26 スタンド③ 【Duran】
日本に来てからもう5年が経った。僕は京都の古い一軒家に暮らしながら殆んど日本人のような生活を送っている。ここじゃあ、騒々しいロスの暮らしが嘘のように思えてくる。人は必要以上に自分を訴えなくても生きていく方法はあるかのようだ。
おっと、Joeやスタンドのメンバーの事を話しておこう!Joeは今、ロスで暮らしている。僕の親友でありスタンドのメンバーであることに変わりはない。あとはいまだにパンクロックが大好物のギターのイアンがメンバーだ。あとのメンバーは3年前に正式には脱退した。当初、日本に来てから1年でロスに帰り全米デビューする予定だった。それが実現しなくなったってのが主な理由だ。でも、毎年恒例の日本の全国ツアーには全メンバーが揃って日本中をツアーしてくれる。なぜ、僕だけが日本に残ったかって?
実は今、母のバージニアと一緒に暮らしてるんだ。そういえば、鋭い君には大体の察しがつくだろう。父のメイオールとLisaは一緒に暮らしてるんだ。僕はひとりっこだから傷心の母を預かる事にした。彼女はこちらに来てから以前と違って生き生きしているよ。「もうひとつの生きたかを探すんだ!」って英会話の講師まで始めたのさ。
《何故、全米デビューが適わなかったかって?》
正確には、僕のわがままだろうなあ?!どんどん拡大していくロックビジネスに嫌気がさしたんだ。日本を落したらその次はロス、次はシアトルとシスコ、最後はニューヨークで全米制覇。その次はロンドンとパリ…。その内、何億もするステージセットで大量に電力を消費しながら反戦と環境保護の歌を歌い始める。誰とは言わないけどね!そうした生き方の矛盾に、というか偽善に僕は耐えられないんだ。本当に大事なのはそういうことじゃないさ。目の前の君を愛することなんだ。
Joeとイアンはそんな僕の気持ちをわかってくれた。これから僕とスタンドがどうなるのかはわからない。とにかくバージニアの新しい人生が軌道に乗るまで、静かに見守りたいんだ。
27 平原から③ 【HIDEO】
「優子、実は相談があんねん!」
「なによぉ、すごい勢いで?」
「Duranに会いに行こう!」
「えっ…、何、今なんて言うた???」
「スタンドのDuranに会いに行こうって、そう言うた!」
「…会えるわけないし、それに何でまた突然にさ?」
「DuranのEternalSkyって歌が俺を助けてくれたって事は以前話したよな?」
「うん、詳しくは聞いてへんけど…」
「Duranに会って直接お礼が言いたい」
「それやったら、ファンレターで十分ちゃうの?相手はロックスターだよ!ファンの感謝の気持ちにいちいちつき合ってるほど暇ちゃうって!!!」
「もう段取りはしたんや。というのもDuranの所属するビクトリアジャパンっていうレーベルの小田社長は、俺の親父の弟、つまり俺の叔父さんやからや!」
「えっ、Hideの叔父さん…!!!???…なん…」
「あー、だからDuran宛ての手紙をそのまま渡してもらった。そしたら、京都に来たときはいつでも連絡くださいってな手紙に住所と電話番号がそえてあったんや!」
「ちょっとぉ…!!!ほんまなんやぁ」
まだ優子は半信半疑のようだ。というより、俺自身も運命の糸の不思議さにとらわれたままこの数日を過ごしていたのだった。
↓
車内にKissFMを流しながら、アコードクーペは阪神高速を東に向う。もう少しで西宮インターだ。
「優子、もう30分ちょっとで京都や!楽しみやろ?」
「京都かぁ!Hideが青春のかけらを置き忘れた町やね!?」
「こらぁ、俺はボロかぁ?場末のスナックで♪オオサカデェーィ、ウマレタァーア、オンナヤァサカイって歌うんかぁ!!!今時のねえちゃんは…サカイなんて大阪弁つかわへんで!」
「あっはっは。その歌い方はボロっていうよりショーケンやぁ。やっぱりHideからかうんおもろいわぁ!!!」
「ところで優子、Duranからもろた手紙の住所読んでみぃ!住所どこになっとる?」
「うん、えっーとねぇ、京都市左京区浄土寺…」
「うん、そうか、わかった。」
「ヘェー、Hideってすごいね。住所言うただけでわかるんや!さっすがぁ!」
「いつも思うけど、おまえって変なとこで感心したり感激したりするなあ?この間も俺が車ガードレールにぶつけた話した時、急に泣き出すからびっくりしたけど…」
「うん、《飛び出てきた猫よけようとしてガードレールに激突っ!》ってHideから聞いたから、なんか嬉しくて泣いてしもた。」
「嬉しがるか?普通。修理代40万やで40万!自賠責しか入ってないから半額は実費や!」
「うん、お金はまた儲ければいいやん、猫助かる方が大事や!で、ちゃんと保険も入ろうね!」
「 … 」
《つまり、その、今の俺には優子が必要なんだろう…。そんなに賢くないけど、こいつにはいろんな事がわかってるんだ。ひょっとしたら京都に一緒に連れてきた本当の理由もうすうすわかっているのかも知れない…》
↓
出口が混雑する南出口を避けて、アコードクーペは京都の東出口に降り立った。
4歳違いで12月14日生まれのHideとDuranはもうすぐ出会うはずだ。そして、一方の主人公のHideにとって、それは出会いというより再会といった方が正しく思われた。
十数年前にTVで聞いた♪Eternal Sky remains the Same♪の作者と会うのだ。というか、彼にとっての命の恩人と会うのだ。
