30 HARVEST FARM 【Duran】
Virginiaが死んだ!それも自殺だった。訳のわからない秀夫と優子は、その日一日中泣きじゃくった。叔父さんの話では、Duranの強い希望で1週間前に京都のお寺でDURANと父のメイオールだけで手厚く葬ったとい
う。
《なんでや!なんでこうなんねん!》
秀夫の脳裏には、初めて会った時に愛犬に話しかけるやさしいVirginiaのイメージが焼きついていた。全てを知っている小田社長は、Duranのことが心配でならなかった。つまり、父のメイオールの恋、それもDuranの元の彼女との恋が原因だろうという事は容易に想像がついた。
Duranとメイオールがどんな言葉を交わしたかは定かでない。Duranは頑として、小田社長がメイオールに会う事を拒んだのだ。
小田社長がDuranの元に駆けつけたのは、京都の街にジングルベルが溢れる頃だった。
「Duran、何と言っていいか、わからないけど。僕はいつも君の味方だよ!」
「Odaさん、僕にも原因があるかもしれない…。Hideとyuukoと会った日から暫くして、僕はロスに帰ろうって彼女にそう言ったんだ。もう一回現実と向かい合おうって。彼女にとっては酷な一言だったのかも知れない…」
「Duran、それは違う。Virginiaは彼女の人生を生きたんだ!彼女の心の内は誰にもわからない。メイオールを愛するあまりのことだったかも知れないし、そうじゃないかも知れない。でも、彼女は彼女の人生を精一杯生き抜いたんだ。きっとそうなんだよ!」
このまま、Duranを一人にしておいてはいけない。小田は心底そう思った。ロスに暮らすJoeに事情を説明し、遂に最後のカードを引いた。スタンドの全米ツアーだ。ビクトリアジャパンは経営的に決して楽ではなかった。しかし、このままDuranを放っておいては、世界一のダイヤの原石がバラバラになってしまうような気がしたのだ。バラバラになったダイヤは、人を魅了するどころか、人を傷つけるだけの刃物にさえなってしまう。自分を傷つけながら、周りの世界まで傷つけてしまうのだ。それは決してしてはならない事だ。何億の金、いや何十億の金を積んでも阻止しなければならない。
そんな小田の強い思いは、Joeをはじめとするスタンドのメンバーの心を動かした。Joeから《かってのスタンドのメンバー全員のOKを取り付けた》との電話が入ったのは、小田がJoeに相談した日の翌日だった。
『頑張れDuran!世界は君を待っている!』
心の中でそう祈りながら、小田は日本でのDuranの音楽活動の総集編ともいうべきスタンドのベストアルバムの編集に取り掛かった。周りには、全米ツアーの為の資金稼ぎだよと触れ回ったが、内心はそうじゃなかった。日本での5年間の音楽活動の意味をDuran自身にしっかり認識させて誇りを持たせてやりたかったのだ。それには全国のスタンドのファン、Duranのファンの力を借りるのが一番だと思ったのだ。
31 親愛なる我が息子Duranへ
【Jack・Mayall】
親愛なる我が息子、Duranへ
我が息子Duranへ、そう呼んでいいものだろうか?Virginiaの痛みに何もしてやれなかったこの私を、おまえはもはや父とは呼べないだろう。だからこの手紙は最後のものだと思ってほしい。
ただ、私とLisaの今後についておまえにだけはきちんと説明しておく責任があると思った。
Virginiaが日本に旅立った経緯は、彼女から聞いているかもしれない。
Lisaと関係を持ってからも、私はVirginiaをこよなく愛していた。彼女と結婚してから、いや、初めて出会った時からそれまでで一番愛していた。しかし、残念ながらLisaの事をVirginiaよりももっと愛してしまった。そして、彼女にそう告げた時、彼女と私の愛は終わったのだ。そして私はLisaを新しい妻として迎えた。
その事についてもはや言い訳することはできない、いや許されないと思っている。
Virginiaが命を絶ってからほとんど寝ずに一週間ほど悩んだ。何度も死のうと思った。
