっきりデカイ音で演奏した。 決して口には出さなかったけど「世界を変えるんだ!」誰もが心の中でそう思っていたはずだ。
しかし、バンドの人気と反比例して俺はもやもやした気分で毎日を過ごした。俺の中で鳴っている音はもっと激しく歪んでいたからだ。
そんな俺を察したのか、徐々にテンションの下がって行くバンドはある日突然解散した。
迷いはなかった、でも寂しかった。その上失恋もした。俺はへたくそなギターを弾きながら、4畳半の寒いアパートで曲作りに没頭した。俺のオリジナルなパンクロックを歌うんだ!
できた曲はロンドン発のパンクバンド、SexPistolsやClashには似ても似つかなかった。強いて言えば浪曲に近かった。
ある阿呆の遺書
♪「兄貴にはあっしがついてるじゃござんせんか?兄弟の契りを交わしたあっしが…」
「二人で手を取り合って行きやしょうや、地獄の底まで二人で」
ごみをぶつけりゃ壊れてしまうあんたの勝手な妄想に乗せられて俺はぶざまな負け猫だ
現代という病室の中で
「俺はお前の妄想にしかなれへんのけ?」
俺の存在をお前に参加させてくれ
俺の存在をお前に・・・
飯も食わずに自分という名の空間に心地悪く馴れ合ったお前のどうしようもなさを裁けるのはおまえ自身なのに、なのに…あーまたあの発作が…
「君には僕がついてるじゃないか?二人で手を取り合って幸せになろう!」
お前の妄想に踊らされる俺の弱さが
俺の嘘に巻き込まれるお前の弱さが
俺の妄想に踊らされるお前の弱さが
お前の嘘に巻き込まれる俺の弱さが
ケロイドを作る
かあちゃんは今日も防空壕で昼寝をしています♪
俺は観念でしか人を愛せなくなってしまったのだ。そしてその場所には憎しみしか残らなかった。
↓
「ある阿呆の遺書」をライブハウスで歌いだしてから俺の周りに変化が起き始めた。
ライブハウスは盛況だった。たくさんの京都のパンクス達が新しい仲間と作ったバンド「ケロイド」を見に来ていた。明らかにシンナーでヘロヘロになった目をした奴らも居た。俺の好きだったドアーズやロンドンのパンクバンドに影響を受けたバンドマンがぞくぞくと周りに集まり始めたのだ。新しい恋人もできた。毎日は最強だった。スキンヘッドにした俺には仕事がなかったが、それも新しい仲間が助けてくれた。理想の世界が実現したはずだった。
しかし…、俺はまたもどこかちぐはぐな思いを抱え始めていた。
「俺は何故こんな歌を作ってしまったのか?」
理屈で全てを解決しようとしていた俺には自らが作った「ある阿呆の遺書」の意味が理解できなかった。確かにいい曲ではあった。歌っていても心地よかった。しかしその頃から決まって同じ夢を見て夜中に何回も目を覚ます事があった。
それは巨大なビルの上から下を眺めている夢だった。どうしても下に降りなければいけないような気がしていた。しかし下が霞んで見えないほど巨大なビルなのである。
人は自らの絶望の形に合わせて穴を掘るものだ。「ある阿呆の遺書」は俺の巨大な穴だった。その頃ほぼ毎日見ていた夢はその巨大な穴を暗喩するものに違いなかった。
俺は美大に通う恋人に何回かその話をした。しかし、彼女から「何へんなことばっかり言うてんの?そんな事よりはよオーディション受けてプロになってよ!」と返された。
彼女は「ある阿呆の遺書」がそんなに好きじゃなかったんだろう。もっと言うと最近の俺の憂鬱な歌にあまり興味がなさそうだった。
ちぐはぐな思いの俺は相変わらずいつも見る夢に苛まれていた。
そのころ俺とそっくりなスキンヘッドにサングラスの黒いスーツの若者がTVで歌っているのを聞いた。佇まいは確かに似ていたが、その歌は何年か前の歌謡曲みたいだった。「コケコッコが鳴いたら私家を飛び出すの、田圃トンボ飛び越え胸が躍る日曜日…」。