アコードクーペはタイムマシンになって時間を逆行しはじめていた。
28 初めての再会 【HIDEO&Duran】
京都の名所、銀閣寺に登る坂の手前に小さな川が流れている。その小川にまるで寄り添うかのように一本の小道が作られている。「哲学の道」そう名付けられたのは石川県出身の明治時代の哲学者、西田幾太郎がよく通ったからだとされている。
「ヘェー、こんな静かで綺麗な町があるんやぁ。もうすぐDuranに会えるね!」
「あー、でもせっかく京都来たんやから、先に銀閣寺でもよってこうか?」
「えー、いいよぉ!11月23日の2時に行くって手紙に書いたんでしょ。勤労感謝の日って普通だったらコンサート日和や!それだけでもロックスター相手に十分わがままな話やのにぃ!もう15分まえやよ…、銀閣寺行ったら間に合わんっしょ!…あっ、そうかぁ…もしかしてHide、あがってるんちゃう?」
「図星、いや、優子にはわからん事もあるさ。あがってるんやないけど、このまま家に帰ってしまいたいような、そうじゃないような…そしたら何も起こらん気がするし…?!」
「それをあがってるっていうんや!さあさあ、ファイト!」
「ふぁ~い!」
哲学の道をすこし山側にのぼった坂の途中にDuranの家はあった。庭先で誰かが喋っているのが聞こえた。よく聞くと英語のようだ。すこし近づくとブロンドの女性が何やら犬に話し掛けているのが見えた。Duranのお母さんかもしれない…。
「Hello、Hideo?」
突然、その家の2Fから細い声がした。見るとDuranが窓を半分開けて顔を覗かせている。
「Hello、HIDEO?Nice To Meet You!」
「きたあ、優子。何かゆうて!」
「Hello!DURAN. I’m glad to see You.」
《助かったぁ!勉強嫌いの優子が唯一英語は得意だったのだ!》
「ほら、ほら、Hideもごあいさつ!」
「Oh、Me Too!」
ナイスなボケにDuranと、こっちに気が付いた母のVirginiaがおそろいのブロンドヘアーを揺らせて笑う。
「トホホ、Hideったら、もうー!」
優子も俺の腿のあたりを軽くつねりながら、くすくす笑ってる。
《何かこの風景、以前にも確かにあったような気がする…》
俺は、目の前の光景をこの世の中で一番美しいものだと思った。ずっとずっとこの時間が続いて欲しい。ほんの数秒の間、確かにそう思った。
「よっ、こんちはっ!」
Virginiaに案内されて玄関から入ろうとすると、なんと叔父さんが笑顔で立っている。
「えー、なんでさぁ!」
《急に現実に戻ったみたいだ》
「いや、秀夫くんが来るってDuranから聞いたもんだから、スケジュールを調整して来たんだよ!僕も学生時代は京都だしね…。家族の皆は元気かい?」
「はい、まあ相変わらず仕事ばっかりして、足が痛いだの肩がこっただの言ってますけどねえ…」
立ち話をしていると、後ろからDuranがやってきた。
「Hide、Yuuko、はじめまして。ようこそ、よく来てくれました。」
「あっ、日本語喋れるんですか?」
「うん、もうこちらに来て5年だしね。あまり込み入った話じゃなければ十分喋れるよ。」
「うわっ、何だか感激しちゃう!本当にDuranさんですね!ずっとファンでした。」
優子はなんだか、夢見る少女のような微笑でDuranと握手をしている。
Duranは思ったより小柄で色白、繊細なアメリカのインテリの若者といった風貌だった。かもしだす雰囲気がVirginiaと似ている。あたりまえか、親子なんだから…。
ビクトリア・ジャパンを創業するまで外資系の銀行に勤め、海外暮らしの長かった叔父さんは、日本人というより何だかアジア人とアメリカ人のハーフのようにも見える。
Duran、Virginia、叔父さん、俺、優子、なんという不思議な組み合わせだろうか?
というより、なんだか久しぶりに会った家族のように懐かしい気がするのだ。
「手紙を読んだよ!Hideもロックやってたらしいね?それに高校の頃、僕のEternalSkyをTVで見ていてくれたんだよね!」
Duranはまるで自慢するように、叔父さんにそう言う。
「そうなのかい?秀夫がねぇ、ふ~ん、ちっとも知らなかったよ。それにしても人の縁って全く不思議なものだ!」
Duranはいつのまにかアコギを抱えている。
「Hide、じゃあ、一緒に歌ってみようか?」
「えー、無理無理、心の準備できてな~い!」
「ええやん、こんな機会滅多にないよぉ!」
《優子はもうその気だ。でも、歌うのは俺なんやけどなあ?》
Duranはさりげなくギターを弾き始める。
《よく考えるとDuranはかなり強引だ、でも何故か皆なその空気に自然に飲み込まれてしまう…》
♪Your Love is Cloudy Sky.
Looks Like Washing in The Cloudy Sky.
It Never Dry Up Forever.
… … …
… … …
「きゃー、Hide本物よぉ!」
… … …
… … …
♪My dear friend. You’re so wonderful.
♪My dear friend. You’re not alone.
♪My dear friend. Give me your hands.