しかし、死ねなかった。私が死ぬ事でVirginiaが帰って来る訳ではない。むしろ私は私の罪を一生背負って生きて行かなければならないと思い直した。そして、その事をLisaにも話した。勿論、今でもLisaを愛している。しかし「愛しているからこそ別れなければならない事もあるのだ」と、今さっきそう説得してきたばかりだ。
私が経営するオレンジ農場はすべて人手に任せようと思う。毎年、おまえの銀行口座に収益の50%が振り込まれるはずだ。そして、この10年間、私が執筆してきたUFOについての原稿の著作権を委譲させてもらいたい。出版社との契約を昨日取り付けてきたところだ。私がおまえにしてやれることはこんなことしかなかった。
ビクトリア・ジャパンの小田社長から、スタンドが全米ツアーをする計画だということをお聞きし、家にあったスタンドのレコードとテープを全部聞かせてもらった。何故かVirginiaと出会った頃のことを思い出した。おまえは確かにVirginiaの息子だ。彼女と一緒に聞いたエルビスやウディ・ガスリーやシュープリームスやエディ・コクランやバディ・ホリーや…、彼女の好きだった音楽の要素がすべて詰まっていた。どうか、彼女の息子としてこの世に生まれたことを誇りに思ってほしい。そして、世界中の人々にその限りない愛を分け与えてくれることを…。
かってあなたの父と呼ばれた男
Jack・Mayallより
32 まぼろし① 【Duran】
《マンハッタンに現れた極彩色のモンスター!》
その頃アメリカで一番有名なRock雑誌は、スタンドの全米デビューをそう表現した。ドラムセットとギターアンプ以外に何もない簡素なステージは1991年には相当珍しいものになっていた。というより、もはや超レトロな見捨てられた骨董品と言い切ってよかった。
開演前のステージに集まったのは、日本での評判を聞きつけた耳ざとい少数の若者と、顔に『渋々見に来た』と書いてあるかのようなロックジャーナリズムに係わる憂鬱そうなオヤジたち。会場は満員でも3000人がやっとという小さなホール。しかも閑散として見える。つまり客は半分も入ってないのだ。
『せっかくのアメリカデビューってのにこのざまだ!今までニューヨークでライブをやったことのないスタンドだ。無理もない。これが地元のロスだったらもう少しマシだったのに!まあ元気だしてぼちぼちこうぜ!』
滅多なことで悩まないドラムスのJoeでさえ、自身にそう言い聞かせるほど深刻な事態だった。ロスに帰って来てからのDuranの様子が明らかに以前とは違うのだ。すべて理詰めでメンバーを説得しようとしていた以前の積極的な姿勢がみえない。彼の気持ちを思いやって集まったメンバーの存在などまるで無視するかのようなタイドなのだ。
すべてを知る親友のJoeだ。Duranの身に起こった不幸は十分過ぎるくらいわかる。しかし、実際問題、ツアーの場所ひとつ決めるにも、「ニューヨークだ!」そう言い放ったままで理由を説明しようとしない。メンバーの気分が暗くなってもしょうがない…。
『心の壊れたDuranに果たして以前のようなリアルな歌が歌えるのだろうか?』
Duran以外の8人のメンバーは共通の不安を抱えながら、バックステージから続く壊れそうな階段を登って、アメリカデビューのステージに立った。日本暮らしの長いDuranが強引に選んだ美空ひばりの「りんご追分」が少しずつフェイドアウトして、ステージに地味なスポットライトが当たり始めた。
ギターのイアンがフェンダーのテレキャスでゆっくりイントロを奏ではじめる。
Joeが集中できそうもない気分で、それでも細心の注意でエイトビートを刻み始めたその時、、、、、
ステージの後ろに巨大な漆黒の鳥が現れた…!
いや、おそらく8ミリフィルムで撮影した映像だろうか!
♪YOUR LOVE IS CLOUDYSKY~♪
すべての感情を包み込むような、励ますような…、少しハスキーで細い声が特大のボリュームでステージのメンバーに、いや、観客にも聞こえた!!!