彼女から「週間東京少女Aっていう曲やろ!アマチュアの頃から京都もよう来てたで、何回かお茶飲んだことあるわ!」という話を聞いてから一ヶ月ほど後、一通の手紙が届いた。 彼女からのサヨナラの手紙だった。「東京のあるバンドのギタリストと付き合いたい」との内容だった。
↓
俺にとっての初めてのちゃんとした失恋だった。ちゃんとした失恋…、つまりそれまで俺はちゃんとした気持ちで女と付き合った事がなかったのだ。観念でしか人を愛せない奴が失恋をする訳がない。強いて言えば最初から失恋していた。しかし今回は違った。俺の音楽を殆ど理解してくれなかった彼女への気持ちは観念ではなかった。唯一好きだった偉大なる思想家ニーチェの著作をいくら紐解いても、アルバトロスの歌を歌うジョン・ライドンのレコードを何回聞き返しても、その失恋の理由は解らなかった。
「東京へ行こう!」そう決めるのに時間はあまりかからなかった。何のあても無かったがこのまま京都に居ても何もできないし何も変わらないような気がしていた。俺にとって音楽はコミュニケーションの手段だった。大好きだった彼女に伝わらない歌をいつまでもここで歌っていてもしょうがないと思ったのだ。
昼間はビルのガラス拭き、夜はファーストフード店の清掃、夜明けの3時間と昼間の30分の休憩時間に睡眠を取りながら金を貯めた。
東京に引っ越した季節は町にジングルベルが流れはじめる頃だった。慌しい新宿の街をバブルの風が吹き荒れていた。「うるさいんだよ!」内心そう思いながら、引き返せない迷路に足を踏み込んだような気がしていた。
「♪Eternal Sky Remains The Same♪」
その時耳元でいやにはっきりとその歌が聞こえた。いや、正確には聞こえた気がした…。
↓
「東京に空がない…」なんて古いTVドラマで誰かが作った嘘だった。
浅草の出来たばかりのビルの屋上からは遠くに富士山が見えていた。ビルの名前はロックスビル、まだ内装業者が入っていた。そのビルの最上階はガラスが斜めになっていて、ガラス清掃用のロープを垂らしても下が見えない。悪い予感がしていたが、しょうがなくブランコをセットして下が見える場所まで進む。予感は的中した。60mしかないロープは何と下まで届いてない。5mくらい足りないか?ひょっとしたら10mかも知れない。
「東京まで来て一体何をしてるんだ!?」
俺はふと今も毎日見ている夢を思い出していた。下の景色が霞んで見えない巨大なビルの屋上に居て、どうしても下へ降りなければならないような気がする夢だ。
「なんだ、こういうことだったのか?降りればいいんだろう、降りれば…!」
そう言い聞かせながら、地面に届いてないロープにセットしたブランコに乗って窓ガラスを拭きながら下に降りていった。
「飛び降りればいいんだ!」
普通、そう思うやつは馬鹿である…。もし夢を見ていなければ引き返したかも知れない。しかし今引き返すとずっとあの夢に悩ませ続けられるような気がしたのだ。
奇跡は起こった。俺の重みでロープは下に降りて行くほど地面に近くなり、結局1mほど地面から離れていただけなのだ。その日から夢から巨大なビルは消えた。
バンドのメンバーを集めようと東奔西走の毎日がやってきた。色んなスタジオでセッションしたり、珍しく雪の積もる日に横浜までライブを見に行ったりした。でもなかなか思うようにいかない。何せ世はバブルの真っ只中である。戦後に流行った浪曲のような俺の歌に誰もが首を傾げるばかりだった。もう諦めようか?京都に帰ろうか?そう思っていた時、職場の同僚の海野が音楽をやっているらしい事を同じく同僚の堀田から聞いた。
海野は色白で痩せこけた眼光の鋭い奴だった。恐らく160cmあるかないかだろう。176cmの俺と並ぶと丁度年の離れた兄弟のようにも見えた。彼女と別れたばかりだという海野に誘われてそのまま彼のマンションに行くことになった。酒は家にあるからコンビニでつまみを買っていこうという事になりレジに二人で並んだ時、俺の身体にある種の感情が走った。