… … …
… … …
♪Eternal Sky Remains The same
俺は自然と歌っていた、というよりDuranの作り出す不思議な空気に歌わされていた。
《やっぱりそうだ、以前にもこんな事があったような気がする…》
《Duranの歌は掛け値なく素晴らしい、詞の内容はとてもシビアな現実のことなのに、そこに何の装飾や意味付けもなされてないのだ。心の底から純粋に感じることを歌う、実はこれほど困難なことはない。自意識とそれから生まれる照れやプライドや愛や希望や勇気や絶望や様々な無理や…、僕らはそんなものに振り回されながら生きている。だから色んな理由をつけて前向きになったり、生きる事やたまには死ぬ事さえ肯定したりさえする。そしてそれが理解されないことに苦しんだり怒ったり悲しんだりする。また理解された事に大喜びしたりする。そして誰もがそんな喜怒哀楽を大事にしながら生きていることに何の違いもない。Duranの歌を聞いているとふとそんなことを思ってしまうのだ。それはまるで黄泉の国に連れていかれたかのような不思議な感じだ。》
「Duran、ところでアメリカでデビューしないの?」
「…、あまり考えたことがないんだ。つまり、どこでもいいんじゃないかって!ロックビジネスの中で好きな歌を歌っていくのはあまり楽なことじゃない…。」
《Virginiaと叔父さんはうつむいたままだ…。本当はどう思っているんだろう?》
「私はアメリカでデビューして欲しいなあ…、Duranの歌はたくさんの人が必要としてると思うから…。勿論、Duranの自由だけど…。」
優子はたまに突拍子もないことを言う。それも、場の空気を読めない訳じゃなく、読みきった上で言うのだ。《女にはかなわねぇや》
「さあ、せっかく京都に来たんだから、どっか行こうか?」
その場の誰もが頭の中で想像しているスタンドのアメリカデビューの映像を振り払うかのようにDuranがそう言う。
「知恩院にお参りでもして、祇園のあたりで飯でも食うか?」
少しほっとしたような叔父さんの声。
僕ら5人はDuranの運転する白いBMWに乗って京都の街に繰り出した。百万遍を左折して東山通りに入ると、右側に京大西部講堂が見えてきた。
「優子、昔ここで演奏したことあんねん。京都のロックの殿堂!」
「ふ~ん…」
《今日の優子はDuranに会えた事で頭が一杯みたいだ。それにしても京都の秋は風情がある。住んでいた頃はとてもそんなことを感じる余裕がなかった。それにしてもDuranやVirginiaの暮らしていたロスってどんな街なんだろう?どうしてわざわざ京都に来たんだろう?》
一行は祇園の駐車場に車を止め、知恩寺まで歩いた。秀夫はDuranともっともっと話したかった。が、叔父さんやVirginiaのいる前であまり本当のことは話せない。そんな気持ちを感じ取ったのか優子は小躍りしながらこう言い放った。
「ねぇ、せっかくだから若者同士でもう少し祇園の町、見ていきたいな!叔父さんとVirginiaは先に料亭で一杯やってるってのはどう?」
叔父さんが苦笑しながらうなずく。秀夫とDuran、優子の3人は八坂神社の門を背に四条通を西に歩きはじめた。
「Duranさん、ですよねぇ!」
遠目に見ていた女子高生の二人組がおずおずと声をかけてきた。
《そういやDuranはロックスターだった!叔父さんがわざわざ人気のない知恩院に行こうって言った事や、優子が3人で祇園に行こうって言った時に見せた苦笑いの理由がやっとわかった!》
瞬く間に人が集まりだし、人垣が出来た。丁度修学旅行のシーズンなのだ。元気のいいというか、盛りのついた女子高生がDuranを放っておく訳がないのだ。
「Hide、Yuuko、Go Ahead!」 《いざという時はやはり英語らしい》
3人はDuranの掛け声を合図に鴨川のすぐ東側の川端通りを北に走った。500メートル位走ったらもうへとへとだ!鴨川の土手を越えて河原に着いた。
「もう、追って来ないよ!すこし休もう。」
そう言ってDuranは秀夫と優子を見てベンチを指差した。
「やっぱ、すっごい人気!」
息を切らせながら優子がそう言う。秀夫はやっとDuranと本当の事が話せそうな気分になった。
「Duran、余計なお世話だとは思うけど…、叔父さんから君の事を色々聞いた。何故アメリカデビューしないのか?って理由も。何億円もかけたステージセットとジャンキーなローディーを引き連れてのツアーが如何に無意味で徒労かって事もね!でも、何となくなんだけど、本当はアメリカに帰りたいんじゃないのかって…、ロスやシスコで歌いたいんじゃないかって、半日君と居ただけだけど漠然とそう感じるんだ。何故かはわからない。」
ゆっくりとマルボロを燻らせながらDuranが喋りはじめた。絹のような声だ。
「Hide、僕が何故日本に来たのか?って聞かないのかい?」
「いいや、それについてはプライベートな問題かもしれないから聞かないよ。」
「ありがとう、僕がまだロスでスタンドのメンバーとつるんでいた頃、SlyStoneと一緒にステージに立ったんだ。その時のライブは昨日のようによく憶えている。2時間の持ち時間を超えても僕のテンションが下がらず、結局30分ほどEternalSkyを演奏してヘトヘトになった。何故そんなに歌えたかって話は後にするけど・・・。そのステージの前日に真冬のKOBEの公園で、一人の若者がEterernalSkyを延々とくちづさんで居たって話しを日本の知人から聞いたんだ。僕はそのことがずっと引っ掛かっていた。TVで流されたわずか10秒くらいのこの曲が一人の若者のライフを左右したんだって、直感でそう思ったんだ!僕が日本に来た理由は色々な偶然が重なって…ってとこだけど、こころのどこかにそのエピソードが引っ掛かっていたことは事実だよ!」
「えー、それって誰ぇ?」
優子の質問にかまわずDuranは続ける。