『Duranが…、帰ってきたんだ…、…、』
Joeは涙を堪えるのが精一杯だった………………。
『 物語は 今 始まったばかりだ
俺の予感は 正しかった
!!!!! 』
↓
歌い始めたDuranがステージに出てくるのを皆、待っていた。しかし、1分経っても2分経ってもまだ出てこない。。。
『一体どうしたんだ?』
メンバーの集中力が切れそうになった頃、というより、エンディングに近いパーツに入って歌と演奏が怒涛のように盛り上がる頃、満身創痍の鳥獣のような男が登場した。
観客は一瞬、Indianが出てきたのかと錯覚した。顔は原色で縞模様に塗りたくり、熱帯に生息しているような獰猛な鳥を連想させるような衣装を身に纏ったDuranだった。
Joeをはじめとするメンバーは構わず演奏する。
スタンドはDuranがロスに帰ってきてから、ほとんどリハーサルの時間を取らずに今日のステージを迎えていた。なので曲は殆んどが5年以上前のもの、つまりアマチュアの頃から何百回と演奏したものなのだ。個々のメンバーの頭の中を、ロスで世界デビューを夢見ていた5年前にタイムスリップさせるに十分だった…Duranが少しくらい可笑しな格好で出てこようが、何のことはない。
しかし、一方の観客にとっては初体験である。音楽好きの若者達にとってDuranの格好とスタンドの音楽は不思議な印象を与えた。
クラシカルなようで新しいようで…、ファンクというと最近の新しい白人のロッカーが作り出す高密度のハードロックもどきなものしか聞いた事がない世代だ。その耳にはスタンドのシンプルなグルーブは黒人音楽の一種のようにも聞こえる。
そして圧倒的な存在感の鳥獣の歌…、それはメロディアスにはメロディアスなのだが、よくあるRockのメロディーとは明らかに違うのだ。
時代によって歌は変わる。それは大衆の為の音楽だからだ。その時代特有の大衆の感じ方や感覚をうまく表現した歌が売れるのだ。しかし、太古から人の感情はあまり変わらないように思える。親しい人と別れれば悲しいし、恋することはわくわくするし、理不尽なときには腹が立つ…。人が若い頃に聞いた音楽を聞き直した時に感じる心地よさは、過ぎ去ったその頃の感覚を思い出すことで、実はその頃に抑圧していた感情を刺激されているからだ。 初めて聞いた人にも、昔どこかで聞いた事があるような気にさせてしまう。Duranの歌の不思議さにはそんな特徴があった。
↓
観客は少なかったが、スタンドは3回ものアンコールによってニューヨークっ子に受け入れられた。
『今日のステージで、その内全米でも火がつくだろう?』
アメリカ人と日本人のハーフのような風貌の小田はそう考えていた。
ミーティングで見せる、以前にはないDuranの表情が一番気になっていたのは彼だった。一緒に演奏するスタンドのメンバーと違い、ステージに上がったDuranをどうしてやることもできないからだ。彼は自分の仕事を、スタンドをいかに多くの人に知ってもらうか?ただその一点に集中するしかなかった。
「みんなよかったよ、アメリカでの正式の初ステージにしては上出来だ!…それと、あるMusicianから電報が届いている。」
すでに缶ビールを飲み始めたJoeとイアン、椅子にぐったりしたDuran、汗っかきのキーボードのリックはタオルで汗を拭いていたが…、小田の言葉に「えっ?」という顔でメンバー全員が振り返った。
「Sly Stone!」
最近、元気のないDuranが何か大変なことがあったかのように小田から電報を奪い取った。
「Slyだ…!」
小田は嬉しそうなDuranの顔を見てすこしほっとした。
《今の彼にはSlyだけが唯一尊敬できる存在なのかもしれない…。全くメンバーを含め、周りの皆がこんなに心配しているに…、まあいいか、その内きっとわかるさ。がんばれDuran!》
ステージが終わったあとの観客席では、三々五々若者が帰り始めた。殆んどがニューヨークの若者だったが、その中には今日のスタンドのステージを見ようとわざわざロスから来た者もいた。そして、複雑な思いを抱えながらそう心の中で祈っていたのは小田だけではなかった。
『がんばれ、Duran!』
ジャックとの辛い別れを生々しく抱えたままロスからやって来たLisaもそう思っていた。