「魂がさらわれる」そういう表現が似つかわしいほどの恐怖感だった。
海野が自分でバンドを率いており、月1回は新宿のライブハウスに出演していること。俺のよく聞いていたジム・モリソンやジョン・ライドンにそのまま影響を受けたような音楽を演奏していることを知った。俺は鏡をみているような気にさえなった。ただひとつ、コンビニで感じた恐怖感だけが気になった。
失恋からナーバスになった海野は、酒が入ると急激に過激な口ぶりになり、マルクス主義の是非を問いかけて来た。多少は誰にもあることなのだが、彼の場合は他人の存在が一切目に入らなくなるような変貌ぶりだった。マルクスを読んだことのない俺には何の返答する言葉もなかった。
コンビニで感じた恐怖感は、海野の恐怖感が伝染したものかもしれなかった。「人間への恐怖感から周りの全ての人間を憎んでいる」海野の様子は少なくとも俺にはそのように思えた。
俺の抱える憎しみは特定の他者に向けたものではない。仮にそうである場合にも、所詮人は他者の全人格を裁く事は出来ないのだ。彼が犯罪者でもない限り、いや仮に犯罪者であってもだ。
素面に戻った海野は「生真面目な仕事人」といった風情だった。「彼との関係は気をつけなければ…」ブランコから飛び降りようと思っていた男らしくもなく、俺はそう思ったのだった。
しかし運命とは皮肉なものだ。海野の元恋人のワコと初めて出会った時、彼女が特別な存在になるような予感はなかった。
12 アルバトロス最初の戦い【HIDEO】
人に感情があるかぎり愛も憎しみもこの世界から去る事はない。あるいは愛や憎しみと共存できなければ人は幸せになれない。
俺は感情についていつもネガティブな解釈しかできなかった。愛と憎しみを同時に引き受けることの重さに耐えられないほど魂が虚弱だったのかもしれない。だから音楽が必要だったのさ。音楽を演奏する事、歌うことで愛や憎しみの存在を絶対化しないと気がすまなかった。もっと言うと俺がパンクロックに求めたものは憎しみの具現化だった。素朴な両親から一身に愛された俺には憎しみの方がよりわかり難かったんだ。
どんな巨匠の文学や音楽よりも目の前の一人の人間の愛や憎しみの方がその存在は重い。 海野の登場によって、俺は憎しみを知った。海野が特別な人間だったというより、俺と海野との関係が俺の内部の憎しみを具現化した。
いつものように酒が入ってマルクスやサルトルの話をしはじめた海野が「秀夫、神はいると思うか?」と聞いてきた。
「解らない、いるかもね?人は弱いから…」茶化すように聞こえたのかもしれない。
「いるわけない!もし神がいたら俺をなんとかしてくれるはずだ!宗教やってる奴なんて弱虫だっ!!」
俺は別に宗教を擁護しているわけじゃなかった。が、海野のその言い方には心底腹がたった。
「てめぇ、何様だよ!てめぇの方がよっぽど馬鹿で弱虫なんだよっ!!!」
神経がワイヤー入りの強化ガラスで出来たような海野はかんかんになってのたうちはじめた。多分ガラスが割れてワイヤーだけになったのかも知れない。その日から俺の神経もイカレ始めていた。再び憂鬱な夢に毎晩うなされるようになったのだ。今度の夢は前のそれとは違った。ひたすら広い平原で何かを待っている夢だった。そして夢から覚めてもその平原は度々俺の目の前に現れた。
海野の元彼女だったワコと初めてデートしたのはその週の日曜日だった。
↓
新宿アルタ前でワコと待ち合わせ、上野動物園へ行った。もうその頃俺にはアルバトロスが何ものかがぼんやりと解ってきたんだ。もうすぐ会えるような気もしていた。
「ワコと何故ここに居るんだっけ?まだ海野お前のこと好きだよ!」
「終わったことでしょ、今は秀夫さんが好き!」