「そして、小田社長から手渡されたHideの手紙を読んで、本当にびっくりした。君がその本人だって事と小田社長の甥って事もだけど、君がみたアルバトロスを僕もその日のステージで見たんだ。大きな黒い羽を持った巨大な漆黒の鳥さ、ステージが始まって1時間半くらい経った頃にそいつは最前列の観客の前に現れたんだ。確か※9マービン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オンに影響を受けて作った戦争の歌を歌っている途中だった。それが僕の幻覚だって事にはすぐに気がついた。隣のギターのイアンもギルも同じ場所を見ているのに変な顔をしてなかったからね。ステージの間中、烏のような目でそいつはじっと僕を睨みつけていた。すごく辛かったんだ。殺されるんじゃないかっていう恐怖感がずっと続いた。僕はそいつを本気で殺そうとした。このまま演奏が終わってしまうと多分、殺されるんじゃないかって思ったんだ!だから、予定外のEternalSkyを延々30分も演奏したんだ。」
「うん、それで?」
びっくりしたままの優子を無視して秀夫は合いの手を入れる。
「つまり、EternalSKYって曲を歌っている時の僕からなにか見えない力が出ているような気がしたんだ。そいつは、だんだん苦しんで弱って行くのがわかった。僕はアドリブで次から次へと歌詞を繋げて、なんだか曲は全く新しいものになった…。」
そこまで語るとDuranはマルボロの火を消した。
「全て僕の頭の中で起こったことなんだ!でも、Hideの見たアルバトロスと同じ奴のような気がして…、僕が君の手紙を読んでびっくりした訳がわかるだろう?」
秀夫は全てを察したような面持ちで、Duranの肩に手をやった。
「Duran、本当にありがとう!君はやっぱり、俺の命の恩人だ。会えて嬉しいよ、とても。」
《その夜、僕らは何事もなかったようにDuranの母、Virginiaと俺の叔父さん、日本のロックの新興レーベル、ビクトリア・ジャパンの小田社長と合流し、深夜まで盛り上がった。酔っ払ったDuranはカラオケで美空ひばりのりんご追分を超ヘタッピィに歌った。皆ななんだかとても幸せな気分だった。》
※9マービン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オン
発売からもう30年以上経つモータウンのSoulSingerマービン・ゲイのヒット曲。ベトナム戦争に行った実の弟の話にインスピレーションを得て作った反戦の歌だが、英語がわからないリュウが聞くと極上のラブソングに聞こえてしまう。この曲が収録された同名のアルバムを高校1年の頃に初めて聞いたときはわからなかった。今聞くと素晴らしいの一言。
29 みかんの季節
「おい、優子。そろそろ朝飯くいに行こう!すぐ近くにいいとこあんねん。」
Duranの家からそう遠くない銀閣寺の近くの民宿に宿をとった俺と優子は、アコードクーペをたらたらと走らせながら、白川通りを北に向った。
「紅葉、きれいやぁ!」
「やろ、昔、この近くにサーカス・サーカスってLive・Houseがあってな。売れない頃のRCサクセションや上田正樹や、あっ、大沢ヨシユキも「クラウディ・スカイ」っていうバンド引き連れて来てたんや!」
「ヒデも出た!」
「勿論!結構POPなパンクバンド、でも何か周りのバンドからは浮いとったかなぁ、♪わかっておくれよ、HeyLady!俺はとてもあたりまえ…♪とか、ド派手な化粧して血ぃまで出してあたりまえな訳ないやろ?っちゅうねん。でも、あの頃は良かった…」
「なに~!!??今よりよかったのぉ?私と一緒にいるときが最高やっていつもいうてるやん!!!」
「ごめん、そんな意味ちゃうねん。はい、今が最高です。優子と一緒にいるのが、俺は最高に幸せや…。だから、いい女のまま、俺のそばに一生いて欲しい!」
「えっ、…」
「ずっと俺のそばにいて欲しい。俺が亡くなって灰になるまで一緒にいて欲しい」
「プ…、プロポーズって事?」
「あー、…」
「実は、今回京都に一緒に来たもうひとつの、っていうか、本当の目的は、優子にこの事話そうと思って、で一緒に来たんや。俺の、もうひとりの俺の事もわかって欲しかった。」
京都芸術短期大学、通称、芸短の角を左折してアコード・クーペは高野方面に向う。もうすぐ秀夫が下宿していた石田アパートがあるはずだ。
急に無口になった優子と秀夫の関係をかばうかのように、エンジンはうなりを上げて進む。
《頼む、優子、うんって言うてくれ!》
心の中でそう願いながら、秀夫はタイムマシンになったアコード・クーペを現在に向って走らせた。
タイムマシンは初冬の風を切りながら尚も進む。交差点を右折して北に向うと高野、左折して南に向えば京大のある百万遍だ。まっすぐ行くと…、叡山電鉄の線路を渡って高野川に出る。秀夫はまっすぐ進んだ。カーブを切ると集中した優子の気分が変わってしまうような気がしたのだ。
「うん、ええよ!」
優子がプロポーズにOKしたのは高野川を渡って河合神社のある糺の森に差しかかったところだった。
「やった…、ほっとした。」
「うん、ヒデの事は私じゃないと面倒みれんと思うし、それに私の為にこんなに素敵なプロポーズしてくれたし…、それに憧れのDuranもアメリカに帰ることだし…。」
「おいおい、ちょっと待った!Duranと俺とどっちがええねん?」
「冗談よ、冗談。本気で言うわけないやん。」
「もう、優子はいっつも俺を脅かすねんな!それにDuranがアメリカに帰るとか、そんな訳ないやん!おかんだっているのにぃ!一瞬ひやっとしたわ…」
「あっはっは、ヒデやっぱ、おもろいわぁ。ええ人やね!」
《この幸せがずっと続けばいい、優子やDuranや小田社長と過ごした楽しい時間、それに今の俺にはちゃんとした大工の仕事も徳島の家族もある。この幸せがずっと続きますように!》
それから1ヵ月後に届いた黒い縁取りの手紙は、俺のそんな願いを打ち砕くのに十分なものだった。
日本に来てからもう5年が経った。僕は京都の古い一軒家に暮らしながら殆んど日本人のような生活を送っている。ここじゃあ、騒々しいロスの暮らしが嘘のように思えてくる。人は必要以上に自分を訴えなくても生きていく方法はあるかのようだ。
おっと、Joeやスタンドのメンバーの事を話しておこう!Joeは今、ロスで暮らしている。僕の親友でありスタンドのメンバーであることに変わりはない。あとはいまだにパンクロックが大好物のギターのイアンがメンバーだ。あとのメンバーは3年前に正式には脱退した。当初、日本に来てから1年でロスに帰り全米デビューする予定だった。それが実現しなくなったってのが主な理由だ。でも、毎年恒例の日本の全国ツアーには全メンバーが揃って日本中をツアーしてくれる。なぜ、僕だけが日本に残ったかって?