33 Message in a Bottle
【Lisa Tailor】
《Duranへ》
Duranの気持ちをこれ以上傷つけるのが怖くて、この手紙を出そうか出すまいかずっと迷ってた。でも、私のこれからの事をちゃんと伝えておいた方がいいような気がして…、実はJoeに相談したの。
彼は『出せよ』って、『もしもDuranに気持ちが伝わらなくても出した方がいい』ってそう言ってくれた。
Virginiaが自殺してからの私は、生きて行く勇気が無くなっていた。すべてが変わってしまったの。VirginiaやDuranを傷つけたことを激しく後悔した。
だから、Jackから別れを告げられた時、遂に来るべきものが来たんだっていう気がした。私達の愛は間違いを犯したんだって。今でもJackを愛してる。でも、愛は愛だけじゃ成立しないって事も事実だって、その裏側には必ず人を傷つける要素が含まれていて、そこから生まれる憎しみにも責任を負わなければならないって、Virginiaの死は私にそう教えてくれた。
高校生のあの日、図書館でDuranに声をかけなければ…、ロスのUFOサークルでJackに出会わなければ…、今の私はない。平凡な女の子のまま、取り立てて特別な才能を持ってないけど、皆と同じような平凡で優しいボーイフレンドと付き合って、たまにケンカをしたり仲良くなったりして、小さく傷つきながら大人になって、ごく普通の退屈な夫と可愛い子供がいて…、そんな空想が頭の中いっぱいに広がってどうしようもない。でも、現実の私は特別な才能を持ったとても素晴らしい2人の男から愛された。だからその事実に恥じないようにこれからのLifeを一生懸命生きなけりゃって、そう思うことにした。
今日は1991年2月14日、私の27回目の誕生日。私はベトナムに行く事にしたの。二年前に亡くなった教師をしていた父がいつも言ってた。
『ベトナム戦争の真実を若者に伝えなくちゃっ!また、その内同じようにアメリカは戦争をするだろう』って。そして、父の言っていた通り湾岸戦争が起った。
イラクに行くことも考えたけど、その前にやるべきことがあるような気がした。アメリカが傷つけたベトナムが今どうなっているのか?私に出来ることが何かはわからない。でも、Duranのステージを見て決めたの。どんなつらい状況でも決してあきらめないって。
Duran、頑張って!私も精一杯生きる。
Lisa Tailor
Virginiaが死んだ!それも自殺だった。訳のわからない秀夫と優子は、その日一日中泣きじゃくった。叔父さんの話では、Duranの強い希望で1週間前に京都のお寺でDURANと父のメイオールだけで手厚く葬ったとい
う。
《なんでや!なんでこうなんねん!》
秀夫の脳裏には、初めて会った時に愛犬に話しかけるやさしいVirginiaのイメージが焼きついていた。全てを知っている小田社長は、Duranのことが心配でならなかった。つまり、父のメイオールの恋、それもDuranの元の彼女との恋が原因だろうという事は容易に想像がついた。
Duranとメイオールがどんな言葉を交わしたかは定かでない。Duranは頑として、小田社長がメイオールに会う事を拒んだのだ。
小田社長がDuranの元に駆けつけたのは、京都の街にジングルベルが溢れる頃だった。
「Duran、何と言っていいか、わからないけど。僕はいつも君の味方だよ!」
「Odaさん、僕にも原因があるかもしれない…。Hideとyuukoと会った日から暫くして、僕はロスに帰ろうって彼女にそう言ったんだ。もう一回現実と向かい合おうって。彼女にとっては酷な一言だったのかも知れない…」
「Duran、それは違う。Virginiaは彼女の人生を生きたんだ!彼女の心の内は誰にもわからない。メイオールを愛するあまりのことだったかも知れないし、そうじゃないかも知れない。でも、彼女は彼女の人生を精一杯生き抜いたんだ。きっとそうなんだよ!」
このまま、Duranを一人にしておいてはいけない。小田は心底そう思った。ロスに暮らすJoeに事情を説明し、遂に最後のカードを引いた。スタンドの全米ツアーだ。ビクトリアジャパンは経営的に決して楽ではなかった。しかし、このままDuranを放っておいては、世界一のダイヤの原石がバラバラになってしまうような気がしたのだ。バラバラになったダイヤは、人を魅了するどころか、人を傷つけるだけの刃物にさえなってしまう。自分を傷つけながら、周りの世界まで傷つけてしまうのだ。それは決してしてはならない事だ。何億の金、いや何十億の金を積んでも阻止しなければならない。