俺はワコのことが好きなのかどうなのか解らなかった。しかし、とんでもない世界に二人だけで突入していることだけはわかった。ひょっとしたらこのまま死ぬかもしれないと思った。西の空から何か大きな黒いものが飛んでくるような気がしたのだ。
「世界の蛇」というコーナーで僕らは蛇をみていた。
「ワコ、お前蛇年だったよな?」
ガラス越しに鉛色の蛇を睨みながら俺はワコにそう聞いた。
「うん、でも何で?」
「しまった、食われる!!!」
俺がそう言った瞬間、目の前の蛇が鎌首をもたげ口をあけて俺を食おうとした。ワコはびっくりした。
「な…ん…で?」
「俺は蛇の魂をあやつれるのさ、へっへっへっ!」
自分でも何でそんなことを言ったのか解らなかった。ワコは30分くらいびっくりしていた。が少し冷静になると「さっきのどうやったの?、どんな仕掛けがあるの?」としつこく聞いてきた。仕掛けなんかなかった。ただ一瞬蛇に乗り移った気がしていた。
夕方になって僕らはその頃東京で2番目に高いビル、確か霞ヶ関ビルに上った。俺とワコ以外、だれ一人いなかった。俺は思わずワコの好きな中島みゆきの歌を口ずさんでいた。
「♪二人だけこの世に残し死に絶えてしまえばいいと心ならずも思ってしまうけどそれでも貴方は私を選ばない…♪」
きっとワコはそう思っていると解っていたからだ。
小田急線のどこかの駅で別れるとき、ワコは念をおすように俺に言った。
「秀夫、やっぱり…好き!」
「 … 」
その時俺はそれどころじゃなかったのだ。もうすぐアルバトロスが来る予感がしていた。
↓
ワコと駅で別れてからもう3日くらい経っただろうと思って時計をみると、まだ1時間しか経ってない。
「うー、痛い、助けてぇ…」車で事故を起こした人の悲鳴やビルから飛び降りた人、病気に苦しんで死んでいく人の痛みがひっきりなしに俺を襲っていた。
「勘弁してくれ!俺、君に何も出来ないよう…!」時間の感覚が狂ってしまっているのは情報量が多すぎるせいだ。半径何キロくらいだろうか?新中野のアパートから新宿駅あたりまでの人々の全ての痛みが俺をいっせいに苦しめていた。
平原の向こうから漆黒のアルバトロスの羽音が聞こえていた。
「このままアルバトロスに殺されてしまう!」
そう思い目を開けた途端、すぐ目の前に漆黒のアルバトロスがじっとこちらを睨んでいる。烏のような目だ。急いで目を閉じた…。
だだっ広い平原に漆黒のアルバトロスがこっちを睨んでいる。
「もう殺されるのは時間の問題だ、おとうさんおかあさんごめんなさい、俺には戦う勇気がない」
そう諦めかけたとき、羽音がしてもう一匹のアルバトロスが目前に降り立った。姿・形は漆黒のアルバトロスと寸分違わなかったが、極彩色といったらいいのだろうか?とにかく今度のはインコのように派手な色合いだった。激しく飛び掛ったのは極彩色のアルバトロスだった。しかし、漆黒のアルバトロスはみるみる内に極彩色のアルバトロスを追い詰めていく。どう見ても不利だ。やられるに決まっている。俺は究極の戦いを目前にしながらふとある歌を思い出した。
そうだ、歌うんだ!
「♪Eternal Sky Remains The Same♪」
とっさに思い出した歌は自分の歌じゃなく、昔父ちゃんがTVの前で遠い目をして聞いていた歌だった!
ひたすら繰り返し歌を歌った。漆黒のアルバトロスは少し弱って来たようだ。ひょっとしたら勝てるかも知れない。頑張れインコ!本当はインコじゃなくて奴もアルバトロスだったけど、長いから省略だ!
↓
長い戦いだったとも短い戦いだったとも言えなかった。本当は時間のない世界での戦いだったのだ。最初から決着はついていたと言えるかもしれない。2匹のアルバトロスは溶け合ってその存在は瞬間に無に帰した。
目の前には相変わらずだだっ広い平原が広がっていた。どうやってこの平原から抜け出せばいいのか?解らなかった。目を開けても多分同じ事だろう。