実は今、母のバージニアと一緒に暮らしてるんだ。そういえば、鋭い君には大体の察しがつくだろう。父のメイオールとLisaは一緒に暮らしてるんだ。僕はひとりっこだから傷心の母を預かる事にした。彼女はこちらに来てから以前と違って生き生きしているよ。「もうひとつの生きたかを探すんだ!」って英会話の講師まで始めたのさ。
《何故、全米デビューが適わなかったかって?》
正確には、僕のわがままだろうなあ?!どんどん拡大していくロックビジネスに嫌気がさしたんだ。日本を落したらその次はロス、次はシアトルとシスコ、最後はニューヨークで全米制覇。その次はロンドンとパリ…。その内、何億もするステージセットで大量に電力を消費しながら反戦と環境保護の歌を歌い始める。誰とは言わないけどね!そうした生き方の矛盾に、というか偽善に僕は耐えられないんだ。本当に大事なのはそういうことじゃないさ。目の前の君を愛することなんだ。
Joeとイアンはそんな僕の気持ちをわかってくれた。これから僕とスタンドがどうなるのかはわからない。とにかくバージニアの新しい人生が軌道に乗るまで、静かに見守りたいんだ。
27 平原から③ 【HIDEO】
「優子、実は相談があんねん!」
「なによぉ、すごい勢いで?」
「Duranに会いに行こう!」
「えっ…、何、今なんて言うた???」
「スタンドのDuranに会いに行こうって、そう言うた!」
「…会えるわけないし、それに何でまた突然にさ?」
「DuranのEternalSkyって歌が俺を助けてくれたって事は以前話したよな?」
「うん、詳しくは聞いてへんけど…」
「Duranに会って直接お礼が言いたい」
「それやったら、ファンレターで十分ちゃうの?相手はロックスターだよ!ファンの感謝の気持ちにいちいちつき合ってるほど暇ちゃうって!!!」
「もう段取りはしたんや。というのもDuranの所属するビクトリアジャパンっていうレーベルの小田社長は、俺の親父の弟、つまり俺の叔父さんやからや!」
「えっ、Hideの叔父さん…!!!???…なん…」
「あー、だからDuran宛ての手紙をそのまま渡してもらった。そしたら、京都に来たときはいつでも連絡くださいってな手紙に住所と電話番号がそえてあったんや!」
「ちょっとぉ…!!!ほんまなんやぁ」
まだ優子は半信半疑のようだ。というより、俺自身も運命の糸の不思議さにとらわれたままこの数日を過ごしていたのだった。
↓
車内にKissFMを流しながら、アコードクーペは阪神高速を東に向う。もう少しで西宮インターだ。
「優子、もう30分ちょっとで京都や!楽しみやろ?」
「京都かぁ!Hideが青春のかけらを置き忘れた町やね!?」
「こらぁ、俺はボロかぁ?場末のスナックで♪オオサカデェーィ、ウマレタァーア、オンナヤァサカイって歌うんかぁ!!!今時のねえちゃんは…サカイなんて大阪弁つかわへんで!」
「あっはっは。その歌い方はボロっていうよりショーケンやぁ。やっぱりHideからかうんおもろいわぁ!!!」
「ところで優子、Duranからもろた手紙の住所読んでみぃ!住所どこになっとる?」
「うん、えっーとねぇ、京都市左京区浄土寺…」
「うん、そうか、わかった。」
「ヘェー、Hideってすごいね。住所言うただけでわかるんや!さっすがぁ!」
「いつも思うけど、おまえって変なとこで感心したり感激したりするなあ?この間も俺が車ガードレールにぶつけた話した時、急に泣き出すからびっくりしたけど…」
「うん、《飛び出てきた猫よけようとしてガードレールに激突っ!》ってHideから聞いたから、なんか嬉しくて泣いてしもた。」
「嬉しがるか?普通。修理代40万やで40万!自賠責しか入ってないから半額は実費や!」
「うん、お金はまた儲ければいいやん、猫助かる方が大事や!で、ちゃんと保険も入ろうね!」
「 … 」
《つまり、その、今の俺には優子が必要なんだろう…。そんなに賢くないけど、こいつにはいろんな事がわかってるんだ。ひょっとしたら京都に一緒に連れてきた本当の理由もうすうすわかっているのかも知れない…》
↓
出口が混雑する南出口を避けて、アコードクーペは京都の東出口に降り立った。
4歳違いで12月14日生まれのHideとDuranはもうすぐ出会うはずだ。そして、一方の主人公のHideにとって、それは出会いというより再会といった方が正しく思われた。
十数年前にTVで聞いた♪Eternal Sky remains the Same♪の作者と会うのだ。というか、彼にとっての命の恩人と会うのだ。
アコードクーペはタイムマシンになって時間を逆行しはじめていた。
28 初めての再会 【HIDEO&Duran】
京都の名所、銀閣寺に登る坂の手前に小さな川が流れている。その小川にまるで寄り添うかのように一本の小道が作られている。「哲学の道」そう名付けられたのは石川県出身の明治時代の哲学者、西田幾太郎がよく通ったからだとされている。