そんな小田の強い思いは、Joeをはじめとするスタンドのメンバーの心を動かした。Joeから《かってのスタンドのメンバー全員のOKを取り付けた》との電話が入ったのは、小田がJoeに相談した日の翌日だった。
『頑張れDuran!世界は君を待っている!』
心の中でそう祈りながら、小田は日本でのDuranの音楽活動の総集編ともいうべきスタンドのベストアルバムの編集に取り掛かった。周りには、全米ツアーの為の資金稼ぎだよと触れ回ったが、内心はそうじゃなかった。日本での5年間の音楽活動の意味をDuran自身にしっかり認識させて誇りを持たせてやりたかったのだ。それには全国のスタンドのファン、Duranのファンの力を借りるのが一番だと思ったのだ。
31 親愛なる我が息子Duranへ
【Jack・Mayall】
親愛なる我が息子、Duranへ
我が息子Duranへ、そう呼んでいいものだろうか?Virginiaの痛みに何もしてやれなかったこの私を、おまえはもはや父とは呼べないだろう。だからこの手紙は最後のものだと思ってほしい。
ただ、私とLisaの今後についておまえにだけはきちんと説明しておく責任があると思った。
Virginiaが日本に旅立った経緯は、彼女から聞いているかもしれない。
Lisaと関係を持ってからも、私はVirginiaをこよなく愛していた。彼女と結婚してから、いや、初めて出会った時からそれまでで一番愛していた。しかし、残念ながらLisaの事をVirginiaよりももっと愛してしまった。そして、彼女にそう告げた時、彼女と私の愛は終わったのだ。そして私はLisaを新しい妻として迎えた。
その事についてもはや言い訳することはできない、いや許されないと思っている。
Virginiaが命を絶ってからほとんど寝ずに一週間ほど悩んだ。何度も死のうと思った。
しかし、死ねなかった。私が死ぬ事でVirginiaが帰って来る訳ではない。むしろ私は私の罪を一生背負って生きて行かなければならないと思い直した。そして、その事をLisaにも話した。勿論、今でもLisaを愛している。しかし「愛しているからこそ別れなければならない事もあるのだ」と、今さっきそう説得してきたばかりだ。
私が経営するオレンジ農場はすべて人手に任せようと思う。毎年、おまえの銀行口座に収益の50%が振り込まれるはずだ。そして、この10年間、私が執筆してきたUFOについての原稿の著作権を委譲させてもらいたい。出版社との契約を昨日取り付けてきたところだ。私がおまえにしてやれることはこんなことしかなかった。
ビクトリア・ジャパンの小田社長から、スタンドが全米ツアーをする計画だということをお聞きし、家にあったスタンドのレコードとテープを全部聞かせてもらった。何故かVirginiaと出会った頃のことを思い出した。おまえは確かにVirginiaの息子だ。彼女と一緒に聞いたエルビスやウディ・ガスリーやシュープリームスやエディ・コクランやバディ・ホリーや…、彼女の好きだった音楽の要素がすべて詰まっていた。どうか、彼女の息子としてこの世に生まれたことを誇りに思ってほしい。そして、世界中の人々にその限りない愛を分け与えてくれることを…。
かってあなたの父と呼ばれた男
Jack・Mayallより
32 まぼろし① 【Duran】
《マンハッタンに現れた極彩色のモンスター!》
その頃アメリカで一番有名なRock雑誌は、スタンドの全米デビューをそう表現した。ドラムセットとギターアンプ以外に何もない簡素なステージは1991年には相当珍しいものになっていた。というより、もはや超レトロな見捨てられた骨董品と言い切ってよかった。
開演前のステージに集まったのは、日本での評判を聞きつけた耳ざとい少数の若者と、顔に『渋々見に来た』と書いてあるかのようなロックジャーナリズムに係わる憂鬱そうなオヤジたち。会場は満員でも3000人がやっとという小さなホール。しかも閑散として見える。つまり客は半分も入ってないのだ。