「ヘェー、こんな静かで綺麗な町があるんやぁ。もうすぐDuranに会えるね!」
「あー、でもせっかく京都来たんやから、先に銀閣寺でもよってこうか?」
「えー、いいよぉ!11月23日の2時に行くって手紙に書いたんでしょ。勤労感謝の日って普通だったらコンサート日和や!それだけでもロックスター相手に十分わがままな話やのにぃ!もう15分まえやよ…、銀閣寺行ったら間に合わんっしょ!…あっ、そうかぁ…もしかしてHide、あがってるんちゃう?」
「図星、いや、優子にはわからん事もあるさ。あがってるんやないけど、このまま家に帰ってしまいたいような、そうじゃないような…そしたら何も起こらん気がするし…?!」
「それをあがってるっていうんや!さあさあ、ファイト!」
「ふぁ~い!」
哲学の道をすこし山側にのぼった坂の途中にDuranの家はあった。庭先で誰かが喋っているのが聞こえた。よく聞くと英語のようだ。すこし近づくとブロンドの女性が何やら犬に話し掛けているのが見えた。Duranのお母さんかもしれない…。
「Hello、Hideo?」
突然、その家の2Fから細い声がした。見るとDuranが窓を半分開けて顔を覗かせている。
「Hello、HIDEO?Nice To Meet You!」
「きたあ、優子。何かゆうて!」
「Hello!DURAN. I’m glad to see You.」
《助かったぁ!勉強嫌いの優子が唯一英語は得意だったのだ!》
「ほら、ほら、Hideもごあいさつ!」
「Oh、Me Too!」
ナイスなボケにDuranと、こっちに気が付いた母のVirginiaがおそろいのブロンドヘアーを揺らせて笑う。
「トホホ、Hideったら、もうー!」
優子も俺の腿のあたりを軽くつねりながら、くすくす笑ってる。
《何かこの風景、以前にも確かにあったような気がする…》
俺は、目の前の光景をこの世の中で一番美しいものだと思った。ずっとずっとこの時間が続いて欲しい。ほんの数秒の間、確かにそう思った。
「よっ、こんちはっ!」
Virginiaに案内されて玄関から入ろうとすると、なんと叔父さんが笑顔で立っている。
「えー、なんでさぁ!」
《急に現実に戻ったみたいだ》
「いや、秀夫くんが来るってDuranから聞いたもんだから、スケジュールを調整して来たんだよ!僕も学生時代は京都だしね…。家族の皆は元気かい?」
「はい、まあ相変わらず仕事ばっかりして、足が痛いだの肩がこっただの言ってますけどねえ…」
立ち話をしていると、後ろからDuranがやってきた。
「Hide、Yuuko、はじめまして。ようこそ、よく来てくれました。」
「あっ、日本語喋れるんですか?」
「うん、もうこちらに来て5年だしね。あまり込み入った話じゃなければ十分喋れるよ。」
「うわっ、何だか感激しちゃう!本当にDuranさんですね!ずっとファンでした。」
優子はなんだか、夢見る少女のような微笑でDuranと握手をしている。
Duranは思ったより小柄で色白、繊細なアメリカのインテリの若者といった風貌だった。かもしだす雰囲気がVirginiaと似ている。あたりまえか、親子なんだから…。
ビクトリア・ジャパンを創業するまで外資系の銀行に勤め、海外暮らしの長かった叔父さんは、日本人というより何だかアジア人とアメリカ人のハーフのようにも見える。
Duran、Virginia、叔父さん、俺、優子、なんという不思議な組み合わせだろうか?
というより、なんだか久しぶりに会った家族のように懐かしい気がするのだ。
「手紙を読んだよ!Hideもロックやってたらしいね?それに高校の頃、僕のEternalSkyをTVで見ていてくれたんだよね!」
Duranはまるで自慢するように、叔父さんにそう言う。
「そうなのかい?秀夫がねぇ、ふ~ん、ちっとも知らなかったよ。それにしても人の縁って全く不思議なものだ!」
Duranはいつのまにかアコギを抱えている。
「Hide、じゃあ、一緒に歌ってみようか?」
「えー、無理無理、心の準備できてな~い!」
「ええやん、こんな機会滅多にないよぉ!」
《優子はもうその気だ。でも、歌うのは俺なんやけどなあ?》
Duranはさりげなくギターを弾き始める。
《よく考えるとDuranはかなり強引だ、でも何故か皆なその空気に自然に飲み込まれてしまう…》
♪Your Love is Cloudy Sky.
Looks Like Washing in The Cloudy Sky.
It Never Dry Up Forever.
… … …
… … …
「きゃー、Hide本物よぉ!」
… … …
… … …
♪My dear friend. You’re so wonderful.
♪My dear friend. You’re not alone.
♪My dear friend. Give me your hands.
… … …
… … …
♪Eternal Sky Remains The same
俺は自然と歌っていた、というよりDuranの作り出す不思議な空気に歌わされていた。
《やっぱりそうだ、以前にもこんな事があったような気がする…》
《Duranの歌は掛け値なく素晴らしい、詞の内容はとてもシビアな現実のことなのに、そこに何の装飾や意味付けもなされてないのだ。心の底から純粋に感じることを歌う、実はこれほど困難なことはない。自意識とそれから生まれる照れやプライドや愛や希望や勇気や絶望や様々な無理や…、僕らはそんなものに振り回されながら生きている。だから色んな理由をつけて前向きになったり、生きる事やたまには死ぬ事さえ肯定したりさえする。そしてそれが理解されないことに苦しんだり怒ったり悲しんだりする。また理解された事に大喜びしたりする。そして誰もがそんな喜怒哀楽を大事にしながら生きていることに何の違いもない。Duranの歌を聞いているとふとそんなことを思ってしまうのだ。それはまるで黄泉の国に連れていかれたかのような不思議な感じだ。》
「Duran、ところでアメリカでデビューしないの?」
「…、あまり考えたことがないんだ。つまり、どこでもいいんじゃないかって!ロックビジネスの中で好きな歌を歌っていくのはあまり楽なことじゃない…。」
《Virginiaと叔父さんはうつむいたままだ…。本当はどう思っているんだろう?》
「私はアメリカでデビューして欲しいなあ…、Duranの歌はたくさんの人が必要としてると思うから…。勿論、Duranの自由だけど…。」
優子はたまに突拍子もないことを言う。それも、場の空気を読めない訳じゃなく、読みきった上で言うのだ。《女にはかなわねぇや》
「さあ、せっかく京都に来たんだから、どっか行こうか?」
その場の誰もが頭の中で想像しているスタンドのアメリカデビューの映像を振り払うかのようにDuranがそう言う。
「知恩院にお参りでもして、祇園のあたりで飯でも食うか?」
少しほっとしたような叔父さんの声。
僕ら5人はDuranの運転する白いBMWに乗って京都の街に繰り出した。百万遍を左折して東山通りに入ると、右側に京大西部講堂が見えてきた。
「優子、昔ここで演奏したことあんねん。京都のロックの殿堂!」
「ふ~ん…」
《今日の優子はDuranに会えた事で頭が一杯みたいだ。それにしても京都の秋は風情がある。住んでいた頃はとてもそんなことを感じる余裕がなかった。それにしてもDuranやVirginiaの暮らしていたロスってどんな街なんだろう?どうしてわざわざ京都に来たんだろう?》
一行は祇園の駐車場に車を止め、知恩寺まで歩いた。秀夫はDuranともっともっと話したかった。が、叔父さんやVirginiaのいる前であまり本当のことは話せない。そんな気持ちを感じ取ったのか優子は小躍りしながらこう言い放った。
「ねぇ、せっかくだから若者同士でもう少し祇園の町、見ていきたいな!叔父さんとVirginiaは先に料亭で一杯やってるってのはどう?」
叔父さんが苦笑しながらうなずく。秀夫とDuran、優子の3人は八坂神社の門を背に四条通を西に歩きはじめた。
「Duranさん、ですよねぇ!」
遠目に見ていた女子高生の二人組がおずおずと声をかけてきた。
《そういやDuranはロックスターだった!叔父さんがわざわざ人気のない知恩院に行こうって言った事や、優子が3人で祇園に行こうって言った時に見せた苦笑いの理由がやっとわかった!》
瞬く間に人が集まりだし、人垣が出来た。丁度修学旅行のシーズンなのだ。元気のいいというか、盛りのついた女子高生がDuranを放っておく訳がないのだ。
「Hide、Yuuko、Go Ahead!」 《いざという時はやはり英語らしい》
3人はDuranの掛け声を合図に鴨川のすぐ東側の川端通りを北に走った。500メートル位走ったらもうへとへとだ!鴨川の土手を越えて河原に着いた。
「もう、追って来ないよ!すこし休もう。」
そう言ってDuranは秀夫と優子を見てベンチを指差した。
「やっぱ、すっごい人気!」
息を切らせながら優子がそう言う。秀夫はやっとDuranと本当の事が話せそうな気分になった。
「Duran、余計なお世話だとは思うけど…、叔父さんから君の事を色々聞いた。何故アメリカデビューしないのか?って理由も。何億円もかけたステージセットとジャンキーなローディーを引き連れてのツアーが如何に無意味で徒労かって事もね!でも、何となくなんだけど、本当はアメリカに帰りたいんじゃないのかって…、ロスやシスコで歌いたいんじゃないかって、半日君と居ただけだけど漠然とそう感じるんだ。何故かはわからない。」
ゆっくりとマルボロを燻らせながらDuranが喋りはじめた。絹のような声だ。
「Hide、僕が何故日本に来たのか?って聞かないのかい?」
「いいや、それについてはプライベートな問題かもしれないから聞かないよ。」
「ありがとう、僕がまだロスでスタンドのメンバーとつるんでいた頃、SlyStoneと一緒にステージに立ったんだ。その時のライブは昨日のようによく憶えている。2時間の持ち時間を超えても僕のテンションが下がらず、結局30分ほどEternalSkyを演奏してヘトヘトになった。何故そんなに歌えたかって話は後にするけど・・・。そのステージの前日に真冬のKOBEの公園で、一人の若者がEterernalSkyを延々とくちづさんで居たって話しを日本の知人から聞いたんだ。僕はそのことがずっと引っ掛かっていた。TVで流されたわずか10秒くらいのこの曲が一人の若者のライフを左右したんだって、直感でそう思ったんだ!僕が日本に来た理由は色々な偶然が重なって…ってとこだけど、こころのどこかにそのエピソードが引っ掛かっていたことは事実だよ!」
「えー、それって誰ぇ?」
優子の質問にかまわずDuranは続ける。