『せっかくのアメリカデビューってのにこのざまだ!今までニューヨークでライブをやったことのないスタンドだ。無理もない。これが地元のロスだったらもう少しマシだったのに!まあ元気だしてぼちぼちこうぜ!』
滅多なことで悩まないドラムスのJoeでさえ、自身にそう言い聞かせるほど深刻な事態だった。ロスに帰って来てからのDuranの様子が明らかに以前とは違うのだ。すべて理詰めでメンバーを説得しようとしていた以前の積極的な姿勢がみえない。彼の気持ちを思いやって集まったメンバーの存在などまるで無視するかのようなタイドなのだ。
すべてを知る親友のJoeだ。Duranの身に起こった不幸は十分過ぎるくらいわかる。しかし、実際問題、ツアーの場所ひとつ決めるにも、「ニューヨークだ!」そう言い放ったままで理由を説明しようとしない。メンバーの気分が暗くなってもしょうがない…。
『心の壊れたDuranに果たして以前のようなリアルな歌が歌えるのだろうか?』
Duran以外の8人のメンバーは共通の不安を抱えながら、バックステージから続く壊れそうな階段を登って、アメリカデビューのステージに立った。日本暮らしの長いDuranが強引に選んだ美空ひばりの「りんご追分」が少しずつフェイドアウトして、ステージに地味なスポットライトが当たり始めた。
ギターのイアンがフェンダーのテレキャスでゆっくりイントロを奏ではじめる。
Joeが集中できそうもない気分で、それでも細心の注意でエイトビートを刻み始めたその時、、、、、
ステージの後ろに巨大な漆黒の鳥が現れた…!
いや、おそらく8ミリフィルムで撮影した映像だろうか!
♪YOUR LOVE IS CLOUDYSKY~♪
すべての感情を包み込むような、励ますような…、少しハスキーで細い声が特大のボリュームでステージのメンバーに、いや、観客にも聞こえた!!!
『Duranが…、帰ってきたんだ…、…、』
Joeは涙を堪えるのが精一杯だった………………。
『 物語は 今 始まったばかりだ
俺の予感は 正しかった
!!!!! 』
↓
歌い始めたDuranがステージに出てくるのを皆、待っていた。しかし、1分経っても2分経ってもまだ出てこない。。。
『一体どうしたんだ?』
メンバーの集中力が切れそうになった頃、というより、エンディングに近いパーツに入って歌と演奏が怒涛のように盛り上がる頃、満身創痍の鳥獣のような男が登場した。
観客は一瞬、Indianが出てきたのかと錯覚した。顔は原色で縞模様に塗りたくり、熱帯に生息しているような獰猛な鳥を連想させるような衣装を身に纏ったDuranだった。
Joeをはじめとするメンバーは構わず演奏する。
スタンドはDuranがロスに帰ってきてから、ほとんどリハーサルの時間を取らずに今日のステージを迎えていた。なので曲は殆んどが5年以上前のもの、つまりアマチュアの頃から何百回と演奏したものなのだ。個々のメンバーの頭の中を、ロスで世界デビューを夢見ていた5年前にタイムスリップさせるに十分だった…Duranが少しくらい可笑しな格好で出てこようが、何のことはない。
しかし、一方の観客にとっては初体験である。音楽好きの若者達にとってDuranの格好とスタンドの音楽は不思議な印象を与えた。
クラシカルなようで新しいようで…、ファンクというと最近の新しい白人のロッカーが作り出す高密度のハードロックもどきなものしか聞いた事がない世代だ。その耳にはスタンドのシンプルなグルーブは黒人音楽の一種のようにも聞こえる。
そして圧倒的な存在感の鳥獣の歌…、それはメロディアスにはメロディアスなのだが、よくあるRockのメロディーとは明らかに違うのだ。
時代によって歌は変わる。それは大衆の為の音楽だからだ。その時代特有の大衆の感じ方や感覚をうまく表現した歌が売れるのだ。しかし、太古から人の感情はあまり変わらないように思える。親しい人と別れれば悲しいし、恋することはわくわくするし、理不尽なときには腹が立つ…。人が若い頃に聞いた音楽を聞き直した時に感じる心地よさは、過ぎ去ったその頃の感覚を思い出すことで、実はその頃に抑圧していた感情を刺激されているからだ。 初めて聞いた人にも、昔どこかで聞いた事があるような気にさせてしまう。Duranの歌の不思議さにはそんな特徴があった。