「そして、小田社長から手渡されたHideの手紙を読んで、本当にびっくりした。君がその本人だって事と小田社長の甥って事もだけど、君がみたアルバトロスを僕もその日のステージで見たんだ。大きな黒い羽を持った巨大な漆黒の鳥さ、ステージが始まって1時間半くらい経った頃にそいつは最前列の観客の前に現れたんだ。確か※9マービン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オンに影響を受けて作った戦争の歌を歌っている途中だった。それが僕の幻覚だって事にはすぐに気がついた。隣のギターのイアンもギルも同じ場所を見ているのに変な顔をしてなかったからね。ステージの間中、烏のような目でそいつはじっと僕を睨みつけていた。すごく辛かったんだ。殺されるんじゃないかっていう恐怖感がずっと続いた。僕はそいつを本気で殺そうとした。このまま演奏が終わってしまうと多分、殺されるんじゃないかって思ったんだ!だから、予定外のEternalSkyを延々30分も演奏したんだ。」
「うん、それで?」
びっくりしたままの優子を無視して秀夫は合いの手を入れる。
「つまり、EternalSKYって曲を歌っている時の僕からなにか見えない力が出ているような気がしたんだ。そいつは、だんだん苦しんで弱って行くのがわかった。僕はアドリブで次から次へと歌詞を繋げて、なんだか曲は全く新しいものになった…。」
そこまで語るとDuranはマルボロの火を消した。
「全て僕の頭の中で起こったことなんだ!でも、Hideの見たアルバトロスと同じ奴のような気がして…、僕が君の手紙を読んでびっくりした訳がわかるだろう?」
秀夫は全てを察したような面持ちで、Duranの肩に手をやった。
「Duran、本当にありがとう!君はやっぱり、俺の命の恩人だ。会えて嬉しいよ、とても。」
《その夜、僕らは何事もなかったようにDuranの母、Virginiaと俺の叔父さん、日本のロックの新興レーベル、ビクトリア・ジャパンの小田社長と合流し、深夜まで盛り上がった。酔っ払ったDuranはカラオケで美空ひばりのりんご追分を超ヘタッピィに歌った。皆ななんだかとても幸せな気分だった。》
※9マービン・ゲイのワッツ・ゴーイング・オン
発売からもう30年以上経つモータウンのSoulSingerマービン・ゲイのヒット曲。ベトナム戦争に行った実の弟の話にインスピレーションを得て作った反戦の歌だが、英語がわからないリュウが聞くと極上のラブソングに聞こえてしまう。この曲が収録された同名のアルバムを高校1年の頃に初めて聞いたときはわからなかった。今聞くと素晴らしいの一言。
29 みかんの季節
「おい、優子。そろそろ朝飯くいに行こう!すぐ近くにいいとこあんねん。」
Duranの家からそう遠くない銀閣寺の近くの民宿に宿をとった俺と優子は、アコードクーペをたらたらと走らせながら、白川通りを北に向った。
「紅葉、きれいやぁ!」
「やろ、昔、この近くにサーカス・サーカスってLive・Houseがあってな。売れない頃のRCサクセションや上田正樹や、あっ、大沢ヨシユキも「クラウディ・スカイ」っていうバンド引き連れて来てたんや!」
「ヒデも出た!」
「勿論!結構POPなパンクバンド、でも何か周りのバンドからは浮いとったかなぁ、♪わかっておくれよ、HeyLady!俺はとてもあたりまえ…♪とか、ド派手な化粧して血ぃまで出してあたりまえな訳ないやろ?っちゅうねん。でも、あの頃は良かった…」
「なに~!!??今よりよかったのぉ?私と一緒にいるときが最高やっていつもいうてるやん!!!」
「ごめん、そんな意味ちゃうねん。はい、今が最高です。優子と一緒にいるのが、俺は最高に幸せや…。だから、いい女のまま、俺のそばに一生いて欲しい!」
「えっ、…」
「ずっと俺のそばにいて欲しい。俺が亡くなって灰になるまで一緒にいて欲しい」
「プ…、プロポーズって事?」
「あー、…」
「実は、今回京都に一緒に来たもうひとつの、っていうか、本当の目的は、優子にこの事話そうと思って、で一緒に来たんや。俺の、もうひとりの俺の事もわかって欲しかった。」
京都芸術短期大学、通称、芸短の角を左折してアコード・クーペは高野方面に向う。もうすぐ秀夫が下宿していた石田アパートがあるはずだ。
急に無口になった優子と秀夫の関係をかばうかのように、エンジンはうなりを上げて進む。
《頼む、優子、うんって言うてくれ!》
心の中でそう願いながら、秀夫はタイムマシンになったアコード・クーペを現在に向って走らせた。
タイムマシンは初冬の風を切りながら尚も進む。交差点を右折して北に向うと高野、左折して南に向えば京大のある百万遍だ。まっすぐ行くと…、叡山電鉄の線路を渡って高野川に出る。秀夫はまっすぐ進んだ。カーブを切ると集中した優子の気分が変わってしまうような気がしたのだ。
「うん、ええよ!」
優子がプロポーズにOKしたのは高野川を渡って河合神社のある糺の森に差しかかったところだった。
「やった…、ほっとした。」
「うん、ヒデの事は私じゃないと面倒みれんと思うし、それに私の為にこんなに素敵なプロポーズしてくれたし…、それに憧れのDuranもアメリカに帰ることだし…。」
「おいおい、ちょっと待った!Duranと俺とどっちがええねん?」
「冗談よ、冗談。本気で言うわけないやん。」
「もう、優子はいっつも俺を脅かすねんな!それにDuranがアメリカに帰るとか、そんな訳ないやん!おかんだっているのにぃ!一瞬ひやっとしたわ…」
「あっはっは、ヒデやっぱ、おもろいわぁ。ええ人やね!」
《この幸せがずっと続けばいい、優子やDuranや小田社長と過ごした楽しい時間、それに今の俺にはちゃんとした大工の仕事も徳島の家族もある。この幸せがずっと続きますように!》
それから1ヵ月後に届いた黒い縁取りの手紙は、俺のそんな願いを打ち砕くのに十分なものだった。