↓
観客は少なかったが、スタンドは3回ものアンコールによってニューヨークっ子に受け入れられた。
『今日のステージで、その内全米でも火がつくだろう?』
アメリカ人と日本人のハーフのような風貌の小田はそう考えていた。
ミーティングで見せる、以前にはないDuranの表情が一番気になっていたのは彼だった。一緒に演奏するスタンドのメンバーと違い、ステージに上がったDuranをどうしてやることもできないからだ。彼は自分の仕事を、スタンドをいかに多くの人に知ってもらうか?ただその一点に集中するしかなかった。
「みんなよかったよ、アメリカでの正式の初ステージにしては上出来だ!…それと、あるMusicianから電報が届いている。」
すでに缶ビールを飲み始めたJoeとイアン、椅子にぐったりしたDuran、汗っかきのキーボードのリックはタオルで汗を拭いていたが…、小田の言葉に「えっ?」という顔でメンバー全員が振り返った。
「Sly Stone!」
最近、元気のないDuranが何か大変なことがあったかのように小田から電報を奪い取った。
「Slyだ…!」
小田は嬉しそうなDuranの顔を見てすこしほっとした。
《今の彼にはSlyだけが唯一尊敬できる存在なのかもしれない…。全くメンバーを含め、周りの皆がこんなに心配しているに…、まあいいか、その内きっとわかるさ。がんばれDuran!》
ステージが終わったあとの観客席では、三々五々若者が帰り始めた。殆んどがニューヨークの若者だったが、その中には今日のスタンドのステージを見ようとわざわざロスから来た者もいた。そして、複雑な思いを抱えながらそう心の中で祈っていたのは小田だけではなかった。
『がんばれ、Duran!』
ジャックとの辛い別れを生々しく抱えたままロスからやって来たLisaもそう思っていた。
33 Message in a Bottle
【Lisa Tailor】
《Duranへ》
Duranの気持ちをこれ以上傷つけるのが怖くて、この手紙を出そうか出すまいかずっと迷ってた。でも、私のこれからの事をちゃんと伝えておいた方がいいような気がして…、実はJoeに相談したの。
彼は『出せよ』って、『もしもDuranに気持ちが伝わらなくても出した方がいい』ってそう言ってくれた。
Virginiaが自殺してからの私は、生きて行く勇気が無くなっていた。すべてが変わってしまったの。VirginiaやDuranを傷つけたことを激しく後悔した。
だから、Jackから別れを告げられた時、遂に来るべきものが来たんだっていう気がした。私達の愛は間違いを犯したんだって。今でもJackを愛してる。でも、愛は愛だけじゃ成立しないって事も事実だって、その裏側には必ず人を傷つける要素が含まれていて、そこから生まれる憎しみにも責任を負わなければならないって、Virginiaの死は私にそう教えてくれた。
高校生のあの日、図書館でDuranに声をかけなければ…、ロスのUFOサークルでJackに出会わなければ…、今の私はない。平凡な女の子のまま、取り立てて特別な才能を持ってないけど、皆と同じような平凡で優しいボーイフレンドと付き合って、たまにケンカをしたり仲良くなったりして、小さく傷つきながら大人になって、ごく普通の退屈な夫と可愛い子供がいて…、そんな空想が頭の中いっぱいに広がってどうしようもない。でも、現実の私は特別な才能を持ったとても素晴らしい2人の男から愛された。だからその事実に恥じないようにこれからのLifeを一生懸命生きなけりゃって、そう思うことにした。
今日は1991年2月14日、私の27回目の誕生日。私はベトナムに行く事にしたの。二年前に亡くなった教師をしていた父がいつも言ってた。
『ベトナム戦争の真実を若者に伝えなくちゃっ!また、その内同じようにアメリカは戦争をするだろう』って。そして、父の言っていた通り湾岸戦争が起った。
イラクに行くことも考えたけど、その前にやるべきことがあるような気がした。アメリカが傷つけたベトナムが今どうなっているのか?私に出来ることが何かはわからない。でも、Duranのステージを見て決めたの。どんなつらい状況でも決してあきらめないって。
Duran、頑張って!私も精一杯生きる。
Lisa Tailor